奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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勇者の帰路⑤

 

異空間にて、シンシアとアノンが対峙する。

 

「ねぇ、一つ聞いても良い?」

 

しかし、意外にも互いに敵意はない。アノンにそう声をかけるシンシアが剣に手をかけていない事はその証でもあった。その姿を見てもアノンは別段驚いた様子を見せない。いつの間にか、彼もまた杖を握ってはいなかった。

 

「勿論構いませんが、むしろ一つで宜しいのですか?此処まで我々も中々無茶をしていますので、三つ程あっても構いませんよ?」

 

「答えを聞いても信憑性がある訳じゃない。だったらそんなに聞きたい事はないの。」

 

アノンは肩をすくめる。

 

「左様ですか、それでも構わずに聞きたい事というのは?」

 

「貴方の本当の目的よ。」

 

シンシアは真っ直ぐアノンを見据える。その目が逸らされる事はない。

 

「本当の目的、とは?」

 

「骸骨の魔物が言う言葉に偽りは無かった。確かに魔族の雰囲気はあるけど、あれは他者を騙す悪意というよりも他者を嫌う敵意。

鎧の魔物もそう、あの身体にどんな技術が使われているかなんて想像もつかないけど……でも少なくとも嘘つきの在り方じゃない。」

 

シンシアの直感は優れている。それは勇者としてではなく、シンシアという個人が単純に勘が鋭いだけ。よく当たるこの性質は彼女の性格と合わさり、物事を的確に解決する素晴らしき勇者シンシアという人間像を生み出していた。

 

「でも貴方は違う。真実を言わないのはまだ良いの、でも貴方だけは嘘をついているのかどうか分からない。何処を見ているのかが分からない。ねぇ、貴方──」

 

少し間を開け、シンシアは言った。

 

どうして(・・・・)仮面なんてつけてるの(・・・・・・・・・・)?」

 

アノンの表情は読めず、アノンの視線は何処を見ているか分からない。何故なら、彼は仮面をつけているから。

 

「……些事ですよ、そんな事は。」

 

「答えられない?」

 

「答える事は出来ますが、嘘をつく事も出来ます。ですから貴女には力を示して頂きたいのです、私が誠実である為に。」

 

アノンが指を鳴らす。その瞬間黒い渦が現れ、そこから出てきた杖をアノンが掴む。そしてそのまま杖の先端をシンシアへと向けた。

 

「……今更、選択権なんてないでしょ?」

 

そう言いながら、彼女も遂に剣に指をかけた。先程までの穏やかな気配は消え、剣呑な雰囲気が辺りを支配する。

 

「仰る通りです、では始めましょう。」

 

そう言うと、アノンは突然振りかぶる。そして次の瞬間、彼は杖を投擲(・・)した。

 

「なっ……!」

 

虚を突かれたシンシア。弾こうとして剣を振るが、反応が遅すぎる。投擲(とうてき)された杖は彼女の右腕に当たり、鈍い音をたてた。

 

「……ッ!」

 

苦悶の表情を浮かべるシンシア。重力に従い落ちた杖は音もなく現れた黒い空間に呑まれていく。そしてまたアノンが指を鳴らすと、杖が虚空から彼の手元へと落ちてきた。

 

「杖を持っていたから魔法使いだろう、と考えていたのでしょうね。しかしそうした考えに囚われると、足元を掬われますよ?」

 

彼が言い終わるや否や、シンシアが一瞬で距離を詰める。ベルズ程ではないが、その速度は十分に人外の域。

 

「貴方の方こそ……!!」

 

上から下へと斬り払われる聖剣。魔を滅ぼす輝光こそ携えてはいないが、生半可な鎧であれば易々と貫くその刃が、アノンの体を──

 

「!」

 

キィン!と金属音。アノンの手に握られた杖の隙間から顔を見せる銀色の刃、それがシンシアの剣を阻む。そのまま拮抗する二人。

 

「貴女と手合わせるのであれば、やはり剣でしょう。」

 

そのままゆっくりと、杖の()が姿を消していく。次の瞬間には杖の姿は跡形もなく、アノンの手には剣が握られている。見た目は仕込み杖だが、実際にそうなのかは分からない。

 

「……ハァッ!!」

 

シンシアが大きな声を上げ、剣を無理やり振り抜いた。押し出されるアノン。レグルス達の時と同様に、互いの距離が離れる。あの時と違うのは奇妙な音。致命的に取り返しのつかない音、つまるところ。

 

「……」

 

「……」

 

それはアノンの剣が折れた音。一瞬訪れる沈黙。

 

「……やはり剣だけでは無理ですか。華麗に相手を打ち負かすにはまだ遠いですねぇ。」

 

アノンがそう言いながら残された杖の握りを強く振る。すると握りの部分から柄が遠心力で現れたかの様に伸び、くるりと回転させる頃には杖は元の姿を取り戻していた。

 

「貴方は一体……」

 

「夢見人ですよ、シンシア。もっと大仰(おおぎょう)に申し上げるのであれば……理想を現実にする現実主義者、ですかね?」

 

「……答えになってない。」

 

そう、直感とは万能ではない。何故ならそれは答えを出すものではないから。シンシアは致命傷を避ける事が出来る。では怪我をしないかと言えばそんな事はない。行動が伴わない、つまり反応できない物には意味を為さない。

 

またアノンは仮面を隠す為、認識阻害をかけていた。シンシアはそれを直感で看破できたが、アノンの顔までは認識出来なかった。彼女に見えるのは当然仮面だけであり、表情を窺い知る事は出来ない。

 

「……そう、結局貴女は答えを出せていないのですよ。勇者としての貴女の物語は、魔王を倒した時点でとっくに終わっています。しかしそれでもそれに縋り付くしかない、何故なら貴女は勇者としての生き方しか知らないから。」

 

流れる様にアノンは言い切る。

 

「何を知った風に……!」

 

「知った風ではなく、知っているのですよ。貴女以上に私は貴女の在り方を見てきたのですから。」

 

「違う、私達は物語なんかじゃない!貴方に見られる為に、みんな生きている訳じゃない!誰かが求めるのなら、その為に私は何度でも立ち上がるだけ!」

 

勇者、その意思は折れる事がない。アノンですらもその高潔を言葉で汚す事は出来ても、足を折るために心を砕く事は出来ない。

 

「やはり貴女は理想的過ぎる、正直辟易します。命は断てませんが……その心、傷くらいはつけておくとしましょうか。」

 

「貴方は現実的過ぎるし、好きになれない!打ち倒して……少しは改心させてあげる!」

 

二人はまたも、武器を構える。

 

 


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