奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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勇者の帰路⑥

 

二人の剣がぶつかり合い、金属音を辺りに響かせる。シンシアの剣戟は攻め立てる様に、それをアノンは弾き返す様に剣を振るう。散る火花、剣の軌跡、舞う血飛沫。

 

二人とも、無傷ではない。如何にシンシアが攻め立てようとも、反撃に振られる剣がシンシアの体を傷つける。アノンも同じく如何に防御を固めようと、捌き切れない斬撃が、振われる剣圧が、徐々に彼の体を蝕んでいく。

 

シンシアが大きく距離を取る。魔力が膨れ上がり、それが視覚化出来る程に空間を覆い尽くす。

 

「【裁きの光よ!】」

 

シンシアは武器を持たない腕を構え、詠唱する。次の瞬間、無数の青色の雷がアノンを目掛け降り注ぐ。飛来する稲光の裁き、此れこそが勇者の魔法。

 

「〈我が道は拓かれる。〉」

 

しかし魔法を唱えたのはアノンも同じ。轟音と共に地を砕く雷の嵐は彼には届かない。まるで彼の立つ場所に傘があるかの様に、雷は散らされていく。

 

「魔法!?」

 

シンシアは驚いた様に声を上げる。彼女にとっての驚き、それは魔法を使われた事にはなく、また自身の魔法を防がれた事でもない。

 

(何あの言語、聞いた事もない……!)

 

否、原理が違う。シンシアは魔法を防がれた時点でそれが魔法による防御であると直感で理解出来た。またそれが違う言語による事も。しかし彼女、ひいてはこの世界の人々にはその魔法は理解できない。

 

「……使わない方が良かったかも知れませんね。とはいえこうしないと防げないので、黒焦げにならないためにはこうするしかないのですが。」

 

それは異界の魔法、理が違うのならば理解出来る筈もない。

 

「貴方、本当に何者……?」

 

「勇敢でありながら目敏(めざと)い、それ故に細かい事を無視できないのが貴女の弱みですね。」

 

アノンが杖を左から右へと横に振る。振り終えた杖の先からは、まるで最初からあったかの様に長い刃が接続されていた。

 

(鎌……!)

 

シンシアは身構える。死神が持つ様な大鎌、武器としては扱いづらいだろうが、アノンが持つ武器はそもそも杖。収納が自由で振りかぶる動作を必要としなければ、重みで十分に剣と打ち合える。彼女達が倒した魔族の中にもそういった手合いがいた。

 

しかしアノンは動かない。真横に携える大鎌の刃がゆっくりとその重みに従い、真下を向く。そして続く沈黙、やはりシンシアは身構えたまま動かない。

 

(……どう来る?)

 

シンシアにとって、アノンは未知の存在。無論彼女が今まで倒してきたのは魔物、未知の存在といえばそうなのだが、それでも魔物というカテゴリには入っている。

 

直感に従うのであれば。アノンは魔物ではなく、魔族ではない、しかしそれだけ。人である事をその直(・・・・・・・・・)感は証明しない(・・・・・・・)。仮面が表情を隠すから、視線を隠すから。そんな些事ではなく、人にあらざる可能性を(はら)んだ直感。彼女は相手の出方を見ざるを得ない。

 

「……使いづらいですね、やはりやめておきますか。」

 

突然そう言い、杖を下に振るアノン。鎌の刃は最初から無かったように消え去る。そして続けて一言。

 

「魔法も見れましたし、もう私は終わっても良いですが……どうします?」

 

「え?」

 

間の抜けた声を出すシンシア。緊張が緩んだ訳ではないが、張り詰めた空気はその場から消え去る。

 

「……本気、なの?」

 

「……いや、それはこちらの台詞ですが。嘘がついているかどうか分からないのに、私を信じるのですか?」

 

アノンも少し驚いた様子でそう返す。

 

「信じてるって訳じゃないけど、ここから帰してくれるなら別に構わない。直感だけど貴方、少なくとも殺意はないでしょ?」

 

「……そう一括りにされてしまうのも良い気分はしませんが、まぁ構いません。では手合わせは此処までという事にしましょう。」

 

少し複雑そうな様子で、アノンはそう繋ぐ。シンシアもようやく人心地ついた様に溜め息を漏らす。剣を納め、しかし警戒は解かない。アノンが指を鳴らす為の姿勢を取る。

 

「ですが次があれば、もう少し本気でやれると良いですね?」

 

最後の一言と共に、異空間は消え去った。

 

 


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