岐路、それは旅路における分かれ道。
何も知っていなければ、右か左かを決める事は簡単だろう。
しかし、それが重大な選択であると知ったら?
どちらかに遊んで暮らせる程の金があったら?
どちらかに世界を救う為の鍵が隠されていたら?
片方が当たりで、もう片方が外れだと知らされれば?
そう、或いは同じ道でも迷いに迷う。
不思議な事に選択の手助けとなる制約が、逆に選択を重いものとする。
ともかく、旅道は振り返る事ができても戻る為の道はない。
過去を振り返る意味はあれど、過去に囚われる事は意義を持たぬように。
「そう、旅路だけではなく何事も選択からなるものです。」
『その通りだとは思いますが……この場で言わなければならない事なのですか?』
少し過去の話、此処は聖剣の森。勇者達を追い続けるアノンとレグルスだったが、彼らはそこで勇者達を見失っていた。
聖剣の森、その濃霧に包まれた森は迷いの森や別れの森とも呼ばれる。かつての勇者は魔王を打ち倒した後、その剣を聖なる森へと返し、次代の勇者がこれを受け継ぐ。こうして一振りの聖剣が長い世代継承されてきたという話は、この地に住まう者であれば誰もが知っていた。
『迷いの森、とはよく言ったものですね。まさか私の機構が使えない場所があるとは……』
「磁場が狂っているのか、方向感覚をあやふやにする何かがあるのか、或いはそのどちらでもないのか……興味は尽きませんね。」
彼らが立つは森の三叉路。一つは今まで歩んで来た道、そして残りの二つは未知の道。看板も足跡も木々の違いでさえも、手掛かりになるようなものは何一つない。
「おや、ベルズが怒っていますね。『とっとと見つけろ』だそうです。」
『簡単に仰いますが、どうするのです?演算で答えが導ける程、この場に情報はありませんよ?』
彼らが勇者達を追う理由は一つ、彼らを観測する為である。故にこの場で待ち続ければいずれ答えは向こう側からやってくるが、それでは勇者が聖剣を手に取る瞬間を目撃する事が出来ない。彼らにとっての問題はそれだった。
「二手に別れられるのならば、話は早いのですがねぇ。」
そう、彼らは二手に別れる事が出来ない。正確には別れる事に問題はないが、観測は彼ら全員で行うものであるというところに本質があった。
『さて、本格的にどうしましょうか?物理的に傷をつけても修復され、魔力の残滓は濃霧によって拡散されるようですし……』
「そうだ、少し思いつきました。ベルズ、一度出てきて下さい。」
「……何用だ。」
ベルズはアノンのマントから現れると、不機嫌そうにそう言った。
『卿はいつも不機嫌そうですねぇ。』
「何故奴らを見失えるのか理解に苦しむ。レグルス、貴様がいながら……」
「小言は後にして下さい、それより少し魔力を放っていただけませんか?」
手で静止しながら、会話に割り込んだアノン。ベルズは頷くと、黒々しい波動を放つ。木々がざわめき、霧は少し形を変える。
「……これで構わぬか?」
「ええ、では着いてきて下さい。」
迷わず右へと歩みを進めるアノン。ベルズとレグルスは無言でそれに着いていく。
右、左、左、右と道を進んで行く途中でベルズが不意にアノンの方を向く。
「一体何をしたのだ?」
『私も気になっていました!どういう事なのですか!?』
レグルスの回路の発光が一層強くなる。
「そうですね……勇者達の心境を考えてみたのです。」
「何?」
「仮定として、単純に二股の道が続いていくとしましょう。勇者達が聖剣を探すのであれば、どういった手段を取るでしょう?」
パチリと指を鳴らすと、アノンはレグルスに向かって指を指す。指名されたレグルスの回路が軽く光った。
『しらみ潰しに探せば良いのではないですか?』
「まぁそれで見つかれば良いのですが……物理も魔力もその痕跡を許さない森です、しらみ潰しなどという古典的な手は対策してあってもおかしくないでしょう。」
「では勇者が聖剣に反応するというのはどうだ。仮定だが、十分にあり得るだろう。」
「それもあり得ますが、少し現実味に欠けます。方向が分かっただけで二股の道を歩き続けていけるものでしょうか?」
少し沈黙が続き、続けてレグルスがこう言う。
『……では、現実性のある手を取ったと?』
「そういうことです。歩いてきた道にパンを残す事が出来ないなら、パンを投げて跳ね返って来るかどうかで道を判別する事は出来るでしょう?」
「つまり
「それはあり得ません、森全体の魔力が濃すぎるのです。知らなければ検知出来るものではないでしょう。」
レグルスの回路が激しく光る。眩しそうにベルズが視線を逸らした。
『ではアノン殿はどのように検知しているのですか?』
「どのようにもなにも、普通に検知出来ますよ?森の魔力が幾ら濃かろうと、前もってベルズが魔力を放つ事を知っていれば流石に分かります。」
少し間を開け、アノンは続ける。
「単純な話ですが、道は切り拓いて行くことも出来るのです。帰り道の為に痕跡を残させる森ではないでしょうが、そもそも聖剣を隠す森。誰も彼もを拒む仕掛けがあるわけでは無いのですから。」
「……貴様の推理は大当たりだ、丁度盛り上がっている所だぞ。」
いつの間にか、彼らの目の前には洞窟が広がっていた。奥には四人分の人影と、辺りを照らす光を放つ剣が地に刺さっている。
「では、ゆっくり拝見させて頂くとしましょうか。」
彼ら三人は、その様子をゆっくりと観察するのであった。