奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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夜空を想う③

 

想い。

無意識であり、思いよりも直情的な概念。

これを語る者は数あれど、ただ断ち切る事は難しい。

想起し、回想し、思想し、空想し。人々は凡ゆる事を想うことが出来る故に。

されどそれは単なる想い。頭を巡れど世界は動かず、歩みが進むこともない。

 

何かを想う事は人に益などもたらさない。

それ即ち、囚われる為の過去と進みゆく為の未来を換えるのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『確認、本当に構わないのですね?』

 

地平線の彼方に、彼らが出逢った都市が広がる平原。広がる草木はただの一つもなく、ただ風の音だけが通り過ぎて行く。

 

そこに相対するは来訪者達と最後の機械。アノンは杖を軽く構え、ベルズは燃え盛る様な黒い闘気を発し、レグルスは様子が変わる事もなくアノン達に尋ねる。

 

「ええ、二言はありません。」

 

アノンの提案は戦闘。それに如何なる思惑があるのかは彼以外知る由もないが、しかしその言葉に揺るぎが無いのは確かだった。

 

『であればせめて、お二人共同時にどうぞ。』

 

静かな返答。感情が排された声に感情を乗せ、レグルスは来訪者を傷つけたくないという本心を伝える。

 

「……本気で言っておるのか?」

 

『それは世界を滅ぼした機械に投げかける言葉では無いかと存じますが。』

 

結局、この場に於いては互いが互いを知らないという事実が全て。レグルスが滅ぼした世界がどれ程広いのかという事をベルズは認識出来ず、一方でレグルスは動く人骨という存在を理解出来ずに強さを測る事が出来ずにいた。

 

「ではお言葉に甘えて参りましょうか。ベルズ、決して手は抜かないようにお願いします。」

 

「は!久しく無かった強敵である、手を抜くなど有り得るはずも無かろう?」

 

ならばこの場における共通項はただ一つ、相手に無礼がない様に全力で挑む事。命を奪う事は極力避けようという意思は誰もが持っていたが、それで心を鈍らせることは無い。

 

『では……よろしくお願いします。』

 

言い切ると同時にレグルスの両肩が駆動し、腕に二丁の刀が装填される。銀と金に輝くその刃は文明の終着点。薄く一定の強度を持ちながらも、砕ける際は粉の様に散っていく。〈タラクシカム〉と呼ばれるそれは彼の弾丸の一つ。

 

対してアノンは杖の握りを持ち換え、柄を剣の様に構える。そして軽く振り抜いた次の瞬間、杖であったそれは剣へと姿を変えた。紫の杖は不可思議の集合体。振り抜く度に姿を変える故に、正体を見破る事はできない。〈七節(ナナフシ)〉と呼ばれるそれは彼の偽装の一つ。

 

「ハァッッッ!!」

 

雄叫びと共にベルズは拳を放った。音速に達さんとするその拳は、しかし何の変哲も無いただの拳。感情に呼応し、死から蘇った王の鉄腕に名は無い。

 

放たれた拳に、レグルスは刃をぶつける。破砕音。無論、砕け散ったのはレグルスの刃。返す刀で脚を抜き払うベルズ。空気が燃える様な音。音の原因は蹴りではなく、ブースターの燃焼。一瞬の内に飛翔したレグルスを捉えきれず、蹴りは空を切る。そして場違いな金属音。

 

「通りませんか……!」

 

それはアノンの一撃。宙を舞うレグルスの背後を狙った斬撃は装甲を貫くことが出来ない。背後を振り返る事もなく、レグルスは刃を両腕に装填。ふわりと浮いたまま、アノンは警戒を緩めずに次の攻め手を思考する。

 

刹那、アノンは悪寒を感じる。本能的に身を引くと、その跡に刃が通り過ぎる。否、通り過ぎた事をアノンは認識出来ていなかった。ただ目の前のレグルスが刀を振り払った体勢を取っていたという事実から、恐らく刀が振り払われたのであろうという推論を立てたに過ぎない。

 

「ぐっ……!」

 

推論が現実へと変わったのは次の瞬間。アノンの右半身から血が噴き出る。そしてそのまま地に落ち倒れ伏す。レグルスが一瞬の内に放ったのは二つの斬撃。右に斬り払う一撃と上から斬り下ろす一撃。致命傷となったのは後者。

 

『満足頂けましたか?』

 

レグルスはベルズを視界に捉えながらも、倒れ伏すアノンにそう呼びかける。急所は外してある一撃、レグルスにはあったのはアノンが死んでいないという確証。

 

「まぁ正直、私では無理だろうとは思っていたんですよ。」

 

むくり、と当然のようにアノンは起き上がる。先ほど斬られた筈の傷跡は消え去り、噴き出した筈の血の跡も全く残ってはいない。加えていうならば、地に散った血痕すらも残すことなく全てが消え失せていた。

 

『……まだ続けますか?』

 

傷つけていないという結果を以って、理解不能を抑え込み尋ねるレグルス。しかしアノンはきょとんとした様子で彼方を指を指す。

 

「続けるも何も、まだ終わってはいないでしょう?」

 

視界に写る残像。何かがめり込む様な嫌な音と共に、レグルスの視界は明滅する。ぶつり、と致命的な物が消える音。レグルスの意識はそこで途切れた。

 

 


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