奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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幕間・来訪者の記憶

 

来訪者。それは異世界からの迷い人、或いは宇宙(ソラ)からの到達者。

 

アノンとベルズ。世界を渡り、理想郷(アルカディア)を目指す二人の奇人。

そしてもう一人、来訪者アズマ。今は昔に死せし男。この物語はレグルスしか知り得ぬ、彼と来訪者の出会いの物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬ?」

 

アズマは目を覚ます。着流しのままの格好だが、脇には愛用の刀が一本。手のひらに伝わる地面の感触はひんやりと硬く、目を落とすと金属で出来た平原が地平線の彼方まで広がっている。

 

「ふむ。よもや、黄泉の国ではあるまいが……」

 

そう、独りごちる。返答を期待した発言では無く、過去の記憶を想起するアズマ。が、頭の中に過去のビジョンは現れない。自身が何者で何処で何をしていたかは流石に思い返すまでも無いが、ここに至るまでの記憶はやはり無い。

 

無い無い尽くしのアズマの耳に微かに聞こえたのは風切り音。それも何か物が飛んでくる様な音。アズマは刀を構え、音のする方向を見る。数刻としないうちに鳴り響く衝突音。着弾点と思わしき場所から塵が大きく舞い上がり、ぼやけた輪郭をはっきりとさせながら人影が現れる。

 

『対象を発見。反応……人間。』

 

冷たく感情を持たない声。アズマは刀から手を離す。対話が可能であればそうしたいと望んでいたのだろうか。

 

「うむ、その通り。拙者、紛れも無く人間で御座る。してお主は何者か?」

 

少しの間。流れる緊張感を他所に、機械鎧の中からは駆動音が漏れ聞こえる。

 

『……命令承認、当機体名称・自律兵装レオニス。当機体は前任者の命令に従い行動しています。命令を解除する場合は強制命令コードを宣言して下さい。』

 

「……よく分からぬが、れおにす。此処は何処だ?何か食べ物は持っておらぬか?それか食べ物がありそうな場所は知っておらぬか?」

 

捲し立てる様に話すアズマ。

それはただ、知りたいことを知ろうと尋ねる行為。

 

『解答、此処は東地区・平原エリアです。現在当機体は食品を保有していません。また中央地区・食料生産エリアは稼働しておらず、それまでに生産された食品は中央地区・保管庫エリアに保存されています。以上……前任者の命令を実行します。』

 

レグルスの武器が機械腕から露出する。瞬間、ブースターが火を吹く。一瞬で間合いを詰め、人智の終着点である刃が振り抜かれる。金属音。

そう、終わってみれば呆気ない結果。横一文字に(・・・・・)レグルスは両断されていた(・・・・・・・・・・・・・)。音も無く抜刀された刃は、するりとアズマの鞘に納刀される。が、すぐにしまったという顔をするアズマ。

 

「む、つい斬ってしまった。……されど抜かねば拙者の命が危うし、致し方あるまい。」

 

金属片が散り、両断されたレグルスは動かない。命のない絡繰であるとはアズマにも何となく分かっていたが、それでも罪悪感を感じざるは得ない。されどこの世は諸行無常、あゝ仕方なし、仕方なし。

 

「……まぁ良い、取り敢えず希望は持てた!倉庫、とんと場所は分からぬが何処かにあるのだ。探せばそのうち見つかるで御座ろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『対象を確認。』

 

数日後。静かに瞑想をするアズマの耳に聞き覚えのある機械音声。目を開くとやはり目の前にいたのは機械鎧。

 

「む、れおにすか。壮健なようで何より、ただし斬った事は謝らぬぞ?剣を抜けば死ぬ覚悟をする物だ、貴様も武士なら理解せよ。」

 

威圧感は無い。なにせ、アズマにとってそれはただ純然たる摂理。剣を抜けば何者にも容赦はしない、それだけの単純な話でしかない。

 

『……否定、当機体は分類:武士ではありません。』

 

「だが刀は持っておる、なれば武士の心持ちをせよ!さもなくば、刃は己を傷つける事も御座ろう!」

 

上気しながら言い切るアズマ。しかし、無情にもその声を掻き消すように機械音が鳴り響く。

 

『理解不能。前任者の命令を実行します。』

 

「まだ武の道は早い、か。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『対象を発見。』

 

「レオニス、そういう時は『こんにちは』と言うと良い!挨拶は基本で御座る!」

 

『命令承認。』

 

数週間後。機械鎧は来る日も両断され、それが十回を超えようとした頃。アズマは目の前の存在が何となく人の言う事を聞く存在であると斬り合いの中で理解していた。

 

「ところで拙者、辺りに人を探せど全く見つからなんだ。何処に居るか知らぬか?」

 

『解答、当機体開発者以外の人類は星外へと移動。前任者:開発者は当機体開発後、死亡しました。』

 

「星の外へと、何とも夢のある話!であればこの星に人が居らぬのも道理で御座るな!」

 

それは本心からの一言だったのであろう、アズマは笑いながら答える。

 

『前任者の命令を実行します。』

 

少し悲しそうな顔をするアズマ、しかしすぐにいつもの調子に戻り口を開く。

 

「……それではせめて『よろしくお願い致す』というと良い。果たし合いの前こそ、挨拶は(あだ)や疎かにしてはならぬ!」

 

『簡易命令の為、承認。よろしくお願い致します。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんにちは、アズマ。』

 

「レオニス、調子は如何か?」

 

数年後。機械鎧は両断され続け、それが悠に百回を超えた頃。少し流暢な様子でレオニスは話す。

 

『解答、問題はありません。例え粉砕されても替えの身体がありますので。アズマ、其方の調子は如何ですか?』

 

「無論快調!ここは素晴らしき国である!見た事のない物に豊富な食べ物、毎日が発見の連続で御座るな!」

 

少し痩せ細った身体で、アズマはそう言った。食べ物も栄養も申し分なくあった。年齢とて若い方という自負もあった。無かったのは人間社会という枠組みの外に放り出された、自身の脆さに対する理解のみ。

 

『そうですか、では本日もよろしくお願い致します。』

 

「またか……お主も懲りぬな。」

 

『命令ですので。』

 

刀に手をかけるアズマ。柄の感触を確かめながら、静かに尋ねる。

 

「やめろと言ったらどうする?」

 

『命令コードを頂ければ今すぐにでも。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アズマ、調子は如何ですか?』

 

「……良くは無い、だがまぁ問題は無かろう!お主に斬られる程弱っては御座らん。」

 

数十年後。機械鎧は両断され続け、最早数を数えるのも億劫になってきた頃。

アズマは歳を取った。人間寄る年波には勝てぬと言うが、それでも尚アズマはレオニスを両断出来るだけの技量と腕前を持ち続けていた。

 

無論、圧勝はない。全てが辛勝、身体の痛みに剣が鈍れば負けそうな試合もある。正体も分からぬ病に血反吐を吐く事もあるが、それでも尚アズマは一度も黒星をつけなかった。

 

『……私が言うのもおかしな話ですが、ご自愛下さい。』

 

「………ははは!確かにお主が言う事では御座らんな!だがお主が言わねば誰も言ってはくれぬ故、感謝はしておく事にしよう!」

 

少し驚きながらも、いつもの調子で笑うアズマ。

 

『……』

 

レオニスは少し沈黙する。何を感じ、或いは何を思ったか。機械故に何も感じられはしなかったかもしれないが、少なくとも彼の沈黙は暫く続いた。

 

「如何した?」

 

『よろしく……お願い致します。』

 

「うむ、よろしくお願い致す。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アズマ……』

 

墓の前。簡素な作りのそれに添えられているのは一本の刀。曰く、それはただの一度も黒星をつける事なく生涯を終えた男の墓。

 

『……』

 

吹き抜ける風が、感情もなく流れてゆく。レオニスの手に握られていたのはアズマの遺した小さな紙屑。立ち上がり、決心を決めた様に一言。

 

『……強制命令コード《Nemea》。抹殺命令:人類、機械人類を解除します。』

 

鎧の内部の駆動音が一層大きな音を立てる。何かを処理し、何かを書き換え、何か大切な物を守る為の最後の働きが、その身体の中で行われていた。

 

『感謝します、アズマ。言葉、心、そして最後に自由。私は貴方に沢山の物を頂きました、とても返しきれぬ恩です。

貴方の様な方がもう一度いらっしゃったら、私は貴方の様に笑う事が出来るのでしょうか?』

 

駆動音が止む。静かに流れゆく時の中、心を手に入れた機械鎧は背後を振り返る。流れ去った時を想起し、そしてもう一度前を向く。

 

『私の名はレグルス。(たましい)はなく……されど(こころ)は我が身の中に。』

 

(アズマ)から現れた星。

新たに名を冠したその星は、漆黒の夜空に孤高に輝き続ける。

鋼の平原に置かれた、たった一本の刀を照らしながら。

 

 


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