奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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篤き信仰の国
雑談の幕開け


 

異世界、それは未知の世界。

私達は文化や規則を遵守すると同時に、それに守られながら生きていく。

しかし異世界の文化やルールは、言うまでもなくその地に根付く過去の歴史や風土に基づいて広がっている。

それは或いは、私達が当たり前だと考えている事でさえも容易に塗り替える。

 

守るべき規則も、元を辿れば作り手は私達。それすらも疑えば、一体私達は何を信じて生きていけば良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬車の中。進む毎に揺れる中世の乗り物、閉塞された空間の中にいるのは三人。

 

スーツとシルクハットに杖を携え、移ろい行く景色を眺める者、奇術師・アノン。

黒いローブに身を包み、存在感を無くそうと隅に身を寄せる者、亡国の王・ベルズ。

そして直立し、まるで揺れを感じないかのように背を向ける者、機動鎧・レグルス。

 

空間の中で言葉は交わされず、髭を生やした御者は長閑(のどか)な草原の旅路に欠伸を漏らす。目的地まではまだ少し遠く、盗賊や獣を除けば馬車を襲う存在は殆ど居ない。

長く馬車を操る彼さえ、襲われた事は一度だけ。それも客の荷物を狙った物盗りで、終ぞ盗まれる事は無かった。気は緩んでいたが、染み付いた技術で馬達を捌く。

 

「アノン。」

 

唐突にベルズが声をかけた瞬間、アノンが指を鳴らす。周りに変化は無いが、御者はその音にも気づかない様に前を向いている。

 

その音に反応し、レグルスは背後を振り向く。これは三人に於ける一種の合図……という訳では無い。アノンは不都合を残さない様に行動し、その中には不可解な動きも含まれる。

 

ベルズやレグルスにも何をしているか分からない場合もあるが兎も角、彼がアクションを起こしたという事は都合は付いた事になる。沈黙を保っていたベルズは、重い口を開く。

 

「……暇過ぎる。」

 

少しの沈黙の後、レグルスが肩を竦める。アノンは少し溜息を吐いたが、ベルズの言葉にも理を感じたのだろうか。少し考え込む様な仕草を見せる。

 

『では是非アノン殿の事について知りたいですね。無論、話せる物だけで結構ですが。』

 

「……そういえばあの忌まわしき認識阻害、あれにはルールでもあるのか?」

 

認識阻害。アノンの持つ技能であり、他者からの認識を変動させる奇術の一つ。

 

「認識阻害ですか。」

 

良いでしょう、と言うとアノンは体を話しやすい体勢に変える。そして流れる様に口を開く。

 

「認識阻害を正しく言い換えると、『対象を捉える人間の認識を阻害する』となります。メリットは多人数の人間に捉えられても問題が無い点、デメリットは人以外にはそもそも効果が無い点と、認識は阻害出来ても対象の姿は必ず捉えられるという点です。」

 

『後者はデメリットなのですか?』

 

「そうですね、例えば透明にしても『透明な何か』として相手に認識されてしまいます。確かに認識は阻害されていますが……草原や砂漠の様に何もない場所で使うと不自然過ぎるのが問題でしょう。」

 

ベルズがふむ、と合いの手を入れながらも、会話は続く。

 

「次に、対象物により掛けやすさが違います。人間以外には基本的に掛けにくく、これは見た目や音色の変え具合にも影響しています。貴方を人間に見せようとすると美女になるのもこれが要因で、対象をあまりにもかけ離れた物に見せるのも不可能です。」

 

「待て、我輩のアレは悪戯では無かったのか。」

 

そう言いながら、少し黒い波動を漏らすベルズ。感情に呼応する様に脈動するそれを背に、御者は又も欠伸を漏らした。

 

「頑張れば男として見せることも可能ですが……掛けやすいという事は対象が持つ本質に近いという事です。実益も兼ねていますので、基本的にはアレで我慢して下さい。」

 

諭す様な口調でそう言うアノン。存外真面目なその様子に、ベルズも毒気が抜かれた様に冷静になったのだろうか。

 

「………せめて幼児(おさなご)には見られぬ様にせよ。酒を飲めぬ事があっては敵わん。」

 

そう言いながらベルズは続きを促した。アノンは最後に、と前置きをして口を開く。

 

「掛けた術は看破しなければ永続しますが……これは自分自身を認識する時に気をつけなければなりません。自分で聞いて看破してしまいますから、声音の偽装は難しいですね。

効き目が悪い貴方達も気をつける様にして下さい。鏡で自己看破してしまうと、掛け直すのが面倒ですので。」

 

『鏡を見てはいけないという事ですか?』

 

「まぁ本質に近い姿ですし、レグルスは問題ないかもしれませんね。ベルズはアウトです、水面にも気をつけて下さいね?」

 

『了解しました!』

 

「まぁバレたらその時であるな。」

 

なんとも前向きかつ後ろ向きなベルズの発言で、会話は打ち切られる。そしてアノンが指を鳴らすと、御者が背後を振り向いた。指を鳴らした音であると分かったのか、御者は直ぐに前を向く。

 

幾ばくかの沈黙。しかしそれも長く続く事はない。やがて馬車が止まり、御者が一言。

 

「……着きましたよ、お客さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白く大きな神殿、それを囲む様に広がる町。

神殿の上に立つ女神像が、まるでその全てを見つめる様に鎮座する。

 

その地の誰もが祈りを捧げる。

神は確かにそこに居る、そう確信を持って願い続ける。

 

信仰と共に生きるその国の名はエンテイル。

曰く、祈りより生まれた国。

曰く、素晴らしく美しき国。

曰く、神の降り立つ国(・・・・・・・)

その地に降り立つ、波乱巻き起こす三人。

 

人々の願いがせめぎ合い、紡がれる。

最後に残るは如何なる意味か、それは神にも分からない。

 

 

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