願望、其々が持つ芯にして真。
欲望と言えば
望み、即ち
まぁ何にせよ、そんな物は叶わぬ方が良い。叶えばそれで消え失せる、その後は一体どうやって生きていくつもりなのだろうな?
神の降り立つ国、エンテイル。国に着き真っ先にやらねばならぬ事があった故、奴らを置き一人知らぬ道を歩く。人々が行き交い、活気溢れる市街。立ち並ぶ屋台が売っているのは、民族的な意匠が凝らされた服。見た事もない様な果実や魚。そして食欲を刺激する香りを放つ様々な料理。
その中を、我輩は黒いローブを
いや尤も、如何な障害が立ちはだかろうと決して我輩を止める事は出来ないが。それは足を止める理由にはならぬ故。
そして我輩は扉に手を掛ける。その先に待つ、栄光を手にする為に。
「酒を頼む。」
ぎょっと驚いた様に店主が此方へと振り向いた。毎回の事だが少し相手が気の毒に感じる。とはいえ所詮は見知らぬ誰か、寿命が削れていない事を祈るばかりである。
「お客さん、酒って言っても色々種類があるんだが……」
店主は切り替えた様にそう聞いてきた。どうやら客であると認識された故、黒いフードを脱いで顔を出す。
「知っているが、生憎この国には来たばかりでな。何があるかは知らぬ故、其方で適当に見繕って貰いたい。」
「……成程、そういう事なら適当に酒に合う食事もお出しして構わないかい?」
全く以って素晴らしい。一体どんな顔に見られておるかは知らぬが、厄介者に出くわさなければ認識阻害も役には立つものだ。奇術師が愉しんでいる事を考えなければ、だが。
「無論だ、宜しく頼む。」
店主が奥へと消えると、
何処かから聞こえる笑い声にも、いつもなら多分に含まれている筈の下品さが無い。外観や内観は普通だが、存外良い酒場であったか?或いは、単純に昼間から酒を飲む者の品格が高いだけか。
暫くして、店主が酒と料理の乗った皿を持ってやって来た。鮮血の様に赤く輝く洋酒、そしてしっかりと焼き色のついた謎の肉。隣には揚げ芋が添えられている。
「エンテイルは初めてかい?」
グラスに手を掛けると、店主が砕けた様子で話しかけて来た。我輩はこくりと頷く。
「噂で聞いたが、この国は神が降りてくるらしいな。」
「エンテイル神様の事だろう?私は二度ほど拝見したけど、そろそろご再臨なさるかも知れないね。」
神を拝見……つまり見たと。まさか、と笑い飛ばす事は出来ん。我輩もそれだけの物を見てきた故に。
「再臨……神が本当にいるとでも?」
「そう疑って、実際に神様を見たら信じざるを得なかったっていう旅人なら良くいたけどね。まぁ、信じるも信じないも自由さ。」
そう言うと、店主は店の奥へと引っ込んだ。信じるも何も、決めるのは我輩では無い。そこにあるものが現実、無いのならば虚構。現実の物事であれば、如何にあり得ずとも信じ得る。
肉を喰らい、酒で流し込む。虚空である筈の我輩の骨格の中へ、肉も酒も消えていく。舌も無いが味はする。これは現実、そして我輩が人骨である事もまた現実。なれば相反する事は無い。
「……」
ふと、辺りが
二人で食事を楽しむ夫婦は、祈っていた。
一人で静かに酒を飲む男も、祈っていた。
先程まで話していた店主も、祈っていた。
扉の向こうに見える人々も、祈っていた。
元気よく走り回っていた子供達も、噂話をしている婦人達も、忙しなく物を売る男も、散歩をする老人も、市街を行き交う全ての人が、祈っていた。
異常だが、現実であった。酒と食事を腹に流し込み、金を置いて店を出るとフードを被り直す。祈りは終わって、街は先程までの活気を取り戻していた。気分は悪いが、これで奴らに対する土産話も出来た。
エンテイル神、か。この調子だと、酒は宿屋の自室で飲んだ方が良いかも知れぬな。