奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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芯なる願望③

 

願望、其々が持つ期待の果て。

得難いけれどどうしても得たい物、各々に待つ不定の未来、誰に頼んでも解決しない事柄。

神というのはそうした祈りの請負人です。

 

良い事は神様のお陰、悪い事は神様の罰。実際は偶然に過ぎぬ出来事が、全知全能の第三者の行いという言葉で説明される。つまり人々は、根源的に理不尽に理由を求めるのでしょう。

 

ですから意外と、人々は神に期待してはいないのかもしれません。結果とは自分の行いという原因から返ってくるという事を、皆さん心の奥底で理解していらっしゃいますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルズが酒場へと引き寄せられる様に消え、レグルスと二人で行動する意味も無かったので、個人行動を提案してから数分後。私は市街地を歩いていました。

 

格好はいつもの通り……ではなく、マントだけを脱ぎ去っています。これさえ外せば、この国でも目立つ様な格好ではありません。それでもたまに視線は感じますが、奇術師を自称する身です。造作もありません。

 

何となく、道を左に曲がります。暗がりの先に道が続いていて、通行人は殆どいません。神様が降りて来る国だというのに、意外とディープな場所もあるのですね。興味が湧き、先へと進んで見たいと感じます。

 

「待ちなよ、お兄さん。」

 

その暗がりに足を踏み入れた瞬間、右前方から声が聞こえました。声の主はどうやら少年。目を凝らして見てみると、往来の人々に比べて明らかに貧相な風体(ふうてい)をしています。

 

「……私ですか?」

 

少年が頷きます。どうやら潜んでいたというより、最初からいたのに私が気づかなかっただけというのが正しそうですね。

 

「こっから先、スラムなんだけど。知ってる?」

 

「おや、そうなのですか。」

 

面白い事実です。スラムというと貧民街の事ですが、神の座す地にそんな場所があるものなのですね。どうやらこの国の神様は、平等主義者では無さそうです。

 

「知らなかったなら、まぁ入んない方が良いよ。身ぐるみ剥がされたいとか、僕達の仲間入りしたいとかだったら止めないけど。」

 

素晴らしい忠告です。根が優しい方なのでしょうか?

 

「意外ですね。私が知らずに此処に入れば、貴方も含めたスラムの皆様が得をしていたとは考えなかったのですか?」

 

それを聞くと、少年は口元を歪めます。私を馬鹿にしている風ではありませんが、何かおかしな事を言ってしまったのでしょうか?

 

「ふーん。お兄さん、旅人?」

 

「そうですね。」

 

「やっぱり。じゃあ知らないのも無理ないけど、この国に神様が降りて来るって話くらいは聞いた事あるでしょ?」

 

神様が降りて来る。比喩では無く、本当に神がやって来るという奇跡。加えて神様は人々の願いを叶えて下さるとか。それも伝承や噂の類いではなく、単純に事実として。

 

「ええ、まだ信じ切れてはいませんが。」

 

「その神様っていうのは、みんなの願いを叶えてくれるんだ。だったら、わざわざ他人から盗む必要なんてないとは思わない?」

 

「そこです。みんなの願いを叶えて下さる神様がいらっしゃるのに何故スラムがあって、何故スラムに入れば私は身ぐるみを剥がされるのですか?」

 

私は少年に思った疑問をそのままぶつけてみます。少年は私の無知を馬鹿にする事なく、少し考え込みます。それは正しい意味の言葉を、彼の語彙から探し出している様にも見えました。暫くして彼が口を開きます。

 

「……願いを叶えて貰えなかった人は悪い人だから、かな?」

 

「つまり、スラムには願いを叶えて貰えなかった人々がいると?」

 

「うん、神様は『善い神様』だから、『悪いお願い』は叶えてくれない。そんな『悪いお願い』をした人は危険だからスラム行きって感じ。」

 

成る程、『悪いお願い』と来ましたか。では目の前の彼も、神様に『悪いお願い』をしてしまったという事なのでしょうか?

 

「なるほど。それでは貴方はどんな願いを叶えて欲しかったのですか?」

 

「あ、そうそう。それもダメだよ。」

 

「ダメ?」

 

「『祈りとは神との対話、願いとはその言葉。』……だっけ。よく分かんないけど、とにかく願いを言いふらすのは重罪。」

 

「……なるほど。」

 

確かに願い事は口にすると叶わない、と聞いた事はあります。ですがその逆も然り。信じているのは前者である、という事でしょう。

 

「ですがそんな事、分かるものなのですか?」

 

「不思議と願いを言っちゃった人は、神様が願いを叶えてくれないんだ。だから結局スラム行き。神様は見てるって事なのかな。」

 

何とも闇の深い国ですね。しかし、こうなると俄然(がぜん)神様に会いたくなります。今回の旅路の目的は『神様と話す』としましょう、と心の中で決めます。

 

「他に聞きたい事ある?」

 

「……一つ大きな疑問が。貴方は何故、そんな事を私に教えて下さるのですか?」

 

話を聞いて分かったのは、どうやらスラムは治安が悪く、神様がいらっしゃっても存在し続けているという事。そうなると何故私をスラムに招き入れなかったのか、という最初の疑問が解決しない事になります。少年は軽く考える様な仕草をした後、口を開きます。

 

「そうだなぁ……一つは、お兄さんみたいな旅人が知らずにスラムに入って餌になるっていうの、良くあるんだよね。まぁ目の前でそういう事起こると寝覚めが悪いって思ったから。もう一つは……はい。」

 

そう言うと、少年は手を差し出します。掌の中には何もありません。

 

「僕、色々教えて役に立ったでしょ?だから対価。」

 

「……今日の説明の中で、最も納得出来た気がしますよ。」

 

この少年、私から金をせびるとは。未来では大成しそうな予感がしますね。

ですが相応に、私にも得るものがありました。

 

……まぁとりあえず、スラムに入るのはベルズに任せましょう。面白そうですしね?

 

 

 


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