「む、来たか。」
その日の夜。エンテイル国内、とある宿屋の一室。アノンが扉を開けると、室内から聞こえたのはベルズの声。部屋に入ると、近くの机の上には所狭しと並ぶ酒。それらをアノンは一瞥し、苦笑した。
「……わざわざ買い込んで来たのですか?」
「うむ、良い酒であった故。問題はなかろう?」
『えぇ、全くもってありませんね!』
アノンの背後から声をあげたのはレグルス。アノンが近場のベッドに腰掛けると、レグルスは部屋に入り扉を閉める。彼らの定位置が確保された所で、アノンは指を鳴らした。
「確かに本題ではありませんね。本題は今日の情報整理……という訳で始めましょうか。では、ベルズからお願いします。」
指名されたベルズは、手に持つ酒を床に置き口を開く。
「そうだな……手始めに崇拝されし神の名は、国の名と同じくエンテイルである。酒場の主人曰く、再臨も近いそうだ。」
『再臨……そもそも神様はどのように顕現なさるのでしょうか?』
レグルスが首を捻るが、答えは返って来ない。神の降臨の詳細については誰も知らない、という答えが彼らの中で共有された。
「加えて祈りについてだが、あれは定期的に行われておるな。レグルスが測ればはっきりするが、恐らく八時間おきであろうな。」
「なるほど……他には何かありませんか?」
少し考え込むような姿勢を取るベルズ。唐突に床に置いた酒を手にして一口。そして流れるように口を開く。
「強いて言うなら、それ以外が普通で平穏過ぎる。祈りに
『そうですね!私も観測した限りでは異常な点は見当たりませんでした!神の降臨が異常といえば異常ですが……』
「それがこの世界の常識だとしたら、疑う意味はありません。」
『そういう事です!それをこの世界の個性と捉えるか、異常性と捉えるかは私達次第という事でしょうね!』
つまり世界を渡る彼らにとって、法則というのは不変では無い。故に何を異常と捉え、調べるのかは彼らに依存する。疑う意味の無いような前提は、調べるに値しないのだろう。
「レグルス、他に気づいた事はありませんか?」
アノンの言葉に、レグルスは間髪を入れずに答える。
『私は神殿に向かいましたが、入場する事は出来ませんでした!衛士の方曰く、鎧を装着したまま入場する事は許されないそうです!』
「当然であるな。そんな物を持ち込ませず、危険分子を入場の段階で弾くのはむしろ良い判断であると言えよう。」
『私もそう思いました!という訳で此方にはアノン殿に行って頂きたいと考えています!』
「えぇ、構いませんよ。」
「ちなみに何故我輩では無くアノンなのだ?」
純粋な疑問からベルズがそう静かに尋ねると、レグルスは変わらない調子で即座にその質問へと回答する。
『消去法です!ベルズ卿には、別に行って頂きたい場所があるそうですから!』
「えぇ、ベルズにはスラムに向かって貰おうと考えています。」
至極真面目にいうアノン。いつも通りの理由もなければ説明もなし。いつもならば若干の沈黙と共に、微妙な空気が漂う流れだが……
「スラムがあったのか……良かろう。其方には我輩が向かうとしよう。」
さらりとベルズはそう答えた。しかし、それはそれで流れる微妙な空気。
『あ、アノン殿は何かありませんか?』
珍しく狼狽えるレグルスの機械音声が、彼らにはいつもよりも少し歪んだ様に聞こえた。
「順番が前後してしまいましたが、まずはスラムがある事ですね。この国の神様は平等を重んじる方では無いようです。」
「他には?」
「悪いお願いは叶えて貰えないだとか、願いを他者に言ってはならないとかですかね?詳しくはスラムの方で情報収集して頂きたいです。」
それを聞いたベルズは胸をドンと叩き、一言。
「任せておけ。」
そして早々とベルズは部屋を出て行った。訪れる沈黙、そして残された大量の酒。
『ベルズ卿、本日はかなり聞き分けが良かったですね?』
「酒が美味しかったからでは無いですか?」
一瞬交わされる会話、しかしまたも訪れる沈黙。そう、本日の王はハイテンション。アノンの想像は大当たりだが、それに答えを返す者はいない。酒を飲んでいる時の方が威厳と包容力を取り戻せる不思議な王がそこにはいた。
そんなベルズは翌朝、見知らぬ場所で目を覚ます事になる。