悲鳴、怒声、声にならぬ絶叫。それらが、我輩の国を満たしていた。
そう、栄華の終わりは唐突に訪れたのだ。
全てが奪われていく。我輩の築いた国が、民の平穏な時が、国が紡いできた歴史が。見も知らぬ「敵」に、奪われていく。
我輩は無力であった。
王とは、決して一騎当千の力を持つ者ではない。我輩に力があればと、どれほど悔やんだ事か。
我が命はそこで潰えた、だがその呪いのみが我輩を突き動かし続ける。
あの時から悪夢が醒める事は無い。
故に祈るべき願いなど無い。我輩が祈りを捧げるに値する神なぞ、きっとあの時に死んでいる。
気がつくと、見知らぬ場所にいた。
記憶はある。宿でアノン達と現状整理をし、我輩はスラムへ行く事を引き受けた。そしてそのまま夜中に奔走した我輩はスラムを見つけ、適当に見繕った場所で眠りについた。どうやらその地はスラムの路地であった様だ。
「……」
陽の光が差し、夜には捉えられなかったスラムの景色を認識する。澱んだ空気の中に、汚れた建物が所狭しと佇んでいる。一人が通るにも狭い我輩の路地からは、通りを行き交う人々が見える。
だが、一目見ただけでもこの地はスラムとは呼べぬ。何せこの場所は清潔過ぎる。無念に縛られた魂も、憎悪に燃える魂もこの地には全くない。行き交う人々の中にも、心に余裕がある者が混ざっている。
「……まぁ良い。」
どちらにせよ此処で考えても、真実が見つかる訳では無い。ならば取り敢えず動くしかあるまい。我輩は狭い路地を飛び出し、大通りを進む。我輩を視る者はいない。
……やはり認識阻害は要らぬのではないか?次の機会にアノンに打診するとしよう。
夜まで人混みに揉まれていると、様々な声が聞こえた。願いはもう叶わないのか、どうすれば叶えて頂けたのだろうか、子供はどうにか助からないか、次の神の降臨はまだなのか──
曰く、この国では願いが叶う。
但し叶わなければ、スラムという名の場所に隔離される。但し叶えるのかどうかは神が決める。そして神が降臨するのは数年に一度。
単純な話であった。神は数年に一度しか現れぬ、故に願いを叶えられぬ者は神の介入していた社会から数年隔離される。此処に働き口は少ない、故に金を稼ぐ事は難しい。数年に一度の願いを頼り生きていく事は、願いを拒絶された彼らには不可能だ。いわばここは吹き溜まり、神に見捨てられた場所。
神が願いを選定する、故に人々は何もかもを欲しはしない。神はいつでも彼らを見ている、故に犯罪は起こしにくい。神から見捨てられた危険な人々、故に誰も関わりを持とうとはしない。だがそれでは生きていく事は出来ない……
「……馬鹿げている。」
神が現れた時点で、この国は
我輩はスラムから大通りへと進む。何せあの場所には酒を飲める場所が無い。この国は終わっているが、酒は美味い。
「待ちなよ、お姉さん。」
呼び止められる。大通りへと続く道に、少年が佇んでいた。お姉さんという言葉に反応出来たのは、我輩の外見が女性である事を思い出せた後であった。
「……そうか、我輩の事か。」
「……もしかしてお姉さん、スラムに入って出てきたの?」
つい溜め息が出る。この少年は此方側、吹き溜まりの人物であると直感で分かる。罪人の子を人が許せぬのはまだ分かる。だがそれすらも神は許さない。実にふざけた話だ。
「凄い怖い顔してるけど、事件とか起こさないよね?」
少し不安そうな顔で、少年は尋ねる。
「……無論だ、そう怯えるな。」
本当に事件を起こす人物ならば、少年の呼びかけは煩わしく感じたかもしれぬ。或いは凶行に走るほどに。それでも少年は声を上げた、勇気ある行いである。
「ベルズだ。」
「え?」
「我輩の名である、貴様が本当に危ない時はその名を叫ぶが良い。気休めではあるがな。」
少年はきょとんとしている。我輩も知らぬ人物からそう言われれば、同じ顔をしていたに違いない。
少年の横を通り抜け、一歩大通りへと歩み出す。アノンに報告する事は決まった、ならば軽く酒を飲むとしよう。この悪い気分を洗い流す為に。
……いやしかし、何か違和感が残っている。我輩の気の所為であろうか?