奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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真なる願望③

 

私の終わりは理想郷(アルカディア)にあります。

では私は、何処から始まったのでしょう。

時にしても場所にしても、遥か彼方の場所である事は間違い無いとは思いますが。

生まれた瞬間の事は覚えています。

しかし必ずしも、生まれる事と始まる事は同義ではありません。

 

私とは何処にあるのでしょうか。

悩みの種ではありませんが、忘れてはならない事であるとも感じます。

それが見つかれば、私は理想郷に辿り着けるのでしょうか?

それともそれを見つける為に、私は理想郷を目指すのでしょうか?

 

いずれにせよ、祈るべき願いというものはありません。願いは私達の手で叶えます。理想郷は誰でもない、私達が手を伸ばし届かねばならない場所ですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言ってしまえば、神殿の中身は呆気ない程にあっさりとしていました。中心に置かれた偶像に対し、老若男女問わずかなりの数の人が祈り続けている光景。

 

この国に来ていきなりこれを見せられれば驚いただろうとは思いましたが、何せ祈りの相手は本当に願いを叶えてくれる神。真剣さがあって当然、文字通り信心深さから来る神頼みという事でしょうと理解出来ます。

 

しかし今考えると、彼らは願いを叶えて貰えない事に恐怖していたのかもしれません。スラムに入れられる事は良いにしても、神様から見捨てられるという事は耐えられない。理由はどうあれ、そうなると彼らは自分自身に価値を見出せなくなるかもしれません。

 

ですから、彼らは祈りを捧げる自分自身に陶酔しているのです。祈っている事を他者に見せつけ、さも敬虔で勤勉な信徒であるかの様に振る舞う。それで彼らは安心を得ているのでしょうが、おかしな話です。『祈りとは神との対話』、であれば彼らは一体誰に向かって話しているのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神殿の入り口付近で佇んでいたレグルスと共に、私は宿へと戻りました。部屋の扉を開けますが、ベルズの姿はありません。彼の王の足取りは掴めませんが、取り敢えず近場の椅子に腰掛けます。

 

『次は何を調べましょうか?』

 

レグルスが私に尋ねます。私の方針はベルズにも伝えておきたい事ですが、別に勿体つけておく必要はありません。彼には先に伝えておきましょう。

 

「もう調べる必要は無いです。先程も言いましたがいっそこの国の神、エンテイル神に直接聞いてしまいましょう。」

 

言い合えるや否や、レグルスの配線が明滅します。理解不能(エラー)、確かに彼の気持ちも分からないでもありません。

 

「何をするにしても、この国の神とは会話をしておきたいと思っていましたからね。分からない事があるのなら、ついでに聞いてしまえば早いでしょう?」

 

『それはそうですが……』

 

レグルスにしては珍しく歯切れが悪いですね。

 

「何か不安が?」

 

『不安という程ではありません!ですが、慎重に行動するに越した事は無いのもまた事実でしょう?』

 

弱気……というよりは乗り気では無い様子です。彼なりに思う所があるのでしょう、成長したとも言えますね。ですが方針は変わりません。

 

「それを踏まえても、神には会わなくてはなりません。何故ならこの世界において、ここは神という歯車によって運営される国だからです。こんな希少な状況を見逃す手はありません。」

 

『理想郷の為に……ですか?』

 

「その通りですよ。」

 

そう、理想郷の為に。私達は勿論異なる考え方を持ちますし、時には衝突する事もあります。ですが目的だけは不変です。その為であれば、私達は如何なる苦難をも乗り越えます。例え他者を害する事になったとしても、です。

 

『であれば異論はありません!但し、危険が迫れば排除する事はお許し下さい!』

 

「私にそれを止める権利はありませんよ。貴方の好きになさって下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は観測者。世界を渡り、それを記憶する者。

 

渡り歩く世界で大きな爪痕を残すような事はありません。私達の目的地は最初から決まっています。道中での行いなど些事でしょうが、その世界で生きる者がいるのも事実です。徒らにそれを塗り替える事は悪辣でしょう。

 

渡り歩く世界で無意味に他者を殺す様な事もありません。無論、そうせざるを得ないならばそうしますが、少なくとも理想郷は死を尊ぶ様な世界ではありません。故に私達は生きながらその地を探し、私達もまた理想としてあろうとするのです。

 

渡り歩く世界を支配する事もありません。支配した上で作り変える事も、或いは可能かもしれません。ですがそんな理想は、きっとそうなさりたい方々にとっての理想でしょう。ベルズが聞いたら激昂して滅ぼし尽くすでしょうし、私も許容は出来ません。

 

ですから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キミ(・・)力をあげようか(・・・・・・・)?」

 

いずれ其方に伺いますが、私は決して貴女の様にはなりませんよ?

 

 


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