閃光が如き剣戟、人の命を容易く奪う殺戮の双刃。一呼吸の内に放たれる絶技、使い手に取っては単なる斬撃。人の身では捉え得ぬそれが波打つ様に、一人の存在に幾度と無く振われる。
音も無く、空に舞い散ったのは鮮血。切り刻まれたその男から、夥しい量の血が溢れ出る。と、同時に風が切られ鮮血の霧の中から振り払われたのは、見覚えのある紫の杖。
金属音。振り払われた瞬間に剣に姿を変えた杖は、しかし堅牢な装甲に弾かれる。そして辺りに響いたのはジェット音。音を置き去りにし、装甲の持ち主は大空へと飛び去る。
雨の様に降り注ぐ鮮血の中、杖を銃の様に構える男。それを捕捉し、天より急襲する機械鎧。右手に構えられていた銀の刃は、左手の金の刃と混じり合い一つの長刀の形を成す。空気が燃え盛る様な音と共に、神速の一刀が男に迫る。
男は微動だにしない。ただそれを見据えながら、一言呟く。
「〈我が身は砕けず。〉」
次の瞬間、凄まじい爆音と共に辺りは砂塵に包まれた。
そしてこの国の郊外には、暫くの間荒々しき戦いの爪痕が残される事となる。
「……それで、結果は?」
『私の勝ちですね!』
エンテイル国内、とある宿屋の一室。先程までの戦いがまるで嘘のように、そう爽やかに宣言するレグルス。そして受けた傷など無かったかのように、しかしぐったりとした様子で座り込むアノン。そして指の上で金貨を回しながら持て余すベルズ。
「やはり難しい……貴方に勝とうと思うと……小手先に頼らなければなりませんが……安易な手段では……通用しませんからね……」
ベルズは金貨をレグルスに放り投げる。放物線を描き投射されたそれは、レグルスの装甲に跳ね返り甲高い音を奏でた。そして力無く落ちる金貨をレグルスは難なく掴みとる。
「賭けが成立せぬ故、偶には勝つが良い。」
ぴしりと指を指しながら、ベルズはそう言いつける。指された男は微動だにしない。反応する気力が無い、という感じに首を振った。
「……無茶を言わないで下さい。」
絞り出すようにそう呟く。そして少しの間沈黙が訪れた。
あの日から数日が経った。終ぞアノンとレグルスに墓が無い理由は分からなかった。かの王にも魂の無い理由は分かったが、墓が無い理由については判別が付かなかった。
魂の存在は、つまり「いる」か「いない」かの二択となる。ベルズ曰く、「いてもいなくても問題にはならぬ。問題になるのはいる筈なのにいない、或いはその逆のみだ。故にいない世界にいないのは当然である。」だそうだ。それを聞いた二人は曖昧に頷いた。
しかし墓とは実物である。透明になる事も見えなくなる事も無い。結論から言えば、この国の人々は墓という言葉の存在を知らなかった。
『それで……出立は本日ですよね?』
「そうであるな。故に今日、神が現れなければ全てご破産となる訳だが……」
そう言いながらベルズはアノンの方を向く。つられるようにレグルスも向くと、アノンは漸く元気を取り戻した様に彼らの顔を
「じきに分かるでしょうが、問題はありませんよ。助っ人を一人呼んであります。」
『助っ人?』
「えぇ、そろそろ来るとは思うのですが……」
彼らも彼らなりに、この数日間を過ごしてきた。未知を解き明かし、謎を解明しようと様々な事を調べもした。しかし転機というのは突然訪れ、それまでの努力を
「──いや、外を見ろ!」
ベルズがそう言うと同時に、神殿から神々しい光が放たれる。国が揺れた。人々が沸き立ち、一瞬で通りが人で一杯になる。熱狂、足音、叫び声、その全てがこの国を満たし、数秒前に彼らが過ごしてきた国とは別の国では無いのかと錯覚させる程の恐ろしさが、そこに渦巻き始めていた。
『……私達も向かいますか?』
レグルスの呟きに答を返す者はいない。困惑がその部屋を満たしていく。
「その必要は無いよ。」
否、答を返す者はいた。開かれた扉に寄りかかる少年が、明瞭な口調でそう言うと、ベルズは驚いた様に彼を見る。
「……助っ人とは貴様の事だったのか。」
「おや、面識があるのですか?」
そう、彼はスラムに向かうアノンを止め、スラムから出て行くベルズに問いを投げかけた少年。アノンはこの国の土地勘や風習に詳しい彼を助っ人として呼んでいたのだった。
数日振りの再会、しかしベルズは声を荒げる。
「その事は良い。必要無いとはどういう了見だ?」
「神様に会いたいんでしょ?だったら会わせてあげるよ、ついてきて。」
そう言いながら、扉から離れて行く少年。すぐに階段を降りる音が聞こえ、彼が宿屋から出て行こうとしている事をこの場の誰もが理解する。
『……どうしますか?』
「どうもこうもないだろう。」
「ええ、どうもこうもありませんね。」
神に会えるのであれば、何でもいい。意見を合致させた三人は、少年を追いかける様に部屋を出て、階段を駆け降りて行く。
この国の全てを知る者に会う為に。