奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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神なる顔貌

 

宿屋を出て、神殿のある町の中心とは逆の方向へ歩む少年。そしてそれを追いかける三人。遠くに聞こえる喧騒が、だんだんと小さくなってゆく。彼らが少年を見逃す事はない、例え少年が走り出したとしても彼らはそれを追い続ける事が出来ただろう。

 

時折、少年は道を曲がる。明るい道も暗い道も構わず不規則に曲がる。何処に向かっているのかは分からない。しかし追う道行で彼らが感じていたのは緊張でも不安でも無く、明らかになるであろう真実に対する期待と、この世界を去る事に対する未練だけだった。

 

進む道はどんどん暗くなってゆく。当然、人気(ひとけ)は無い。しかしその静かさが一時的では無いという事を彼らに確信させる様な、そんな道。この国の深淵へと近づいているという錯覚さえも感じてしまう暗がりを、彼らは沈黙を保ちながら進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き続けてどれほどの時間が経っただろうか、突然アノンが足を止めた。

 

『アノン殿?』

 

背後を歩いていたレグルスは不思議そうにその背中に問いを投げかける。

 

「此処なら大丈夫でしょう!もう人目を気にする必要はありませんよ!」

 

背を向ける事なく、彼は大声を出す。いち早く反応したのは目の前の少年。ゆっくりと振り返り、アノンをしっかりと見据えながら口を開いた。

 

「……突然どうしたの、お兄さん。」

 

「分かるのですよ。その人目を気にする在り方、正体を偽装するやり口、そして目標を達成する為には手段を選ばない強い意志。エンテイル神、間違いなく貴方は私達と同族です。」

 

そう言い切ると、アノンは指を指す。その先にいるのは少年。ベルズは少し動揺した様子で、レグルスはいつもと変わらない様子でその少年を見つめる。

 

「ですが、もう良いでしょう。過分に警戒する気持ちは分かりますが、流石に時間の無駄でしょう。早く本題に入りませんか?」

 

沈黙はそう長く続かない。

 

「ふぅん。じゃあもう良いかな?」

 

非常に軽い口調とは裏腹に、アノン達はその声に強い威厳を感じる。特にたじろいだのはベルズ。かの王でさえ、寧ろ王であったからこそ、その一声が如何に重いものであるかを感じ取れたのかもしれない。

 

『という事は、貴方が……』

 

「うん。お察しの通り、私がエンテイルだ(・・・・・・・・)。でも今更だし、君達が呼び易い様に呼んでくれて構わないよ。特にアノン君とベルズ君とはちょっとした付き合いもあるしね?」

 

少年はにっこりとしながら、しかしその中に隠しきれない異質さを見せる。まるで人間を自身と平等とは見ていない。蔑むでも尊ぶでもなく、ただ違うものとして区分する。そんな瞳が三人を見透かす様に映す。

 

「それにしても、まさか見破られるとは思わなかったな。アノン君、勘が良いね。」

 

「ありがとうございます、ですが……」

 

「そうだね、君達には知りたい事がある。勿論良いよ?言いふらしたりしないなら遠慮無く聞いてくれて構わない。」

 

少年の姿をしたそれは、誰の目にも少年としては映っていない。そこにいるのは純然たる神、エンテイルという名を持つ存在。しかし少年としての在り方は神としての貌を覆い隠す。

 

『……では今、神殿には何がいるのですか?』

 

「何もいないね。ああやって仰々しく光らせているのは、私の降臨を示す為だ。私が現れたって光り輝いたりはしないし、そうしておかないと彼らには分かりづらいだろう?」

 

質問したレグルスに、エンテイルは即座に返答する。感情の排されていないその声は、その存在が人間味を帯びている事を表しているのだろうか。

 

アノンが軽く手を挙げる。

 

「では私からも。貴方は私達の目の前にいる少年という認識で間違いありませんか?」

 

「いや、私はこの子の体を借り受けているに過ぎないんだ。ただ私には本体も実体も無いから、私の一部が少年であるという認識は間違いじゃないかな。」

 

そう言いながら、少年は一回転して見せる。

 

「一部、とはどういう意味だ?借り受けているだけなら分かるが、その上で少年のどこに貴様の一部がある?」

 

声を上げたのはベルズ。不遜にも神を貴様と呼ぶ彼の有り様は、砕け折れる事の無い彼そのものを表している。威圧を感じながらも、ベルズはそれに立ち向かう。

 

意外にも、エンテイルは不機嫌そうな顔をする事はなかった。むしろ嬉しそうに、彼は口を開く。

 

「……その表現だと語弊があるね!正確に言い直そう、私の正体は人々の集合意識だ(・・・・・・・・・・・・・)。だから私の一部は少年にあると言っても間違いはない。この身体も彼に借り受けているだけに過ぎないという訳さ。」

 

「何ですって?」

 

驚いた様な声を上げるアノン。その背後で不思議そうに少年を見つめる二人。

 

すると突然、エンテイルは自身の手を叩いた。甲高い音が鳴り、ぽかんとそれを見つめる彼らに向かって、一言。

 

「この言葉だけだと分かりにくいだろう?だから、私は君達に過去を語ろう。私の生まれた過去をね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は無に近いモノだった。

自我は無かったし、生きているとも言えなかった。ただそこに在っただけの存在だった。

 

そんな私がいた場所はとある集落だった。

小さな集落でね、農作業をして暮らしていた静かなところだったよ。

 

しかし、突然ある時から集落には雨が降らなくなった。

偶然だったのかどうか、私には分からない。

だがそんな事は彼らにはどうでも良かった。問題なのはそれで作物が育たなくなり、彼らの食べる物が失われていった事だった。

 

飢餓の中で、彼らは一心に祈り続けた。

雨を降らせて下さい、私達にお恵みを、と。

その時、奇跡が起きた。

彼らの願いが通じたのか、何とその集落に雨が降り始めたんだ。

恵みの雨だって彼らは喜び合ってたね。

でも、それは偶然でも何でもなかった。

 

だって、それは彼らが起こした奇跡だから。

彼らは祈り続けていたんだ。数十人の心が完全に一つになるくらい、必死にね?

その必死な祈りは私に影響を与えた。

 

無に近い私は一つの指向性を与えられたんだ。

それは「人の願いを叶える」事。

故に私はあの時から願いを叶え続けている。一生懸命に祈る人々の願いを叶える為の力を、私はあの時に得たのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強く願う気持ちが、世界を歪ませようとして生まれた存在。人が人の望みを叶える為に生み出した、神という偶像を代理する存在。それがこの私、エンテイル神の正体だ。」

 

 


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