奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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禁足の幕引き

 

異世界、それは未知の世界。

私達は文化や規則を遵守すると同時に、それに守られながら生きています。

しかし異世界の文化やルールは、言うまでもなくその地に根付く過去の歴史や風土に基づいて広がっています。

それは或いは、私達が当たり前だと考えている事でさえも容易に塗り替えるでしょう。

 

ですが、これは単なる期待。その前提には「理解し得ぬ文化の実在」という仮定が存在するのです。

理解し難い文化や規則の中には、案外見方を変えれば納得出来るものが多いのです。理解し難い文化や規則を生み出すのも、文化や規則の違いという壁を作ってそれらを隔てるのも、結局は作り手である私達なのですから。

 

私達は、秩序と法則に縛られた世界で生きて行かねばなりません。それを窮屈と感じるか、幸福と感じるか。一人一人の感覚は異なるのですから、きっと信ずるべきは自分の心なのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は神としてあり続けた。ただし、私は願う者にとっての神でしかない。

つまり君達の様に私に願わない者は、私と繋がる事はない。全ては知らないが、繋がる者達の記憶から君達の事は教えてもらったけどね。」

 

アノン達の姿が揺らぐ。身体が薄まり、部位によってはまるで活気が失われた様に色褪せて行く。その尋常ならざる様子に、しかし誰も驚く様子はない。

 

「……そう、君達は世界を渡る。つまりこの世界から消え失せる存在だ。君達が何を知ろうが、世界に知る者は残らない。それならこの世界が揺らぐ事はないよね?」

 

『合理的な判断ですね!』

 

「うん、だから君達の知りたい事は全て教えよう。その代わりにこの世界には戻って来ないで欲しいんだけど、約束してくれる?」

 

懇願ではなく、提案する様にそう口にするエンテイル。話し合うまでも無いと、ベルズが返答する。

 

「言われるまでも無い。どの道この世界には二度と来んよ。」

 

「それを聞いて安心したよ!ならどんどん質問して……と言いたいところだけど。」

 

世界から消えゆくアノン達を眺め、エンテイルは笑う。嘲笑(ちょうしょう)でも冷笑でもなく、ただ笑顔で旅立ちを見送る様に。その表情にはどんな想いが込められているのだろうか。

 

「時間は無さそうだね。あと一人一つずつくらいなら大丈夫そうかな?」

 

「私はもう構いません。ベルズとレグルスで一つずつどうぞ?」

 

そう言いながら、アノンは身を引く。代わりに前に出てきたのはベルズとレグルス。

 

「では貴様は、如何なる手段で人々の願いを叶える?」

 

先に神に質問したのはベルズ。それを聞いたエンテイルは目を丸くし、程なくして首を傾げる。

 

「そんな事で良いのかい?

単純な話だよ。そもそも私の降臨とは、『願いを持って祈る人々全てを導く』事だ。

人々が強く願い祈り、私は信仰という名の力を蓄える。

そしてその力を利用して繋がる彼らを操作し、なるべく多くの人々の願いが叶う様に世界を動かす。これで答えになったかな?」

 

一瞬、ベルズが(おぞ)ましい物を見る目でエンテイルを見た。が、すぐにいつもの調子に戻り口を開く。

 

「……つまり人に叶えられぬ願いを叶える事はできない、と?」

 

「正確に言うなら『人が都合良く動けば叶う願い』は叶えられるけど、『人を介さない純粋な奇跡』を叶える事は難しい、かな?」

 

「……そうか、感謝する。」

 

そう述べ、ベルズも後ろへと下がる。それは普段の彼にしては珍しく、不気味な程に静かに行われる。

 

「……じゃあ次の質問で最後かな?」

 

『そうなります!では、この世界で死んだ人間はどうなるのですか?』

 

少しの間の後、エンテイルは答えた。

 

「燃やしているよ。残った骨は粉にして建材に使ったりしているんじゃ無いかな。」

 

成る程、とレグルスは小さく呟く。しかしそうではない、という風に続けてこう述べる。

 

『それは正直構わないのですが、私が気になったのはその理由です。

何故この国には、死者を(とむら)うという文化が無いのですか?』

 

「死者を弔う……つまり(まつ)るって事?それに何の意味があるんだい?」

 

まるで理解が出来ないというかの様に、神はそう答えた。想像していた答えとは違っていたのか、彼らの間に奇妙な空気が流れる。

 

『意味……ですか?』

 

「だってそうだろう?彼らが祈るのは私だけで良(・・・・・・・・・・・・) ()。そうしないと私は、彼らの願いを叶える事が出来ないじゃないか。

死んだ者に祈って、彼らの願いは叶うのかい?私は一人でも多くの人々の願いを叶えなければならないのだからね。」

 

アノンがレグルスの肩を叩き、そして首を横に振る。

 

『その……通りですね。ありがとうございます……』

 

意気消沈したように身を引くレグルス。そして一層三人の身体が薄くなって行く。

 

「感謝します、エンテイル神。貴方の国が永遠に栄える事を心より祈っております。」

 

「ありがとう、私も君達の道行に幸運がある事を願ってるよ!」

 

数秒後、この国にやってきた三人の身体は完全に消滅した。

彼らは無事に次なる世界への旅路を踏み出したのだろう。

神は最後まで笑いながら、その旅路を見送る。まるで、他人事のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次なる世界にて、彼らは暫し佇む。

 

「という訳で少し遅いですが、総括と参りましょう。どうでしたか、エンテイル国は?」

 

その瞬間、怒気が形になったような黒い波紋が辺りを満たす。面倒そうにアノンはその源から目線を逸らした。

 

「……少なくとも、我輩はあれを神とは認めぬ。」

 

「と、言いますと?」

 

右から聞こえる声に、アノンは声だけで相槌を打つ。

 

「長々と言っていたが、つまり奴に叶えられぬ願いが『悪い願い』であり、奴はそれに優劣をつけていた。

人の願いを叶える為に生まれた神。つまり叶えられない願いを祈る者など、奴には不要なのであろう。馬鹿げている。」

 

『同意します。祈りを取られない為に死者を弔わないとは、恐ろしい神がいたものです。私が知る限りですが、死者は神の元に召されるのではないのですか?』

 

「まさに『世界観が違う』のでしょうね。

ですが私は皆さんが言う程、あの神がおかしいとは思いませんでしたよ?」

 

「……」

 

じっとりとした視線を感じるアノン。

 

「気でも触れたか?という目で見るのはやめて下さい。

そも神とは気紛れな存在でしょう。本来、彼らに願いを叶える義務なんてものはありません。エンテイル神も自身の事をこう言っていたではありませんか。『神という偶像を代理する存在(・・・・・・・・・・・・・)』と。」

 

アノンを除く二人は思考する。

自身を神と自称していたあの存在は、果たしてそれを認めていたのだろうか。

全能の神もいれば、そうでない神もいる。エンテイル神は、自身をどちらと認識していたのであろうか。

 

「ですからあれで良いのです。向上心と呼んで良いかは分かりませんが、エンテイル神は神の中では良い神の部類でしょうね?」

 

『そんな……ものですか。』

 

残念そうに呟くレグルスに、アノンは人差し指を突きつけた。不思議そうにその指を見つめるレグルスに、アノンはこう宣言する。

 

「ただし、彼はこうも言っていました。そも彼の神の誕生は、人々の必死な祈り故だと。

あの国は周りからやって来る人々も拒んではいないようでした。そんな状態で、人々の祈りは本当に一つになっていると言えるのでしょうか?

尤もこれも憶測でしかありません。ですが、あの国が永劫に続くとはとても思えませんね。」

 

「……理想は遠いな。」

 

「そんなものですよ。ですから私達が目指す価値があるのです。」

 

篤き信仰の国。

信仰により生まれたエンテイルが、信仰を求め、人々を管理し、願いを叶え続ける世界。

 

三人の来訪者はその旅路を追憶する。国の結末は未だ訪れず、神の心は誰にも分からず。

 

しかし意味のある訪問であったと、誰もが思う。

 

 

 

そして彼らの旅路は続く。

 

 


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