前奏の幕開け
異世界、それは無尽の世界。
私達の世界は悠久の時を経て、内包する全てと共に終わりを迎える。
しかし異世界はこの瞬間にも滅び、そして生まれ続けている。
私達の世界と平行に、垂直に、或いはねじれた位置に無数の世界は存在し続ける。
私達には視えない異なる世界の存在。それすらも疑えば、一体私達はこの終わりゆく世界に、どんな希望を見出せば良いのだろうか。
鬱蒼とした森の、不自然に開けた場所。鳥と虫の鳴く声が、まるで合唱の様にその空間を満たす。
空が曇っているのか、その場所に日が差す様子は無い。どんよりとしたその場所で、三人は立ち尽くしていた。
「我輩とて既に何度も世界を渡った身。故に同じ事を繰り返し言うのも憚られるが……」
そう言いながら、目の前の空間に拳を突きつける。腕を半分ほど伸ばした所で、その拳が何か硬い物に触れる。
誰が目を凝らしても、その目の前に広がるのは単なる森林。何か潜んでいるのでは無いかと思わせる様な暗がりだけが、その中に広がっている。
そして、右の拳が思い切り振り抜かれる。響き渡るのは大爆発の如き轟音と破壊音。
しかし次の瞬間に残ったのは、肘から下が消滅した右腕。砕け散った骨の破片が地面に降り注ぎ、薄紫の煙に変化しながらその腕を修復していく。
目の前の景色は少しも変わる事なく、まるで何の影響も無かったかの様にそこにあった。
「……何だ、この世界は?」
修復した腕の状態を確かめる様に、拳を開閉しながらそう問う者、亡国の王・ベルズ。
『私にも観測できません!物質では無さそうですが、どういう理屈なんでしょうか?』
既に試したのだろうか、砕けた剣の修復を待ちながら佇む者、機械鎧・レグルス。
「……かなり珍しいですね。これは『世界の果て』と呼ばれる境界線です。」
見えない壁の様なものを叩きながら、深刻そうにそう呟く者、奇術師・アノン。
「世界の果て?」
「ええ、文字通り一世界における果てです。世界は広いですから、そう易々と目にする事はないのですが……」
世界の果て。如何なる世界にも存在する、世界と世界とを隔てる境界線。その先に広がるのは世界では無く、世界に似せられた背景。或いは黒々しい無。
それを実際に見る者は少ない、何故なら世界の果ては人の生存可能領域を無視した辺境にのみ存在するから。
人間が生存出来る環境は、『世界全体』から見れば遥かに少ない。仮に見る事が出来たとしても、それが真実として広まるには信憑性が薄すぎるのだろう。
『ですが、目の前にあるのは世界の果てなのですよね?』
「そうですね。そしてその中心に位置しているのが……」
三人が振り返る。彼らの目の前に鎮座していたのは大きな館。
しかしその美しい建造様式とは裏腹に、館を包むのは異様な雰囲気。いつからそこにあるのか、館の至る所に
一言で言うならば、まるで魔女の棲家の様なその建物。その周辺を『世界の果て』が取り囲み、断絶された空間がそこにはあった。
「建物を中心とした、木々の生えていないこの場所。館と庭で完結した様なこの空間。
まず間違いなく、この世界は人為的に創られたものです。」
「……誰が、と聞くのは無粋であるな。」
『この世界の創り手が館の中にいらっしゃるのです。本人に会い、エンテイル国の時の様にお話を伺うのが早いでしょうね!』
「あまり楽観はしない様にして下さい。この世界の創り手から見て、私達は侵入者に当たります。
相手の機嫌次第では即刻戦闘もあり得ますから。」
そう言いながら、彼らは館の入り口へと近づいて行く。
直に扉へと辿り着くと、外観を眺めているだけでは分からなかった情報が一つ。
「……何か書いてありますね。」
扉の上に打ち付けられた木に、黒く文字が刻印されている。しげしげと辛うじて読めるそれを見つめ、ベルズが一言。
「幻想……協奏館?」
次の瞬間、彼らの目に写る景色が一瞬にして変わる。そして目の前に広がっていたのは大きな広間。
「幻想協奏館へようこそ、アノン御一行様。」
そして両脇から伸びる階段の上、二階の扉の前から声が聞こえる。
そこに立っていたのは一メートルに満たない程の背丈をした少女。小さな
移動と同時に抜刀していたレグルス、いつも通りの雰囲気で腕を組むベルズ、同じくいつも通りの雰囲気で杖をくるりと回すアノン。彼らが此処が先程見ていた館の中であるという事を察知するのに、そう時間はいらない。
「私、この館の案内人を務めさせて頂いております、メリーと申します。以後お見知りおき下さいませ。」
幻想協奏館、曰く全ての集う場所。
不安定な物、不自然な物、無意味な物、無価値な物。その全てが調和し、一つの音色を奏でる様に共生する。
全てが飲み込まれ、混ざり合う。
その館には如何なる真実が待つのだろうか。
それはきっと、たった一人にしか分からない。