奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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揃い得ぬ道行②

 

幻想協奏館。立地から薄々嫌な予感はしていましたが、入ってみればその異質さが明確に分かります。

デジャヴ。この場所をゆっくりと眺めていられる程、私の心は平静を保ってはいられません。

 

気づけば、私は一人になっていました。

目の前に広がるのは長い長い廊下。後ろを振り返っても前と同じ様な光景が広がるだけ。

 

私は静かに手を伸ばし、こう唱えます。

 

「“開け、繋属の門よ。”」

 

唱え終わると共に、目の前に現れたのは虚空を写す鏡。身体が倦怠感と喪失感で満たされます。

しかし、館に入った時から感じていた嫌悪感を拭い去る事はありません。

 

それすらも瑣末(さまつ)

少し衝動的過ぎる行動ではあるかもしれませんが、そうこう言っていられる状況でない事は館に入った時点で分かっています。

 

これ以上ない好機、であれば判断は迅速に。

私は、その門を潜ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんにちは。」

 

「ッ!?」

 

かなり大きな部屋。右手には大量の本が本棚に収められており、左手には開かずの扉。

扉の上の板には例の如くうっすらと文字が書いてあるが、アノンからは遠く読む事が出来ない。

 

その部屋の中央。驚いた様にアノンを注視するのは、机に向かって崩した姿勢で座っている女性。

ポニーテールに青っぽいスーツの様なゴシックドレスを身に纏うその女性は、しかし程なくして口元に笑みを浮かべた。

 

「お前が……アノンかぁ。」

 

感慨深そうにそう呟く女性。それにアノンは軽く会釈を返す。

 

「お初にお目にかかります、幻想協奏館館長様(・・・・・・・・)。お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「……くふっ!」

 

突然吹き出す女性。そしてそれを隠す様に右手で口を抑えるが、笑いが収まらないのだろうか。暫くの間、くすくすと笑い続ける。

 

「何がおかしいので?」

 

「いやいや……幻想協奏館館長ってのは長ったらしい称号だなと思っただけさ。

普通に館長とかで良いだろうに、面白い呼び方をしないでくれたまえよ。」

 

そう言い、女性は立ち上がる。そして自分を指差し一言。

 

「オスカー。この名前を他者に教えるのも、なんだか新鮮な気分だ。

それで、態々(わざわざ)順路を無視してまで私の元を訪れたのはどういう了見だい?」

 

「それは貴女もよく分かっているでしょう。私達を監視していたのに、事情を知らないという言い訳は通りませんよ?」

 

オスカーの机の上に置いてある水晶玉。その中にはアノンの仮面がぼんやりと映っていた。

 

「その通り、だが動機までは知らんね。

私は全能じゃないんだ、お前になら分かるだろう?」

 

「……ええ、そうですね。そしてもう結構、別に私は貴女と雑談をしに来た訳ではありません。」

 

アノンの杖の先が、オスカーに向けられる。アノンから感じられるのは明確な殺意。次の言葉に期待するかの様に、オスカーは笑顔のままアノンを見つめる。

 

「──オスカー、貴女の幻想協奏館は今日終わるのです。貴女は私に滅ぼされなさい。」

 

はっきりとそう告げるアノン。しかしオスカーは相変わらず笑みを絶やさない。

 

「へぇ。大きく出たねぇ、奇術師。

ベルズもレグルスもいないのに、その根拠の無い自信が一体何処から来るのか。

それとも実は無茶を通すタイプなのかい?そういうのは嫌いじゃないけど。」

 

「そこが貴女の弱点ですよ、オスカー。」

 

「……何?」

 

「全てを飲み込む幻想協奏館、そしてその創り手である貴女。全てを飲み込むが故に、貴女は全てを分かった気になる。

理解は出来ます、ですが改善すべき点でしょう?理解出来ようも無い人物、貴女は既に出会っているでしょうに。」

 

言葉の途中で、一瞬オスカーの顔から笑みが消える。しかしアノンが言い切る頃には、オスカーの顔にはまた笑みが浮かんでいた。

 

「……それはお前も同じことだろ、アノン?理想郷(アルカディア)なんて、それこそ夢物語だ。この幻想協奏館と同じ事なんだよ。

利口になれとは言わないけどね、自身の限界ってのは知っといた方がいいんじゃ無いかね?」

 

ぱちん、とオスカーが指を鳴らす。するとオスカーの両脇に二つの影が現れる。

右の影は重鎧。しかし頭部は無く、首元から白っぽい煙の様なものが常に溢れ出ている。

左の影は文字通りの影。まるで悪魔の様な形を模したそれは、黒い翼を羽ばたかせながら浮遊する。

 

「じゃ、お望み通りやろう。逃げたきゃ逃げても構わないが?」

 

その瞬間、アノンの隣に雷が落ちる。不意を突かれた様にたじろぐオスカー。そこには最初からいたかの様に一つの人影が立っている。

 

右手には剣、軽鎧に身を包む女性。顔は霞みがかったようにぼやけているが、剣には青色の雷が纏われている。その姿はまるで──

 

「それは此方の台詞です。」

 

アノンが杖を構えると同時に、その人影も剣を構える。

 

「皮肉なものですね。貴女は貴女の創り上げた物の所為で私に負けるのですから。

それでは参りましょう。手加減をするつもりはありませんが、本気で挑まれる事をお勧めしますよ?」

 

そして、アノンは仮面を投げ捨てた。

同時に水晶玉は透明になる。まるでその顔を映す事を拒否する様に。

 

 


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