奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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揃い得ぬ道行③

 

勧誘を受ける理由は無い。とはいえ積極的にそれを拒否する理由も我輩には無かった。

結論から言えば我輩はその誘いを受け、こうしてメリーとチェスを行っているのだが。

 

騎士(ナイト)は……どう動かすのだったか。」

 

「騎士はこのように決まった八箇所に動かすことが出来ます、ベルズ様。」

 

「そうか……」

 

尤も、ご覧の通りである。我輩は別段チェスが強い訳ではない。

所々でルールを確認しながら駒を打つのが精々。始めてから暫く経つがこの盤面が有利なのか不利なのか、其れすらも我輩には判断がつかない。

 

メリーが駒を動かす。何となく不利になっているような気がした故に、盤面の状況をじっくりと眺める。

そして彼女は我輩を急かす事もせず、此方を観察している。最初から何となく、視線が我輩の方を向いている様に感じてはいたが、気の所為では無かったようだ。

 

「……アノン様達の安否について、聞かれないのですね。」

 

突然メリーが口を開く。ちらりと其方を見るが、メリーの視線は盤面を向いたまま。

……取り敢えず歩兵(ポーン)を動かしておくか。

 

「聞く意味が無かろう。貴様の発言を誰が保証する?」

 

「……仰る通りでございます。」

 

しまった、強く言い過ぎたか。アノン達と話している時ならばこれくらいでも構わないだろうが、もう少し柔和に話すべきであった。

我輩は取り繕う様に口を開く。

 

「それに、だ。」

 

「?」

 

「どちらにせよ、理想郷(アルカディア)に至るまで我輩達は止まる事などない。

それは一人であろうと同じである。這ってでも我輩達は次へと進むだけだ。」

 

言い終えて、自身の言葉がやはり柔和では無かった事に気づく。優しく話す、たったそれだけの何と難しい事か。

だが思い直す。我輩と目の前の少女は対等である。ならば我輩に出来る事は誠実に答えを返す事である、と。

 

「……理想郷とは、何ですか?」

 

その言葉に釣られ、メリーの顔をまじまじと見つめる。我輩の視線から目を逸らす事なく、真顔で此方を見つめるその顔は少女である事を忘れさせる様な真剣さを持っていた。

我輩は溜息を吐き、一言一句に重みを乗せながら静かに答えた。

 

「残念だが、それについて貴様が知る必要はない。

本当にその地を求めるのなら別だが、少なくとも貴様はそうではあるまい?」

 

静寂が広がる。少女は残念そうに俯きながら、無言で駒を動かした。

……何故我輩はこの少女に気遣いながら過ごさねばならんのだ?別に苛つく程ではないが、何とも言えぬ理不尽さを感じるのはおかしい事なのであろうか?

 

「……我輩の話ばかりであるな。貴様は何か、得意な事はないのか?」

 

とはいえ、チェスはまだ終わらない。我輩は駒を動かしながら思いついた事を少女にそのまま投げかける。

 

「私の事など、皆様がご存知になるべき事は無いと存じますが。」

 

相変わらず俯きながら、少女はゆっくりと駒を動かす。騎士が取られ、我輩はまたも不利になる。

まだ五割ほど駒は残っているが、果たして何をどう動かせば良いのやら。

 

「そうか、まぁ無理にとは言わぬが。」

 

そう言いながら軽く酒を飲む。メリーのグラスには何処から用意したのか、冷たい紅茶が注がれている。確かに少女の身で酒を飲むのは推奨しかねるが。

 

「ベルズ様は……」

 

名を呼ばれ、盤上から視線を移す。メリーは軽く紅茶に口をつけ口を開く。

 

「ベルズ様はお優しいのですね。」

 

意外な事を言われた。拍子抜け……はしないが、毒気を抜かれた気分になる。

 

「そう言われたのは初めてだが。」

 

「私に気を遣っていらっしゃいますよね?その上で私の質問には敢えて厳しい答えもお返しになります。

どうでしょう、優しいと呼ばれても仕方ないとお思いになりませんか?」

 

「……ならば、少なからず貴様も優しいのだろうよ。そうでなければ我輩を優しいなどとは呼べまい。」

 

今の我輩には認識阻害が掛かっていない。この館に入るのが急であった為だが、メリーは我輩の顔を見ても驚きはしない。

その上で優しいと呼べるのであれば、この少女には偏見が無いのだろう。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

頬を赤らめながらメリーは答える。どうやらこういう事は言われ慣れていないらしい。我輩は歩兵を適当に動かした。

 

「あ……」

 

「む、どうした?」

 

「ベルズ様、その動かし方をすると女王(クイーン)(キング)を取られてしまいますよ?」

 

そう言われ、盤上を見る。確かに歩兵が前に進んだ事により、メリーの女王は我輩の王を捉えていた。

 

「そうか、ならば我輩の負けで構わん。」

 

「ですが……」

 

「別にどうしてもチェスがしたかった訳ではなかろう。話がしたいのならばそちらに付き合おうと考えたが、不服かね?」

 

「……不器用なのですね、ベルズ様は。」

 

それは貴様もだろう、とは言わなかった。我輩と話す為だけに随分と回りくどい事をする少女は、好奇心を持った普通の少女にしか見えない。

 

色々と頭に思い浮かぶ考えは、少女の声によって霧散して行く。グラスの中に入った酒を飲み干し、我輩は少女と暫くの間語らうのであった。

 

 


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