奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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幕間・酒場の怪

 

幕間、或いは余談。

その旅路とて日常を歩む。

 

これはその記憶の一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、だ。」

 

昼下がり、奇術師一行が拠点とする宿屋の一室。ベルズは思い出した様に奇術師・アノンの方を向き直る。

 

「如何しましたか、ベルズ?」

 

反射的にそう返したアノンに対し、いや何……とベルズは続ける。

 

「少し奇妙な事があったが、報告し忘れていた事を思い出したのだ。三日程前の事だったか……」

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

宿屋から程近い酒場。

我輩はそこで酒を飲んでいた。黄昏(たそがれ)ていた訳では無いが、感傷に浸りたい気分であった故な。静かに一人酒を嗜んでいたのだ。

 

そんな事を頻繁にしているのか、だと?しているとも。酒は我輩の数少ない嗜好の一つである。以前掛けられた認識阻害で顔を見られる事もなく、酒を飲んでも影響が出る体でもない故、問題は無かろうよ……と、そんな事はどうでも良い、とにかく話を続けるぞ。

 

「ちょっとそこのキミ!この後俺と一緒にどう?」

 

我輩はそこにいた男に話しかけられたのだ。顔は紅潮、間違いなく酒に飲まれておったな。まぁそれ自体は問題では無い。酒を飲んでいるのだから、酒に飲まれる事もあるだろうよ。

 

「……ほら、キミだよキミ、黒いフード被ってお酒飲んでるキミ!」

 

ただ、男は絡み酒であってな。我輩とて平和な国で正体が明かされ、(いさか)いの種となるのは本意では無い。故にこのように黒いローブを着ている訳だ。なればこそ、悪目立ちは避けるべきであった。

 

……何、嫌味のように聞こえる?何処にそう感じたのかは知らぬが、少なくとも黒いローブを着るのも本意ではないとだけ言っておこう。とはいえ我輩が堂々と歩ける世になれとも言えぬな。

 

「……私に言っているのか。」

 

我輩はそう小さく返した。一人称を我輩、と呼ぶ訳にはいかなかったとはいえ、違和感を感じざるを得ん。

 

「そうそう!で、この後一緒にどう?」

 

「断る、他を当たれ。」

 

今思えば少々当たりが強かったのかも知れぬ。尤も、こうした手合いがあっさり諦めるか否かは相手の性格次第である。我輩が言い方を変えようと、結末は変わらなかったと思うが。

 

「まぁまぁそう言わずに──ぐぇッ!?」

 

軽く襟元を掴んだだけだが、千の言葉よりは雄弁であった。お灸を据えた、とも言える。

 

「二度言わねば分からぬのか?他を当たれ、と言ったのだが。」

 

「わる、悪がった!離してぐれっ!」

 

我輩は無言で手を離した。男は逃げる様にその場を去ったが、客の目線が痛くてな。我輩も直ぐに酒場を後にしたのだ。

 

 

───────────────────────

 

「それで、だ。」

 

「……え、終わりですか?」

 

「あぁ、終わりだ。」

 

「私の聞く限りでは不審な点は見当たりませんでしたが。一体何処を奇妙だと考えたのですか?」

 

アノンは首を傾げながら言った。

 

「男が我輩に声をかけてきた事だ。我輩は亡霊、故に視える者と視えぬ者がいる。だがあの時に限っては、我輩が何か行動を起こさぬ限り誰かに認識される事は無い。」

 

ベルズは元々亡霊である。一連の騒動でアノンについて行くにあたり、ある程度その存在は改変されたが、大元は変わっていない。

霊の性質の一つとして、才覚が無い人間から干渉されず、またそうした人間に対して干渉できないというものがある。それでもベルズが城跡の地域を守り続ける事が出来たのは、単純にベルズがそれだけ埒外の存在であったという事を示していた。

 

そんなベルズが気配を消せば、霊感を持つ者でさえ捉える事は難しい。少なくとも、ただの酔っ払いに補足する事は不可能だろう。

 

 

 

さて、この時点で既に答えは出ていた。機械鎧が演算し、答えを求めるのにそう時間はかからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ならば単純な事です、ベルズ卿!貴方が目立っていたから、男にバレたのでしょう!』

 

唐突に口を開いた機械鎧の声に合わせてぴくり、とアノンの肩が動く。

 

「……何?どういう事だ。」

 

『簡潔に申しますと、原因はアノン殿がかけた認識阻害でしょう!』

 

ゆっくりと部屋を出て行こうとするアノンの肩をベルズが掴む。アノンは諦めたように部屋の中に戻った。

 

『私の機構では卿が生物にどのように映っているかは分かりかねますが、少なくとも認識阻害は卿が人骨に見える事を防ぐ為のものです!

とはいえここは人間社会!顔が認識出来ないというのも、不自然極まりない!となれば答えは一つ、木は森の中に隠した(・・・・・・・・・)という事でしょう!』

 

骨そのものも確かに目立つが、正体不明、認識不能な顔である事もまた目立つ。となると残された選択肢は一つ。

 

「……成る程。つまり骨ではなく普通の顔に見えていたからこそ目立った、故に気配を消しきれなかった訳か。ならば我輩は一体どんな顔に見られておるのだ?」

 

美女(・・)でしょうね!男から言い寄られているのですから、まず間違いありません!』

 

「……バレましたか。」

 

そう、ベルズの姿は他者からは美女に視えるように阻害されていた。ブロンドの長髪に碧い瞳、尖った耳と美しい顔立ち。所謂『エルフ』と呼ばれる種族に酷似していたのだ。エルフとて魔物に数えられる場合もあるが、地域によっては人間に間違われる事も少なくは無い種族である。

 

『悪戯と実益を兼ねた、と言ったところでしょうか?まぁアノン殿の性格から考えれば、その点は演算の必要も無いでしょうね!』

 

「……一応聞いておこう。弁明はあるか?」

 

分かりやすく怒りを含んだベルズの一言。答えを間違えようものなら怒りの大噴火、地獄絵図は必至である。そこまで考えた上で、アノンはとても良い顔で一言。

 

「まぁ、反省はしていません!」

 

 

 

 

その日、宿屋に大きな損害が出た事は語るべくも無い。

 

だが風の噂で、それが痴話喧嘩を元にしたものであったと広まってしまったのはそう遠い未来の話ではなかったりするのだが、それはまた別の話である。

 

 

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