奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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唯、舞台袖故と

 

私の為の舞台はあっさりと幕を閉じた。

だから私は舞台袖、未練がましく言葉を連ねる為にある場所にいる。

 

尤も語るべき事など別に無いのだが、だからと言って早々と舞台袖を去ってしまうのも、それはそれで(おもむき)が無いだろう?

だから私は、思い付く限りの言葉を紡ぐ事にした。

この一人語りが、誰の満足に足るかは分からないがね?

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、私の始まりは少なくとも私の主観では実に緩慢だが劇的であった。

だが、始点は間違いなく一つだ。

その劇的な始まりっていうのは、私にとって重要じゃなかったのも確かだが。

その体験を経て、私の世界が文字通り色付いたという部分は重要なのかな?

 

いや、訂正しよう。『私にとっては』重要だ。他の誰かにとって重要になる事はおそらく無いだろうからね。

……いや、重要にならないとは言い切れないか。まぁ細かい所はどうでもいいから、次に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

奴等の事は知っていたよ。よく知っていたかどうかと聞かれたら強くは頷けないが、少し交流があった程度の人間よりは間違いなく知っていた事は多いだろうね。

 

例えば、奴等の本質について。

居場所を捨て、世界を渡る奇術師。

安寧を拒み、感情を燃やす不死者。

目的を失い、存在意義を探す機械。

そんな物は単なる一側面に過ぎない。

 

理想郷(アルカディア)

奴等の本質を語る上で鍵になるのは間違いなくこの言葉だろう。

そも、理想郷とはどんな場所を指すのか?

理想とは一体何を意味しているのか?

抽象的なその代名詞を紐解かぬ限り、奴等の本質を暴く事は出来ない。

そして少なくとも、私はそれについて知らなかった。

 

だけど何を知っていて何を知らないか、そんな事はどうでも良かった。

結局は、私の館がそれを受け入れるかどうか。

極論を言って仕舞えば、私の館が受け入れるのならば如何なる変人も狂人も、私は受け入れる事が出来るだろう。

私が物事を判断する基準は、そこにしか無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから訪れる三人の内、一番危険なのは誰だと思う?」

 

いつか、あの子にこんな話をした覚えがある。

その質問は、まだ計算していない数式の結果の様な物だった。そう、答えは明確に一つしか存在しない。

 

あの子は少し遠慮しながら、あっさりと答えた。誰と答えたんだったか……どうでも良くて忘れたが、少し驚いた記憶だけはある。

 

「答えは……誰もいない、だ。」

 

「……」

 

私の提示した答えに納得出来なかったのか、少し口を(すぼ)めたあの子の顔が今でも印象に残っている。あの子は分かりやすい子だったからね、表情を見れば考えている事は察しがつくものだったのさ。

 

「納得出来ないかい?」

 

「……えぇ。何故、誰も危険ではないのですか?」

 

「難しい話って訳じゃないんだけどね。

奴等は理想郷を目指している。見つけられるかどうかはさておき、そこに向かって共に進んでいるのは間違いない。

じゃあ、どうして共に目指せると思う?」

 

あの子は少し考え込む様に、明後日の方向を向いた。

答えを待ってやる必要は全くなかったので、矢継ぎ早に次の言葉を口に出す。

 

「それは単純に『理想が相反していないから』だ。

つまり奴等の目指す理想郷は、奴等の理想全てを内包する事が出来ている事になる。

そんな奴等の持つ理想が、相反したらどうなるだろうね?」

 

理想というのは、確かに強固だ。

人は理想の為に生き、或いはその理想を体現する為に全てを投げ打つ事が出来る者もいるだろう。

それくらいに、理想は強く人の方向性を定められる。

 

だが同じくらいに、理想は脆い。

それは目に見えて手を伸ばす事は出来ても、届かせる事が困難であるから。

全てを投げ打つ事が出来る程に価値を持つからこそ、人々はその理想を精査し続ける。

この理想は本当に私達が命を懸けるに値するのだろうか、とね?

 

「私より強くて、私に向かってくる相手こそが脅威だ。

私より弱ければ脅威にはならないし、私以外を狙う相手も脅威にはなり得ない。

信念や思想みたいにブレやすい物を指針にする時点で、脅威と呼ぶには相応しくないねぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんにちは。」

 

そして遂に、その男は私の世界を訪れた。

招き入れられた身であるにも関わらず、奴は横暴にも私の元に直接やって来た。

 

「お前が……アノンかぁ。」

 

格好だとか話し方だとか、或いは目的や信念なんて物はどうでも良かった。いや、それは今となっても変わらない。

 

だがそんな私でも、どうしようもなく歪んだその男を適当に扱う事は出来なかった。

顔を隠す様に覆う仮面は、何故か人の顔に見える様に認識を捻じ曲げられ、その身体が純粋で無いことは直ぐに見破れた。

あの時から私は、その取るに足らない男に少し興味が湧いた。

 

「お初にお目にかかります、幻想協奏館館長様。お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

数奇な定めによって巡り合ったこの男は、一体どんな思考をしているのだろうか?

 

「……くふっ!」

 

そして、何故こいつは選ばれたのか?

私には見定める権利がある。

だから柄も無く、戦おうだなんて思ったのかもねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……正直、見くびってたよ。」

 

私の目の前に立つ奇術師アノン、そして少し離れた場所に佇む少女の様な残像。

 

床に転がった私の右腕を眺めながら、不思議な満足感と共に私は口を開く。

 

「命乞いですか?」

 

「まさか、私の命に価値なんて無いだろう?生憎、私はそんな無駄な物に下げる頭は持ち合わせていないよ。」

 

いやぁ、まさかあんな切り札が居たとはねぇ。

これはもしかすると、幻想協奏館始まって以来の間抜けな終わり方トップ3にカウントされるんじゃないだろうか?

 

「そうですか、ですが貴女と雑談をするつもりは無いと申し上げた筈ですが?」

 

そんな風に考えていると、アノンははっきりとそう言った。少女の方は……どうだろうね、顔はこっちを向いてる気がするけど、ぼやけていて視点の先は読めないかな。

 

「取り付く島もないねぇ。せめて今際の言葉くらいは聞いてくれても良いだろう?」

 

「言葉を返す様ですが、私もそんな無駄な物にかける時間は持ち合わせていません。」

 

さらりと出た言葉に少し笑ってしまう。

全くもってその通りだ。

 

「くふふっ!辛辣だが、現にお前は私と言葉を交わしている。

結局、悪虐にはなりきれないんだろう?」

 

すると、アノンは溜め息を吐いた。

流石に相手をするのが面倒になったのか、だが相変わらず仮面が表情を隠してその顔を拝む事は出来ない。

 

「片腕を飛ばした相手を悪虐と呼ばないのもどうかと思いますが……一つ訂正しておきましょう。」

 

「何だい?」

 

「私は貴女の同類ではありません。

ですから貴女がその類を相手に競いたいのであれば、別の方を狙うべきでしたね。」

 

……なんだか、この男も勘違いをしていそうだ。言葉を選ぶ為に少し頭を働かせる。

滴り落ちる血が気色悪い。正に、命が流れ出ているって感じだ。

 

「別にお前が同類じゃない事は知ってたよ。その上で私はお前と戦ったのさ。」

 

「……同類ではないと知っても、貴女は驚かなかったという事ですか?」

 

「驚く訳がないだろう?

そんな事で一々驚いてたら、こんな不思議の館の管理者は務められないんでね。

それにまぁ、こうして戦ってみれば違うって事くらい嫌でも分かるさ。」

 

アノンはまじまじとこちらを見つめている……様な気がした。

いや案外、相手を見くびっていたのは私だけじゃなかったのかもしれないと思うと溜飲が下がった。

見る目がなかったのはお互い様だったね。

 

「お返しに、私も最後の言葉を残そう。」

 

左腕を上げる。指し示すは目の前の男。

 

「アノン、お前は絶対的な主役にはなれんよ。たとえ理想郷に辿り着いたとしてもね。」

 

私ははっきりとそう言った。

アノンの手に握られた杖が、ゆっくりと剣へと変貌していく。

 

私の人生もこれで終わりだ。

だがこうして迎えてみると、痛みというのもエッセンスの様に感じる。

まぁ、だが一つ心残りがあるとすれば……

 

「……私も、そう思いますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……舞台袖から語るのはここまでだね。

彼らの道行がどう進んでいくのか、楽しく見物させてもらうとしよう。

 

 

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