奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

42 / 54
執り行うは奇想曲①

 

色々な物を見た。

 

安息を得て、静かに佇む竜の終わりを見た。

 

絶望から目を背け、夢の中に沈む人々を見た。

 

終わりゆく世界の中で、別世界に期待する瞳を見た。

 

目的は果たされたが、残酷な終わりを迎えた路を見た。

 

神という代役を以て、統治される国を見た。

 

至り得ぬ姿の為に、無意味な真似事を始めた者を見た。

 

持たざる事を羨み、自由に生きるあの人を見た。

 

続く定めに身を任せ、繰り返し続ける愚者の言葉を見た。

 

そして滅びを受け入れられず永き時を過ごした孤独を、二度見た。

 

様々な世界を、様々な人々を、それらが織りなす様々な奇跡を見た。

絶望の中に沈み、現実という足枷に囚われた幾つもの世界を見た。

薄く透明で、目を凝らさないと見つけられない無数の秘密を見た。

 

それでも、理想に足る事はない。

そしていずれ、私は見た物への対価を払わなければならない時が来る。

 

正直に言えば、恐ろしい。どう代償を払わされるのかは明確だ。

そしてその上で、失う事が怖い。壊れてしまう事が恐ろしい。

 

だが、向き合わなければならない。

その上で、何かが決定的に欠けてしまうとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とかかりましたね、待ちくたびれましたよ。」

 

幻想協奏館、館長室。

館長の椅子に座るアノンは、音もなく現れた三人を横目に本を読んでいる。

 

だがまるで虚を突かれた様に、一人としてその場で声を上げる者はいない。

館長の椅子に腰掛けるアノン、そして血飛沫の中に転がる人の右腕と劣悪な香り。殺人現場の様なその場所。

ベルズとレグルスにさえも、この状況を正しく認識する事は出来なかった。

 

『惨状……ですね。アノン殿、これは貴方がなさったと認識して宜しいでしょうか?』

 

最も早く声を発したのはレグルス。

彼は顔をゆっくりと上げ、それと同時に手に持っていた本が虚空へと消え去ってゆく。

 

「幻想協奏館館長、オスカー。」

 

びくり、とメリーが肩を震わせる。

状況と言葉から連想される想定。それを必死に打ち消す様に言葉が巡る。

そんな考えは思い違いで、この惨状は……そう、何かの間違いに違いないと。

 

「私が倒した人物の名です。そこの少女の案内で来ているのですから、当然貴方達も名前くらいは聞いていますよね?」

 

そんな微かな希望を易々と踏み躙る無慈悲な宣告。メリーはまるで気を失ったかの様にゆっくりと膝から崩れ落ちる。

即座に支え、声をかけ続けるベルズ。その様子を淡々と見つめていたアノンに、痺れを切らした様にベルズが呟く。

 

「……そうか、貴様が。貴様は人を殺めぬと思っていたのだが。」

 

ベルズの言葉に、アノンは肩を竦める。

 

「……それは買い被り、というか勘違いですね。確かにそうする必要が無ければしません。

逆にしなければならない事ならば、躊躇(ためら)う事なくしますよ。例えそれが他者の命を奪う事であったとしても。」

 

「それは……」

 

『違います、アノン殿。』

 

ベルズを遮る様に、レグルスは声を上げる。

 

『貴方は殺す事を″選択した(・・・・)″のです。それは決して義務などでは無かった筈です。

ですから、ご自身の責任から逃げないで下さい。そして、目を背けないで下さい。』

 

「レグルス……」

 

機械音声、しかし感情の乗ったその言葉。

 

「そうですね、では今一度選択しましょう。

ベルズ、レグルス。メリーを殺して下さい。

貴方方が拒むのであれば、私がやります。」

 

そんな言葉もアノンには届かない。

すっくと立ち上がった彼の右手に持つ剣が、明らかな殺意を物語る。

幸いな事といえば、気絶したメリーがこうした言葉を聞かずに済んだ事だろうか。

 

「……理由を聞いても答えはしないだろうが、貴様は本当に正気なのか?」

 

『間違いなく正気ですよ、ベルズ卿。

体温も脈拍も、何も変わりありません。アノン殿はいつも通りの調子で、ただ為すべき事をなさろうとしています。』

 

肩の駆動音、それは抜刀音。

両碗に装填される、金と銀の刃。レグルスはただ悠然とアノンを見据え、タラクシカムを構える。

 

『──だからこそ!だからこそ、私は貴方を止めさせて頂きます!

何故ならそれが、貴方と共に旅路を行く者としての責任ですから!』

 

「そうですか。ベルズはどうしますか?」

 

その場から動かず、首だけを軽く向き直してアノンは尋ねる。

瞬間、空間を満たす黒々しい波動。迸る感情が具現化し、大気を震わせる。

 

「聞くまでもなかろう。

説明も無く、命を奪う。それは、我輩が最も嫌う所の理不尽である。

そんな事まで忘れたのならば、貴様の頭蓋を砕いて思い出させてくれようか?」

 

軽く溜め息を吐くアノン。

そして、彼らを眺め告げる。

 

「……誰も彼も言葉遊びですか。

まぁ良いでしょう。正直貴方達は説得するより、力を以て示す方が億倍楽ですからね。

但し──」

 

轟音が響く。

落雷、歪み、そして暴風。降り注ぐその天災から現れたのは三つの影(・・・・)

 

右手側には飛来する雷と共に現れた、剣と軽鎧に身を包む女性。青き雷を剣に纏い、その剣をレグルスに構える。

 

左手側には空間の歪みより現れた、青いゴシックスーツの女性。口許に右手を当て、左手で近くの空間を絶えず砕き、破裂音を鳴らしながらベルズを見つめる。

 

そして背後に現れたのは、分厚い鱗と鋭い牙を持つ巨竜。大木の様に太い尾と脚を地面に付け、目の前の矮小な存在を見下す様に鎮座する。

 

「理想郷に至る道のりを妨げるのです。

無事で済ませるつもりも、手加減するつもりもありません。

覚悟するように。」

 

『そんな事!』

 

「言われるまでも無いッ!」

 

幻想協奏館にて、三つの存在が対峙する。

そして次の瞬間、巨竜の咆哮と共に戦いの火蓋が切って落とされるのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。