奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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執り行うは奇想曲②

 

ベルズがその場で拳を振り下ろす。遅れてやって来る轟音と、地を薙ぐ破壊の波動。

ほぼ同時に、剣を横に振り抜く勇者の残影。その軌跡から発生する無数の蒼雷、それらが槍の様にベルズ達に降り注ぐ。

 

直後に響き渡るのは無数の何かが砕ける様な甲高い音と、激しく噴き出す様な燃焼音。

 

残影が伸ばす左手から放たれた無数の白線がまるで糸の様に、ベルズが放った破壊を絡めとりながら空間に広がる。

燃焼音と共に飛び立つのはレグルス。ブースターを燃やし、左腕に気絶したメリーを抱えながら雷の間を縫う様に飛び去ってゆく。

そして、ベルズも同時に地を蹴り駆ける。

 

「へぇ……やるじゃないか。」

 

そう呟くと、残影は左手を前に軽く払う。

その手に合わせる様に空間は砕け、手を止めるとそこからヒビが無作為に前方を覆い尽くしてゆく。

 

『……こちらですか!』

 

左手が向く方向はレグルス。嫌な音を立てながら急速に崩れゆく空間が迫る。

 

「そら、早く反撃して見せるがいいさ!

それとも死ぬまで鬼ごっこを続けるか、好きな方を選ぶと──」

 

「我輩を忘れるなよ?」

 

言葉と同時に、一瞬にして姿を消すベルズ。地面を蹴る音が残影に聞こえた瞬間に、詰められた間合いから放たれるのは必殺の蹴り上げ。

凡そ人体ではあり得ない速度で、空気を切り裂く異常な音がその残影を捉える。

 

「当然、忘れてなどいませんよ。」

 

しかし、その蹴りは残影には届かない。

間に割って入ったアノンの杖が盾に変貌し、ベルズの蹴りを受け止める。

 

鳴り響く轟音。アノンは残影共々弾かれる様に後方に吹き飛び、壁に強く激突する。そして一瞬にして加速し、アノン達が吹き飛んだ先に走るベルズ。

 

刹那、壁際から無数の白線が広がる。当然の様にベルズには一本も当たる事はない。

だが、その発生源に辿り着く事も出来ない。隙間無く広がるそのヒビは、否応なくベルズを後方に押し下げてゆく。

 

「チッ……面倒な相手だ。」

 

そしてベルズがある程度離れると、白線は嘘の様に消え去った。

発生源から現れたのはアノン。先程までいた筈の残影は何処かに消え、二人だけがその場所で対峙する。

 

「貴方の相手は私です、ベルズ。」

 

「……貴様一人で我輩を止められると?相変わらずつまらん冗談であるな。」

 

迸る黒い波動。怒り、その感情だけがベルズを満たす。

 

「冗談?認識が甘いですね。

倒す事は出来ないでしょうが……止める事くらいなら私一人でも十分です。」

 

次の瞬間、黒々とした波紋がアノンとベルズのいる空間を飲み込んだ。そして生まれたのは外と内とを隔離する黒い空間。

いつかの様に、二人はその中で対峙する。

 

「もう良い、その口を開くな。虫唾が走る。殺されるまで黙っていろ。」

 

「それは此方の台詞です。その態度、少し改めさせてあげましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、空を駆けるレグルス。

雷の嵐、そして一瞬止んだ筈の空間の崩壊が四方八方から迫り来る。

 

『キリがありませんね……!』

 

そう呟きながらも、すんでのところでその攻撃を回避し続けるレグルス。

縦横無尽に動き回るレグルスを、その二つの攻撃は捉えきれない。

 

「くそっ……!」

 

「想像以上に速いねぇ。だが追い詰めているのは私達だ、そうだろう?」

 

「話し掛けないで!私、今すごく機嫌が悪いから!」

 

「……そうかい、そりゃ悪かったね!」

 

残影を眺めながら、レグルスは思考する。

メリーを抱えた状態でどう戦うか、あの二人を切断するならどれくらいの出力がいるか、そして暗闇の空間に閉ざされたアノンとベルズの現状はどうなっているのか。

 

そういえば、とレグルスは竜の方向を見る。しかし竜は微動だにせず、まるで石像の様に静かに佇んでいた。時折、気まぐれの様に奔る雷がその体に当たりはするが、そんな事すら意に解さない様にずっしりと構える竜から、レグルスは思考を逸らし次の行動を選択する。

 

『……取り敢えず、失礼します!』

 

そういうと突然、レグルスは右腕に装填されたタラクシカムを射出する。そして流れる様に、空いた右腕でメリーの頭を軽くこつんと叩いた。

 

「痛いっ!」

 

悲鳴を上げ、メリーが跳ね起きる。

 

『お休みの所申し訳ありませんが、緊急事態です!この館から退館する手段を、何かご存知ありませんか!?』

 

「えっ!?こ、ここ……きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

レグルスが声を掛けるも虚しく、メリーは恐怖のあまり叫びながらレグルスの腕を振り解こうと暴れ出す。視界と身体が揺れる。

 

凄まじい速さで飛行するレグルス、そして周囲を奔る青い稲妻。絶えず鳴り響く雷音と風音、その状況は確かに絶叫体験と呼んで差し支えない。

 

『お、落ち着いて下さい、メリー様!貴方は必ず私がお守りします!ですから、落ち着いて暴れるのを止めて下さい!』

 

ぐらぐらと揺れながらそう言葉を発するレグルス。

その言葉を皮切りに、或いは落ちる事に対する恐怖を思い出したのか、ゆっくりとメリーの抵抗は収まってゆく。

 

「……メリーが目覚めたか!さっさと撃ち落としな、勇者!」

 

「今やってる!」

 

そんな会話も虚しく、レグルスは空を飛び去りながらメリーと会話を続ける。

 

『正直、この状態では戦いになりません!

退館ではなく退室でも構いませんから、取り敢えず貴女だけでもお逃げ下さい!』

 

「……で、ですがレグルス様とベルズ様はどうなさるのですか!?」

 

『良いから早く!出来る事を為すのが最善です!』

 

その言葉を聞くと、メリーは覚悟を決めた様に目を瞑って一言。

 

「……っ!『私は最後に目を醒ます!』」

 

次の瞬間、レグルスの左腕は抱えていた重さを失う。それと同時に両腕から抜刀される二対の刃。

 

「……来るっ!」

 

二人の残影は武器を構える。一人は剣、一人は左手。構えると同時にレグルスを追っていた災害は消え去り、静寂が辺りを満たす。

 

『さぁ、反撃させて頂きましょう!』

 

ブースターがより一層強く火を吹く、そして次の瞬間。

 

「……は?」

 

残影の一人、オスカーの胸は貫かれた。

 

 


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