奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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執り行うは奇想曲③

 

黒き空間で振るわれる打撃と斬撃。

一つはベルズの拳。一瞬にして無数に、何もかもを無差別に、そしてただ無慈悲に打ち砕いていく。

 

もう一つはアノンの剣。その純然たる破壊を流す様に、散らす様に、削ぐ様に剣を振るい続ける。

 

だが流され散らされ削がれても、執念深く放たれるベルズの拳が、アノンの身体を徐々にだが確実に蝕んでいく。

 

そして、一蹴。剣で受け切る事は出来ず、身体が嫌な音を立てると同時に、アノンは空間の端まで吹き飛んで行く。

 

「ぐっ……!」

 

激しい激突音、呻くアノン。

だが次の瞬間にはアノンの体は修復され、またも剣をベルズへと構える。

 

諦めの悪い弱者、肩透かし。それがアノンの様子から連想した、ベルズの感想。

 

「失望したぞ、アノン……」

 

肩で息をするアノンを見据え、憤りと蔑みを込めてベルズは呟く。

 

「自身の意思を主張はすれど、説明する事はなく。

我輩の拳に反応はすれど、反撃する事はなく。

貴様は一体何がしたい?」

 

アノンの乱れていた息が整えられる。それを眺めながら、ただアノンの返答を待つかの様に腕を組んで沈黙するベルズ。

やがてアノンが口を開く。

 

「……最初に足止めだと言ったでしょう?私には貴方を倒す事は出来ません。

ですがメリーを殺すのならば、私である必要はない。目的は明確でしょう。」

 

不思議と、ベルズの殺気が収まってゆく。

それでもしっかりと剣を構えるアノンには一部の隙もない。

 

「なるほど、目的は明確であるな。だが動機がない。」

 

「……」

 

沈黙。アノンの目的は時間稼ぎ。

或いはベルズに口を開かせるのも、策略の一つである可能性は否定出来ない。

だがその剣先が一瞬ブレるのを、ベルズは見逃さない。

 

「説明出来ない、秘密は誰にでもある。

反撃しない、時間稼ぎならそれも良かろう。

だがそのいずれも、貴様にとっては理想郷より優先すべき事ではない。

共に理想郷を目指す我輩達と戦う理由にはならぬ。」

 

静かにベルズを見つめるアノン。

続けてベルズは口を開く。

 

「貴様は執拗にメリーを狙う。

目的はオスカーではなかった、故に奴を殺せど貴様が止まる事はなかった。

そして我輩達と相対しても、それは変わる事がない。

つまりこれこそが、貴様にとって理想郷より優先すべき事になる。」

 

一瞬の間、二人の視線が交差する。

 

「……聞かせろ、アノン。貴様が何を内に秘めているか、敢えて聞く事は無かった。それでも理想に至れると信じていた故に。それを今更、間違いだったとは言わぬ。

だが今からは間違いだ。理想に至る為に、妥協するな。そして偶には、我輩達を信じるが良い。」

 

言葉は力に敵わない、だがベルズはこの場で言葉を選ぶ。

二度と失わない為に力を選んだ亡国の王は、そうして静かに友に語りかける。

 

「無駄ですよ。私の残影がメリーを殺せば……」

 

絞り出す様なか細い声で、アノンは呟く。

メリーがとっくに幻想協奏館から離れた事が、アノンには分かっていた。

それを見透かす様に、ベルズは鼻で笑う。

 

「レグルスを倒せる道理などなかろう。

奴は今ここにいる、ならば過ぎ去った残影が奴を倒せる訳がない。

何より、人の為に動く奴は強いぞ?」

 

信頼、それは信じ頼る事。アノンは彼らを信じていたが、頼る事が出来なかった。

ベルズとレグルスはアノンを頼ったが、逆に信じ切る事が出来なかった。

それはなんて事のないすれ違い。

 

杖の落ちる音。そしてそれが消え去ると、アノンは軽く両手を上に上げ一言。

 

「……分かりました、負けを認めます。

あの少女、メリーには手を出さない事をここに誓わせて頂きます。これで良いですか?」

 

「ついでに私も解放してくれないか?」

 

アノンの服のポケットから聞こえる女性の声。

ベルズは怪訝そうな表情をする。

 

「……誰だ?」

 

オスカー(・・・・)。メリーから聞いてるだろう、ベルズ君?」

 

訪れる沈黙。まじまじとポケットを見つめるベルズ、そして視線を上に動かして一言。

 

「アノン、これはどういう事だ……?」

 

そう言いながら、いつもの調子でアノンを睨みつけるベルズ。

ポケットの中から騒ぎ続ける、オスカーと名乗る人物。

そして目線を逸らしながら、溜め息をつくアノン。

 

「睨まないで下さい……取り敢えずレグルスと、あとメリーも呼んで来てもらいましょうか、オスカー。」

 

そう言いながらポケットに手を突っ込み、出てきたのは紫色の宝石の様な水晶体。掌程の大きさの正四面体には、よく見ると人影が写り込んでいる様に見える。

 

「じゃあ出してくれない?」

 

「お断りします。貴女ならレグルスと戦っている方を動かせるでしょう?それで十分事足りる筈ですよ。」

 

「……やられてるだろう、アレ。気づかないのかい?」

 

「は?」

 

素っ頓狂な声を上げるアノン、そして再び訪れる沈黙。

アノンがちらりとベルズの方を見る。

 

「……何だ?」

 

「説明しますから、取り敢えず呼んできてくれませんか?」

 

懇願する様なアノンの声。

ベルズは今日一番の、大きな溜め息をついた。

 

 


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