「私の残影、認識阻害、世界移動、武器であるこの杖、私の持つ力の全て。
それらは、私が魔女から後継したとある力に起因します。」
返答も反応も無い。アノンは続ける。
「武器は一つの形を持たず、他者の認識は誤魔化され、世界という境界をすり抜ける。
私が戦った者達は残影となり、私の一部として記録される。そして何より──」
そう言いながらアノンは仮面を取った。
メリーは目を見開いたが、レグルスとベルズは反応が薄い。
仮面の下から出てきたのは、あるべき場所に目も鼻も口も無いのっぺらぼう。その顔があるべき場所に映っているのは、奇妙に捻れながら胎動する渦。アノンは仮面を付け直す。
「簡潔に言いましょう。私が継承した力は『曖昧』。境界が薄い故に新たな力を自分の物にしやすい、ただし私と言う自己も段々と薄まっていく。そんな呪われた力です。」
「私の力は『混沌』だ。因みに、呪われた力だと思った事はないけどねぇ。」
間髪入れずにオスカーも呟く。
曖昧と混沌。人格ではなく、個性や能力と呼ばれる様なそれ。先程まで確固たる意志で行動していた者達が放つ、想像以上に浮ついたその言葉。
沈黙に皆の困惑する様子が溶け込み、誰もがそれを感じ取っていた。
「……つまり、その力を与えた存在が『魔女』、その力を与えられた貴様らが『後継者』、という訳か。」
一言一言を自らに言い聞かせる様に、ゆっくりとベルズはアノンに尋ねる。軽く頷くアノン。
「そういう事です。」
「……『魔女』とは、どの様な方々なのですか?」
おずおずと尋ねるメリー。アノンに対する恐怖心はどうしても消えないのだろうか、手に持つオスカーを軽く握りしめる。
「……言うなれば、全知全能に限りなく近い存在。世界をまるで己が所有物と捉える、無法にして無秩序の権化。
間違いなく、世界にとっての害悪です。」
『世界にとっての……』
「害悪……」
彼らは想像する。無法、無秩序、或いは世界を侵す害悪。しかしアノンとオスカー以外の誰も、魔女の姿を想像するには至らない。
アノンの言う事がそれほど滑稽なのか、或いは魔女の埒外さ故にか。見計らった様に石の中から声が響く。
「ま、ほぼその通りだね。私から見ても、あの人達の価値観は滅茶苦茶だ。
なんというか……結果の為なら手段は問わないの究極形だね、アレは。」
「想像出来なくとも構いません。重要なのは私が魔女を、そして後継者を倒さなければならないと言う事です。」
「……何故だ?」
ベルズの目を見て、アノンははっきりと答えた。
「私が理想郷に至れば、間違いなく魔女に連なる者はその地を踏み荒らすから、です。
貴女達はそういう望ましくない希望だけは必ず叶える。そうですね?」
「否定は出来ないねぇ。」
後継者オスカーは答える。メリーはゆっくりとその石を机の上に戻した。
「というか、こんな状態でもなければお前達をここから逃すつもりは無かっただろうね。
まぁ負けは負け、別に未練はないがね?」
「……後は質問に答えていく形にしましょう。正直、その方が貴方達も納得しやすいでしょう?」
『でしたら一つ。残影とはどういう仕組みなのですか?』
その問いに対し、アノンは残影を出して答えようとする。しかし何か思い出した様にアノンは静かにため息をつき、全員に語りかける様に口を開く。
「残影は『物理的に私に混ざった相手の要素』と、『情報的に私が知る相手の要素』から成る存在です。
貴方達の世界に、貴方達の残影を置いて来た事は覚えていますね?」
「……あぁ、覚えている。」
かつて、アノンがベルズ達の世界に残した残影。それは彼ら自身の残影であり、守護者を失った場所に置かれた駒の様な存在。
「基本的に残影は
代わりに、自分から切り離すのが難しい。先程の様に三体も出すのはイレギュラーだと捉えて下さい。」
『ちなみにオスカー様の残影は切り刻んでしまいましたが……大丈夫でしたか?』
ベルズは暗黒の空間を抜け最初に見た光景を思い出す。斬り合うレグルスと勇者の残影、そして固まる竜の残影。思い返すと確かにオスカーの残影はいなかった。
「大丈夫ではありませんが、あれが自分に混ざるのも個人的には嫌なので問題はありません。
勇者も竜も、傷はついていましたが無事でしたしね。」
『そういえば、あの竜は最後まで反撃して来ませんでしたが……』
「恐らく寝ていたのでしょう。起きていれば強いのですが、人の言う事はあまり聞かないもので……」
そして少しの間、会話が途切れる。聞きたい事が無くなった、と言うよりは聞いた事を消化している様な、そんな間をアノンは静かに見つめる。
しばらくして今度はベルズが尋ねる。
「オスカーを狙った理由は分かったが、何故メリーを狙った?」
「貴方達はその少女に信頼を置き過ぎです。
その少女は幻想協奏館の運営が可能で、オスカーの『混沌』も継承しつつあるのですよ。」
「何だと?」
その言葉と同時に全員からの注目を一身に集めるメリー。
「そ、そんな筈ありません!私は何も出来ませんし、ただ皆様とのお話が楽しくて……」
「いや、よく見てるねぇ。その通りだよ、奇術師。やはり私は見る目がないねぇ。」
「……オスカー様?」
強く否定するメリーを遮る様に言葉を発すオスカー。メリーは予想外の発言者に、完全に言葉を失ってしまう。
「メリー。気づいて無いかもしれないが、お前は『混沌』の力が使えるんだよ。
加えて幻想協奏館の運営もそうだ。私は後継者としてお前を育てていた。」
そうして、オスカーは小さく呟いた。
「だからさ……私はもう、居なくてもいいんだよ。」