奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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四重奏の幕引き

 

異世界、それは無尽の世界。

私達の世界は悠久の時を経て、いずれ内包する全てと共に終わりを迎えるだろう。

しかし異世界はこの瞬間にも滅び、そして生まれ続けている。

私達の世界と平行に、垂直に、或いはねじれた位置に無数の世界は存在し続ける。

 

……だが、その殆どは無関係。私達やお前達が生きるのに、そんな物を思考する必要はない。

そんな事を想うのは、むしろ娯楽とすら呼べるだろうね。

 

だからまぁ、他の世界なんて御伽噺の事を考えている間は、お前達は容易く生きていけるだろう。

希望が無いなんて不都合は、都合よく忘れてしまうに限るんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……正直さ、最初は驚いたんだよ。」

 

「何がです?」

 

幻想協奏館、館外の庭。

一人立つアノンと、ポケットの中から聞こえるオスカーの話し声。

徐々に透けつつあるアノンに、オスカーはゆっくりと語り始める。

 

「噂には聞いていた。『魔女から逃げ、世界を旅する半端者の後継者』がいると。

だけどそれでも、何処か壊れてて何かが足りなくて、要はそれでもお前は魔女の後継者だと私は思っていたんだよ。」

 

「そうしたら、想像以上だ。私を殺さず、メリーを殺さず、そして仲間割れしても奴らを殺さず。しかも人並みに苦悩してるときた。

お前、一体何がしたいんだい?」

 

「理想郷を目指す。私の行動理念はそれだけですよ。」

 

さらりと、流す様にアノンは言う。それが当然であり、それ以外の回答はないというように。

 

「……ま、とやかくは言わんさ。どうせ、結局、やっぱり。お前が出す様な結果はそんなものだろう。」

 

熱を失った言葉を発すオスカー。

 

「……では私からも一つ。どうして貴女は、私に着いてくる事を決めたのですか?」

 

しかしそんなオスカーに、アノンは一つの質問を投げかける。

 

 

私はもう居なくてもいい。

オスカーはそんな言葉を全員の前で口にした後に、続けてこう言っていた。

 

「だから、勝手だが私は奇術師達に着いて行くことにするよ。幻想協奏館はお前に任せる事にする。頑張りなさい、メリー。」

 

わんわんと泣き出すメリー、慰める事も出来ずおたつくレグルス、静かに成り行きを見守るベルズとオスカー。

 

 

アノンにはそんな先程の出来事が想起される。

 

「そうだねぇ……ま、理由は色々あるとも。

お前が面白そうだから。私はもう幻想協奏館には不要だから。この石の中は暇だから。」

 

そして、一息ついて付け加える。

 

「だがまぁ、一番は成り行きだろうさ。運命とも言える。私はロマンチストだからね。」

 

「……左様ですか。」

 

そして言葉は続かない。

アノンは静かに幻想協奏館を眺める。その中で話す三人を待ちながら、ゆっくりと稀薄されていくアノンの姿を、幻想協奏館もまた眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、ございました……」

 

目を赤く腫らしたメリーは、絞り出す様にレグルスとベルズにそう伝える。

 

ベルズもレグルスも、返答はしない。

この少女が礼を言っているのは、オスカーがこの館から出て行くだけの理由づけに自分達がなったから。それを二人とも理解していた。

 

そしてその上で、言うべきことは何もない。

謝る事も感謝する事も慰める事も、ことこの場においては意味がない。

そんな軽薄な言葉は、何処の誰にも響かない。

 

「……預け物である、メリー。」

 

そう言いながら、ベルズはひょいと小さな石の様なものを投げた。

放物線を描きながらゆっくりと飛んでくるそれを、メリーは両手でしっかりと受け止める。

 

「……?」

 

「オスカーとの連絡装置、だそうだ。どういう原理でそう出来るのかは我輩にも分からぬが。渡しておけと、アノンから聞いている。」

 

静かにそう呟くベルズ。そして透けた右手を握りしめ、もう既に興味がない事の様に佇む。

 

『アノン殿らしいですね!』

 

「……」

 

メリーはその小さな石を見つめ、しっかりと握りしめる。

そして感謝を述べようと、顔を上げた。

 

しかし、そこには誰もいない。

まるで最初から何も居なかったかのように静かなその場所。

それでも幻想協奏館からは確かにオスカーが失われた事を、少女は認識する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、そろそろ出発ですが……』

 

薄くなりつつある身体を気にも留めず、アノンのポケットを凝視するレグルス。

 

「本当に着いてくるのだな……」

 

「冗談であんな事を言うわけがないだろう?これから宜しく頼むよ。」

 

オスカーはあっさりとそう言った。そしてそれを聞くのは、何とも言えない雰囲気の三人。

 

「……」

 

次の瞬間、幻想協奏館の庭から三人分の人影が消失する。それは彼らが次なる世界へと旅立った事の証。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして同刻、幻想協奏館館長室。

 

まるで最初からそうであったかのように、その手にあったのは紫色の水晶体。

 

「……やってくれたね、奇術師。」

 

「オスカー様!」

 

悪態をつくオスカーと、喜びを体全体で表現するメリー。

結局、幻想協奏館は何も変わらない。館長は石となったが、それを継ぐ者がその館を運営し続ける。

そうしてこれからも存続し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、我輩はあの世界をしっかりと見ることは出来なかった訳だが。」

 

「安心して下さい、それは私も同じです。」

 

『しっかりと見てきたのは私だけですね!それもアノン殿の秘密のお陰でインパクトは薄いですが!』

 

そんな風に雑談をしながら、アノン達は進む。いつもと変わらない彼ら、しかしそれでも確実に何かが変わっている。

 

幻想協奏館。

魔女の後継者オスカーが支配し、アノンも後継者である事が判明した世界。

 

秘密と対立。彼らはそれと同時に、彼女達の行く末を思考する。幻想は未だ終わらず、後継者の後継者は完全には至らず。

 

それでも、彼らの旅路は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、魔女は笑う。

何処か彼方の世界で、アノン達をしっかりと見据えている。

 

何か言葉を発した彼女は、笑う。

くすくすと、くすくすと。無邪気に。

 

 


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