未知の███
語るべき事はない。
それを理解する必要はないから。
そこは一面の銀世界。そう、文字通りに一「面」の。
人の営み、野生の息吹、大地の隆起、吹き抜ける風。その全てが失われた世界。
平らで真っ新、無地の紙の表面に雪がコーティングされただけの、そんな世界。
しんしんと降る雪の結晶。透明な水に水色の絵の具を一滴垂らした様な色をした結晶そのものが、ふわりふわりと落ちてくる。
白い大地に触れたそれは音もなく雪へと変わり、そうして大地はより一層白く染め上げられてゆく。
そこに集うのは奇人達。
積もる雪の彼方此方には、彼らが探索した際に付いた個性的な足跡。三種類のそれらが、彼らの通った道筋を端的に表している。
「……どうでしたか?」
「魂の気配も生活の痕跡も全く無い。人が存在したという証明は出来かねるな。」
『こちらも探知しましたが、生命反応はありませんでした!人以外の生物も存在していなさそうですね!』
各々が探索をした結果を報告する。しかし結果として彼らが得た情報は、生物の痕跡が存在しないと言う事だけ。
彼らが理解出来る範疇のみで、ではあるが。
「……さて、どうしましょうね。」
「あれを、登るしかないのではないか?」
肩を竦めるアノンを一瞥した後、ベルズは静かにそれに向かって指を差す。
正に、天を
円柱の建物は直径を変える事なく雲を貫き、その頂上は雲に隠れて見る事は出来ない。
まるで大きなホールケーキを何十段も重ねたかの様にして在る建造物。
建物には継ぎ目も装飾も一切ない。
あるのは窓代わりなのか、塔の内と外とを繋げる扉型の穴。それが等間隔に配置されているだけ。
人が作ったとも自然に出来たとも言い難い神秘的なオーラを放ちながら、それは雪の平原の只中に
『……登れますかね?』
「おい、アノン。我輩には貴様の顔に『登るとか本気ですか?』と書いてある様に見えるが?」
「顔はありませんが……概ねその通りです。一応聞いておきますが、本気ですか?」
塔の高さだけを見て登れるか試算する者、塔よりも仲間の反応を気にする者、そもそも塔に登るという前提に懐疑的な者。
足跡の形のようにばらついた三者三様の感想が、塔に投げかけられていく。
「本気も何も、見ずに帰るという訳にも行くまい?」
「……まぁ、そうですね。腹を括りますか……」
そう言うとアノンは、渋い顔をしながら塔へと進む。それを先頭に、ベルズとレグルスも雪を踏み鳴らしながら塔への道を歩んでいく。
さく、さく。さく、さく。
「因みにだが、何故塔に登るのを嫌がっている?」
「……まぁ、一つは直感ですね。『世界の果て』こそ見つかりませんでしたが、類は友を呼ぶ。
不自然で不可思議な世界には、得てしてそういう物が集まりやすいという経験則です。」
『一つは、と仰りましたが他にはどんな理由があるのですか?』
「塔って不吉なイメージがありませんか?
例えばアルカナの塔は『破綻』と言う意味を持っています。
その辺も加味して考えると、あまり登りたくはありませんよね。」
「そんなものか。」
「えぇ、そんなものです。」
会話が途切れると、踏み締める雪の音だけが辺りに響く。守られてきた静寂を破りながら、彼らは塔への道なき道を進む。
大きなトラブルも問題もなく、そうして彼らは塔の麓にたどり着いた。
特に入り口となるような扉は見あたらない。まるで塔が人間を拒んでいるかのように、人が登るための塔ではないと主張しているかのように、それは造られていた。
『……この塔、少し陥没していますね。』
レグルスの言う通り、塔は少しだけ地面に埋もれていた。雪が積もっている為にそう見えただけ、と言うわけではない。
なにせ傾いてこそいないが、外壁に穿たれた穴が中途半端に地面に潜ってしまっている。あれでは雪も土も塔の中に入り放題になってしまう。欠陥構造でなければ、やはり塔は少し埋もれていた。
「倒れなければ問題ないでしょう。何処から入ります?」
「そこで良いだろう。」
一番近場の穴を目指し進む。塔の構造を見て情報を得ようとしていたレグルスは、首を向き直し其方についていく。
そして流れるように、ベルズは地上から一メートル程離れた穴の淵に手を掛ける。
「ちょっと待ってください。」
「む……」
出鼻を挫かれ、不機嫌そうに振り向くベルズ。
「なんだ。」
「……いえ、やはり良いです。失礼しました。」
「……アノン、お前はもう少し立ち位置をはっきりさせておけ。」
「はい?」
予想外の返答に、アノンはつい聞き直す。ベルズの不機嫌そうな表情は変わらない。
「即決即断するのは良いが、そこに至るまでのお前は浮ついている事が多い。
悪いとは言わぬが、なるべく早く覚悟を決めよ。」
「……そうですね、ありがとうございます。」
そしてそのままベルズは手に力をかけると、体を塔の中に滑らせて消えていった。
『では私も!』
燃焼音と共にブースターが火を吹く。周辺の雪を軽く溶かしながら、レグルスは塔へと迷い無く侵入した。
「……」
一人残されたアノンも、軽く息を吐くと意を決したようにその穴へと手を掛ける。
ああ。一体、誰に何が分かるというのか。
理解出来る事などありはしないというのに。