奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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バースデイ

 

塔の中は整然とした空間であった。

一片の曇りもない白い空間、人の痕跡は塔の外と同じように全くありはしない。

 

階層は塔の内部で区切られ、床と天井を繋ぐように螺旋階段が塔の内周に伸びている。

上の階層の様子は分からぬが、恐らくこの階と同じ構造になっているであろう事を直感で理解出来る。

 

「……」

 

不思議と違和感は無い。

この建物が人に建てられる物でない事も、だからといって自然に生み出された物でない事も、我輩には分かる。

 

しかしこの塔については所以を考えるよりも先に、この純白の世界に相応しいという感想が頭に思い浮かぶ。

そして次の瞬間には、塔の出所についての考えは頭から忘れ去られている。

然るべき所に当然のようにある塔。確かに違和感は無い、が。

 

「気色が悪いな。」

 

『何がです?』

 

背後から塔に入ってきたレグルスに質問される。丁度アノンも塔に入ってきたところが見えた。

 

「いや何、此方の話である。計器に何か変化はあったか?」

 

『特にはありませんね!生命反応もやはり感知出来ません!』

 

「秘密を知る為には、この塔がどのように生まれ、何の為に存在しているか。その辺りを紐解くのが理想ですが……」

 

アノンが言葉を濁す。無論知る事が出来ればそれに越した事はないが、今はその足がかりすら掴めていない状態。

そして理想、と奴は言った。言い淀むのも無理はない。その言葉の重みを、奴は誰よりも知っている。

 

「……どちらにせよ、進むしか無かろう。何があるのかは知らぬが、少なくともここで考えていても答えが見つかる筈はない。」

 

『ベルズ卿はいつも前向きですね!』

 

「は、貴様程ではあるまいよ。」

 

そんな軽口を交わしながら我輩達は階段を登る。この塔の果てに何が待つのか、期待も想像も必要はない。ただ心構えをするのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を登り切り、階層が一段上がる。

上の階は予想通り、下の階と内装が全く変わりはしない。尤も内装と呼べるような物はどちらの階にも無い故に、味気ない空間と階段だけが存在するのみであるが。

 

「つまらんな。」

 

次の階段を目指し部屋を横断する。この作業が何度も繰り返される予感から、つい本音が漏れた。

 

「一階分登っただけで何か出てくるという事はないでしょう?」

 

「そういう話では無い。この先に何かを期待しているのではなく、この道行が退屈であるという話をしている。」

 

『……と仰られましても、一体何をなさりたいというのですか?』

 

整然と返すレグルス。呆けている訳では無さそうだが、聞かねばならぬ事を忘れているのであろうか。我輩は思っていた事を口に出す。

 

「追求である。アノン、あの時は深くは聞けなかったが、生憎時間は有り余っておる。

いくつか聞くが、構わんな?」

 

「あぁ、そういう……別に構いませんよ。」

 

階段に足をかけながら、此方を振り向いてアノンは答えた。

 

『アノン殿にとって、継承した力とはどの様な位置にあるのですか?』

 

では遠慮なく、と質問しようとした所で割り込んできたのはレグルス。

恐らく質問の事は忘れていたであろうに、その胆力には目を見張るものがある。

 

「どういう事です?」

 

『理想郷を踏み荒らす魔女から継承した力。アノン殿はこれを『呪われた力』と仰っていました。

ですがその力を、貴方は迷いなく使われる。ですから気になったのです。』

 

確かに言っていた。とはいえそれはアノンが持つ「曖昧」という力が「呪われた力」なのか、魔女から継承する力の全てが呪われているのかは定かではないが。

後で聞いても良いかも知れぬ。

 

「なるほど。ですがそれは貴方も同じ事でしょう、レグルス。」

 

一拍おいてアノンは続ける。

 

「勿論、貴方が世界を滅ぼした際に使用した武装は恐らく刀だけではありません。

ですが刀を使わなかったという保証はなく、未だ使っていない武装も使わざるを得ない時には使うでしょう。それと変わりありませんよ。」

 

『……納得しました!』

 

要は使える物だから使っているという事である。信念、というより考え方の芯にそういった割り切りが存在しているのであろう。奴らしいといえば奴らしい。

 

「貴様は何の為にオスカーを生かした?」

 

「何の為、ですか。」

 

「奴はメリットがあるから生かしたのだろうと推測はしていたが、貴様の口からは何も聞かされてはおらん。故に問わねばならぬのだ。」

 

オスカーを倒さなければならない理由は聞いた。だが生かした理由は憶測以上の情報がない。有耶無耶にしても構わぬといえばそうなのだが、この機会に我輩はそう尋ねる。

 

「メリットがあるのは事実ですね。

オスカーと連絡が取れる状態は今も維持されていますし、余計な反感を買う事もない。」

 

そういうアノンの言葉に重みはない。

嘘ではないが、本心でもないのであろう。またも少し置いて、アノンは続ける。

 

「……結局は気の迷いです。何となく殺さない方が良い気がしたから、そうしなかったに過ぎません。

偶々、それが良い方向に転がったのです。」

 

「そうか。」

 

我輩好みの答えであった。気紛れ、或いは情け。

それは人として当たり前の感性。我輩はアノンの人らしさという物を垣間見る。

 

階段を登る。まだまだ先は長い。

とはいえ聞きたい事もまだまだ在庫はある。

精々ゆっくりと聞かせてもらう事としよう。

 


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