奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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螺旋の主要道③

 

果たして、塔を登り始めてからどれ程の時が経ったでしょうか?

 

「……一度(・・)降りましょうか(・・・・・・・)。」

 

久しぶりに口を開いた私は、静かにそんな事を呟きました。

 

……ちらりと振り返りますが、二人の視線が突き刺さります。特にベルズの方は不味いですね。あれは不満を超えて、最早殺意まで行っています。

下手な事を言うと本当に殺されかねません。

 

『それは前向きな撤退と……』

 

「ふざけるな。」

 

ああ……言葉を遮られたレグルスが悲しそうな顔をしています。可哀想に。

尤も、私も他者の心配をしている場合ではありませんが。

 

「確かに今までもこれからも、険しい道である事は認めよう。だが、それでも来た道を戻る事はこの我輩が許さぬ。」

 

腕を組み立ち尽くす様は、正に仁王立ち。

さらに現在、位置関係は階段の上から私、レグルス、ベルズ。素直に階段を降りるという手段は使えそうにありません。

 

「降りると言っても私の″跳躍(ジャンプ)″を使いますから、一瞬で済みますよ?」

 

「そんな事は分かっている。だが貴様の跳躍は一世界で一度しか使う事は出来ぬのだろう?戻るという結果に変わりはあるまい。」

 

素直に階段を降りないという手段も却下されてしまいます。抜け道も使えないとなると、いよいよ厄介な話になって来ました。

 

「いつになく頑なですね。理由を聞いてもいいですか?」

 

「理由だと?一々言わねば分からぬか?」

 

早速言葉選びを間違えたのでしょうか、ベルズの周りを怪しい気配が漂います。

完全に臨戦体制ですね、文字通り雲行きが怪しくなってきました。

 

ですがここでたじろぐ訳には行きません。なるべく平静を装いながら、口を開きます。

 

「それは此方の台詞です。懇切丁寧に理由を説明しなければ、私に従う事はできませんか?」

 

グシャッ。肉が擦れ合う様な音と同時に、右腕の下部に激痛が走ります。

確認する必要はありません。何の躊躇いも無く拳を振り抜いた目の前の王者を見れば、何が起きたかなど自明でしょう。

 

数秒と経たない内に、滝の様に流れ出る血は段々と薄く霧散し始めます。

そして数十秒後にはまるで初めから何も無かったかの様に、抉れた部分の感覚は戻りました。

 

……相変わらず、この感覚には忌避を覚えます。便利な事には違いないので、我慢するしかないのですが。

 

『大丈夫ですか?』

 

「問題ありません。それより、目の前の状況を解決する事に手を貸して貰えませんか?」

 

『解決、と仰られましても……』

 

目の前に立ちはだかる男、ベルズ。

彼の最も嫌う事、それは結果を得ずして終わる事。

何故なら、それは無力な彼の終わりと等しいから。

 

とはいえ、ベルズとて無謀ではありません。

負けると分かっている戦いや、無駄だと分かっている行為を延々と続ける事が無意味である事は、彼自身良く理解しています。

 

しかし今は目的が悪い。理想郷を目指す為に、私達は出来る事を全力で行います。

故に撤退は基本的に許されない。こういう時のベルズを説得するのは、私の人生の中で最も厄介な事の三本指に入るくらいには面倒事なのです。

 

『では、こういうのは如何でしょうか?』

 

ピコーンという機械音と共に声を上げたのはレグルス。相変わらずユーモアに溢れていますね。

 

『取り敢えずベルズ卿には、アノン殿に従って頂きます!』

 

そしていきなりの爆弾発言。ベルズが黙っている筈もありません。すぐさま口を挟もうとして、しかしレグルスがそれを手で静止しました。

 

諦めて押し黙るベルズ。指を高らかに掲げながら、レグルスは続けます。

 

『ただし!後で皆様でアノン殿の行動の是非を評価致しましょう!

そこでやはりあそこはベルズ卿に従うべきだったとなれば……』

 

ああ、何と素晴らしい名案でしょうか。これは間違いなくベルズを説得出来るだろうと、私でさえ確信します。

……ええ、もしかすると私が犠牲になるかもしれないという点から目を背ければ、ですが。

 

レグルスが先ほどから此方をチラチラ見てきます。あれは明らかに『どうです?素晴らしい意見ではありませんか?』と言った感じですね。悪意が無いのが余計に私の空しさを加速させます。

 

「責任を取るという事ですね?いいでしょう、私はそれで構いませんよ?」

 

ですが、あれを超える以上の名案もないのもまた事実。せめてもの抵抗として、威厳と自信を保って返答します。

 

「……良かろう、取り敢えずこの場は我輩も引くとしよう。」

 

そう言うと、ベルズの闘気は収まります。最悪の事態にはならなかったので、よしとしましょう。そう考えるしかありません。

 

……さて、頭を切り替えましょうか。

 

「では早速跳躍します。準備は宜しいですか?」

 

「構わん。」

 

『いつでも大丈夫です!』

 

一瞬で、私達の姿はその階段から消え失せました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達の目の前に広がるのは白い大地。

ここは私達が塔を登り始めた始まりのフロア。一階と呼べるかは微妙ですね。

 

「さて。」

 

随分と落ち着くいた様子で、ベルズの瞳孔の中に潜む爛々とした光が此方を覗きます。

 

「聞かせてもらおうか。何故わざわざあのタイミングで塔を降りようなどと考えた?」

 

「そうですね、理由は二つありますが……まず一つ目はこれです。」

 

私はポケットの中に入っているそれを取り出し、ベルズとレグルスに差し出します。

 

『それは……確か、オスカー様との連絡石ですか?』

 

私の掌の中に収められている、小さな石。いつかベルズがメリーに渡し、世界を移動する際にオスカーを置き去りにするのに役立った連絡石と呼ばれるもの。

 

「ええ。幻想協奏館を出る時にオスカーの結晶と交換した物なのですが……現在、これが繋がらないのですよ。」

 

「どういう意味だ?」

 

「この石は世界の果て、つまり異なる世界を隔てても連絡を行う事が可能な代物です。

ですから事も何気に繋がらないとは言いましたが、そんな事は普通あり得ません。」

 

さらに問題なのが、この石は塔に入るまでは使えていた点。というのも二、三オスカーに聞きたいことがあったので聞いたのですが、塔に入って幾星霜。気づけばこの石はただの石となっていた訳ですから驚きです。

 

『……なるほど。それで二つ目は何でしょうか?』

 

さらりと問われます。ですから私も、この問いにはさらりと返す事にしましょう。

 

「……単純です。私、恐らく(・・・)この世界を(・・・・・)訪れた事が(・・・・・)あります(・・・・)。」

 


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