記憶を辿る。曖昧な海の中に溶け去った糸を、海の中から逆再生させるかのように手繰り寄せ、撚り合わせる。
魔女。後継者。曖昧。
繋がらない。これだけでは足りないと、記憶の海がうねり波打つ。
幻想協奏館。混沌。オスカー。
繋がらない。溶け去った糸を再構成するために必要な情報ではないと断定される。
より深く、より薄い記憶を呼び起こそうとして。
「もっと深いところではなく、もっと浅いところを見るべきだ。
曖昧の化身であるアナタが、過去の記憶を完全に保持している訳がないだろう?」
誰かの声が聞こえた。
その声に従うように海の中から糸を手繰り寄せるのをやめ、手元の溶けた繊維を眺める。
アノン。ベルズ。レグルス。
繋がらない。私に関係があっても彼らには関係のない世界だ。的を外れている。
無人。白磁の塔。連絡石。
繋がらない。全てが結果であり、この世界の根源に辿り着くにはあまりにもか細い。
「もっと浅く。」
再び声が聞こえる。
「過去を見るのではなく、今を見るといい。」
今を見る。
過去でも未来でもなく、現在である今。
私は目線を上げて目の前の塔を見つめる。
………否。塔から目を外し、この世界全てを見つめる。
雪。白磁の塔。そして私の既視感。
繋がらない。
……が、手掛かりは得られたような気がした。
「アノン。」
唐突に投げかけられた声に、彼は現実へと引き戻される。
「貴様、何を呆けた顔をしている。」
「……いえ、既視感から色々と思い出すことがありまして。
というより呆けた顔も何も顔無しなんですけれどね、私。」
「殺すぞ。」
脅しでも口癖でもなく、声の主にはその行為に対する一切の躊躇は無い。
それは、相手がアノンであろうとなかろうと同じことでもある。
その者が迂遠な表現ではなく直情的に物を言う時は、それだけ言葉に重みを持たせている事を、彼ら二人は知っている。
『どうしましょうか、アノン殿。
いっそ責任をとってしまっても宜しいのでは?』
「全く宜しくありません……取り敢えず説明はさせて下さい。
ベルズ、それくらいの猶予は頂けますか?」
「……」
返答は無いが、同時にその王者は静かに雪に腰を下す。
詰まるところそれは、態度こそが言葉よりも雄弁であることを示していた。
「取り敢えず、簡潔に言いましょう。
この世界は『
『あらゆる世界?』
「待て。」
ベルズが右手で静止する。
「我輩がするのは貴様の行動に対する評価である。それ以外の情報はこの場においては要らぬ。そうだな?」
話が横道に逸れないように、自らの立ち位置を明確にするために。ただ一言を持って、確認するようベルズは問う。
「……失礼、ではもう少し核心を突きましょう。」
軽くハットを被り直し、そして再び告げる。
「この世界は魔女の棲む世界に最も近い世界の一つであり、
声は上がらない。
魔女という単語。聞き手である彼らにとって、果たしてこれは予想外だっただろうか。
無論、心の内まで知る術はない。
だが少なくとも語り手であるアノンには、ベルズもレグルスもそう驚いていない様には見えた。
アノンは続けて語る。
「私の出身の世界、魔女の棲む世界、この世界と数えて三番目に当たるのがこの世界です。」
「……訳がわからん。貴様の話では、同じ世界には二度と来れぬのではなかったのか?」
「言葉の綾こそありますが、概ねその通りです。
砂漠の中から拾った一粒の砂粒を、もう一度砂漠に投げ入れて拾うことは不可能でしょう?」
「………」
いつかのように沈黙が訪れる。
一つの謎が氷解しそうなのにも関わらず、果てしなく広がる雲が晴れる事も、静かに降りつもる雪が止む事も無いからだろうか。
否、少なくともこの場においては違う。
なぜなら結局の所。
「……少なくとも、その説明だけでは貴様の選択の是非は問えぬ。」
「まぁ、そうでしょうね。」
ベルズの答えに対し、アノンは事も無げに返答する。
この世界が何であろうと、奇術師の旅路がどうであろうと、あくまで必要なのは選択の是非のみ。
だからこそ、と彼は口を開く。
「だからこそ、ここで私から問いましょう。
貴方達は今、魔女と戦うのが時期尚早だと思いますか?」
そう、この世界こそ分岐点。
██を統べる白磁の塔。
██に連なる無地の郷。
だから静かに待ちましょう。
彼らの悔いなき選択を。
ねぇ、アノン?