奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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或る世界の結末
倦怠の幕開け


 

歴史は必ず繰り返す。

それが如何に愚かな歴史であれど、人々は忠実にその道をなぞり行く。

 

何せ人々の大半は歴史を学ばず、先を見据えず、そして何より身勝手だ。

愚を知らぬ故に愚を行い、今しか見ぬ故に視野が狭く、己が事しか考えぬ故に悪を振り撒く。そうして溜まった負債は、きっと何処かで押し付けられた誰かが返済するのだろうと思い込む。

 

一方で発展は止まらない。昨日より便利になった今日、今日より簡略化される明日は、世界を滅ぼせるボタンをどんどんと押しやすく、身近なものに変えてゆく。

 

そうしていつの日か、そのボタンが彼らの手元にやってきた時。

終ぞ、愚かな歴史が繰り返される事は無くなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平衡感覚が狂っている。

足が地面についているという感覚がない。

 

視覚情報も狂っている。

そも視点を動かしているという感覚もない。

 

そして何より、身体に力が入らぬ。

随分と珍しい現象だ。今までこんな事があっただろうか?

 

……かつてはあった。だがあり得ぬ事だ。

あり得ぬ状況であるが故、あり得ぬ事を為さねばならぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

状況理解の為、半身を起こし辺りを見渡す。

機械的な室内。壁に張り付く光源。視線をずらすと程近い所に扉。そして倒れた機械鎧。

 

そうして入ってきた幾多の情報は、しかし頭の中を占める別の情報に弾かれる。情報を処理出来ぬが故に、最も重要な事を口に出す事になる。

 

目が(・・)覚めたな(・・・・)。」

 

正にあり得ぬ事だ。

目がありませんからね、とあの軽薄な奇術師なら口にしたであろう。だがそんな下らぬ話をしているのでは無い。

我輩が、眠っていたとでもいうのか?

 

亡霊が眠る事はない。

「死は永遠の眠りである」という様な迷信では無く、「睡眠欲が無い」という様な本能の話でもない。話はもう少し簡単だ。

単純に感情が昂れば、眠る事など出来はしない。

 

亡霊とは、死にながらにして強い未練を以て現世に留まるモノだ。そこには必ず強い感情が付随する。

況してやそれだけで摂理さえ歪ませるのだ。その強すぎる感情が、さまざまな不合理を生む事は想像に難くないだろう。

 

いや、むしろ生きていればより分かる筈だ。冷めやらぬ興奮が、深い哀しみが、眠気を遠ざける。これはただそれだけの話に過ぎん。

 

少し落ち着いた頭で、隣の塊を暫し観察する。

駆動音の様なものは聞こえるが……よく分からぬ。

 

「おい、レグルス。」

 

立ち上がり叩き起こそうとしたが、少し憚られた為に揺らす。

その躯体が揺れる度、金属と床が擦れ合う嫌な音が響く。

 

程なくして、レグルスの目の辺りが光った。

 

『……ベルズ卿?』

 

「貴様も、眠っていたのか。」

 

レグルスが手をついて起き上がる。仰向けのままブースターを吹かし無理矢理起き上がるのが流行りだった頃と比べると、実に目覚ましい進歩だ。

二度とそんな事はさせんが。

 

『……眠ったことがないので何とも言えませんが、どちらかというと壊れていた感覚に近いですね。

アズマに斬られた時を思い出します。』

 

「異常であるな。」

 

『ですね!』

 

何故快活に返答するのかはさておき、取り敢えず状況は掴めた。

認めたくはないが、我輩達は眠っていたようだ。

そしてこういう不可思議な状況に関わっているのは、まず間違いなく奴だろう。

 

「奴はどこにいる?」

 

『少々お待ち下さい。』

 

レグルスの体の光が明滅する。

曰く、「別に明滅させる必要は無いのですが、微動だにしないとそれはそれで心配になりますよね?」との事だ。

稀に光らず音が鳴ることもあり、これに関しては気分次第と言っていた。

奇術師の様で不安になる。

 

『……少ないですね。』

 

神妙なトーンでレグルスは呟く。

アノンとレグルスの一番の違いは、重大な事を神妙な声音で伝えるか否かだろう。

少なくともアノンであれば、下らぬ事ほど神妙に語りたがるに違いない。

 

「何がだ。」

 

『命がです。軽く調べましたが、この辺りには隣の部屋の2人しか人がいない様です。』

 

「……まぁ何でも良い。詳しい事は直接聞けばよかろう。」

 

チカチカと光るレグルスの隣を抜けて三歩ほど進み、目の前の扉の取手に躊躇いなく手を掛ける。

 

扉に抵抗はなく、あっさりと開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして目の前には不思議な光景が広がる。

 

ごちゃついた部屋には、そこら中に訳の分からぬ文字が書かれた紙が広げられ。

少し奥の一部には、カーテンの様に広がった紫色の粒子のようなものが絶えず蠢き。

その部屋の中に無造作に置かれた机を囲む様に、二人の人影が腰を下ろしており。

机の真ん中にはおもちゃの様に安っぽい機械が一つ鎮座し。

そしてほんのりと、珈琲の香りがした。

 

人影の一人がこちらを振り向く。

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

そうして聞き覚えのない声で語る男に、しかし焦点は合わない。

 

「……何故貴様がここにいる?」

 

もう一人の人影。

椅子に座り、するすると水を飲むそいつの顔には覚えがあった。

 

「説明するから、とりあえず座らない?」

 

頬杖をつく勇者「シンシア」の残影は、気怠そうにそう言いながら椅子を差し出してくる。

そうして顔を上げたそれと目が合った時。

 

見慣れた仮面が、我輩達の顔を覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

袋小路。

行き止まりになっていて通り抜けられない小路、転じて……

 

物事が行き詰まった状態。

 

そう。

沈黙、香ばしい香り、無数の紙が散りばめられたこの部屋が、彼にとっての袋小路。

 

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