奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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ボトルネックの中で①

 

机を挟んで四人が向かい合う。

そしてそれぞれの手元に用意された珈琲から漂う香ばしい香りが、乱雑な部屋を満たしていく。

そうして構成される部屋の雰囲気は、一度も訪れた事がない者にさえ、どこか安心感を覚えさせる。

 

「カインです、よろしく。

君達の話は彼から少し聞いたけど、出来れば軽く自己紹介して貰えないかな?」

 

そう言いながらカインと名乗った若い男は立ち上がり、軽く会釈をする。

そしてそのまま流れるような所作で椅子に座ると、これまた当然というように彼は目の前の二人の顔をしっかりと見つめ始める。

 

「ベルズ、アノンの連れだ。」

 

「軽すぎるでしょ。」

 

一瞬のやり取り、時にして三秒。

カインが少し困ったような表情をするが、直ぐに持ち直す。

 

『レグルスと申します。昔とある世界で殺戮の限りを尽くしたのですが、奇縁により感情を得たロボットです。

その後、これまた奇縁で世界を飛び出す機会を得まして、以降はアノン殿に同行させて頂いております。

よろしくお願い致します!』

 

「貴方は重すぎ。」

 

ぴしりと一礼するレグルスを、先ほどの同じ調子で一蹴する勇者の残影。カインはより一層困った様な表情を浮かべる。

 

「会話の能力に関しては、貴方達も大概ね。」

 

ベルズは返答の代わりと言わんばかりに眼光鋭く睨みつける。

しかしそれを受けてもなお、その影の佇まいは揺るがない。

 

そんな様子を見たベルズは小さく溜息をつくと視線を一度切り、その影を向き直る。

その視線に突き刺すような鋭さはもう無い。

 

「やはり貴様、アノンでは無いな。」

 

「どちらかと言えばそうね。」

 

「アノンは何処にいる。」

 

「知らないけど、何をしてるかは知ってる。

心の統合。言い換えれば、精神の統一。

貴方達と戦うために無理をしたのが祟ったんだと思うけど、それが終わるまで彼は顔も出さないつもり。」

 

残影は頬杖をついたまま、事も何気にそう言う。

心ここに在らず。それは何処かに置いて来た心を探そうとする素振りすら見せない。

 

「……そうか。いずれ出てくるのならばそれまで待つだけだ。ならば貴様に問う事はない。」

 

「お好きにどうぞ。私は彼の代わりに答えるだけ。何も聞かれなければ答える事もないもの。」

 

一瞬、見慣れた沈黙が訪れる。

会話の中で突然このような沈黙が訪れるのは、彼らにとって日常茶飯事だ。

そしてこの気まずい空気は、抑揚のついた機械音声に掻き回される所までが様式美と言える。

 

『貴女はアノン殿と違って、勿体ぶらずにお話になるのですね?

あの方であれば『まだ話すべき時ではありません……』と仰りそうですが。』

 

「彼じゃないし、当然でしょ。」

 

軽く投げかけられた言葉がそうして無慈悲に両断されると、レグルスはいつかの奇術師の様に大袈裟に首を竦めて見せる。

 

「どうしようもありませんね」と「彼女も会話の能力は高くなさそうですね」という意味を半々に込めたその所作は、しかし誰にも伝わる事なく静寂の中に霧散していった。

 

「一旦、一段楽ついたって事でいいかな?」

 

話題を変えようと、カインが口を開く。

返事はない。が、彼は臆さず続ける。

 

「人に自己紹介させておいて、肝心の自分の紹介がまだだったね。

改めて、僕はカイン。ちょっとした研究者で、多分この世界の数少ない生き残りだ。」

 

「どういう訳だ、それは。」

 

その言葉にいち早くベルズが反応する。レグルスも声こそ出さなかったが、その視線はカインを捉えて離さない。

 

「うん。口で説明してもいいんだけど、多分見てもらった方が早いと思う。」

 

そういうと、カインは珈琲を一気に飲み干し、彼らが反応する間もなくカップを背後の紫色の粒子の中に投げ込んだ。

 

投げられたカップは、水滴と共に綺麗な放物線を描きながら紫色の粒子に音もなく飲み込まれる。

まるで、水の中に沈んでいく物体であるかの様に、何の抵抗もなく。

 

割れる様な音も終ぞ鳴ることは無い。

カップはその存在を痕跡すら残す事は無く、文字通り消え去った。

カインは彼らの方を向き直る。

 

「この部屋と隣の部屋以外は全部、これに侵食されている。飲み込まれたら最後だから、君たちも触らないようにね。」

 

『触れただけで飲み込まれるのですか?』

 

「そんな事はないけど、触れたらその部分は戻って来ないと思って貰えばいいよ。」

 

疑問に対する答えが提示されると、レグルスはゆっくりと立ち上がった。

座ったままの彼らはその動向を目で追う。

 

突然腕が駆動し、光刃が生成される。

銀色に光るそれにカインが目を見張っていると、当のレグルスは部屋を移動しカインの後ろに立つと、紫の粒子の中にその刃をゆっくりと挿し入れた。

 

刃は抵抗なく紫の粒子に飲み込まれていく。

刃渡の半分程が飲み込まれたところで、レグルスは腕を軽く引く。

 

半分程が欠けた状態になった光刃は、その瞬間から急速に輝きを失い、同時にヒビが入る。

それは既に透明度も失い、乾涸びた砂漠を連想させる様だ。

 

『本当にこの旅路で、常識というものは当てになりませんね。まさかタラクシカムがこんな状態になるとは……』

 

「僕としては、君たちの常識について知りたい所だけどね。ところで珈琲のお代わりはいる?」

 

ベルズはかぶりを振る。残影は反応がなく、レグルスの席の前にはいつか淹れたてだった筈の珈琲が、湯気を失い寂しそうに佇んでいる。

 

カインは苦笑いを浮かべ、次の珈琲を淹れに行くために席を立った。

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