奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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勇者の旅路①

 

「勇者、か。」

 

勇者を選定した国、その郊外に位置する小さな森。旅路の中でベルズは小さく呟いた。

 

『ベルズ卿、何か覚えがあるのですか?』

 

「いや、覚えは無い。そもそも我輩の世界には魔王など存在しておらん。」

 

魔王、魔を統べる王者。魔物の頂点に立つ者の総称でもあるが、必ずしも魔物の中に魔王が存在する訳では無い。そうした事でさえ、異世界それぞれに細やかな違いが存在する。

 

ベルズが存在した世界には、確かに魔王は存在しなかった。そしてこの世界には確かに魔王が存在している。それは単純な違いであり、世界の在り方を隔てる純然たる壁でもある。

 

「貴方が魔王だった、或いは死んだ後に実は魔王が現れた。この辺りはどうです?」

 

「前者は無い、後者は知りようも無い。が、少なくとも魔物は遥か過去から存在していた。魔たる王とて朽ち果てていよう。」

 

『ではベルズ卿もいつかは、という様に受け取ってもよろしいのですか?』

 

「無論だ、この世に永遠などありはせん。」

 

少しの沈黙。それは事実確認に過ぎない。旅には始まりもあれば、終わりもある。それらに差異はあれど、無いという事は無い。

 

「……失礼、話の腰を折ってしまいましたね。勇者がどうかしましたか?」

 

アノンが沈黙を破る。目を背けている訳では無く、彼らはこの事実を既に受け止めていた。

 

「何、憐憫(れんびん)を感じただけに過ぎん。」

 

『憐憫……ですか。』

 

「左様、我輩達は選ばれた。だがそれは決して選んだ訳では無い(・・・・・・・・)。そしてそれは奴らも同じ。選ばずして宿命を背負う者達だ。ならばこれを憐れと言わず何と言う?」

 

「いいえ、それは彼らの境遇を知らねば分からぬ事でしょう。ですから私達は──」

 

『お静かに、雑談は此処までにしましょう。』

 

珍しく、レグルスが小さな声で静止する。そして数人分の足音。これこそが彼らの目標であり、歩まんとする旅路の道標。

 

「ねぇシンシア、疲れない……?」

 

「全然大丈夫、大丈夫!」

 

「シンシア、多分彼女の方が疲れてるんですよ……」

 

「ええっ!?」

 

「一時間もこのペースで歩いてりゃ、まぁ普通は疲れるんだがなぁ……」

 

シンシアと呼ばれ剣と軽鎧に身を包んだ女性、重鎧を身につけながら軽々と歩く男性、簡易化された法衣に身を包む少年、そして杖を片手に息も絶え絶えな女性。

 

この四人がこの世界における選ばれし者。勇者一行である。

 

『彼らを尾けていく(・・・・・)、という事でよろしいですね?』

 

「端的に言えばそういう事です。過干渉はいつもの様に禁止で行きましょう。」

 

「……下らぬが、まぁこの言葉は旅の終わりに取っておくとしようか。」

 

三人はひそひそと木の影で企みを話す。自然の音に掻き消され、勇者達にその声は届かない。だがしかし、ここで一つの誤算があった。

 

「……何ですか、これ。」

 

「どうした坊主、青い顔して。」

 

「います……南東に1体!とてつもない化け物が!」

 

少年がそう叫ぶと、勇者の一行が一斉に臨戦態勢で南東の方を向く。其方はアノン達が隠れ潜む森の方角。

 

『……バレていませんか、これ?』

 

「バレてますねぇ。」

 

「バレバレ、であるな。」

 

それは見誤り。アノン達が尾行出来ると甘く見ていた彼らは、決して力持たぬ弱者ではなく……

 

「言葉が分かるなら出てこい!来ないのならば焼き払うのみ!」

 

文字通り、英雄達であったのだ。

 

 


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