「勇者、か。」
勇者を選定した国、その郊外に位置する小さな森。旅路の中でベルズは小さく呟いた。
『ベルズ卿、何か覚えがあるのですか?』
「いや、覚えは無い。そもそも我輩の世界には魔王など存在しておらん。」
魔王、魔を統べる王者。魔物の頂点に立つ者の総称でもあるが、必ずしも魔物の中に魔王が存在する訳では無い。そうした事でさえ、異世界それぞれに細やかな違いが存在する。
ベルズが存在した世界には、確かに魔王は存在しなかった。そしてこの世界には確かに魔王が存在している。それは単純な違いであり、世界の在り方を隔てる純然たる壁でもある。
「貴方が魔王だった、或いは死んだ後に実は魔王が現れた。この辺りはどうです?」
「前者は無い、後者は知りようも無い。が、少なくとも魔物は遥か過去から存在していた。魔たる王とて朽ち果てていよう。」
『ではベルズ卿もいつかは、という様に受け取ってもよろしいのですか?』
「無論だ、この世に永遠などありはせん。」
少しの沈黙。それは事実確認に過ぎない。旅には始まりもあれば、終わりもある。それらに差異はあれど、無いという事は無い。
「……失礼、話の腰を折ってしまいましたね。勇者がどうかしましたか?」
アノンが沈黙を破る。目を背けている訳では無く、彼らはこの事実を既に受け止めていた。
「何、
『憐憫……ですか。』
「左様、我輩達は選ばれた。だがそれは決して
「いいえ、それは彼らの境遇を知らねば分からぬ事でしょう。ですから私達は──」
『お静かに、雑談は此処までにしましょう。』
珍しく、レグルスが小さな声で静止する。そして数人分の足音。これこそが彼らの目標であり、歩まんとする旅路の道標。
「ねぇシンシア、疲れない……?」
「全然大丈夫、大丈夫!」
「シンシア、多分彼女の方が疲れてるんですよ……」
「ええっ!?」
「一時間もこのペースで歩いてりゃ、まぁ普通は疲れるんだがなぁ……」
シンシアと呼ばれ剣と軽鎧に身を包んだ女性、重鎧を身につけながら軽々と歩く男性、簡易化された法衣に身を包む少年、そして杖を片手に息も絶え絶えな女性。
この四人がこの世界における選ばれし者。勇者一行である。
『彼らを
「端的に言えばそういう事です。過干渉はいつもの様に禁止で行きましょう。」
「……下らぬが、まぁこの言葉は旅の終わりに取っておくとしようか。」
三人はひそひそと木の影で企みを話す。自然の音に掻き消され、勇者達にその声は届かない。だがしかし、ここで一つの誤算があった。
「……何ですか、これ。」
「どうした坊主、青い顔して。」
「います……南東に1体!とてつもない化け物が!」
少年がそう叫ぶと、勇者の一行が一斉に臨戦態勢で南東の方を向く。其方はアノン達が隠れ潜む森の方角。
『……バレていませんか、これ?』
「バレてますねぇ。」
「バレバレ、であるな。」
それは見誤り。アノン達が尾行出来ると甘く見ていた彼らは、決して力持たぬ弱者ではなく……
「言葉が分かるなら出てこい!来ないのならば焼き払うのみ!」
文字通り、英雄達であったのだ。