奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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勇者の旅路②

 

状況は一触即発。重鎧の男の言葉は冗談ではないと、この場の誰もが理解している。

 

言語を解す魔物は、やはりこの世界でも珍しい。そうした魔物は己のことを『魔族』と呼称し、魔物と同じ存在として扱われる事を嫌う。それもその筈、『魔族』と『魔物』は別種ではないかと疑われるほど、強さに差がある。

 

しかし、言葉を解すと言ってもそれは人と会話を楽しむ為のものではない。それは人を(あざむ)き、操り、(たばか)り、最後には滅ぼす為の一種の武器である。根本的な思考形態は『魔族』も『魔物』も変わらない。魔に属するのならば奪い、殺し、支配するのは当然だという様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、如何致しましょう?』

 

レグルスがひっそりとそう発す。その言葉に焦りや恐れはないが、それが機械音声だからなのかどうかは彼らのみが知る所である。

 

「……勇者を」

 

「ベルズ。」

 

「冗談である。」

 

(ちな)みにここでベルズが何を言おうとしたのかも、彼らのみが知る所である。

 

「まぁ……」

 

アノンがマントを翻し。

 

「ならば……」

 

ベルズが足首を鳴らし。

 

『逃げ、一択ですね!』

 

そしてレグルスの背から無数のブースターが現れたその瞬間。

 

「【燃え盛れ!】」

 

杖から炎が(ほとばし)る。大地を灼き、空間を飲み込む火炎が木々を燃やし尽くして行く。一瞬にして杖の先から放射線状の森はその先々まで灰色の大地へと姿を変えた。

 

炎を生む魔法。詠唱の仕方こそ多様に存在する中で、圧倒的な火力を誇る彼女の一撃。そしてその魔法を操りし者こそは、いずれ伝説の魔法使いとして呼ばれる者の一人である。

 

「……倒したか?」

 

鎧の男のその言葉に、しかし魔法使いは顔を真っ青にしながら返答する。

 

「ひっ!ご、ごめんなさい!」

 

「あ、謝らなくて良いんだよ!倒せたか倒せてないかだけ、教えてくれる?」

 

魔法使いの反応に落ち込む鎧の男をよそに、わたわたしながらシンシアが魔法使いにそう尋ねる。魔法使いは安心しながら、深呼吸と共にゆっくりと落ち着きを取り戻していく。

 

「……た、多分倒せてないと思います。」

 

「フィネさんの言う通りです。むしろ、倒せなくて良かったのかもしれません。」

 

彼女の言葉を補足する様に、法衣の少年が声を上げる。

 

「つまり、逃がしたって事か?」

 

「それは分かりません。ですが、どちらかと言うとこんな小さな森、ましてや王国の近辺にあれほどの力を持った魔族が現れた事の方を危険視すべきだと思います。」

 

「魔物って事はないの?」

 

シンシアの言葉に、少年は首を横に振る。

 

「それはあり得ません。あの力で魔物ならば、こんな場所に用事なんてないでしょうから。」

 

「……そんなにか?」

 

「はい。恐らくですが四人で戦っても、負ける確率の方が遥かに高かったと思います。」

 

勇者達に悪寒が走る。心の何処かに抱えていた、目標の魔王に向けて自身が段階的に強くなっていくだろうという慢心。そして旅の始まり、自身が知りつくした地域から出ていないという安心感から生まれた、何処かでボタンを掛け違えていたらあっさり全滅していたという事実。

 

「それでも、戦わないと!」

 

勇者、選定されし者。ベルズはその境遇から彼女を憐れんだ。しかし勇者は選ばれるだけではなく、その意思で勇者として選ばれる事を認めなければならない。より簡潔に言うならば、この地における勇者は選ばれる事を選んだ(・・・・・・・・・)存在であった。

 

シンシアの心は折れない。たとえ如何なる困難が道を塞ごうと、誰よりも誠実にその壁に向き合う。それが勇者としての彼女の素質。

 

「シンシア、ちょっと落ち着いて下さい。」

 

「落ち着いてるよ、とってもね!」

 

「いーや、落ち着いてないね。今にも猪みたいに駆け出して行きそうじゃねぇか?」

 

「いのっ……酷すぎない!?」

 

「き、急に走りだすのだけはやめてね……?」

 

「フィネまで!もー!」

 

快活、純真、そして猪突猛進(ちょもつもうしん)。勇者シンシアは騒がしくその言葉に抗議するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方。

 

激しく(くう)を切る音が森の中から響く。その音が森から出た瞬間、(そら)からも轟音が響く。

 

「チッ……同着か。」

 

『相変わらず生物とは思えない速さですね!やはり精進の甲斐があるというものです!』

 

森の中を駆けて来たベルズ、そして空から飛来したレグルス。ほぼ同時に、その二人は森の外れの地に足をつける。その地点は王国とは真逆、森を抜けて先へと続く一本道が続く場所。

 

「いえ、厳密に言えばベルズは一度死んでいますから生物ではありませんよ、レグルス。」

 

「……今更インチキだのズルだのと言うつもりはないが、たまには自力で走ろうとする努力くらいは見せたらどうだ?」

 

そしてその場には、既にアノンが木を背にしながら立っていた。ベルズとレグルスがこの場所に集まった理由はただ一つ。最も早く目的地に着けるアノンがここに来たからに過ぎない。

 

『せめて飛ぶ努力をして頂きたいですね!アノン殿ならそれくらいは出来るのですから!』

 

「短距離なら考えますが、この距離ですからねぇ。」

 

距離にして凡そ三キロメートル。探知から外れる為にしてはかなり大袈裟に距離をとったと言える。人間であれば歩いて凡そ三十分程度の距離だが、時間にして五分。彼等が集合する為にかかった時間はこの程度である。

 

「どちらにせよ、方針は道中で決めましょうか。歩きながら話しましょう。」

 

『了解しました!』

 

「全く……また奴らに見つかってしまっては敵わん。キビキビ歩くぞ。」

 

そんな事を意にも止めないように彼ら三人は、次なる目的地を目指して歩き始めるのだった。

 

 


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