奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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勇者の旅路③

 

此処は平野に位置する村。名前があるような大きな町ではなく、地図に名前も載らないような小さな農村。冒険者の間では森を抜けた先の最初の村と呼ばれたり、町の北に道具屋がある事やその近くに宿屋がある事を指して認識される事が多い。

 

そして、そんな村の宿屋の一室。

 

「………」

 

魔法使い・フィネは、げっそりとした顔をしながら布団にくるまっていた。

 

「いやぁ……凄い歓迎ムードだったね……」

 

勇者一行は森を抜け、道なりに進み続けるとこの町にたどり着いた。王国からも程近いこの地では、当然のように勇者の選定についての話が広まっていた。国が認めた戦士達、希望を(もたら)す英雄の話は人々に希望を与え、誰もが彼らの勝利を願っていた。

 

その英雄達が初めてやってくる町が此処だと言うのだから、町中が大いに湧いたのだろう。気合を入れ勇者一行をもてなそうというオーラで町中が包まれ、人見知りのフィネはそれに当てられノックアウト寸前の状態となり、敢えなく一回休みとなったのであった。

 

「……でも、シンシアが居てくれてよかったです。一人だったらと思うと……あれ……吐き気が……」

 

うっぷ、とフィネが口を手で覆う。

 

「わーわー!抑えて抑えて!」

 

シンシアが布団を立ち、慌てて布袋を探し始める。これは勇者達の二面性、選ばれし者達も部屋ではただの人間。勇者一行らしからぬ、情け無い姿を晒す彼女達の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その隣の部屋。

 

「いやぁ、本当にすいませんね。騒がしいとは思うけど、よろしくお願いしますわ。」

 

「いえいえ。勇者一行の皆様との相部屋なら文句もありませんよ。」

 

この町の宿屋は、部屋が二つしかない。その分一部屋は大きな造りになっているのだが、そうした訳で勇者一行・重鎧の男と法衣の少年は先に泊まっていた男性と相部屋となっていた。

 

宿屋曰く、部屋が二つしかないのは泊まる人が稀だから。小さな農村の為に見るものもなく、王国に近い為に態々(わざわざ)此処に泊まる必要性も薄い。今までであればそれで十分に事足りたが、しかしその日は偶然にも客が飽和する事態になってしまった。

 

勇者一行が泊まりに来た時点で、宿屋側は先客に立ち退きを要求した。野宿ならいざ知らず、二部屋あるのだから男女を分けるのは当然。勇者様がいらっしゃったのだから貴方も気を利かせて欲しい、というのが宿屋側の理論だった。返金は行われるようだったが、それに気を病んだ勇者一行は相部屋を提案し、妥協策とした。

 

そして時は現在。

 

「本当に申し訳ありません……私達のせいでご迷惑を……」

 

「二人では広すぎる部屋だと思っていたのです。ですから本当に構いませんよ。」

 

深々と頭を下げる少年に、男性は少し驚いた様子を見せながらそう返す。

 

「部屋から追い出された訳でもないですし、相部屋だけなら迷惑という事でもないでしょう。」

 

「とまぁ、そういう訳だ。何事も程度が行き過ぎていれば毒ってもんだぞ、坊主。」

 

「ですが……」

 

飄々と話す重鎧の男に対し、法衣の少年はそれでも後ろめたさを隠しきれない様子だった。それも当然、宿屋の主人は実は男を立ち退かせるために荷物を外に出したり、無理矢理追い出そうとしつこく声をかけたりしていたのたから。勇者一行が口を挟まなければ、そのまま追い出されていた事は想像に難くない。

 

しかし男からしてみれば、宿屋から追い出されようとしていた所を勇者一行に助けられた事になる。男が宿屋の主人を恨む事があったとしても、勇者一行を恨むという事は有り得ないのだが、少年はそれに気づいていない様子だった。

 

「……では何かして頂けるのであれば、互いに自己紹介をしていくというのはどうでしょう。」

 

「自己紹介?」

 

想定していなかった返答に、少年が素っ頓狂な声をあげる。

 

「袖振り合うも多少の縁。折角勇者一行の皆様とご縁があったのですし、私としては皆様の事を知りたいと思うのです。

勿論それだけで十分名誉な事ですし、そちらの方が宜しければで良いのですが。」

 

「私は構いませんが……」

 

「ま、穏便に済むなら何でも良いけどな。」

 

重鎧の男は、何となく彼の目的を察してはいた。勇者達との知り合いという箔。金では買えない地位であり、益を得るために利用する事が出来るもの。そうした繋がりを得る機会が欲しかったのだろう、と。

 

しかしそれでも口は挟まない。彼の物言い、穏便に済むなら何でも良いというのは本心でもあった。何せ本当の相手は魔王、少なくとも人ではないのだから。

 

「じゃあ俺から行くか。名前はハロルド、見た目通り戦士だ。酒好き賭場好き女好き……まぁ、嫌いなもんはあんまりねぇな!という訳でよろしく頼む!」

 

「……」

 

一瞬、法衣の少年が非難の視線をハロルドに向ける。が、すぐに向き直る。

 

「私はニコラと申します。職業は神に仕えし者、聖職者です。得意な事は回復魔法ですので、お怪我をなさった時は遠慮なく仰って下さい。」

 

ぺこり、とニコラは恭しく一礼した。

 

「自己紹介、ありがとうございます。では次は……」

 

「なぁ、一つ聞いてもいいか?」

 

男の声を遮る様にハロルドが声を上げる。

 

「はい、何でしょう?」

 

「聞き間違いじゃなけりゃ、さっきアンタ二人(・・)って言わなかったか?もう一人は一体どこにいるんだ?」

 

「ああ、その事ですか。そろそろ帰ってくる頃だと思いますよ。」

 

その瞬間、豪快に扉が開け放たれる。

 

『お待たせしました、アノン卿(・・・・)!』

 

「という訳です。皆さん揃ったことですし、自己紹介の続きと参りましょう。」

 

そうして男、アノンは不敵に笑った。

 

 


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