「私はアノン、国を渡るしがない旅芸人でございます。このような時世ですが、一つの地に留まって活動するのがどうしても性に合いませんでしたので、用心棒を雇い旅を続けております。」
レグルスが部屋に入り座ったのを見ると、アノンはすぐに自己紹介をする。しかし、勇者一行の目がアノンを向く事はない。
「……皆さん、聞いておられますか?」
無理もない。彼等の部屋に入ってきた鎧、一見すれば魔物とも見違えるそれが、圧倒的な存在を放ちこの部屋の空気を掌握していた。しかし彼らは武器を構えない、というより構えられない。
その先進的デザイン。流線型のフォルムの中にも、機械であり金属であるという無骨さを漂わせる為に設計された、武者の鎧を
オーバーテクノロジー。内骨格が見え隠れしている時点で中に人がいない事は彼らの目にも明らかだったが、その機構も未知。様々な配線が鎧の間から光を通している事だけが辛うじてわかる。
そして何より人のように振る舞うその在り方。唖然、心ここに在らず。彼らは言葉を失うほかなかった。
『私、レグルスと申します!ご紹介にあったように、アノン卿の用心棒を務めさせて頂いております!短い間ですが、どうぞ宜しくお願いします!』
レグルスの機械音声が部屋に響く。ハロルド、ニコラの両名はその聞き慣れない音に驚き、少したじろいで正気を取り戻した。
「レグルスさんは、何者なのですか?」
「……」
たまらずニコラがそう尋ねる。口を挟みかけたハロルドも、本心ではニコラと同じ気持ちだったのだろう。言葉が紡がれる事はない。
『何者、と申しますと?』
「いえ、その……」
口籠るニコラ。レグルスから感じる威圧感はないが、どうしても機械音声が彼らには馴染みがない様だった。
「ニコラさんの疑問もごもっともです。私から説明させて頂きます。……それとレグルス、皆さんをあまり困らせないで下さい。いつもはそんな話し方ではないでしょうに。」
『おや、私渾身のボケなのですが。話し方は変わっていませんが、もう少し皆様が聞きやすい様に努力はした方が良いですかね?』
そう話すレグルスの声は確かに機械音声だが、人の言葉を模倣する様に音程が調整されていた。
「ありがとうございます、レグルス。簡潔に申し上げますと、レグルスは『
「ゴーレム!?」
たまらずニコラが飛び退く。ハロルドに至っては武器を構えるだけに飽き足らず、鎧を着ようと悪戦苦闘する始末であった。
ゴーレム、それは魔力によって命を吹き込まれた人形。素材は土がメジャーだが、金属であったり植物でできたゴーレムも存在する。一つの共通点を挙げるとするならば、彼らは屈強で倒し難い敵であるという点。
ゴーレムには痛覚も疲労も存在しない。そもそも命持たざる者たちにとっては当然な事で、それは現代におけるロボットに近しい。しかし原理が分からぬとなれば、それは大きな脅威として彼らには映る。
「ゴーレムといっても、皆さんが想像しているような魔物の一種ではありません。レグルスは私の指令に忠実に従うゴーレムであり、いわば使用人のようなものです。」
『使用人のつもりはありませんがねぇ。』
アノンが語れど状況は変わらず。むしろハロルドが鎧を着込み、完全に臨戦態勢に入っている時点で悪化したとも言える。
『ははは!アノン卿、これは貴方も苦労しそうですね!』
「いやまぁ……想定内といえば想定内なんですけれど……」
それでも少し頭を抱えたような仕草をするアノン。がっくりと肩を下ろしたようなその様子は、わざとらしさを感じさせるものではなかった。
「うるさいですね……隣の部屋。」
「私達も行った方がいいかな……?」
布団を被り、恨めしそうに呟くフィネ。そしてそわそわとしながら、隣の部屋の様子が気になるシンシア。
「え?シンシア、もしかして男部屋行きたいの?」
「そういう訳じゃなくて!盛り上がってるから、こう、私も行ってみたいなーなんて思ってるだけ!」
シンシアはフィネの言葉を否定するかのようにそう捲し立てたが、そもそも否定にはなっていない事に彼女達は気づかない。
「ふふ、でもダメだよ……私、シンシアがいなかったらどうなっちゃうか分かんないよ……?」
「この調子じゃ、フィネもまだダメかなぁ……」
酒乱の様な言葉を残し布団の中に消えるフィネに、此方もがっくり来たようなシンシアであった。