前回の恭介の誕生日からひと月、あれ以来ギルガメッシュは模範的かつ理想的な親であった。幼稚園への見送りも以前のように窓まで身を乗り出し今生の別れのように騒ぐこともなく、弁当もどこぞのシェフが作ったような豪華なものでもなくなり、少しもめたくらいではどこからともなく現れることもなくなった。常に一歩引いた位置で我が子を見守り、恭介の自主性を尊重している。おそらく恭介が間違ったことをすれば、諭すように語りかけることだろう。
「…………むぅ」
そんなギルガメッシュに恭介は不満を抱えていた。今までは自分がしっかりしていないとギルガメッシュは歯止めがきかなくなりめちゃくちゃなことをやらかしてしまうと常に意識していた。しかし最近はそのようなことはなく、むしろ自分がなにか無茶をすれば咎められそうだとすら感じている。自分が愛されていないとは思わない。むしろ通常では注がれることない量の愛情を注いで育ててもらっているという自覚すらある。だからこそ、親の変化には人一倍敏感だ。恭介は確信している。ギルガメッシュ……自分の親が無理に自分の理想の親を演じていると。
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「ふっ……今日も恭介は元気にやっているな……そうだ、そうだぞ、恭介……子どもはよく遊び、よく寝て……いつしか親元を離れ……離れェェエエエエエエエ……はっ! い、いかん、我としたことが……親は子が巣立つ手助けをするもの、蝶よ花よと愛でるものではない。そう、巣立ちの手助け……手助け? 手助けってなんだ? そもそも我は……はっ! 我はギルガメッシュ、我はギルガメッシュ。ウルクの王にしてサイコの王……ちがう、最古の王。我が子に恥ずべき姿を晒すものではない……我が子を可愛がることが恥ずべき姿……? そのようなわけあるかたわけが! あるわけがなかろう! 今すぐにでも……っといかんいかん恭介が求める父親は……ふは、ふははは、ハァーハッハッハッ!」
結論から言おう、ギルガメッシュはもはや限界なのは誰から見ても一目瞭然であった。無駄に広い城の隠し部屋、恭介ルームにて使い魔から送られてくる映像をフルハイビジョンで鑑賞しながらギルガメッシュは高笑いをする。その目には光がない。どう見ても無理をしている、そもそも、ギルガメッシュに一歩引いたとこから見守るなど土台無理な話なのである。彼の根本にある考え、それは「我のやることに善悪は関係ない」。自身のやりたいように行動し、そして生きてきた彼にとって今の状況は自身を否定することにほかならない。昔は友に今は息子に諭され、ある程度の方向修正は今までも行ってきた。だが、現状は自身のやりたいことを無理やり押さえ込み、自己を捻じ曲げている。これは彼にとって聖杯の泥を飲み干す以上の苦行であることは彼の性格を考えれば想像に固くない。それでもひと月は堪え、演じきることができているのだから、彼の精神力は恐ろしい。
「む……そろそろ恭介のお迎えの時間だな。バスの場所まで……バス……バス……」
フラフラとした足取りで隠し部屋を出て行くギルガメッシュ。しかし部屋を出ると同時にキリッとした表情に戻り、目は爛々と光っている。どんなになろうとも彼は王であり、父親なのである。ギルガメッシュは確かな足取りで恭介のお迎えへと向かった。
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「……ぎーる!」
「はっはっはっ、はしゃぐでない恭介。男とは常にどっしりと構えるものだ」
この親にしてこの子あり。恭介はギルガメッシュの微細な変化を完全に把握していた、そして、それを気づかれないよう演技することも忘れていない。普段のギルガメッシュであれば気がつくであろう演技に今のギルガメッシュは気がつかない。このことが自分の親に限界が近いと恭介に確信させるに至った。それからの行動は早かった。
「ぎる! ぎる!」
「こらこら、引っ張るでない。我はどこにもいかぬ」
恭介はとにかく……
「ぎる! かいた! ほめて!」
「ふむ、実に微笑ましいな。よくかけている。我の雄々しさ、そして雄大さがよく表現されている。感謝するぞ恭介」
とにかく……
「ぎる! だっこ!」
「ふはは、よいよい、許そうぞ! 我に存分に……ぐっ……いかんいかん」
「うぅ……」
「あ、ああああ! な、なくな、恭介! ほ、ほらー高いぞー」
「わーーーーーー!」
「ふははははははははは!」
とにかく……
「ぎーる、ぎーる!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」
恭介はとにかくギルガメッシュに甘え続けた。それは積み重なり、ついにギルガメッシュに理性の限界が訪れる。
「もう無理だ! 堪えられるか! いかに子どもの幸せを願おうとも偽りの姿では思いは通じん! 思うがまま! 偽りなく! 自分自身で子どもと向き合わずして何が親かっ! さぁ、こい! 恭介ぇえええええええ……? む? 恭介? ど、どこに行った!? 今までの分も愛でねば気がすまぬぞ!? 恭介! 恭介ェエエエエエエエエエエエ!」
「…………ふふっ」
いつの間にやら逃げ出していた恭介は元通りになったギルガメッシュに満足げに頷いた。そしてその後のことを考え、すこし気分が落ち込んだ。ギルガメッシュが恭介に多大な愛を注ぐのと同じように恭介もまたギルガメッシュを親として愛しているのだ。
我慢はやめだ。
自身を偽っていても、ロクなことにはならん。
我が我として、親として恭介と向き合っていかなくてはならんのだ。
今なら分かるぞ、恭介は体をはって我にそれを教えてくれていたのだと。
子どもに心配されるとは……我も親としてはまだまだか……