Mix Days ~Everybody Needs Somebody~   作:炉心

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春は過ぎ、梅雨の近付く季節。

彼女のDJとしての物語が動き出すのはまだもう少し先の頃。




Andante Mix ~今夜はブギー・バック~

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 

 想定外に長引いたバイトからようやく帰宅を果たし、愛車を車庫に入れて被っていたヘルメットを外した(ちがや)だが、その時間帯にしては少々不自然な感じの明るさに首を捻る。

 

 光源を探して外に出てみれば、夜空の月星と点々と灯る路地の外灯とは別にお隣宅の二階のある部屋の窓が目に入る。カーテンが半分くらいしかひかれていないせいで煌々とした明かりが漏れているのが確認できた。

 

「まだ起きてるのか? 明日……いや、もう今日か。日曜だからまだいいけど、それでも流石に夜更かしのし過ぎじゃないのか?」

 

 部屋の主である子の年齢を考えれば流石に眉を顰めたくなる時間帯。健康面でも美容面でも推奨はできない。

 

「スイッチが入って時間が経つのを忘れるくらいのめり込む気持ちはわかるけど」

 

 自身の高校時代を思い返して苦笑する。イベント前には仲間達と一緒にあれやこれやと夢中になり、気がつけば夜明けだったなんてことは往々にして間々あった。

 

「……遠い昔な気がするな」

 

 高校を卒業して約1年弱。高校時代とはまるで勝手の違う大学生活やらバイトやらで過ぎ去る日々。そこに慌ただしさだけではない時間の流れを感じる。

 

「って、何を感傷的になってんだ俺は。――うん?」

 

 深夜に一人でセンチメンタリズムに浸るなんてこっぱずかしい真似をしている自身に苦笑し、バカなことをしてないでさっさと寝ようと思い立った矢先だった。

 

 見上げていた先、明かりの点いた窓の奥に人影が見えたかと思うと、次の瞬間には窓が開かれて部屋の中から見知った顔の少女がその姿を覗かせる。

 

 気分転換なのだろう。夜の空気を吸い込み、凝った体を解すべく伸びをしているジャージ姿の少女。一通り屈伸を終えると、特に意味もないのだろうが周囲に視線を巡らして――視界の下の方へと巡ったところで茅と視線が合った。

 

(よっ!)

 

 深夜なので心の中でだけで実際には声に出さず、その代わりとして茅は軽く手を振り上げて挨拶と自身の存在をアピールを行う。

 

「ち、ちがやにぃっ!?ぅむぅんん!!」

 

 まさか誰かいるとは思ってなかったのだろう。予想外の存在を確認し、思わず叫んだ少女は慌てて口元を抑える。

 

「だ、大丈夫なのか? 何か悪いことしたかな?」

 

 無意味に顔を左右に何度か降った後、焦った様子で部屋の奥へと引っ込んだ少女の様子に思わず苦笑を禁じ得ない心持ちになる。

 

「メール? 誰だ?」

 

 不意に振動した自身のスマホがメールの着信を告げる。

 

 確認すると、今しがた雲隠れしたばかりの少女の名前でのメール。

 

 その内容は、

 

《今すくいくかやちょっt待ってえ》

 

「?? ああ、『今すぐ行くからちょっと待ってて』か」

 

 かなり慌てて打ったからだろう、多少の誤字があったが内容は分かった。

 

 夜も更けているので別にわざわざ出てこなくてもいいよと、その旨をメールで送ったのだが何故か既読がつかない。

 

(まあ、いいか)

 

 相手は流石に幼い子供というほどの年齢でもない。久し振りに少し話をするくらいなら問題ないだろう。その上で一応は年長者として対応すればいい。

 

「……遅い」

 

 少女の家は目の前である。その二階にある部屋から階段を下りてきて茅のいる玄関先に来るまでにかかる時間とはどれくらいだろうか?

 

 10秒? 20秒?

 

 『すぐ』とメールでは言っていた。『すぐ』の時間的範囲は人や状況によって多少の違いはあるだろうが、それでも今の状況ならば多く見積もっても1分はかからないだろう。

 

 だが、既に3分程経過したにも関わらず少女は一向に出てくる気配がない。

 

「何かあったか?」

 

 こうなると逆に不安になってくる。焦ったあまり階段を下りる時に転倒して動けなくなったなどという最悪な状況すら想定してしまう。

 

「この時間帯にチャイムを鳴らすなんて真似はしたくはないんだが……あと1分が限度かな?」

 

 隣家の住民全員を深夜に叩き起こすことに繋がるやもしれないが、それも致し方ない。

 

(あと30秒。29、28、27、26――)

 

「お、お待たせ!!」

 

 勢いよく開けられる玄関扉。

 

 黄色のメッシュが目を惹く髪を少々振り乱しながら出てきた少女の姿を確認し、茅のカウントダウンと心配は幸いにも無駄に終わる結果となった。

 

(あれ?)

 

 一瞬感じた違和感。よく見ればすぐにその正体は分かったのだが、相手が年頃の女の子であることを考えればなんとなく察することもできたので、敢えて指摘はしないことにする。

 

「こんばんは。真秀」

 

「こ、こんばんは。ち、茅さん」

 

 茅にとっては数年来のお隣さんである明石家の長女である年下の少女――真秀は少々乱れ気味の息を整えながら挨拶を返してくる。やはり出てくるまでに何かあったのか、外灯と玄関の夜間照明に照らし出されたその顔は心なしか頬が薄く朱に染まって見えた。

 

「随分と遅くまで起きてるんだな? 休みの日とは言え、夜更かしはあまり褒められたものじゃないぞ。高校生」

 

「え、え~と、ちょっと色々と作業をしてたんですけど。気がついたらこんな時間になってて」

 

「好きなことに夢中になるのはいいこと――っと言いたいところだけど、それでも『気がついたら倒れてました』ってことにならないようにな。ある程度でキリをつけて、無理しちまう前に終われるようにはしとけ」

 

「うん、気をつけます。って、そう言う茅さんこそこんな時間にどうして外に?」

 

「俺? 今ちょうど帰ってきたとこ。バイトが少し長引いてさ。まあ、バイクだったからこの時間でも帰ってはこれたけど。そうじゃなかったら確実に始発電車での朝帰りコースだったよ」

 

 茅は手に持っていたバイクのキーを見せながら苦笑する。

 

「その……お疲れ様」

 

「ありがとう」

 

 心配そうな表情を浮かべる真秀。素直で優しい性格の一端が垣間見えるその様子に、茅は思わず内心で一瞬前とは別のタイプの苦笑を漏らす。

 

「それで、こんな時間になるまで夢中になってた作業の方はもう終わったのか?」

 

「う、うん。さっき一区切りがついたところで」

 

「そうか。なら、俺のタイミングが悪かったな」

 

 作業終了の気分転換に窓から顔を出してみたら、そこに偶然にもいた茅が変に存在をアピールしたせいでわざわざ気を遣って出てくる羽目になったのだろう。

 

(時間も時間だし、あんまり引き留めるのもアレか)

 

「じゃあ、これ以上の夜更かしはお互いの美容と健康の為にも止めとくとするか。春とは言っても夜はまだまだ冷えるし、暖かくして寝るように」

 

 年長者の茅を差し置いて先に家に引っ込むのは流石に気が引けるだろうと予想し、先手を打って話を切り上げることにする。

 

「おやすみ~」

 

 茅自身既に結構眠いのも事実なので、沸き上がる欠伸を噛み殺しながら踵を返すと、自宅の玄関へと向かう。

 

「あっ」

 

 微かに聞こえた気がする小さな声。

 

 その次の瞬間、茅の上着の端が何者かに引っ張られる。

 

(何だ?)

 

 反射的に振り向いた茅だが、その視界に予想外の光景が映る。

 

「あ、あの……」

 

 伸ばした手で真秀が茅の上着を掴んでいた。その顔には咄嗟のことで本当に思わずと言った表情を浮かべている。

 

「――ご、ごめんなさい!!」

 

 すぐに自分が何をしているのか気づいたのだろう。瞬時に顔を赤らめた真秀は慌てて茅の上着から手を放す。見た目がボーイッシュな印象の強い真秀だが、その様子は妙に可愛らしかった。

 

 そして、そんな姿を見せられては少々絆されてしまうのもある意味仕方ないことだった。

 

「……そうだな。長引いたバイトで疲れたことだし、寝る前に少し甘いものが飲みたい気分だな。よし、真秀。そこの自販機で何か買って飲むけど、よかったら少しだけ付き合ってくれないか? 真秀は何が飲みたい? 何でも好きなものを言っていい。付き合ってくれるお礼に茅兄(ちがやに)ぃからの奢りだ」

 

 茅は数軒先にある自販機の方を指差すと、幼い頃の真秀からの呼び名であった『茅兄ぃ』の呼称を敢えて使ってお道化てみせる。

 

「それじゃあ、ミルクティーを」

 

「オーライ。流石にこの時間にコーヒーはアレだし、俺も同じのにするかね」

 

 茅の態度に顔を綻ばせた真秀に「小父さん達には深夜に俺が家から連れ出しことは内緒にしといてくれよ」と言って更に破顔させると、二人連れだって自販機のある場所へと向かう。

 

「ほら、ホットでロイヤルなミルクティー」

 

 真秀の分を手渡し、茅自身はアイスでノーマルなミルクティーを一気に缶の半分近くまで飲み干す。

 

「そう言えば高校生活はどうなんだ? 楽しくやってる?」

 

「なんだか久々に会った親戚のおじさんみたい」

 

「あ~、言われてみれば確かに。ま、気にするな。で、どうなんだ? 念願のDJ活動はしてるんだろ?」

 

 真秀の通う陽葉学園は音楽や芸術に力を入れており、特に学生間のDJ活動は本格的でありそれなり以上には有名だ。真秀も幼少時に見たDJに憧れ、その憧れを現実にしようとしていたのを茅も聞き知っている。

 

 この春に高校進学から既に2ヶ月弱。ちょっとした個人的な情報源から実は真秀についての多少の情報は得ていた茅だが、今はそのことは特に言わないでおく。

 

「とりあえず、お昼の放送での週替わりのDJ活動に少しずつ参加させて貰えるようになって。今はそれを頑張ってます。まだまだ全然これからなんですけどね」

 

「そうか、頑張れよ。陽葉学園のDJ活動や音楽活動のレベルは無茶苦茶高いって聞くし、そんな場所で頑張ってる凄い子達が大勢いる中で活動していくのは大変だろうけど」

 

「そうなんだ。私もビックリしているんだけど。本当にレベルが高くて。特に同じ1年なんのにもう校内ラングの上位にいるユニットがあって。その子達は中等部の頃から活動してるんだけど、トラックメイキングもセンスも歌も曲もダンスパフォーマンスも全部凄くて。上級生を差し置いて今年の陽葉祭のサンセットステージでも優勝するんじゃないかって噂が立つくらいで。私もライブを何度も見たんだけどとにかく――」

 

 茅の出した話題は見事に真秀の琴線に触れたのか、それまで多少構えていた真秀の敬語気味の口調が一気に崩れる。スイッチが入ったのか、口から出る語りが止まらない。

 

「――あっ。ご、ごめんなさい!」

 

「いや、いいよ。と言うか、真秀にさっきからずっと言おうと思っていたんだけど。真秀の口調。それ、無理に敬語を使おうとしなくてもいいからな。別に見ず知らずの相手ってわけじゃないんだから。“親しき中にも礼儀あり”を大事すること自体は良いことだとは思うが。まあ、いろんな建前はともかくとして。俺としては違和感があるからできれば普通に話して欲しところなんだが」

 

「それは……そうだよね。久し振りに茅兄ぃと話したからかな? なんか緊張しちゃって」

 

「久し振りって、そんなに話してなかったっけ? あ~でも、俺も最近は何かとバタバタしてたからな。ちょっとした挨拶とかを別にしたらこんな風にゆっくりと話したのは真秀が高校に行く前くらいか。でも、それでも精々3ヶ月くらいなもんじゃないか?」

 

3ヶ月も(﹅﹅﹅﹅)。だよ」

 

 素が出たことで今更取り繕う無意味さを悟ったのか、ようやく普通に喋るようなった真秀に笑顔を向ける茅。真秀本人は自覚がないようだが、『茅兄ぃ』と昔の呼び方になっている点に関しては敢えて指摘しない。

 

「なんにしても、意味のない気遣いはしなくていい。どうにも真秀は昔から背伸びしがちなとこがあるからな」

 

「ち、茅兄ぃ! こ、子供扱いしないでくれるかな!」

 

「ははは、わるいわるい」

 

 幼少期から真秀のことを知っている茅としては無意識の内に子供扱いしてしまうことがある。一目見れば成長は明らかであり、特に一部の身体的特徴部分はもはやその辺の大人顔負け具合の成長が見て取れるのだが……流石に確実にセクハラになるので言うこともないし視線もあまり向けないように注意しておく。

 

(にしても、真秀がもう高校生か)

 

 月日の流れの早さを感じて妙にしみじみする。

 

「今思えばだけど。俺、真秀の高校進学のお祝いって何もしてなかったよな? 今更だけど何かしようか? 何か欲しいものとかがあるなら……って、当然DJ関連の機材とかに決まってるか。俺は正直言ってあんまり詳しくないんだが……誰か……カノンとかにでも聞いたほうがいいのか? でも、そもそもあまり高くなるようだと……いや、バイトの回数を少しくらい増やせばある程度なら……」

 

「え? い、いいよ! そんなのいらないから! 今こうして飲み物も奢って貰ってるしさ」

 

 茅の発言に何か高いもの送られるかもと感じたのだろう。真秀は慌てた様子で両手を降ると、次いで手にしていた缶を指し示しながら遠慮してくる。

 

「それに、茅兄ぃからなら別にものじゃなくても……」

 

 不意に顔を隠すように俯いた真秀が何やら呟いているが、吹き出しが小さ過ぎて茅にはよく聞き取れなかった。

 

「う~ん、でもなぁ。自販機のミルクティー程度でお祝いを済ませましたってのは流石に……じゃあ、ケーキでも食べに行くか? 俺の奢りで。それくらいならいいだろ?」

 

「ケーキ?」

 

「ああ。最近知り合いにお薦めされたモンブランが超絶美味い店があるんだけど――」

 

「行く」

 

「おお、食いついたな」

 

 好物の名前は効果抜群だった。

 

 パブロフの犬の如く即座に反応した真秀の様子に茅は思わず吹き出してしまう。女子高生にとって甘い物の名前はやはりキラーワードらしい。

 

「言質を取ったし、行くなら早い方がいいか。真秀はいつだったら空いてる? 高校生と違って大学生ってのは時間の融通が結構利くからな。いつだっていいぞ。なんなら明日……じゃなくて今日でもいい。ちょうど日曜だしな」

 

「今日……」

 

「そう、今日。って、流石に急すぎるか」

 

「今日。今日……あ、でも午前中に……。いや、昼頃には……うん。大丈夫。大丈夫。今日でいいよ」

 

 一瞬だけ思案顔を浮かべた真秀だが、すぐに考えは決まったようだ。

 

「え~と、本当に大丈夫か? 俺も流れで言っただけだから、何か予定があったのなら別に無理しなくてもいいからな?」

 

「ううん。大丈夫。ちょっと午前中に用事で学校に行くつもりだったから。それが終わった後なら時間あるし」

 

「本当に大丈夫か?」

 

「うん。用事が終わったらメールするから」

 

「そうか……。なら決まりだな。んじゃ、さっさと寝るとしようか。てか、実はこれ以上の夜更かしは流石に俺もう限界だ」

 

 真秀が茅には見えないように欠伸を噛み殺していたことには気づかないふりをしつつ、茅は自身が軽く欠伸をして眠気の限界をアピールする。

 

 互いに飲み干して空になった缶を自販機横のゴミ箱に捨てると、外灯と月明かりに照らされた路地を肩を並べて家路につく。

 

「ところで真秀。ちょっと気になってたことなんだけど……その羽織ってるパーカーって、学校指定のヤツなのか?」

 

「違うけど……どうして?」

 

「いや、特にどうというわけではないんだがな。そうか、違うよな」

 

 シンプルな柄のパーカー。それほど派手ではないシャツとハーフパンツという姿。お洒落していると言うほどではないが、それでも学校指定のジャージ姿(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)という明らかに部屋着モード全開な姿ではない。茅は確信する。つまり、やはりそれは……

 

「――あっ」

 

 茅の言外の意図に気づいたのだろう。瞬時に真秀の顔が耳まで真っ赤に染まる。

 

「お、おやすみ!!」

 

 次の瞬間、脱兎の如く駆け出した真秀は自宅の玄関扉へと駆け寄り、最後に一瞬だけ茅の方を向いて頭を下げると、すぐにその姿は扉の向こうへと消えてしまった。

 

「あ~、少しデリカシーが無さ過ぎたかな?」

 

 最後の最後で自身の言動の軽はずみさを鑑みて反省をする茅だが、すぐに「真秀の可愛い姿が見れたからまあいいか」と後悔はしないことにした。

 

「おやすみ、真秀」

 

 最後に見せた真秀の可愛らしい姿の余韻。それだけで不思議と良い夢が見れそうだなと思いながら盛大な欠伸をした茅は、起きてからの予定をつらつらと考えながらも自身もさっさと寝るべく我が家へと入っていく。

 

 家に入った後はすぐに自室のベッドへと直行した茅。それ故に、気づかなかった。

 

 早々に茅の家の照明が消えたのと異なり、明石家の照明がその後も少しの間消えずにいたことに。

 

 そして、

 

「やっちゃった。やっちゃたよ、私。何やってんだよ、私。てゆーか、普通に気づかれちゃってるじゃん。恥ずかしすぎだし。あぁ、もう。はあああぁぁぁ」

 

 閉じた玄関扉に背を預けて蹲り、しばしの時間を盛大な後悔と羞恥とその他もろもろな感情に翻弄され、いろいろとモヤモヤした状態でのなかなか複雑な夢見になりそうな状態になっている真秀がいたことに。

 

 

 

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