Mix Days ~Everybody Needs Somebody~ 作:炉心
徐々に新鮮さと慣れが反転してゆく季節。
世の中には、避けては通れないことがある。
「ヤバい。ひっじょ~に、ヤバい」
高校入学から約1ヶ月ちょっと。
勉強三昧の受験が終了し、晴れて念額の高校入学が決まってから浮かれまくって過ごしてきたが、早くもその付けが回って来ていたのだ。
間もなく迎える恐怖の試練。その名は――中間テスト。
ピンチである。
超絶にピンチなのである。
「なので大鳴門さん。いえ、大鳴門様。助けてください。お願いします」
「はあ? 何言ってんの?」
時刻は放課後。
場所はとあるモダンな雰囲気漂う喫茶店の店内。
平伏して頼み込んだ相手は明らかに困惑した目で銀汰を見てくる。当然であろう。何せ迄入学して1ヶ月ちょっとなのだ。範囲的にも中学のおさらいと多少新しい範囲に入った程度。勉強に白旗を上げるにしても少々早すぎる。
「数学がね。ヤバいんです。いや、ホント。マジで。全然わかりません。高校の数学ってこんなに難しいの?」
だが、そこは人それぞれ。そして、紘汰にとって元々それほど得意でもなかった数学は春休みの受験ボケと入学後に少し調子こいてサボっていた間に一気に理解不能な領域へと突入していたのであった。誰のせいかって? 自業自得ですよ。
「バカなんじゃないの? むしろ、普通にバカになってるのよね?」
「返す言葉もありません。と言うことで、数学が得意な大鳴門むに大明神様。教えてください。ホント、お願い」
「ほ、他の子に頼んだらいいじゃない。わたしは別のクラスなんだし。紘汰のクラスにも、と、友達くらいいるでしょ。あと、その変な喋り方はやめて」
(あ~、わたしってばバカ! なんでこんな嫌な言い方をしちゃうのよ!)
紘汰が必死に助力をお願いしている相手――大鳴門むにと言う少女は少々素直じゃない性格をしていた。その為、内心で思っていることとはまったく逆の言葉をつい口から出してしまい、口に出した直後に後悔することが間々あった。
「いやいや。入学してからまだ1ヶ月だぜ。むに以外に同じ中学からの知り合いもいないし。クラスの奴等とも多少打ち解けたレベルで、まだまだ“これから仲良くなっていこうぜ”的な状況なわけじゃん。そんな状況の中でいきなり勉強を教えてくれとか、『え? こいつバカなの? ( ̄m ̄〃)プププッ!』ってなるだろ。クラスでの俺のイメージがバカキャラで固定化決定じゃんか」
「事実でしょ」
現在進行形でむにの中ではすでに紘汰のイメージがバカキャラになっている。
「あんたの先輩に頼んだらどうなのよ? 大学生の先輩。受験勉強の時にも少しだけ家庭教師をして貰ったって聞いてるし、わたしよりもよっぽど教えるのにも向いてるでしょ」
「それは無理。絶対に無理」
「どうしてよ?」
「男のプライド的な問題」
「何よそれ?」
「色々とあるんだよ、男の子には。とにかく! 今の俺にはむにだけが唯一の砦なんだ! 希望の光なんだ! 頼む!」
「わ、わたしだけ……」
両手を顔の前で合わせ、目の前のむにを拝むようにして再び頭を下げる紘汰。言動自体のあれやこれやはともかくとして、その様子はなかなかに情熱を感じさせるものだった。
「そう、むにだけ!!」
「わたしだけ……わたしだけ……。ま、まあ、仕方ないわね。紘汰がどうしてもって言うんならね。このむにちゃんが特別に教えてあげてもいいわよ」
何やら一瞬顔を盛大に赤らめてトリップしていた様子のむにだったが、必死に頭を下げ続けている紘汰がそのことに気づくことはない。
「本当か!? さすがむに! 友達を見捨てない優しさがある! そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「何よそのネタまみれのセリフは」
「一度使ってみたかったんだ。でもって、今の俺の感動を表現するのにはもうこのセリフしかない!」
呆れ顔で己を見てくるむにの視線などなんのその。見事に勉強の協力を取り付けた紘汰にとって今や大抵のことは些細なことでしかなかった。
「これで俺は乗り切れる! なんとかなる! 待ってろ、来週の中間テスト。お前なんか目じゃねぜ! なにせ俺には救いの女神がついてるんだからな。いや~、感謝感謝。感謝でござる」
「勉強する前からよくそんなに自信満々でいられるわね」
「人生はポジティブ! それが俺の座右の銘だからな」
「初めて聞いたわよ」
「当然。今考えたからな」
「あっ、そう。まあ、何でもいいけど」と呟き、むには氷が融けて少し薄くなったレモンティーに軽く口をつける。
「それで、いつ勉強するの? もうあんまり時間はないけど? 場所は?」
「マジで時間が無いしな。できれば今日からしたいな。場所は……学校の図書館とかでいんじゃね?」
「ええ~。嫌よ」
『学生が勉強する場所』=『学校の図書館』という安直な思考で答えた紘汰だったが、何故か露骨に嫌そうな表情をしたむにから即座に却下をくらう。
「なしてよ? あ、もしかして今から学校に戻るのがメンドクセーとか?」
「それもあるけど。でも、それだけじゃなくて……」
「???」
要領を得ないむにの言葉に首を捻るしかない紘汰。
(だって、学校の図書館なんかで2人で勉強なんかしてたら目立つじゃない! ただでさえ男子が少ない学校なんだから!)
むにとしては目立つこと自体は嫌ではないが、悪目立ちすることは避けたかった。
「と、とにかく。学校の図書館は却下よ。却下。するならどこか別の場所で」
「だったら……このままこの喫茶店でするか? でも、俺はこういう場所でだと勉強してもあんまり身に入らないタイプなんだよな~。なんか気が散るというか。できなくはないけどさ」
よく喫茶店でパソコンを広げて仕事をしている人を見かけるが、「気が散らないのだろうか?」と思う。それとも、世間一般的には紘汰のように気が散る方が少数派なのか。
しばし考え込んだ紘汰の頭の中に浮かんだ幾つかの候補。その中から一番無難そうな場所となると。
「もう、いっそ俺の家でしちまうか」
ボソッとした呟きに近いものだったが、目の前の人物には聞こえたようだ。
「えっ……えええぇぇぇぇっ!?」
「って、むに! 声! 声がデカい!」
周囲にいた他のお客や店員が思わず振り返るレベルの音量に慌てて制止をかける紘汰。むにの方もすぐに気がついて口元を両手で抑える。
周囲の人に愛想笑いを浮かべて誤魔化すと、お互いに身体を縮こませてその場をやり過ごす。
「ビックリした。何で急に叫んでんだよ?」
「あ、あんたが突拍子もないことを言うからでしょ」
「え? 俺が? 俺、何か突拍子もないことなんか言ったか?」
若干頬を赤らめたむにからの非難交じりの言葉と視線を受け、身に覚えがない紘汰は意味が分からず混乱する。
「い、家でするとか……いきなりそんなこと言うから……」
視線を逸らし、頬の赤みを秒刻みで増しながらの呟き。
(な、何だやさぁ? この可愛い生き物は?)
むにの妙に可愛らしい様子に紘汰の思考が一瞬あさっての方向に行くが、それはそれとしても言われていることの意味には遅ればせながら気づく。
紘汰とむには中学の同級生である。そして、それなりに仲の良い関係ではある。だが、あくまで友人同士であって彼氏彼女として付き合っているような間柄なわけではない。複数人を交えてならともかく、2人きりで家で勉強するというのは少々問題が発生しそうな気がするようなしないような。
(いやいや、何もしないけどね! むには可愛いけど、あくまで友達だし)
むには傍から見ても非常に愛らしい少女ではあるが、それが恋愛感情に繋がるかと言えば否である。何より、紘汰は今のむにとの友情を壊すつもりは毛頭ない。
ただ、問題なのは……
「ど、どうしても言うんなら仕方ないけど。でも、わたしとしては初めて行くわけだし。いきなり今日とか。別に本気で嫌ってわけじゃないけど、それでも心の準備と言うか。確かに高校生なんだからそれくらいならとも思うけど。それに今日もママは仕事で家には帰ってこないだろうから、別に遅くなっても全然大丈夫なんだけど――」
妙にテンションになっているのか、結構大きめな音量の声で延々と喋り続けるむにの存在だった。
先程むにが叫んだ影響もあるのだろう。周囲にいる人達の何人かの意識と注目が微妙に紘汰とむにの方へと向けられている気がする中、むにの発する微妙に誤解を生みそうなニュアンスの台詞はいろいろと紘汰にとってマズいものだった。
実際、別に疚しいことをしようとしていたわけでもないのにもかかわらず、紘汰へと向けられる視線の幾つかは確実に誤解交じりのものになっている気さえするのだ。
(あ、ダメだ。これ、今すぐむにをなんとかしないとマジでマズいやつだ)
「や、やっぱそうだよな。今考えれば俺の部屋は汚いし、勉強するって状況じゃなかったわ。ここで勉強しよう。そうしよう」
即断即決。これ以上の被害が発生する前に対処すべく、紘汰は意識的に大きめの声でもって『勉強』という言葉を主張するようにしながら絶賛トリップ中のむにの意識を引き戻すことにする。
「――え? あっ、うん。そ、そうね」
紘汰の声に一瞬だけ呆けたような表情を見せたむにはようやく我に返る。
(あれ? わたし何を言ってたの? 何か変なことを口走っていたような……)
(あ~、これは変なことを言ってなかったかって悩んでる顔だわ。多分)
押し黙って微妙に無表情になってしまったむに。その様子を紘汰は勝手な想像を膨らませながらただ見守ることしかできない。
「「…………」」
何とも言えない沈黙が2人の間に横たわる。
お互いのあさっての方向へと視線を彷徨わせながら数分程。
「……じゃあ、勉強する?」
「そうね。さっさと始めるわよ」
微妙な沈黙に耐え兼ね、それを打開すべく少しだけ居心地が悪そうに呟いた紘汰の言葉にむにも頷く。
いそいそと勉強道具を準備した2人は、来たるべき中間テストへ向けて勉強を開始するのだった。
☆☆skit☆☆
「なあ、むに。今日はむにの家のママさんが仕事で帰ってこないって言ってたけど。晩飯ってどうすんの?」
「別にテキトーにするわよ。いつものことだし」
「ふ~ん」
「……何よ?」
「そう言えば全然関係ないことなんだけどさ。先週くらいに駅前に新しくカレーのチェーン店がオープンしたんだよ。知ってる?」
「唐突に何? 知ってるけど」
「俺さ、今ムショーにカレーが食べたい気分なんだよね。そいでもってその店は今オープン記念で半額セール中なのさ」
「だから?」
「ああ、もうダメだ。俺のお腹は完全にカレーモードだわ。カレーが俺を呼んでるわ。絶対に食べなきゃだわ。てなわけで、勉強終わったら一緒に食べに行かね?」
「……紘汰が“どーしても”。“どーしても”このむにちゃんと一緒に食べたいって言うんなら考えてあげてもいいわよ」
「“どーしても”。俺は“どーしても”むにと一緒にカレーを食べに行きたい」
「…………」
「返答をプリーズ」
「はいはい。わかったわよ。一緒に食べに行ってあげるわよ。感謝しなさいよね」
「おう、サンキュー」