Mix Days ~Everybody Needs Somebody~   作:炉心

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思いがけないことこそ人生。

彼女がそれを望むとは限らないが、それを望んでいないとも限らない。




Andante Mix  ~シュガーソングとビターステップ~

 

 

「じゃあ、明後日に最終確認ということで」

 

「オーケー、オーケー。いや~悪いね、日曜日なのに呼び出しちゃって。その上こっちのお願いまで聞いて貰っちゃって」

 

「いえ、大丈夫です」

 

陽葉学園内放送室で行われていた打ち合わせを終え、真秀は放送部の先輩DJであるミサミサと一緒に校門に向かって校内を歩いていた。

 

「急だけど週明けの水曜日と木曜日の2日間をよろしく」

 

「はい! 任せてください。頑張ります!」

 

「おお♪ 熱いねェ♪ やっぱニューカマーはこうじゃないとね♪ ガンバレー」

 

「あっ、いや……はい。が、頑張ります」

 

意気込んで答える真秀の様子が面白かったのか、楽し気に笑うミサミサに急に恥ずかしくなって一気にトーンダウンする。

 

「それで、この後はなんだけど。何か予定あるかな? 他の放送部の子達と合流してお昼を食べに行く予定つもりだから、折角だし一緒に行く?」

 

「え~と……すみません。この後はちょっと予定がありまして」

 

「アッチャ~。それはザンネン」

 

思わずスマホを入れている制服のポケットへと視線を送る。

 

真秀としても折角の学校の先輩のお誘いだから付き合いたい思いはある。だが、つい先程『あと30分くらいで用事が終わる』と待ち合わせ相手にメールを送ったばかりだった。流石にこの後に昼食に付き合うともなれば30分程度では済まないだろう。

 

「しょうがない。ニューカマーとのスキンシップタイムはまた今度の機会にってことにしよう。あ、気にしなくてオーケーだから。また誘うからね」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

後輩が先輩の誘いを断るというのは何とも居心地悪いものだが、こればかりは仕方がない。胸の内の真意までは読めないとはいえ、それでもお誘いを袖にされたミサミサがあまり不快そうな様子を見せなかったことは多少の安堵へと繋がったが。

 

「そう言えば、明石さん的に今の校内で推しとかある? あ、これはオフレコの会話だから。放送部としての中立性を守るのと、個人的な推しは別の話だから気にしなくていいからね」

 

「そうですね……私としては――」

 

真秀の内心に気を遣ったのか、分かり易く話題を変えてきたミサミサ。その心遣いに感謝しつつ、真秀は厚意に甘えると同時に純粋にDJ好き同士としての会話に花を咲かせることにする。

 

「――意外です。そっち系も好きなんですか」

 

「そうそう。この学校だとあんまりいないタイプだけど――――なんだろ? なにか騒がしい?」

 

お互いの推しやら好きなジャンルやらを話し合いながら校門付近まで来た二人だが、時折すれ違う生徒達の様子がおかしいことに気づく。何やら少々興奮している様子で会話している子達がチラホラ見られ、その比率が校門に近づくにつれて増しているのだ。

 

「何かあったんですかね?」

 

「会話の断片を聞く限りだと、誰かが校門付近で人待ちをしてる? これは……面白いことが起きそうな予感☆」

 

詳細は分からないにもかかわらず楽しそうに笑いながら歩行の速度を上げるミサミサ。真秀としてはなかなか自由な先輩に対して苦笑と相槌を打ちつつ後を追うしかない。

 

「お! あれかな~? 噂の待ち人さんは」

 

辿り着いた校門。そこから少し校外へ出た先にいる青年が件の人物らしい。

 

深いパープリッシュブルー仕様の大型バイクを道路の端に寄せて駐車し、ブラウンのレザージャケットを着た青年がシートに軽く腰を預けながらスマホを弄っている。

 

(あれ? あのバイクどこかで……って!?)

 

スマホへ落としていた視線を上げて真秀達の方へと向けた青年――茅の視線が真秀の姿を捉える。

 

「真秀!」

 

(ち、茅兄ぃィィィ!?!?)

 

軽く手を振って声を掛けた後、バイクから離れて真秀達の元へと歩いてくる茅だが、真秀としてはそんな彼に対して現状を理解できずに混乱した心の中で絶叫していた。

 

(な、なんで学校に!? 駅の方で待ち合わせだったはずなのに)

 

「早かったな。メールだと30分くらいってあったからもう少し待つかと思ったけど」

 

「え、え~と。どうしてここに?」

 

「知り合いの店にちょっと顔出ししてたんだけど、近かったからそのままな。――こんにちは」

 

「ハーイ。こんにちは♪」

 

疑問しかない真秀の問い掛けに特に大した理由のない答えを返し、傍らにいたミサミサへと挨拶をする茅だが、初対面の年上の男性に対しても特に物怖じせずに笑顔で返してきたミサミサの様子に思わず吹き出してしまう。

 

「ははは、ノリのいい子だな」

 

実は多少気は張っていたのだろう。ミサミサに警戒されなかったことで若干肩の力が抜けた様子の茅だが、そんなことに気がつかないくらい真秀の心境はいろいろと大変だった。

 

それと言うのも、

 

「なにあれ? 彼氏のお迎え?」「いいな~。年上の彼氏。羨ましい」「あの子、一年? 要注意ね」

 

(マ、マズい……)

 

 否が応でも聞こえてくる周囲からのヒソヒソ話。そして向けられてくる幾多の視線。

 

 平日と違って人の数自体は圧倒的に少ないとはいえ、各種活動が盛んで休日でも校内施設が使える陽葉学園には日曜日であってもそれなりに生徒がいる。しかも今は昼時。登下校する生徒だけでなくお昼を校外に食べに行こうとしている生徒なども今この瞬間に校門近くには何人もいたりする。

 

 そして何よりの問題は、陽葉学園は少し前まで女の園――女子校であった。今は様々な事情から高等部のみ男女共学となったが、それでも全体の男女比率は圧倒的に女子が多いのだ。

 

 つまり、

 

(変な噂が流れたら私の高校生活が終わる!!)

 

 いろいろと女子特有の面倒なことがあるのだ。

 

 クラスメイトの男子と親しく会話する程度とかならばともかく、こんな思春期女子の好奇心をあからさまに刺激するシチュエーションとかはいろいろとマズい。非常にマズい。人目がなければきっと本気で頭を抱え込んでいたことだろう。

 

「ねぇ、明石さん。この人、明石さんの知り合いだよね?」

 

「え? は、はい。そうです」

 

 ミサミサの真秀にだけ聞こえる音量での囁きが若干現実逃避しそうになっていた真秀の意識を叩く。

 

「彼氏?」

 

「??? なっ!? い、いえ! 茅兄ぃは――」

 

「“にぃ”? ――ああ、お兄さんってこと? 予定があるって、お兄さんとのことだったんだ。それにしても、わざわざ妹を迎えに来るなんて随分と仲がいいんだね」

 

「お兄さん? あっ……そ、そうです! 兄なんですよ」

 

 真秀の言葉尻を捉えてのミサミサの勘違いだったが、これ幸いと便乗することにする。若干声を大きくして――周囲の人間に聞こえてもいいくらいの音量で肯定の言葉を返す。ついでに、真秀の『兄』発言に口を開こうとした茅に向かって「余計なことを言わないで!」との意思を込めた視線を送って牽制も行っておく。

 

(ッ!? な、なんだ!? 真秀!?)

 

 効果は抜群だったようで、一瞬とは言え真秀からの強烈な気迫を感じ、思わず口を噤む茅。瞬時に理解する。今は下手に口を開いてはいけない。

 

「この後に一緒に出掛ける予定だったんですけど、わざわざ迎えに来たみたいで。過保護ですよね。あははは」

 

「へぇ、お兄さんか。……ちょっと好みかも」

 

(ん?)

 

「あれ? でもこの人、どこかで見たような気が……」

 

 誤魔化しの笑顔を浮かべながらこの場をさっさと切り抜けようとする真秀だが、茅の顔を見て首を捻っているミサミサからの微妙に聞き捨てならない台詞が聞こえたことでその笑顔が固まる。

 

「あ、あの~ですね……」

 

「ねぇねぇ、明石さん。突然だけど、お願いを言ってもいい? とゆーか、ぶっちゃけて言うけど、『お兄さんのことを紹介して?』とか言ったら怒る? ダメ?」

 

「しょうかい? 紹介?……え、ええっ!? いや、だって、茅兄ぃは。あの、その……」

 

 ミサミサの突然すぎる台詞。その内容と意味を理解し、一気にパニックになった真秀は見事な百面相を披露することになる。

 

「――ぷっ。ふ、ふふふ」

 

 そして、そんな後輩の様子を見て吹き出す先輩。

 

「いや、ごめん。冗談だから。とゆーより、いくらなんでも慌て過ぎ」

 

「じょ、冗談? ああ、冗談ですか。あは、あははは」

 

 人の悪い先輩に見事にからかわれたのだと気づき、真秀もまたミサミサの笑いに合わせるように笑い顔を浮かべておく。

 

(そ、そうだよね。冗談だよね。よ、よかった~)

 

「なるほど、明石さんは結構ブラコンなんだね。――それはそれで面白いかも」

 

(な、なんだろう。なんだかあんまり安心できない気がする)

 

 妙に意味深な笑みを一瞬浮かべた気がするミサミサに漠然とした不安を感じつつも、これ以上下手なことを言うとまた厄介なことになりそうなのでグッと我慢する真秀。この数分間のやりとりのせいで将来的に胃に穴が開くかもしれない。

 

「それじゃあ、あんまり明石さんを揶揄い続けるのも悪いし。時間も時間だしね。今日はここで。週明けにまた」

 

 腕時計で時間を確認したミサミサは、黙って様子見をしていた茅に「これから友達と予定があるんで、お先に失礼します」と意外と礼儀正しく告げると校舎の方へと踵を返す。

 

「おつかれさま~」

 

「お、おつかれさまです」

 

 軽い会釈で見送りをした茅に向けて最後に一度だけ笑みを浮かべると、校舎の方へと戻っていくミサミサ。ただ、去り際に小声で、「また今度お兄さんのことを聞かせてね♪」なんて微妙に不安になる台詞を真秀に残してはいったのだが。

 

「明るい子だな。リボンの色が違ったから先輩か?」

 

 ミサミサが去ったことでとりあえず大丈夫と判断し、茅はようやく口を開くことにする。

 

「そう、放送部の先輩でDJもしてる……って、そうじゃなくて! 茅兄ぃ、なんでここにいるの!?」

 

「『なんで』って、さっきも言っただろ。近くまで来てたからそのまま寄ったって。マズかったか? 部外者だし、下手して不審者に間違われたりしないように校門から少し離れた場所で待ってたんだが」

 

(気を遣ってくれてるのは分かる。分かるけど、うちの学校は元女子校なんだからもうちょっとそっち方面の影響も考えて欲しかったよ)

 

 高等部が共学化したとは言っても最近のことでまだ女子校だった頃の空気が残っている陽葉学園である。

 茅がそれなりに気遣いもちゃんとできるタイプの人間だということは真秀自身が一番よく知っているが、それでも高校は男子校に通っていた目の前の青年に女子校の空気や考えを理解するのは難しいのかもしれない。まあ、普通に共学の学校でも年上の若い男性が女子生徒を校門前まで迎えにくるというシチュエーションはそれなりに話題になることだと認識できそうな気もするが、そこは個々人の認識の違いにもよるところと言った感じだろうか。

 

「と、とにかく行こ! ほら、早く!」

 

 これ以上衆目の的になるのは御免こうむりたい。茅の背を押すようにして移動を促し、真秀は少しでも早くこの場からの脱出を図ることにする。

 

「ところで真秀。先に謝っとく。すまん」

 

「え? なに? 急にどうしたの?」

 

 駐車しているバイクを目指しての移動中に突然の謝罪。茅から謝罪される意味が分からず、当然ながら真秀は困惑する。

 

「いや、普通に失念していたんだ。で、今更ながら気づいたんだけど、今の真秀の格好は制服で、下はスカートなんだよな」

 

「そうだけど?」

 

「普通にバイクをMT-09で来ちゃったから。シート高の低いランブレッタならまだましだったんだけど、こいつだとその……真秀の今のスカートの長さだとちょっと……」

 

「……あっ」

 

 視線を逸らしながら言い辛そうに口にした茅の台詞。すぐにその意味に気づき、真秀もまた思わず視線を茅から逸らしてしまう。

 

(ど、どうしよう……)

 

 いつも通りと言えばいつも通りなのだが、真秀のスカート丈は完全に膝上であり、目にも眩しい健康的な太腿がハッキリ見えるくらいの長さである。つまり、シート高のあるバイクのシートに跨ると傍から見て結構ギリギリな感じになってしまう。下手すると、見える。それは困る。ボーイッシュな雰囲気や言動の多い真秀だが、中身は至って普通の花も恥じらう女子高生である。当然ながら下着を人に見られるなど言語道断だった。

 

(でも、相手がちがy――じゃない!! 何考えてんだよ、私!!)

 

 恐ろしい方向に脱線しそうになった自身の思考に急停止をかける。

 

「バイクはどこかに預けて電車で行くって手もあるけど、店の場所が駅から結構離れたところにあるんだよな。真秀がもしどこかで待っててくれるなら一度家に戻ってバイクを換えてくるけど……流石に待てないよな?」

 

 学園から自宅まで。電車やバスならともかく、バイクでの往復の移動時間がどれくらいかかるのかは真秀には分からない。だが、流石に10分や20分くらいでは無理だろう。交通事情によっては1時間くらいは覚悟しておいた方がいいかもしれない。

 

「マジですまん。俺の気が回ってなかった」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる茅だが、真秀としては特に気にしていない。むしろ、何か良い対策案はないかと考える。

 

(あ、そうだ。別に難しく考える必要はないじゃん)

 

「茅兄ぃ。このパーカー。これを腰に巻けば大丈夫なんじゃないかな?」

 

 制服のブレザーの下に着ているパーカー。そのフード部分を軽く抓む。

 

「ああ、確かにそれなら。けど、いいのか? 皴になっちまうけど?」

 

「いいよ、別に。私は特に気にしないし」

 

 何より、真秀的にはこのまま折角の予定がおじゃんになったり、一緒にいられる時間が短くなったりしてしまうことの方が問題だった。

 

「茅兄ぃ、少しだけ持ってて貰っていい? ――っと。こんな感じで大丈夫かな?」

 

 脱いだブレザーを茅に預け、手早くパーカーを脱いで腰に巻き付ける真秀。

 

「まあ、大丈夫…だ…ろ……」

 

「茅兄ぃ?」

 

 何故か急に言い淀んだかと思うと、何とも微妙な表情を浮かべる茅。

 

「……いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 

「そ、そう?」

 

 そして、どういうわけかあからさまな視線逸らし。何か問題があったのかと真秀は自身の体を見てみるが、特におかしな様子はない。着ているのは制服だし、服がどこか汚れているわけでもない。パーカーを着ていたことで蒸れていたのか、白シャツが多少肌に張り付く感じにはなっているが。

 

(――っえ!? もしかして私の下着……透けてる!?)

 

 思わず赤面ものの事態が頭を過る真秀。

 

 今日の柄は? 色は?

 

 茅と出掛ける以上は変なモノは着けていなかったはずだが――

 

(いやいや、自意識過剰かよ! 私なんかのなんて、茅兄ぃが興味持つわけ……)

 

 すぐに思い直し、同時に沸き上がる妙に卑屈な考え。自嘲の混じった仄暗い笑みすら浮かんでしまう。

 

「真秀?」

 

「何? 茅兄ぃ、どうかした? あ、ブレザーを持っててくれてありがとう」

 

 「どうかしたか?」と顔に書いてある茅に心配されないよう、真秀はすぐに思考を切り替えて表情を取り繕う。笑顔を浮かべて茅に預けていたブレザーを受け取る。

 

「ちょっとダサいよね、これ」

 

 ブレザーを羽織り、腰に巻いたパーカーの位置を整えると、そのチグハグな感じに真秀の口から素直な感想が漏れる。

 

「それは仕方ない。バイクに乗ってる間だけ我慢してくれ」

 

 あえて口にはしなかったのだが、茅自身も微妙に思っていたこと。それを真秀が言及したことに苦笑しながらもヘルメットを真秀に渡すと、茅も自身のヘルメットを被る。

 

「よし。とりあえずは……昼飯だな。それからモンブランの店だ」

 

 エンジンを始動しながら、真秀にタンデムシートに座るよう促す。

 

「真秀、ちゃんと掴まってろよ? 乗るのは久し振りだろ」

 

「大丈夫。でも、できるだけ安全運転でお願い」

 

「当然」

 

 タンデムシートに座った真秀の手が茅の腰へとしっかりと回されたのを確認し、一瞬だけ浮かんだ健全な男性特有の邪な考えを軽く頭を振って追い出すと、茅は運転に集中することにする。後ろに大事な子を乗せているのだ、万が一などあってはいけない。

 

「じゃあ、行くか!」

 

「オーケー! ゴー!」

 

 走り出すバイク。

 

 久々の乗車のせいかヘルメット越しでも分かるくらいに明らかにテンションが上がっている真秀の声を背中に受け、触発されてテンションの上がった茅は一気にバイクを加速させた。

 

 

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