100年戦争の革命浪漫譚   作:紅乃 晴@小説アカ

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第九話 虐殺の王

 

 

オーストリア。

ノーザンテリトリー州。

 

地球軍、アリススプリングス基地。

 

オーストラリア大陸のほぼ中央に位置するこの基地は、内陸部にある補給拠点の一つだった。沿岸部から遠く離れた砂漠地帯に築かれたこの施設は、前線に立つ戦闘部隊ではなく、燃料備蓄や補給物資の管理、補給路の確保といった後方任務を主としている。

 

その性質上、ここは「最も安全な基地」と揶揄される場所でもあった。

 

通常、物資輸送は海上からが基本だ。

だが宇宙世紀に入ってからは事情が変わっていた。

 

軌道上からの物資投下、そしてHLV……重量物打ち上げ用の垂直離着陸往還機の実用化によって、補給線は陸路・海路・空路に加え、「宇宙」という第四のルートを手に入れていた。

 

アリススプリングス基地は、その空路と宇宙ルートの中継地点として設計された拠点だった。

 

たとえ沿岸部の基地が攻撃を受けても、内地から補給を継続できる。そうした立地の強みを持っていた。

 

だが、今回はその立地が仇となった。

 

『敵機を捕捉!やはり報告にあったティターンズ時代のMSだ!』

 

管制室に緊張が走る。

 

オエンベリ、トリントン、メルボルン、ダーウィン。

 

オーストラリアに点在していた主要な地球軍基地は、宇宙から降下してきたオルカ旅団の強襲によって、瞬く間に制圧された。

 

アリススプリングスも例外ではなかった。

 

急襲したのは、バイアラン、アッシマー、メッサーラ、バーザム。いずれも旧ティターンズの機体群だ。基地は抵抗する暇もなく占拠され、補給物資ごとオルカ旅団の手に落ちた。

 

大陸全土を掌握した彼らにとって、この内陸の物資拠点は戦略上の要石だった。逆に地球軍から見れば、ここを奪還すれば敵の補給を断てる。そう考えるのは必然だった。

 

『称号確認!敵機はRX-160……バイアランです!』

 

砂漠の空に、二機の巨躯が浮かんでいた。

 

地球軍は旧式となったランドバトルシップを引っ張り出し、そこからグスタフ・カール部隊を発進させていた。彼らは奪還したダーウィンから送り込まれた侵攻部隊であり、オエンベリを経由してこの基地の奪還を目指していた。

 

『外見に惑わされるな!中身は俺たちの機体と大差がないレベルだぞ!』

 

通信回線に、ベテランらしい落ち着いた声が流れる。

 

そのパイロットは、かつてのネオ・ジオン抗争にも参加した歴戦の男だった。だが、彼らの前に現れたのは、さらに古い戦争……グリプス戦役を生き延びた機体と、その乗り手たちだった。

 

ベースジャバーに乗る二機のバイアランは、同じく空を滑るグスタフ・カールを視界に収めていた。

 

「ほう、やり手が来たって感じか」

 

片割れのバイアランのパイロット……「J」と呼ばれる男が、軽く腕部メガ粒子砲を放つ。すると敵機は即座に反応し、乗っていたベースジャバーを蹴って空中へと躍り出た。同時に僚機が反撃に移り、直線と頭上からの二方向射撃を仕掛けてくる。

 

よく訓練されている。

 

「素人崩れのパイロットじゃなさそうだな」

 

Jもベースジャバーを離脱する。

両腕の熱核ジェットエンジンが唸りを上げ、機体を空中に押し上げる。

 

アッシマーの後継機アンクシャ用の推進器に換装され、ジェネレーターも強化されたこの機体は、旧型とは思えぬ機動力を誇っていた。

 

「援護が必要か?」

 

僚機の「K」から通信が入る。

 

「いや、問題ない」

 

Jは距離を詰めてくるグスタフ・カールを迎え撃った。三連射のビームを滑るように回避し、そのまま機体を反転させて側面に回り込む。敵はそれを嫌い、ビームサーベルで薙ぎ払ってくる。

 

だがJは機体を仰向けに近い姿勢にし、最小限の動きでそれを躱した。

 

『この動き……かなりできるパイロットだ!』

 

「こちとらグリプス戦役から戦ってるロートルでな!伊達じゃねぇーんだよ!」

 

宙返りを打ちながら、敵の懐に潜り込む。グスタフ・カールがビームライフルを向けるよりも早く、Jは距離を詰めていた。

 

ビームサーベルを抜き放ち、脚部を一閃する。

 

『くっそ!手強い!』

 

推力を失った機体が落下していく。

後方の僚機が援護射撃を放つが、距離が遠い。

Jは巧みにフットペダルを操作し、ビームの束をすり抜ける。

 

「俺も……マクシミリアン・テルミドールの覚悟を聞いて、馬鹿なことをやるつもりだと思ったがな……」

 

射撃の動きに迷いがあるのがわかる。

 

「停滞した思考で引き金を引くお前らより、遥かにマシだってことくらいはわかるぜ!」

 

戦えてはいる。

だが、芯がない。

 

「競り合えば引く程度なら、ここに来る理由も分かってないんだろう!」

 

落下を抑えようとする敵機を足場に、Jは跳ね上がる。

そのままメガ粒子砲を放ち、頭部から股下までを撃ち抜いた。

 

機体が爆散する。

 

その勢いのまま、もう一機へ突っ込む。

 

(狼狽えたな……!)

 

迎撃のビームが飛ぶ。

だがそこには、明らかな怯えがあった。

 

そんな迷いでは、止められない。

 

すれ違いざまにビームサーベルを振るい、敵機を真っ二つにする。

 

「恨むなら、停滞を是とした己の認識不足を恨むんだな」

 

爆散する機体を背に、Jは呟いた。

 

その頃には、前方のランドバトルシップの足も止められていた。

Kが、艦橋にメガ粒子砲を向けている。

 

「どうする?J」

 

「テルミドールからの厳命だ。手向かったものは生かさず逃さず……」

 

Jは淡々と答えた。

 

「地球に縛り付けられているなら、その重力の底に叩き落とす!」

 

放たれた一撃が、艦橋を焼き払う。

ランドバトルシップは炎に包まれ、沈黙した。

 

「地獄に落ちるな」

 

燃え盛る残骸を見ながら、Kが呟く。

 

「この世を地獄と呼ばずになんていうか、俺は閻魔大王にぜひとも聞きたいね」

 

Jはそう返し、機体の姿勢を立て直した。

砂漠の空には、まだ硝煙の匂いが漂っていた。

 

 

 

 

そのアリススプリングスとは反対側。

 

オーストラリアの南東部に位置する都市、メルボルン。

 

海と河口が複雑に入り組んだその地形は、古くから港湾都市として栄えてきた場所でもある。

 

高層建築と古い街並みが混在するその都市は、いまや軍用車両と防衛設備に占拠され、かつての面影を失いつつあった。

 

オーストリアのメルボルンは、ビクトリア州の州都で、オーストラリア第2の都市だ。

 

そのメルボルンを抑える地球群の基地も、オルカの手に落ちている。

 

地球軍から見てアデレードへ向けて北進する進路上、避けては通らない場所であるそこには、例の高射砲が設置されており、空路での侵入は幾度と試されても成功したことはない。

 

空路を断たれた以上、地球軍に残された手段は限られていた。

 

その一つが、海からの強襲上陸作戦である。

 

そんな中、地球軍は北部からの上陸作戦を展開。ヒマラヤ級空母「ヨークシン」を旗艦とした打撃群が、メルボルンへ上陸をするために航行を続けていた。

 

海上には、幾隻もの艦艇が整然と隊形を組み、重々しく波を切って進んでいる。

 

その姿は、かつての地球連邦の栄光を象徴するような光景でもあった。だが、その整然とした隊形は、空から見れば並んだ標的に過ぎない。

 

メルボルンとタスマニア島の間に走る内海に侵攻してから状況は一変する。

 

周囲の海域は急に狭まり、艦隊の機動は制限される。海面には霧が立ち込め、視界も悪い。そのとき、レーダーの一角が不自然に歪んだ。

 

『敵MS反応あり!数は1!』

 

艦橋に響く通信士の声に、艦長は帽子を深く被った。

 

横には地球軍の士官がいるが、航空母艦の扱いは無知なため、操舵や配置については艦長が代行で行っていた。光学カメラが捕らえたのはフォートレス形態で進んでくるサイコガンダムの機影だ。

 

その巨体は、霧の向こうから滑るように現れた。

巨大な影が海面を覆い、まるで海そのものが押し潰されるかのような錯覚を与える。

 

『報告にあったサイコガンダムか。だが、こちらは空母を主体とした打撃群!敵を寄せ付けるな!艦載機は発艦準備を……』

 

艦橋の中に緊張が走る。

 

各所で発艦準備の指示が飛び、甲板では整備員たちが慌ただしく動き始める。

 

 

 

「その必要はないよ」

 

 

 

その瞬間、真上から降り注いだビームによって空母の艦橋は瞬く間に蒸発した。

 

白い閃光が、艦橋の天井を突き抜けた。

 

次の瞬間には、指揮を執っていた人間たちの姿は、影すら残さず消えていた。

 

『ヨークシンが!?』

 

あっけなくビームに撃ち抜かれたヒマラヤ級空母を見た護衛艦だが、すぐに随伴している他の巡洋艦に指揮権が移る。

 

『第二指揮所!直ちに指揮系統を再編!』

 

無線回線が次々と切り替わり、指揮権が移動していく。艦隊は完全に混乱する寸前で、かろうじて統制を保っていた。

 

澱みなく進む迎撃体制に、空母打撃群の直上から攻撃を仕掛けた「マクシミリアン・テルミドール」は、相手の即応性に少しばかり声を漏らす。

 

「立ち直りの速さは上がったな。ただ一瞬の硬直は命取りだ」

 

テルミドールが操るのは、ガンダム試作0号機と呼ばれるブロッサム。

 

その機体は、海上の艦隊を見下ろす位置に静かに浮かんでいた。

 

まるで、獲物を見下ろす猛禽のように。

 

ミノフスキー粒子干渉波検索装置、MPIWS(Minovsky-Particles Interference-Wave Searcher)を装備したブロッサムの肩には、8連のリボルバー方式を採用したビームマグナムが備わっていた。

 

背部バックパックは、開発時から改修・改善されたMPIWSに加え、高出力ジェネレータと高負荷にも耐えうるエネルギー・サーキットを搭載したものとなっている。

 

既存兵装は従来機よりも小型化されたが、ビームマグナムに耐えうる出力を維持するための追加改修が施された結果、元のブロッサムのバックパックサイズと同じという結果になっているが、それでも性能としては破格であった。

 

「大物はビームマグナムで落とす」

 

自身の足であり、エネルギー源でもあるサブフライトシステムに乗った状態から、ほぼ真下にいる巡洋艦に攻撃を放つ。

 

穿たれた相手は艦体が裂け、内部の火災が一瞬だけ露出する。次の瞬間、冷たい海水がそれを呑み込み、巨大な水柱が立ち上がった。

 

「あは♡ やっぱりダーリンは上手!私だとそんな動きはできないわ」

 

その様子を遠巻きに見ていたサイコガンダムも行動を開始する。脚部のハッチが開き、複数のビットが飛び出す。

 

「いきなさい、リフレクタービット」

 

金属音とともに、複数の端末が散開する。

 

それらは一定の距離を保ちながら艦隊の周囲に展開し、見えない網を張るように配置されていく。

 

リフレクタービット。

 

通常のビットと違い、ビーム砲ではなく小型のIフィールド・ジェネレーターによる反射デバイスを搭載している。

 

このデバイスをサイコミュで制御し、母機から撃ち込まれたビームを偏向・反射することでオールレンジ攻撃を行っている。

 

そのため、ビット端末そのものには攻撃能力はない。

 

ビームが接触する瞬間にIフィールド・ビームバリアを展開することで、自機のビームに対しては地表面に広範囲拡散させるための補助兵装として、敵機のビームに対しては本体を防御するための対ビームバリア=Iフィールド・ビームバリアとして機能する。

 

『撃沈された船はもう見捨てろ!それを盾にして応戦するんだ!』

 

沈みゆく艦艇を盾にし始める敵だが、リフレクタービットによる他方向からの攻撃に晒され、あっけなく撃沈していく。

 

ビームが反射し、死角から艦橋を貫く。

 

爆発が連鎖し、海面に炎が広がる。

 

艦隊の隊形は崩れ、統制は急速に失われていった。

 

『とにかく頭上の敵をどうにかしてくれ!』

 

『Zプラスが上がった!』

 

艦橋を失い、傾き始めている甲板からなんとか飛び立った艦載機であるZプラスA1型だが、ウェイブライダーモードでも空にいるブロッサムに届くことができない。

 

『なんだよ、この機動性は!』

 

航空機然としているΖプラスの空戦機動に対し、相手はより柔軟な動きをし始めていた。

 

旋回というよりは滑るような動きであり、航空力学では説明できない縦横無尽の動きを見たパイロットは、相手が乗りこなすサブフライトシステムに当たりをつける。

 

『ただのベースジャバーじゃない!こいつはミノフスキー・フライト!?』

 

そう結論づけたと同時、直下を取られたΖプラスのコクピットはビームに穿たれ、爆散する。

 

「使い勝手がいいじゃないか。このフライテールは」

 

SX-005 フライテール。

 

それは、まるで空に敷かれた透明な道のように、ブロッサムの足元を支えていた。

 

ミノフスキー粒子が固まることで形成されるIフィールドにより浮遊する装置であるが、クスィーやペーネロペーのように、それを機体に備えさせると面積が増え、サイズも大きくなる。

 

また、万が一ミノフスキー・フライトユニットが破損した場合、デッドウェイトになりかねない。

 

そのため、いっそのことサブフライトユニットとして運用し、機体自体の性能や拡張性は据え置きにするという方針が取られた。

 

また、強力なジェネレータも搭載していることから、エネルギーを直接フライテールから供給し、武装を使用するという方法も取ることができる。

 

もっとも、その分ミノフスキー・フライトユニットの動きが従来機と異質すぎるため、乗りこなせるパイロットは限られるわけではあるが。

 

「そう言えるのはダーリンだけね。けど、いいの?連邦相手にこんなワンサイドゲームばっかりして」

 

サイコガンダムの巨体が、炎に染まる海面をゆっくりと旋回していた。

 

機体の装甲に映るのは、燃え上がる艦艇の残骸と、黒煙に覆われた空。

 

その光景は、まるで世界そのものが崩れ落ちていくかのようだった。

 

「凄腕パイロットが枯渇してるんだよ。JやKはようやっと出てきた上澄みに遭遇しているようだがな」

 

ブロッサムは静かに高度を変え、煙を避けるように移動する。

 

その機動には焦りも緊張もない。ただ、必要な場所に、必要な速度で移動しているだけだ。

 

「これじゃあの頭バンドが言ったようにみんな増長しない?」

 

テルミドールは一瞬だけ視線を上げた。

 

分厚い雲の向こう、さらにその先の軌道上で、ことの成り行きを見ている「歴史の傍観者」は、くしゃみでもしていることだろう。

 

そんな存在のことを思い浮かべるが、すぐに意識を戦場へと戻す。

 

海面には、すでに複数の艦の残骸が漂っていた。

炎と黒煙が立ち上り、内海はまるで煮えたぎる鍋のように荒れている。

 

沈みかけた艦体の内部からは、時折爆発が起き、鈍い衝撃が水面を震わせる。

 

漂流する救命艇や破片が、波間に揺れていた。

 

「今回の件は、ついてきてくれた皆んなには負担をかけることをしている自覚はある。だから、信頼できる奴らだけでオルカを作った」

 

その声は、戦場の只中にありながら、どこか静かだった。

 

叫び声も、怒号も、通信のノイズも、すべてが遠くに感じられる。

 

「ダーリン言ったよね? 俺がマフティーのように、マクシミリアン・テルミドールを逃げ場にするようなら……殺せって」

 

サイコガンダムのツインカメラが、ゆっくりとブロッサムの方へ向く。巨大な機体の動きは、どこか人間的な感情を宿しているようにも見えた。

 

「君から見て、俺は今そう映るか?」

 

テルミドールは操縦桿に軽く触れたまま、答えを待つ。

 

視界の隅では、まだ数隻の艦が逃げようと散開しているのが見える。

 

「んー、よくわかんない。でも、これからすること次第じゃないかな?」

 

「……あぁ、そうだな。マクシミリアン・テルミドールは、その役目の逃げ場にしてはならない」

 

その言葉を口にした瞬間、彼の目に、かつての光景が一瞬だけよぎる。

 

倒れた人々。崩れた街。助けを求める声。

 

だが、それらはすぐに押し殺された。

 

「殺戮の王……マクシミリアン・テルミドールは、それを是としない者に打たれなければならない」

 

ブロッサムのセンサーが、まだ動いている敵艦を捕捉する。

 

照準はすぐに合わせた。

 

「次に託せる希望のために、でしょ?」

 

その言葉に、テルミドールはわずかに目を細める。

 

希望という言葉は、この戦場ではあまりにも場違いに聞こえた。

 

その会話の間にも、遠くで艦が沈んだ。

 

水柱が上がり、炎が海面に散る。

 

爆発の衝撃で、海面に浮かんでいた残骸が大きく跳ね上がる。

 

黒煙は空を覆い、夕焼けの色を完全に塗り潰していた。

 

内海は、静かに、確実に、地獄へと姿を変えていった。

 

 

 

 

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