100年戦争の革命浪漫譚   作:紅乃 晴@小説アカ

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第十二話 エアーズ・ロックの死闘(1)

 

 

AM 07:22

オーストラリア、ノーザンテリトリー州

アマデウス湖、近辺。

 

「状況はどうだ?」

 

操縦席の背後で腕を組んだまま、ケネスは低く問いかけた。輸送機の機内には、重い振動音とエンジンの唸りが満ちている。

 

「静かなものです。ここが激戦区の最前線なんて話……嘘のように思えます」

 

操縦士がそう答える。

 

窓の外は、巨大な〝塩湖〟であったアマデウス湖跡と、赤茶けた大地が延々と続いているだけだ。

一年戦争のコロニー落としの影響を受け、ウルル地域の巨大な塩湖であったアマデウス湖は干上がり、今はその湖があったことを知らしめる塩の残骸が残るばかりの地となっている。

 

風に削られた岩肌と、乾いた砂の海。

戦争の気配など、どこにも見えない。

 

(だが、現実はそうじゃない)

 

ケネスは目を細めた。

つい先日、ここから250キロ東側にあるアリススプリングス基地で起こった戦闘。その残骸をケネスたちは目撃していた。

 

無惨に焼けこげたビッグトレーは、戦った兵士たちの墓標のように、この赤い大地に佇んでいる。

 

それゆえに、ケネスは明確に感じ取っていた。

この静けさは、ただの空白ではない。

 

「誰かが仕掛けてくる前の静けさ」だ。

 

「キルケーのノブリス・オブリージュ、か」

 

ケネスの独り言は、輸送機のエンジン音に溶けていく。オエンベリで別れたギギは、「ケネスたちなら辿り着けるよ」と妖艶な笑みを浮かべ、予言めいた言葉を残していた。

 

そう言われれば信じてみたくもなるが……ここはすでに敵のキルゾーンだ。どういった形で攻められるか、まったく見当もつかない。

 

すでにパイロットたちも、自分の持ち場であるMSのコクピットで待機している。ミノフスキー粒子の散布は確認されないものの、妙な胸騒ぎがするのは確かだった。

 

(本当ならオエンベリ基地から指示を出したいものだが……)

 

自分がいなくなったあの場所には、地球軍の前線基地として後詰めに来た、前線経験の乏しい指揮官たちが大挙して押し寄せている。

なんでも、ここを作戦司令本部にするのだとか。

 

アクシズ落とし以降、目立った戦争がなかった彼らだ。出世のためなら、危険な地でも赴くのだろう。

そんな我欲に塗れた場所で指揮などしようものなら、要らぬ横槍や足の引っ張り合いに巻き込まれるのは自明の理だ。

 

それに、ギギのこともある。

 

彼女はハサウェイを探すと言って、ケネスとの同行を断っていた。ケネス自身もそれには了承し、彼女の手助けになるように、地球軍のお偉方が詰めかけるあの地では厄介者扱いされるであろうブライト・ノア大佐に渡りをつけておいた。

 

ギギならば、あるいは行方をくらましたハサウェイを見つけられるかもしれない。

 

「見えました。エアーズ・ロックです」

 

前方の視界に、巨大な岩山が姿を現す。

大地から突き出た赤い塊は、まるでこの戦場そのものの象徴のようだった。

 

その瞬間。

 

「警告!熱源接近!」

 

機内に警報音が鳴り響いた。

 

「躱せ!」

 

操縦士が機体を大きく傾ける。直後、輸送機のすぐ脇を、ビームが閃光となって通り過ぎた。

 

空気が震え、機体が激しく揺れる。白熱した光の尾が、塩湖跡の白い大地をかすめ、遠くで小さな爆発を起こした。

 

機体の外板を叩く衝撃波が、金属を軋ませる。

 

「減衰率からみて、直撃しても即撃破になるような代物ではありません!」

 

観測士の声には、わずかな安堵が混じっていた。だが、その言葉とは裏腹に、機内の空気は一気に張り詰めていく。

 

「警告……いや、威嚇か」

 

ケネスは舌打ちした。

敵は本気で撃墜する気はない。

 

あくまで「ここは通さない」と告げるための一撃だ。

 

「ミノフスキー粒子、戦闘レベルで散布されています!」

 

機内のモニターに、警告表示が点灯する。通信ノイズが混じり始め、レーダー画面がゆっくりと白く曇っていった。

 

「やはり来たか……」

 

ケネスの声は低かった。

この静寂は、やはり罠だった。

敵は最初からここで待ち構えていたのだ。

 

観測官の報告を聞き、ケネスは即座に判断を下す。

 

「敵影は!」

 

「おそらく、ビッグトレーを落とした奴らです」

 

その答えに、ケネスの表情が険しくなる。

 

すでにミノフスキー粒子が散布され、レーダーは死んでいる。光学カメラのシルエットだけでも、機種判別くらいできるはずだ。それなのに、返ってくるのは曖昧な報告だけ。

 

(現場の緊張を、まるで理解していない)

 

内心で舌打ちしながら、短く命じる。

 

「グスタフ・カールとアリュゼウスを出せ!」

 

輸送機の後部ハッチが、低い唸りを上げながらゆっくりと開いた。外の乾いた風が一気に機内へ流れ込み、砂の匂いと焼けた大地の熱気を運び込む。

 

足元の甲板が、射出準備の振動で細かく震え始めた。

 

すでに待機していたグスタフ・カールのパイロットたちが、ベースジャバーに乗り込む。機体のジェネレーターが起動し、低い駆動音が腹に響く。

 

その横では、アナハイムから提供された機体。…アリュゼウスがゆっくりと目を覚ましつつあった。

 

ペーネロペーに似たシルエット。だが、その構造はより簡素で、機体を包む姿は、まるで巨大な外骨格のようだった。

 

装甲の隙間から、淡い光が漏れる。慣らしも十分でない機体が、無理やり戦場に引きずり出されてきたことが、見ただけで分かる。

 

練習機のはずの機体に、無理やり取り付けられた武装。外装コンテナに懸架されたファンネル・ミサイルが、不格好に並んでいる。

 

それは、未完成の獣に牙だけを与えたような姿だった。

 

「行くぞ……!」

 

火花を散らしながら、ベースジャバーが射出される。重い機体が外へ押し出され、砂漠の空へと滑り出した。

 

続いてアリュゼウスが跳び出す。

 

シェルフ・ノズルが白熱し、機体が一気に前方へ加速した。

 

輸送機を追い越し、赤い大地の上へ躍り出る。

 

その先に、敵がいた。乾いた空の向こう、揺らぐ熱気の中に、三つの影が浮かび上がる。

 

重いシルエットの一機。そして、その両脇に寄り添うように並ぶ、円盤型の二機。

 

逃げ場のない空域で、待ち構えていたかのように。

 

三機。

 

中央に、巨大なシルエットのバイアラン。

その両脇に、空中に浮かぶアッシマーが二機。

旧時代の亡霊のような編成だった。

 

(またアイツらか……!今度こそ乗り越えてみせる!古臭い匂いが染み付いたものも……大人の戯言も!)

 

「型落ちの機体が揃ってタテをついてくるか!」

 

レーンが叫び、アリュゼウスのシェルフ・ノズルが火を吹く。機体が加速し、一直線に敵へ向かう。

 

一方、バイアランのコクピット。

 

Jは、猛然と突っ込んでくる機体を静かに見据えていた。

 

『K。こっちがあたりだったぞ』

 

後続のグスタフ・カールを僚機のアッシマーに任せ、Jは肩部の熱核ジェットを噴射。ベースジャバーから離脱し、バイアランも空中戦に移行する。

 

グリプス戦役。

そしてトリントン基地。

 

いくつもの戦場をくぐり抜けてきた機体と、この時代の最新鋭機が、いま激突しようとしていた。

 

『テルミドールのお墨付きだ。期待させてもらうとしよう』

 

「どいつもこいつも旧型機!ティターンズの再来を謳うお前らが、連邦の粛清を謳うか!」

 

レーンがトリガーを引く。

試作ビームライフルの閃光とともに、ファンネル・ミサイルが放たれた。

 

不格好に外装に積まれたミサイルがレーンの思考に沿って縦横無尽の軌道を描いて飛翔する。

 

対するバイアランは、ひらりと身を捻った。

 

古い機体とは思えない滑らかな挙動。

続けざまに両腕のメガ粒子砲が火を噴き、正確無比にミサイルを撃ち落としていく。

 

『粛清?違うな、そんな高尚なもんじゃない』

 

「なにを!」

 

バイアランを通り過ぎたアリュゼウスは、その持ち合わせるシェルフ・ノズルの火を煌めかせて機体をくるりと反転させる。訓練機とはいえ、ペーネロペーの動きを想定した機体だ。燃費は最悪であるが、動きはペーネロペーに劣りはしない。

 

その自信を持ってレーンはバイアランを追い立てるが、その自信を目の前の相手は真っ向から否定した。

 

『児戯だな、お前さん。まるでよちよち歩きだ』

 

バイアランから放たれたビームが掠める。背面のスタビライザーが被弾し、警告音が鳴り響く。

 

(そんな容易く当たるものかよ……!?)

 

レーンの驚愕を知る由もない相手は、なんとか優位に立ち回ろうとするアリュゼウスをひらりひらりと躱し、旋回時に生まれる僅かな隙を突いて削り取っていく。

 

この戦略は、テルミドールが有するミノフスキー・フライト「フライテール」を相手に確立したものだ。相手がいくら空中を自由自在に飛び回れるとはいえ、それは単なる三次元の戦いに過ぎない。

 

攻撃をギリギリで避けるような技量や度胸がないのなら、攻撃は加速して離脱する「ヒットアンドアウェイ」が基本となる。

 

テルミドールのようにミノフスキー・フライトの不気味な動きを活かし、攻撃の合間を潜り抜けて距離を積めるような変態的な動きをするなら話は変わるが、今相手にしているのは機体に不慣れなのか、「ヒットアンドアウェイ」の動きが顕著だ。

 

故に、避けて相手が逃げ、攻撃に切り替える瞬間に一瞬の隙が生まれる。敵に晒す無防備な点に、Jは容赦なくビームを突き立てた。

 

『ほら、直撃だ。マズいマズい。生き残れんぞ、そんな事では』

 

今度は右肩部のシェルフ・ノズルとファンネル・ミサイルのコンテナが吹き飛ぶ。衝撃でエアバックに顔から突っ込んだレーンは、いいように遊ばれることを自覚していた。

 

「くっ!おおお!」

 

雄叫びと共にアリュゼウスは飛翔する。だが、その咆哮は届かない。突撃するアリュゼウスをみて、バイアランは右側に機体を回転させ、その突撃を一重で躱し、手に持ったビームサーベルで脚部の増加ユニットを切り飛ばした。

 

『力の使い方をまるでわかっていない。機体に生かされているパイロットでは、テルミドールには勝てないぞ』

 

アリュゼウスの外部装甲が限界を迎えている。片翼の推力と脚部を失いバランスを崩した機体からそう読みとったレーンは、重石となった外部装甲をパージする。

 

装甲を割って現れたコア・ユニット。片翼となったシェルフ・ノズルで推力を保っていたものの、その緩慢な動きはバイアランに追い立てられた。

 

コア・ユニットの腰部増加ユニットに備わるサブアーム・ビーム・サーベルで迎え打とうとしたが、それよりも早く腕部のメガ粒子砲の銃口が向けられていた。

 

(や、やられる……!)

 

コクピットの中で、レーンの呼吸が荒くなる。

肺の奥まで砂埃が入り込んだような錯覚。

機体の振動が、心臓の鼓動と区別できなくなっていく。

 

視界の端で、警告表示が赤く瞬いた。

スラスター出力、限界域。

姿勢制御、遅延。

 

自分は、追い詰められていると自覚する。

 

その瞬間。

空を裂く、新たなメガ粒子の閃光が走った。

 

白熱した光は、レーンとJの間を正確に切り裂くように通過し、二人の機体を強引に引き剥がした。

 

衝撃波が、アリュゼウスの装甲を叩く。

レーンは思わず操縦桿を握りしめた。

 

ふわり、と。

 

まるで重力を忘れたかのように機体を流し、メガ粒子の余波をやり過ごしたJは、即座に発射元へと視線を走らせる。

 

『なんだ?このメガ粒子……新手だな』

 

拡大モニターに映し出されたのは、飛行形態のMS。紫と淡い緑の機体色が、赤い大地と澄んだ青空を切り裂くように旋回していた。

 

ただ速いだけではない。

軌道に、迷いがない。

 

「来てくれたか、ブライト艦長の肝入りが!」

 

ケネスの声に、わずかな安堵と期待が滲む。

 

飛来した機体の識別コードが、次々と表示される。

 

RGZ-91B

リ・ガズィ・カスタム

 

リ・ガズィの発展機として、アナハイム・エレクトロニクスが極秘裏に進めていた可変試作MS。

BWS思想を捨て、機体そのものに可変性能と出力を集約した、過渡期の異端。

 

その機体は、迷いなく変形を解除すると、

高出力のハイパービームサーベルを袈裟に構え、一直線に敵へ飛び込んだ。

 

その一撃は速かった。

鋭く、容赦がない。

 

『マジかよ!』

 

Jの声が通信に混じる。

出力負けを起こしたビームサーベルごと、バイアランの片腕が切り落とされる。

 

火花と共に装甲が裂け、推力バランスを失った機体が、後方へと大きく弾かれた。

 

「リディ・マーセナス!?ラプラス事変のパイロットがなぜ!?」

 

レーンの叫びは、半ば悲鳴だった。

 

だが、リ・ガズィ・カスタムのコクピットに座る男は、その声に何の反応も示さない。

 

久々に袖を通したノーマルスーツ。気取った秘書用の服ではない、かつての自分の居場所。

 

リディ・マーセナスは、重力に引き戻される感覚を噛み締めながら、鋭い視線を敵へと向けていた。

 

「秘書の仕事と違って……やっぱりエキセントリックな仕事だな、パイロットってのは!」

 

その声には、皮肉と、そして覚悟が混じっていた。

 

サイド3でバナージと再会し、軍を離れ、自分のできることをするために政治の道へ進んだはずだった。

 

だが、オーストラリアで起きた虐殺。地球に縛りつけられた選ばれた者たちの醜態。アデレードに囚われた政府高官の存在。

 

それらは、彼に「戻る理由」を与えるには十分すぎた。

 

超法規的措置。

一時的な軍籍復帰。

ブライト・ノアの要請。

 

リディは再び、戦場に立っていた。

 

視界の先には、撃墜されたグスタフ・カールの残骸。無惨に破壊されたアリュゼウスの外装。

 

「連邦軍も骨抜きになっちまったもんだ……」

 

独り言のように呟く。

 

「機体に依存してパイロットを蔑ろにする。……いや、パイロットがいないから、機体に頼る、か」

 

アクシズ落とし。

ラプラス事変。

 

その後の軍縮で、前線を知る人間は減り、座学だけの戦争が蔓延った。パイロットの練度がこうも下がるのはある意味では必然か。

 

そのとき。

リディのレーダーが、別の反応を捉える。

 

南側。砂塵を押し分けるように、一機のMSが、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 

『下がっていろ、J。お前じゃ荷が重い』

 

低く、落ち着いた声。

それだけで、空気が変わった。

 

「来たのか……テルミドール」

 

Jが、かすかに呟く。

 

姿を現したのは、ガンダム試作0号機、ブロッサム。そして、その足元には、異質な浮遊ユニット。

 

ミノフスキー・フライトユニット、フライテールだ。

 

『ノブリス・オブリージュ。お前たちなら、この壁を越えて、アデレードに辿り着けるはずだ』

 

巨大な機影が、エアーズ・ロックの赤い大地を背に浮かび上がる。その姿は、壁そのものだった。

 

『さぁ……壁越えと行こうじゃないか』

 

エアーズ・ロックの赤い大地を背に、ラプラス事変で素養を開花させた主人公と、オーストリアを血で染めた革命者が、空の上でぶつかろうとしていた。

 

 

 

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