諸君、ブリーフィングを開始する。
昨日、私自身が地球の反政府勢力であるマフティーなる組織と接触したことは、諸君らの知るところ通りだ。交渉は予測通り決裂した。
彼らはマフティー・ナビーユ・エリンという神輿を下ろすつもりはないらしい。その信仰や考え方を変えるつもりもな。だからこそ、私は彼らを直接見る必要があったと言える。
彼らが望むか望まないかは重要ではない。もはやマフティーという組織の必要性は無くなっている。彼らは体良く使われた政治闘争のパーツに過ぎなかったのだ。地球圏という場所が高官、特権階級の者たちが住まう楽園に仕立て上げるための道化さ。
マフティーという組織が正常に機能すればするほど、彼らが掲げる理想からはかけ離れ、彼らが危惧する現実が確固たる足場を作ってゆく。まったく皮肉なものだ。
すでにアナハイムや地球連邦政府とは話はついている。水面下では、オーストラリアの各基地は丸裸同然だ。彼らは自身らの権力が及ぶ範囲とオーストラリアに残された兵力で対応を迫られることになる。だが、そんなことは最早問題ではない。
マフティーがどうであれ、アデレードに集まる高貴なる者たちがどうであれ、オーストラリア駐留地球軍がどうであれ、我々のプランが動き出した以上、結果は自ずと出る。
我々ORCAは作戦通りに前哨戦たる作戦のフェーズ1を開始する。
ブリーフィング終了と共に、1700時を持って状況を開始する。
アナハイムからの情報によれば、マフティーは組織のイコンとして〝ガンダム〟を受領するらしい。そこを我々は叩く。
ガンダムが封印されたポッドのさらに上空を取り、受領に現れたマフティーとオエンベリから出た地球軍のガンダムを両方の頭を抑える。
ノーネーム隊は艦からの出撃後、大気圏を突破。突入ポッドから各機離脱後、地上のゲタ部隊も同時に動き出す。両面作戦だ。速やかに交戦する両武装兵力を鎮圧。抵抗するなら撃墜も許可する。
ただし、マフティーの乗るガンダムは鹵獲することを最優先とする。彼は我々の人質として必要だからな。
任務達成後、待機するジュノー級潜水艦に合流。収容後にハワイ諸島方面に離脱し、本隊と合流する。作戦の第二段階に移行するまでは待機となる。
ノーネーム隊は〝ミスターJ〟、君に先陣をきってもらう。残り2名を人選したのち、私に報告をしてくれ。
さて、最悪の反動勢力……ORCAの御披露目だ。諸君、派手に行こう。
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「本当にやるつもりかね?マクシミリアン・テルミドール」
ブリーフィングを終えたあと、オルカの支援者でもある彼はそんなことを言ってきた。マフティー創設にも力を貸しておきながら、よくもまぁ言えたものだと思うと、彼は察したように普段から浮かべる笑みのまま、なじるように言葉を発した。
「君が私をあの場から連れ出した段階で、こうなる未来は予見できたはずだろう?なにより、今の地球連邦政府のあり方は私の思想とは異なるのだ。特権階級に縋りついた老害どもに地球を好き勝手されたらたまらんからね」
巷でクワック・サルヴァーと名乗る彼は、ハサウェイ率いるマフティーの創設者ではないかと噂されている。事実そうであれど、あれは最早、単なる反政府組織からは逸脱した存在になりつつあるのは事実だった。
彼らは体良く利用されている政治闘争のコマに過ぎない。小綺麗な言葉で自身のあり方や革命の善性を示したところで、それが地球に住む人々からすれば道楽の一つに過ぎないと言う認識のされ方しかしないというのは、政府関係者から見れば明らかであった。
にも関わらず、彼らがオーストラリアで勢力を伸ばしているのは、ひとえにアデレードで行われる政府の議会の影響力を強める目論見があったからだろう。
政府からすれば、特権階級の者たちを一箇所に集めれば、反政府勢力と掲げる者が群がるのは当然のことであり、そこでマフティーを叩きさえすれば、地球内部の政治不満や、政治家たちの無駄な派閥争いの捌け口にできる上に、地球への永住権を難なく可決できるように土台を整えることができるのだから。
マフティーはテロリストと名指されているが、実際政府からすれば都合のいい捨て石程度にしか認識されていない。そしてマフティーという高貴なる思想を持った組織の誰もが、そんなどす黒い世界の思惑に気が付いていないのだ。
「気に入らんな」
壮麗な年頃となったクワック・サルヴァーは、旗艦でいるネェル・アーガマのブリッジから地球を睨みつけながら呟く。
彼からすれば、マフティーへの投資は現地球政府に対する政治的な駆け引きと、彼らの危機察知能力のテストという意味合いもあった。
マフティーという組織に政府が慌てふためくならば、その程度だと判断できるし、政府がマフティーを利用する方向に舵を切るなら、それもまたオルカという組織に拍車が掛かることになるのだから。
「私は、これからの後の世は女性が主体となって構築するべきだと考えていた。だが、その結果待ち受けていたものが、私個人の敗北と組織の崩壊であった」
遠き宇宙戦争を思い返しながら呟く彼は、かつて自身を敗北に追いやった少年のことを思い返す。彼のような直情的な人間がいるからこそ、世界は一握りの天才の思うようには進まないと知らしめられた。
「だが、連邦政府のバカどもは歴史から何も学ばぬ。彼らがのさばっていられるのはひとえにジオンに勝利した利権を切り崩してやり繰りしているに過ぎんというのにな」
このままいけば、地球圏は当面は平和を享受できるだろう。反論する者の武器を取り上げ、その思想を根こそぎ駆逐した上で成り立つ仮初の平和ではあるだろうが。
だが、その平和は決して長続きはしない。抑圧された世界は再び反乱と新たなる思想によって決起したインテリ共のせいで戦乱の世へと逆行するのが世の常なのだから。
「だからこそ、ここで楔を撃たねばならんのだよ。マクシミリアン・テルミドール」
そのために、オルカという組織は必要なのだ。そう告げた彼は、立ち上がって宇宙から地球を見下ろす。
すでに計画は始まっている。地球圏から人々を宇宙へと押し上げるための計画が。
その計画にマフティーという組織は力不足すぎる。ハサウェイという少年の器量程度では地球連邦政府の政治闘争という内輪揉めからも脱することはできないのだから。
「テルミドール、メンバーは集まったぜ?」
ブリッジに上がってきたパイロット、ミスターJ。彼もまた、テルミドールがグリプス戦役から懇意にしている元地球連邦軍のパイロットの一人だ。今では名前すら偽っているが、彼らは自身の生活を投げ打ってでも、テルミドールとクワック・サルヴァーが組織したオルカへ加わってくれたのだ。
「まったく、この歳になってMSで降下作戦をするとはな」
「ミスターK。また欲張って突入限界まで行くんじゃないぞ?あの時みたいに〝隊長〟はいないのだからな」
「そう言ってやるな、J。それに今の私は隊長ではない。マクシミリアン・テルミドールに過ぎん」
「相変わらずその言い方は似合わないぜ、アンタは」
困ったようにいうJの様子に隣に立つミセスMが小さく笑った。彼女とJの間には子供がいるのだから二人の作戦参加に最初は難色を示したのだが、ミセスMから「子供たちも自分で物事を考えられる歳になっているのだから、問題はない」と余計な心配だと遠慮されてしまった。
久しぶりに再開した部下との会話もさておき、彼らと共に格納庫へと移動する。ネェル・アーガマのハンガーには地球降下作戦用の機体が既に準備されていた。
「おいおい、この機体で地球に降りるのかよ?」
「不満か?私が手ずから調整した機体だぞ」
不満げにかつての愛機を見上げるJに、クワック・サルヴァーは自信満々にそう切り返した。
ハンガーに並べられていたのは3機のRX-160バイアランだった。元はティターンズの試作MSであったが、今組織のスポンサーでもあるアナハイムのアルベルト・ビストと、機体配備の改修に参画したクワック・サルヴァーの意向で用意された特別機となっている。
外観は腕部をマッシブな形状にした以外は当時のままであるが、スラスターや駆動部、コクピットレイアウトが最新のものに更新されており、機体燃料効率も格段に向上している。カタログスペックでの空戦能力は、現行のゲタ無しでも30分は対応可能という破格の空戦能力を獲得している。
「外観はクラシックだが中身で勝負というやつだな」
そう言って俺はハンガーの通路柵に足をかけて無重力に飛び出す。バイアラン3機の奥にシートが被さっている機体がある。それこそが、共に地球へ降下するマクシミリアン・テルミドールが「ガンダム」を抑えるために用意した機体でもあった。
「隊長、こいつは……」
「相手がガンダムなら、こちらも相当なもてなしをするのが礼儀だろう?」
ひきつった顔をするJたちをよそに、自身の手で魔改造した機体の姿を見て満足するクワック・サルヴァー。
俺が引き剥がしたシートの下には、アナハイムの失われた計画の中で建造された〝最初の試作ガンダム〟が眠っていたのだった。