「第5攻撃隊、撃破されました」
オペレーターの報告を受けて、ケネスは臨時で用意された作戦司令室の中で陰鬱な息を吐き出した。同時になけなしのMS部隊ではどうにもならないか、という諦めも見えてくる。かき集められた旧式のMS混成隊でオーストラリアの主要拠点を奪還しようと言うのだ。
オペレーターの報告通り、どの部隊も拠点にたどり着く前にレーダー上から姿を消している。空輸部隊の生還も絶望的だろう。
「マウントサプライズ……クイーンズランドから北西には、やはり進めんか」
オエンベリ、悪夢の急襲から一夜明けた。
たった4機のMS相手にオエンベリ基地のMS隊は壊滅。ベースジャバーで脱出できた将校も少なく、司令部付きの下士官も過半数が襲撃時に戦死した。その組織的な電撃作戦は相手の所有するMSもさることながら、過去にトリントン基地を襲ったジオン残存軍の攻撃が瑣末に見えるほど強力であり、そして劇的な作戦だった。
ケネス自身も、事態を把握した頃にはすでに基地の大部分が占拠された状況で、共にいたギギをベースジャバーに押し込めて燃え盛る基地を後にするしか無かったのだ。
逃げおおせた大半のオーストラリア連邦軍は再編成され、ニューギニア作戦司令部とインドネシア作戦司令部の二分指揮下に再配置されるに至った。ニューギニア連邦軍、オエンベリ奪還部隊。聞こえは良いが、逃げ出した地球軍の寄せ集めに過ぎない混成部隊などでは、練度の差や意思統率も困難を極める。
「スレッグ大佐、レーン・エイム中尉からペーネロペーの出撃許可の打診が」
「これで6度目だぞ、まったく。変わらず現場待機だと伝えておけ!」
呆れたように息をついてケネスはそう切って返した。オエンベリでケネス達が離脱できたのは独断で発進したレーンの駆るペーネロペーの活躍があったからだ。修理中で本来の性能の半分程度でしか対応できなかったというのに、あの男はよくやってくれたとケネスは思う。だが、今ペーネロペーを使ってオーストラリア各拠点の奪還作戦をするのはナンセンスだった。
「しかし……作戦本部からはオーストラリア東部の奪還命令を厳命されていますが」
「状況が状況だ。奴らはあんな兵器を配置しちまったんだ。我先にと先陣を切った大将たちの部隊がどうなったか忘れてはおらんだろ?」
手柄欲しさに生き勇んでオーストラリア奪還に揚々と出撃した大将が乗るペガサス級は、オーストラリア大陸に上陸する前にブリッジがメガ粒子砲で狙撃されて撃沈されている。随伴した駆逐艦もほとんどが大陸に足をつける前に海の藻屑と化した。
大型輸送機でのアプローチも失敗し、今は少数の無人機とMS部隊での潜入作戦を実施しているのだが、効果は良いものとはとても呼べなかった。
「マウントサプライズ線から北西に向かおうとした部隊は片っ端から餌食になったのだ。あんな旧式の兵器を持ち込むとは……マクシミリアン・テルミドールという男は相当に頭が切れる男だ。まったく、マフティーのテロ行為が赤子の遊戯に見えてくる……」
ケネスたち作戦司令部の頭を悩ませていたものは、各拠点に多数配備されたメガ・バズーカ・ランチャーを二門横並びにした高射砲だった。動力は基地内部の発電施設に直繋ぎされており、MSなどでの運用は考慮されていないが、常にエネルギー充填状態で、こちら側が接近しようものなら最寄りの拠点から即座に狙撃砲が飛んでくる。射程も威力も想定外の代物であり、大将が乗ったペガサス級をたった三発で撃沈した代物の脅威はとてつもない効果を発揮したのだ。
あんなものを当てられれば並のMSや艦船などひとたまりもない。
「ヌランベイから上陸を試みているブラッド・レービェ大佐の部隊はどうなっている?」
「十分前から交信不能です」
「だろうな」
別方向から展開していた上陸部隊も通信途絶。オーストラリアの南側の上陸ポイントが抑えられてある以上、大きく迂回し東西側から上陸するルートが絞られてくる。相手が防衛陣地を構築する前に、と迂回した部隊もあったが、こちらはMSの狙撃タイプによって見事に轟沈させられている。
つまり、大気圏内で正攻法で現状のオーストラリア奪還は事実上不可能だった。
「……オエンベリをあんな瑣末なMS部隊で奪還できるものかよ」
ケネスの呟きに答えられる士官はいなかった。敵が使用するMS……皮肉にもその大半が地球連邦が二分された戦い「グリプス戦役」時代に活躍したものが多く、最初の将校の多くが過去のジオン残存軍のようだと過小評価したのだが……その結果は惨憺たるものであった。
あれは外側が旧式機で中身は現行の最新鋭機と変わらないチューニングや調整、改造が施されている機体ばかりだ。
トリントン基地の反撃の狼煙となったバイアラン・カスタムと同じように、あの時代のMSは適切な改修を加えれば現行機と同等の性能を発揮できる傑作機ばかり。そこにベテランのパイロットが合わせれば日本の諺で言う「鬼に金棒」といった恐ろしさを有する機体となる。
ペーネロペーですら脱出するベースジャバーの護衛に徹することしかできなかったのだから、その技量の高さは言うまでもない。
「大佐、奴らは本気なのでしょうか?」
ふと、ケネスの隣に立つ副官がそう言ってくる。敵の展開までの情報を可視化したマップを見つめながらケネスは頷いた。
「本気でなかったら我々をオエンベリから追いやったりはしないさ」
ごく短い声明文と共にオーストラリアを支配下に置いたオルカ、そして革命者マクシミリアン・テルミドール。彼らのやり口は鮮やかで、劇的で、その存在を知らしめるには充分すぎる結果をもたらした。仮想敵国を見失っていた地球連邦軍が足元をすくわれる形となったのは必然と言えたのだろう。
「本気でオーストラリアにジオンもどきの国を建国しようっていうのだ。ニューギニア方面や、インドネシア方面に追いやられたダーウィンや、トリントン、メルボルンの上層部は破裂する直前のポップコーンみたいなものさ」
「大佐」
「すまん。しかし……そうでも言わんとやってられんさ。マクシミリアン・テルミドールという革命者のやっていることに目を向けるとな」
ケネスにはわかっていた。彼らは交渉などしない。本気でオーストラリアに巣食っていた連邦勢力を狩り尽くして制圧するつもりだ。アデレードには多くの政府高官が取り残されており、軍が要人奪還作戦を展開しようにもそもそもオーストラリアの主要拠点を奪還できていないのだから、どうしようもなかった。
マクシミリアン・テルミドールは見事に連邦政府の面子を丸潰しにしたのだ。それに怒りを露わにしない政府ではない。下手に事が進めば、政府高官はオーストラリアに核でも打ち込む算段をつけかねないのだから。
「テロリストの次はインテリの革命者ですか。オーストラリアの安泰は程遠いですな」
コロニーが落とされたあの日から二十年。悲劇の地であるオーストラリアに平穏が訪れることはなかった。あるときはジオンに犯され、あるときは連邦軍に犯され、島国は多くの政治的思惑と権力争いによって混沌を極めていた。そして今回の革命事件だ。良い加減にして欲しいと息を吐くのも仕方ないことだった。
「スタッグ・メインザー中佐より入電!第6部隊の出撃を開始するとのことです」
「無人機も使い切ったのだ。これ以上の人的損耗はオーストラリアの奪還作戦に影響を及ぼす。第6部隊は偵察が最優先だ。生きて確実に情報を持ち帰るよう伝えろ!」
ここまで来てしまったらそうするしかない。ケネスの判断は現状を見続けてきた軍司令部の総意でもあった。第6部隊は射程距離ギリギリまで接近し、オーストラリアの現実を持ち帰る事に専念することになる。
椅子に深く座るケネスはモニタリングされる戦況を眺めながら思考を巡らせる。
(マフティー・ナビーユ・エリンが革命者に化けたか……?そうは考えにくいが……)
そんな考えが基地襲撃の際から脳裏を掠めていたが、隣に座ってきたギギはケネスの考えを真っ向から否定した。
『マクシミリアン・テルミドールは、マフティーじゃないよ』
それは確信めいた言葉の音色だった。彼女の並外れた観察眼とセンスに賭けたケネスだから、そのギギの言葉が深く突き刺さる。
(彼女の言葉を信じるかどうか……どちらにしろ、今ここで戦力を投入してもどうにもならない。ペーネロペーを出したところで、いい的にしかならん……)
ハリネズミのような防衛能力を有するオルカの勢力圏を睨みつけながら、ケネスはマフティーに近しい男であった相手のことを考えた。
(ハサウェイ……お前は今、どこで何をしている)
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「くそぉおー!!開けろ!!開けろってんだよぉ!!」
「無駄だよ、ガウマン。連中聞く耳も持ってないさ」
鹵獲された基地の収容施設に放り込まれたマフティーの構成員たちは、自分たちの置かれている状況を理解する事で必死だった。なにせ、支援者であったクワック・サルヴァーからの裏切りとも言える行為だ。
暴れ回るガウマンの気持ちもわからないでもないが、暴れたところでこの牢獄から解放されることなどないのだ。
「マフティーの座を明け渡せ。それを断ったら武力でねじ伏せるか……あいつらも、やってることは地球連邦となんら変わらないじゃないか」
ハサウェイの参謀的な役回りを担っていたイラム・マサムは苛立ったように呟く。エメラルダや他のパイロット、船の艦長も全員まとめて捕まったのだ。マフティーという組織はすでに死んだも同然だった。
「ハサウェイ、これから私たちはどうなるのでしょうか……?」
眼鏡をかける少女、ミヘッシャ・ヘンスは不安げに同牢獄に囚われるハサウェイに問いかける。彼は何も言わずにただじっと座っていて、ミヘッシャの言葉にようやく口を開いた。
「少なくとも、マフティー自体を殺す気はないと僕は思う」
その言葉に暴れまわっていたガウマンやイラムたちも懐疑的な雰囲気となった。
「正気か?ハサウェイ」
「奴らは僕らマフティーを「予言の王」に持ち上げるのが魂胆だ。彼らはあくまで革命者で土壌である場所を更地にする役目にしか興味はないらしい」
「おいおいおい、じゃあ何か?奴らは本気でオーストラリアを更地にするってのか?」
「彼らはそうする。いや……マクシミリアン・テルミドールなら確実にそうするはずだ」
クワック・サルヴァーが嘘を言うような男だったら、ハサウェイ自身もマフティーなどという組織に身を置くことはなかった。きっと彼が用意した「革命者」は自身の役目を完遂するまでマクシミリアン・テルミドールを名乗り続けるのだろう。
「……解せねぇな。なら、わざわざ何で俺たちを捕まえておく」
ハサウェイの推測に苦言を申したのはガウマンだった。たしかに、とイラムも言葉を続ける。
「オルカの仲間になってオーストラリアに点在する地球連邦の拠点を共に叩くのも手段の一つだったはずだ。彼らには劣るが、マフティーにはその戦力はあった」
地球連邦という途方もない戦力相手に戦うというなら戦力はどんな形でも必要なはずだ。ならば、自分たちを押し込めるよりも仲間として懐柔した方が結節出来はないか、と構成員たちは言った。だが、ハサウェイにとってそれは違うものだった。
「逆だよ。彼らからして、マフティーという戦力は邪魔者でしかなかった」
「どういう意味ですか?」
「考えてもみてくれ。彼らは短時間でオーストラリアの各拠点を制圧した。僕らが散発的に行っていたテロ行為も真っ青になるほどの速さで。そして基地拠点各所に高射砲を設置する展開力も持っている。機体は旧式のはずなのに、恐ろしくスマートで……迅速だった」
テルミドールはすでに、オルカという組織のみでオーストラリアを陥落される目論見を立てていた。故に、不確定要素であるテロリスト集団は邪魔者でしかなかった。
「マクシミリアン・テルミドールがわざわざ僕の元に来て、マフティーの座を明け渡せといった理由も説明が付く。マフティーの組織を管理下に置けば、そもそもの不安要素を取り除くことができるのだから」
それを断った故に、ハサウェイたちマフティーは捕えられた。テルミドールが思い描く革命という行為を完遂する障害にならないために。
だが、ハサウェイには疑問が残った。
(彼らが本気で僕らを……僕自身を予言の王に据えると考えているなら。これから先に何をするのか……。アデレードで人質に取った要人たちは確実に殺される。一人残らず)
そうする「覚悟を持った」相手なのだ。マクシミリアン・テルミドールという存在は。ならば、その後に語った予言の王に自分を据えると言う言葉もまた、彼にとって完遂するべき目標のひとつなのかもしれない。マフティーという組織全てを邪魔者として捕らえる。それはまた別の意味を有することになる。
(だとすれば……時が動くのはその後……か)
牢獄の窓から見える空は青く高い。
その空は、オーストラリアの春が終わり、初夏を迎えようとしていた。