100年戦争の革命浪漫譚   作:紅乃 晴@小説アカ

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キルケーの魔女面白かった、


第七話 オエンベリ基地奪還作戦(2)

 

 

ノーザンテリトリー州。

 

インドネシア諸島とパプアニューギニアの中間に位置するその地には、ダーウィンやアリススプリングス、そして今地球軍が最も確保したい地、オエンベリの基地がある。

 

北部から見て、オーストラリアの玄関口であるダーウィンは、今や要塞のようになっていて、そこから武力を持って強引に上陸しようとした地球軍の艦艇は設置された高射砲(並列されたメガ・バズーカ・ランチャー)による狙撃によって海の藻屑と化している。

 

その脅威度はオデュッセウスを駆るレーンもよく理解していた。連中は遥かな骨董品を持ち出してきたというのに、その鉄壁な防空網と共にガッチリと制空権を確保している。ただ、オデュッセウスの本当の姿であるペーネロペーさえ万全であれば、その防衛の要である高射砲を避け、そして破壊することもできるとレーンは考えていた。

 

ペーネロペーの有するミノフスキー・フライトユニットであれば、既存の航空能力を遥かに上回る機動を持って高射砲を避けることが〝できるはず〟なので、それを持ってダーウィンを少数精鋭で攻めれば突破口ができると。

 

だが、上官であるケネスはそうは思わない。ミノフスキー・フライトユニットという高価な兵器をそんな無謀極まる作戦で摩耗されることを恐れたのだ。

 

こういうときは臆せずに前に出ることの方が重要だというのに、いい大人が何を怖じけている。

 

そう思っていた。

 

今、この瞬間まで……。

 

『ふふふ!やるわね、こっちにやってきた人たち!!』

 

ララガナ島を迂回した湾口から歩み、ガブヴィヤックから、バルマンウィーモルへ至る道中は、まさに地獄さながらといった様相であった。

 

山間部をスラスターで飛び回り、遮蔽物に身を隠した途端、その遮蔽物は高出力のビームによって吹き飛ばされる。

 

「おおおーー!」

 

レーンも雄叫びを上げながらビームライフルで応戦するが、そのビームは相手に直撃する前に目に見えない幕に阻まれ、先細く辺りに飛散する。ビームの放流を受けて地面や木が焼け、カメラの端に野生の動物が驚いて逃げていくのが見えた。

 

「なんだよ、あの化け物は!!」

 

「落ち着け!あれはサイコガンダム……オルカの連中、オーストラリアを火の海にするつもりかよ……!!」

 

スラスターを吹かして指先から放たれた5連ビーム砲をなんとか躱し、サイコガンダムよりも高所へと陣取ろうとするダリルのジェスタだが、頭部の二連装小型メガ・ビーム砲によってその目論見はあっけなく絶たれ、代償としてシールドごと左腕が吹き飛ばされるに至った。

 

「や、やられた!?」

 

「下がれ、ダリル!ティターンズが強化人間用に開発した超大型MSだ!サイコミュ機器が乗っているとはいえ、性能的には骨董品のはずだが……」

 

「これの!どこが!骨董品だっていうんだ!?」

 

ワッツの言葉に思わずレーンは悲鳴を上げた。

 

さっきまで留まっていた場所が真っ赤に溶解し、今もなおビーム砲の雨を下がりながら必死に避けているのだ。ワッツが乗るジェスタが着地の瞬間にサポートしてくれていなかったら、今頃はレーンのオデュッセウスは、ビームに撃ち抜かれていた。

 

即席の編成であるものの、見事な連携をする相手にサイコガンダムを駆るパイロットは、嬉しそうに目を細め、頬を吊り上げる。

 

『あは♡ ミスターJやKが向こうを取った時はつまらなーいと思ってたけど……こっちもこっちで楽しそうじゃない!!』

 

「アイツ、オープンチャンネルで喋ってるぞ!!」

 

「怖えよ!!何なんだ、いったい!!」

 

腹部の3連装拡散メガ粒子砲とマニピュレーターに備わる片手5連……メガ粒子とビームの嵐を前にひたすらに動き回る四機。動け、動け、動け!止まれば死ぬぞ!後退させてくれる隙なんて与えてくれない。ここで後退をするなら……誰かが犠牲にならないと、チャンスは生まれない。

 

サイコガンダムのキルゾーンからの脱出すらままならない中、ちょうど全機が岩陰に隠れたタイミングだった。

 

『こそこそ隠れ回って……私のサイコガンダムに勝てると思ってるわけ!?』

 

「なっ!?全機、伏せろ!!」

 

指揮官を担うナイジェルの言葉に従い、ワッツは中破したダリルを庇い、レーンもオデュッセウスよ身を屈めさせる。

 

その瞬間、とてつもないビームの傍流が自分たちの頭上を過ぎ去っていく。それはサイコガンダムの5連ビーム砲に合わせて放たれた、ダーウィンからの高射砲のビームの束だった。

 

「ううううーーーっ!!」

 

地響きのような振動と全身を揺さぶる圧迫感に、レーンは身を固めてコクビットの操縦桿を握りしめることしかできなかった。しばらくしてから光と地響きが収まる。ナイジェルが周囲を索敵すると、目視でもわかる痕跡をすぐに見つけた。

 

「な、何つう威力だってんだ……!!」

 

見上げると、自分たちが身を隠すために歩いてきた山間部にある一つの山が抉り取られているのが見えた。その威力を前に、レーンは顔を青ざめさせる。あんなものを受ければ、いかにIフィールドを積んでいると言っても、あっという間に蒸発してしまう。

 

(先に乗り込もうとした士官は……あんなのを喰らったのか)

 

文字通り、蒸発したのだろう。何も感じるまもなく、何を思うこともできず、あっけなく、何も理解できずに光に溶けてなくなってしまったのだろう。

 

ビームを受けて撃沈したという結果を見てもレーンは何も思わなかったが……こうも現実を見せつけられれば、否応なくその光景を想像させられてしまう。

 

「山が、ひとつ消し飛びましたよ……!?」

 

そう息も絶え絶えにいうレーンがナイジェルのジェスタが実を隠している遮蔽物の方へ目を向けた瞬間。

 

「あ……」

 

岩肌に手を置き、こちらを覗き込むように身を出すサイコガンダムがいた。紫色に光るデュアルカメラセンサーがレーンのオデュッセウスを捉える。その指先にはもうビームが充填されていた。

 

『ふふふ、新型のジェネレーターを積んで、機体構成も現行機に合わせてアップデートされたんだから、今度は外さ……あら?』

 

し、死ぬ。そんな確信がレーンを絶望させた。訪れる死という光に身構えていると、相手の指に充填されていたビームは光を無くしていった。

 

『ねぇ、そこに隠れているパイロットさん?』

 

まるで歌うような口調が聞こえ、レーンは間抜けな声をあげてしまう。

 

戦場の只中だというのに、その声はどこか楽しげで、軽く、そして無邪気だった。

 

だからこそ余計に、背筋が冷えた。

 

「は、話しかけてきましたよ…!?」

 

思わず友軍の回線に向けてそんな言葉を吐いてしまう。あんまりな状況に緊迫していたナイジェルやワッツ、ダリルも困惑しているのがスピーカー越しに容易に感じ取ることができた。

 

「こ、答えるか?」

 

「知るかよ、このまま行けば皆んなまとめてメガ粒子砲の塵と消えるわけだ」

 

「逆に今が反撃のチャンスなんじゃ……!?」

 

「バカ!こっちの装備であんなデカブツをどうにかできるものかよ!!」

 

通信の向こうで、焦りと苛立ちが入り混じった声が飛び交う。だが、どれも相手からかけられた言葉への答えにはなっていなかった。

 

全員がわかっている。

 

サイコガンダムに対して、今の自分たちが持つ兵装はあまりにも脆弱。接近戦でビームサーベルで挑もうにもこちらの機動性を無視できるほどの高火力を向こうは有しているし、今は逃げの一手でなんとか回避はできているが、攻めに転じてあのビームの雨を掻い潜れる自信はない。

 

よしんば肉薄できたとして、あの巨体を一撃で仕留めることができなければその時点で突っ込んだ機体の命運は尽きることになる。

 

詰まるところ、主導権は、完全に向こうにあった。

 

『ねーぇー、聞いてるの?答えないと撃っちゃうけど?』

 

甘えるような口調の裏に、絶対的な死の予告が滲んでいる。レーンは無意識に唾を飲み込んだ。

 

「……こちら、地球連邦軍ロンド・ベル所属のナイジェル・ギャレット大尉だ」

 

オープンチャンネルの周波数に合わせて答えたナイジェルの声は、普段と変わらぬ冷静さを保とうと努力した声だった。その声に相手は興味なさげに「ふーん」とだけ言い、視線を応じたジェスタから再びオデュッセウスへと向ける。

 

『じゃあそっちの人は?』

 

紫色の巨体が、ゆっくりとこちらを覗き込むように身を傾ける。まるで子供が虫かごの中身を覗き込むような仕草だった。

 

小さな悲鳴のような声が喉の奥に留まって、無意識に体をこわばらせる。

 

「……オエンベリ所属の……レーン・エイム中尉。ペネ……ッ。オデュッセウスのパイロットだ」

 

思わず言いかけた機体の名を、レーンは慌てて飲み込む。だが、遅かったかもしれないという不安が胸をよぎった。相手は満足したように覗き込んでいたサイコガンダムの四肢を立ち上がらせる。

 

『……ふーん?そっか、貴方達が〝ノブリス・オブリージュ〟っというわけね……』

 

「ノブリス、オブリージュ……?」

 

聞き慣れない言葉に、レーンは眉をひそめる。

 

その言葉の意味は、「位高き者、徳高くあるべき」というもの。貴族のような権力と社会的地位を持つ者は民の為に努力すべき、という考えだ。

 

「持つべきものの使命が、何の関係がある!!」

 

警戒色を強めたナイジェルの言葉に、サイコガンダムのパイロットは、つまらないことを聞くのね、とため息をつく。

 

『貴方達は認められた存在というわけよ。私たち、オルカの咎を裁くに値する……ね?』

 

その声……とくに〝オルカ〟という後半の部分には、どこかうっとりとした響きがあった。まるで、長く待ち望んだ役者が舞台に現れたのを喜ぶ観客のような声音だった。

 

その様子にトライスターズの面々や、レーン自身も戸惑っていると、サイコガンダムは体を横にずらし、そして手を差し伸べる。

 

オエンベリ基地がある荒野の先を。

 

『さぁ、どうぞ?』

 

一同が言葉を無くした。さっきまで死闘を繰り広げていた相手から提示された行動に理解が追いつかない。敵に見逃されるなど、戦場ではあり得ないことだ。

 

「な、何を言ってるんだ……?」

 

冷静さを保てなくなったナイジェルの震える声に、サイコガンダムのパイロットはさも当然のような言葉を返す。

 

『何って……貴方達を通すと言ってるのよ?大丈夫、オエンベリ基地に着いても誰も攻撃はしないわ。だって、必要な工程ですもの』

 

「ま、待て!!」

 

その言葉の意味を問いただそうとした瞬間。

 

「ぐぁぁあ!?」

 

「ワッツ!!」

 

声を荒げたワッツが操るジェスタの両腕がビームによって溶け、吹き飛んだ。

それはサイコガンダムの指2本に絞って放たれたビーム砲であり、器用にジェスタの両腕だけ。両腕をもがれたワッツのジェスタはその場で仰向けに倒れるが、パイロットは無傷であった事実が、ナイジェルやダリルという実践経験豊富なパイロットを青ざめさせる。

 

両腕を簡単にもぐことができたということは、パイロットをピンポイントで焼き尽くすこともできるということだ。

 

ただ、威圧するように撃ち抜いたビーム砲の光を落としたサイコガンダムから、先ほどの少女らしい声とは全く異なる地獄の底のような声が響く。

 

『聞いてわからない?〝通してあげる〟って言ってることを。私が本気で貴方達をすり潰してもいいのだけど……ダーリンはそれを望んでいない。マクシミリアン・テルミドール、彼が望むのは壊死する地球を救う希望だけ』

 

その言葉の中に、確かな愛情と狂気が同居していた。レーンは背筋に氷水を流し込まれたような感覚を覚える。

 

「き、君は!テルミドールのなんだと言うんだ!?」

 

レーンの声が谷間に響く、サイコガンダムは少し間を開けると、再び歌うような少女の声でこう答える。

 

『それは貴方達がオエンベリを取り返したら教えてあげるわ』

 

楽しげに、秘密を焦らす子供のような口調だった。

だが、その背後にはサイコガンダムという絶対的な暴力が控えている。なんともアンバランスな存在に、レーンは操縦桿をギュッと握りしめた。

 

『また遊びましょう?その時には貴方の頭の上についた殻は取れてるといいわね。キルケーのペーネロペーと……そのパイロットさん?』

 

その言葉を最後に、通信がふっと途切れた。

 

レーンの喉が、からからに乾いていた。

呼吸の音だけが、ヘルメットの内側でやけに大きく響いている。

 

(……なんなんだ、あの女は)

 

敵であるはずなのに、撃ってこない。

むしろ、自分たちをどこかへ導こうとしている。

 

それは戦術でも、駆け引きでもない。

もっと得体の知れない、何か別の意図を感じさせた。

 

紫色の巨体は、まるで舞踏でもするかのように軽やかな動きでスラスターを噴かし、山肌を踏みしめながら後退していく。

 

その事実が、何よりも恐ろしかった。

 

先ほどまで自分たちを追い詰めていた猛威の名残など微塵も感じられなかった。ただ気まぐれに遊びを切り上げた猛獣が、獲物を見逃した――そんな印象だけが残る。

 

「……行った、のか?」

 

誰ともなく漏れた声が、妙に乾いていた。

 

しばらくの間、誰も動かなかった。

動けばまた、あの紫色の怪物が振り向いてくるのではないか。そんな恐怖が、コクピットの中に重く沈殿していた。

 

やがてナイジェルの声が、通信回線に流れた。

 

「……全機、状況確認。損害を報告しろ」

 

「ワッツ機、大破寸前。両腕喪失、メインカメラにノイズ。けど……動ける」

 

「ダリル機、戦闘不能。ワッツに曳航してもらってる」

 

「レーン機……軽微な損傷のみ。ですが……」

 

言葉が続かなかった。操縦桿を握る手が、まだ震えているのが自分でもわかる。

 

あれほどの火力。

あれほどの機動。

そして、あれほどの余裕。

 

(あんなものが……骨董品、だって?)

 

ワッツの言葉を思い出し、思わず苦笑が漏れそうになった。だが、喉の奥で乾いた息が鳴るだけで、声にはならなかった。

 

「ナイジェル大尉……あの女、本当に俺たちを通す気なんですかね」

 

「さあな」

 

短く答える声には、いつもの余裕はなかった。

 

「だが、嘘をつく必要もないはずだ。あれだけの戦力があるなら、ここで俺たちを消す方が簡単だ」

 

その言葉に、誰も反論できなかった。

 

事実だった。あのサイコガンダムが本気を出していれば、自分たちはとっくに蒸発していたはずだ。

 

レーンは視線を上げる。

 

先ほど高射砲の一撃で抉り取られた山の跡が、黒く焼け焦げた断面を晒している。

 

自然の地形とは思えない、歪な断崖。

それは、この戦場の現実を無言で物語っていた。

 

(あれを……避けて突破する?)

 

つい先ほどまで、自分が抱いていた考えを思い出す。ペーネロペーならできる。ミノフスキー・フライトユニットがあれば、高射砲を避けて突破できる――そう思っていた。

 

だが今は、その考えがどこか子供じみた空想のように感じられた。

 

「レーン、聞こえるか」

 

ナイジェルの声が、思考を引き戻す。

 

「は、はい!」

 

「進路はそのままオエンベリへ向かう。奴の言葉を信じるしかない」

 

「……了解」

 

応じながらも、胸の奥に奇妙なざわめきが残っていた。

 

ノブリス・オブリージュ。

 

あの女は、確かにそう言った。

 

認められた存在。

オルカの咎を裁くに値する者。

 

(俺たちが……?)

 

そんな大層なものではない。自分はただのパイロットで、命令に従ってここまで来ただけだ。

 

だが……。

 

「……頭の上についた殻、か」

 

無意識に呟く。その言葉の意味を考えようとしたが、うまく形にならなかった。

 

ペーネロペーの名を、あの女は知っていた。

 

しかも「キルケーの」とも。

 

偶然とは思えない。まるで、最初から自分たちのことを知っていたかのような口ぶりだった。

 

「全機、移動を開始する。警戒を怠るな。奴が本当に引いた保証はない」

 

ナイジェルの号令とともに、各機のスラスターが低く唸りを上げた。

 

焦げた大地の上を、四機のMSがゆっくりと進み始める。

 

その先にあるのは、司令官であるケネス・スレッグ大佐が是が非でも奪還したいオエンベリ基地がある。

 

そして、自分たちを通したという、あの紫の怪物の思惑。

 

レーンは操縦桿を握り直した。

 

(通された、だって?)

 

胸の奥で、何かが軋む。

それが恐怖なのか、怒りなのか、自分でもまだわからなかった。

 

ただ一つ確かなのは……この戦いは、まだ始まったばかりだということだけだった。

 

 

 

 

その後、トライスターおよびレーン・エイムのオデュッセウスは、敵との遭遇や妨害に逢うことなく、驚くほどすんなりとオエンベリ基地に到着する。

 

それは拍子抜けという言葉では足りないほど、あまりにもあっけない進軍だった。

 

つい先ほどまで、山一つを消し飛ばすような火力に晒されていたというのに、進路上には敵影すら見えない。

 

基地内は滑走路や指揮所が襲撃時に破壊された痕跡こそあるものの、敵組織が制圧している様子や、たどり着いたレーンたちを待ち伏せるといった行為は見受けられなかった。

 

まるで、ここに来ることが最初から許されていたかのように。

 

その報告を受けたケネスは、ひどく困惑した。

 

オエンベリ奪還のため、ダーウィンから侵攻しようとした地球軍の艦艇は、そのことごとくが撃墜されたというのに。

 

なぜ、自分が指揮するキルケー部隊だけが、こうも鮮やかに基地へたどり着けたというのか。

 

「……偶然、か?」

 

そう呟いてみたものの、自分でもその言葉に説得力がないことはわかっていた。

 

あの防空網を、偶然で突破できるはずがない。

 

それは既に、何隻もの艦艇の残骸が証明している。

 

困惑するケネスであったが、オエンベリ基地というオーストラリアの橋頭堡を確保した地球軍は、同じルートで後続部隊の投入を決定した。

 

革命を名乗る愚かなテロ組織へ鉄槌を下す好機と息巻く上層部が派遣したのは、ケネスとは全く関係のない士官たちだった。

 

前責任者であった基地司令キンバレー・ヘイマン大佐をはじめ、複数の士官がオーストラリア大陸奪還のためにペガサス級や空母、巡洋艦を率いて揚々と出撃した。

 

だが……事態は、ギギの言葉で一変する。

 

『たぶん彼らは、ケネスしか通さないよ』

 

その言葉を疑問視する間もなく、第一先行部隊壊滅の報が、ケネスのいる指揮所へ届いた。

 

観測したパイロットの報告は、あまりにも一方的なものだった。

 

先行した強襲揚陸艇は、ダーウィンからの高射砲による長距離射撃で撃墜。その直後、支援していたペガサス級のブリッジが正確に狙撃され、指揮系統が崩壊。

 

後詰めの空母群は湾口にたどり着く前に敵MSに捕捉され、撃沈。

 

巡洋艦や護衛艦も、同じ運命を辿った。

 

戦闘と呼ぶにはあまりにも短い、虐殺だった。

 

地球に在籍する士官のことごとくが戦死し、捕虜も生きて返さず、その場で処刑するというオルカの徹底した攻撃に、オエンベリ奪還で沸いていた軍上層部は沈黙せざるを得なかった。

 

『ケネスがいけば、きっと通してくれるよ。でも嘘は絶対に通らない』

 

まるで予言めいたギギの言葉の通り、ある巡洋艦が「この船にはオエンベリ基地のケネス・スレッグ大佐が乗艦している」とオープンチャンネルで流布しながら上陸を試みた。

 

結果は、沿岸部での撃沈だった。

 

『相手にはわかるんだよ。どの船に貴方が乗っているのか。まるで手に取るように』

 

その言葉が真実かどうか。

 

それは、ケネス自身があの針の山のような防衛網を越えてみるしかなかった。

 

南半球の艦隊が次々と撃沈され、北半球……ヨーロッパやアメリカ、果ては宇宙に上がっている艦艇にまで出撃命令が下る中。

 

ケネスが乗った一機の輸送機が、深夜という時間帯にオーストラリアへ向けて飛び立った。

 

輸送機にはアデレードへ到達するための物資、追加のMS、そしてパイロット。そして指揮官であるケネスと、同乗を懇願したギギ・アンダルシアが乗っている。

 

最低人数に抑えたのは、万単位の死傷者を出したこの大陸上陸戦で、これ以上犠牲者を増やさないための配慮だった。

 

副官が不安そうな表情で計器を見つめる中、輸送機は艦艇が撃沈されたキルゾーンへと侵入する。

 

誰もが、次の瞬間にビームの雨が降り注ぐ光景を覚悟していた。

 

だが、何も起こらなかった。

 

警報も、照準も、敵影もない。まるで空そのものが、彼らの侵入を許可したかのようだった。

 

輸送機は全くの迎撃を受けないまま、オーストラリア大陸上空へと進入する。

 

「ね?いった通りでしょ?」

 

難なくオエンベリ基地の、最低限の補修が施された滑走路に着陸し、ケネスが大地へ足を下ろすと、ギギは嬉しそうにそう言った。

 

真夜中の着陸だった。

 

明かりのないオーストラリアの地から見上げた空には、万年変わらぬ星々が冷たく輝いている。

 

その光景はあまりにも静かで、つい数時間前まで、大量の艦艇が撃沈された戦場と同じ場所とは思えなかった。

 

ケネスは無言で空を見上げた。

 

胸の奥に、言いようのない違和感が沈殿している。

 

(……俺だけが、通されたというのか)

 

その答えは、まだ誰にもわからない。

 

その後、オルカはダーウィンの高射砲を自爆させ、占領していた基地を放棄。

 

敵は南下を開始し、部隊はそのまま渦中であるアデレードへと推移していくのだった。

 

 

 

 

 

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