誰しもが家族を持っている。
その家族構成はそれこそ人それぞれだし、家族に対して抱く感情も人それぞれだ。
でも、確かに言えるのは人は必ず家族から生まれ出でるということだ。
俺には姉と妹が居る。
姉は活発で飄々としていて、それでいて容姿端麗な優等生と完璧超人だ。
逆に妹はインドアで家にこもりがちで、恥ずかしがり屋で可愛い奴だ。
そんな間に、男として生まれたからこそ思うところもなきにしもあらずだが、それでも俺は家族が大好きだ。
だからこそ、俺は両親が海外に長期出張に行く際に決意を固めた。
男なのだから、俺がこの家を守らないとと。
姉ちゃんは完璧なようで少し抜けている所があるし、妹は多分俺が居ないと死ぬ気がするので俺がしっかりしないとと。
だからこそ、俺は今大きな苦悩にぶつかっている。
二つの間に板挟みになって、頭を抱えている。
姉の嗜好を尊重してやりたい。
だが、この家から犯罪者を出すわけにはいかない。
そもそも姉の嗜好を知った時点で、ショックを受けるのにその責任感が俺の肩にドンと重くのしかかる。
目の前で広がる光景を信じたくない自分が居た。
「君ぃ~....怪我しちゃったんだぁ....。大丈夫だよ...お姉さんのお家で手当てしちゃおっか?」
「えっ...お、お姉さんのお家....?」
小学生くらいの男の子の頭をなんかメスの表情で撫でている姉ちゃん。
そして顔を赤くする少年。
事案だった。
しかもこれが初犯じゃない。
前の日も、その前の日も別の男の子相手にやっていた。
もはや軽いナンパだ。
俺の姉ちゃんは....信じたくないがショタコンなんだ。
ショタコン。
響きやシチュエーション的にはロリコンとは違って、ショタが羨ましいだとか色々言われてはいるがぶっちゃけ他人事だから思えることである。
身内から見たら、もはやロリコンの女バージョンみたいな者だ。
しかも姉ちゃんは声掛け事案をやっている。
このままいけば地域の回覧板とかで不審者として貼られそうである。
正直、絶対に信じたくない。
あの優秀で親からもこの子は大丈夫と思われていた姉が....。
こんなの親に知られたら...てゆーか葉月には絶対に知らせるわけにはいかない。
姉ちゃんは俺たち家族の家にショタを上げようとしている。
脳裏に声掛けや誘拐が頭を過る。
まずい....このままじゃ絶対にいけない。
近所の人たちにこんなこと知られたらと考えると、身体が震えてしまう。
昨今の世の中は、子供に声をかけるというのはそれだけデリケートな問題になっているのだ。
それこそ、立花さん所の清香ちゃんは幼い子を連れていたわよとか後ろ指を刺されることになるかもしれない。
俺はまぁ百歩譲ってそれでもかまわない。
でも、妹が....明るく輝く将来がある鮮音がどう思うか。
それに、俺が立花家を守ると決めたのだ。
だからこそ、誰一人としてそんな後ろ指を刺させるわけにはいかないのだ。
俺が....俺がなんとか頑張ってリスクマネジメントをしないと....!
しかし...どうやって?
全然思い浮かばない。
姉ちゃんがその場であの男の子を連れて行こうとするのをやめる。
俺の姉ちゃんは一度決めたらそうそうのことが起きない限りやり遂げる人だ。
だからこそ、メールを入れて家にさっさと帰らせたり、他の用事をぶつけてもまったくの無意味だろう。
しかし、ここで何やってんだよ姉ちゃん!!って飛び出すのもどうだ?
そのあとの展開に耐えられる気がしない。
そうなれば、自分がするべきことが決まった。
俺は....俺の家族を、家を守る!!!
「あ....あっ!ね、姉ちゃん!奇遇だなこんなところで!!」
俺は馬鹿に明るい声で、姉ちゃんに挨拶していた。
俺が取った作戦、それは挨拶作戦だ。
不審者相手に対しての挨拶の有効性というのを説かれたのを昔思い出したのだ。
.....自分の姉を不審者呼ばわりは少し...複雑だな。
俺が声をかけると、ビクンと肩を一瞬びくつかせた後に姉ちゃんは張り付けたような笑みを浮かべていた。
「あ、あら....ハル...今帰り?」
「お、おう....帰りだぜ!!」
何を話したらいいか分からなくて、変な返事になっちゃった。
しかし、ここからどうするべきか。
姉ちゃんはめっちゃ目が泳いでる。
姉ちゃん.....。
すると、ふと男の方に目が行く。
男の子は俺の登場に目を丸くしている。
そして、膝には擦りむいたような傷が出来て、血が出来ていた。
そうか....ここでするべきことが分かった気がした。
俺は姉ちゃんばっかり気にしていた。
でも、姉ちゃんはぶっちゃけただの声掛けのわけだし、ここで一番気にしてやらないといけない人は怪我をしたこの子の方じゃないか?
「キミ、怪我したのか....?」
少年は頷く。
「家はここから近い?」
「近いけど....パパもママも仕事で居なくて.....。」
そうか...つまり家に帰したところで手当てしてくれる人も居ないってことか。
正直、膝を擦りむいたくらいなら放っておいてもいい気はするが、そういうわけにもいかなさそうだ。
俺は極力、姉ちゃんを意識から外すことで笑顔を浮かべる。
「それじゃ...兄ちゃんの家に来るか?」
「お兄さんの家に....?」
「いいの....!?」
なぜだか姉ちゃんが驚いていた。
自分の思惑通りに行って、びっくりしているといったところだろうか?
姉ちゃん.....正直、俺悲しいよ。
でも、思い通りになると思うなよ。
俺はこれでも自分にも身内にも厳しいと定評があるんだ....!
「何言ってんだよ姉ちゃん。怪我した小さな子を見逃すわけにはいかないだろ。消毒と絆創膏くらいしかできないけどいいかい?」
「...う、うん。」
「良い子だ。歩くと痛いだろ。ほら、背中。」
俺は彼に対して背中を見せる。
完璧な作戦だ。
俺も一緒に家に行くことで、姉ちゃんが下手な動きが出来なくなるってわけだ!
そして、俺がこの子を背負うことで姉ちゃんと彼の間に俺がクッションとして挟まる。
そうすることで、姉ちゃんがちょっかい掛けることを防ぐことが出来るのだ!!
身内のおねショタなんて見てられるか!俺がおにショタに変えてやんよ!!!
「あ、ありがとう...お兄さん。」
「おっしゃ!お兄さん列車、向かう先は終点お兄さんのお家駅だ!捕まってろよ!!」
ちっちゃい子は大体電車とかそういうの好きだろ。
まぁ受けが悪くても俺は気にしないし、一応おどけて見せる。
すると、腕を小突かれる。
「ちょっと、お姉さんも居るんですけどぉ?」
「...そうだね、分かってるよ。行こうか、姉ちゃん。」
「...うん。やっぱちっちゃい子の相手はアンタの方が得意だよね。鮮音のお世話いつもしてるし。」
「何言ってんだよ。姉ちゃんだって、俺の世話とか昔してくれたろ?」
なんなら居るからこうなってるんだけどね....。
しかし、実際のところ姉ちゃんに甘えていた時期はかなり短かった気がする。
それは、まぁ妹が出来たからで....。
俺が見てないとってなったわけで。
彼を背負うと、ポケットの携帯が鳴動した。
メールが入ったな。
まぁ、あとで見るか。
◇
あれから少し経って、少年を家に連れてきて手当をした。
そして、何事もなく家に帰すことに成功したのだが.....。
「これは中々ヤバいな....。」
その間、そこらの机とかに携帯を置きっぱなしにしていた。
そして見ると、そこには沢山メールや着信が入っていた。
しかも一人の人物から。
その人物が、自分にとっては結構重要な人物であったりするので本日何回目になるかわからない溜息を吐くのだった。
「ハルー、取っておいたシュークリーム食べた?高い奴。」
「分かんない。もしかしたら鮮音が食べたかもしれない。その時は俺がもう自腹はたいてもう一個買ってくるから許してあげて。」
「今から外行くの?」
どうやら、姉ちゃんは俺の言葉を聞いて俺の意図を察したらしい。
「ちょっと先輩に呼ばれててさ。行ってくるよ。」
「そ、出来るだけ早く帰ってくるのよ。それにシュークリームはまぁ無理しなくてもいいから。」
「もういいよとは言わないんだね....。まぁ、善処する。」
もしかしたら売り切れているかもしれないしな。
しかし、あの人....こんな時間に何の用なんだろうか?
なんか碌な用じゃないってことはわかっているんだけど....。
そう思いながらリビングを出ようとするとちょうど扉が開く。
「あっ、兄ぃ...ただいま....!」
そして、俺の目の前に天使が舞い降りた。
クリクリのお目目は物憂げに垂れていて、まつげはもうすごい繊細な感じ。
窓の外を眺めているだけで、深窓の令嬢に見えるほどの儚げな美少女。
もうね、クラスに一人居るか居ないかの美人さんだ。
お兄ちゃんじゃなければ告白してフラれてるくらいだぜ。
そんな妹の素晴らしさを表現するには俺の語彙力が足りておらず、それが口惜しく感じられてやまない。
「今日も...ちゅーがっこ、がんばってきた!...なでて?」
鮮音は俺の顔を上目遣いで見る。
俺は鮮音に笑顔を見せる。
そして、頭を撫でた。
妹が撫でてほしいって言ってるならたとえ腕が折れてても撫でるのが兄貴ってものだろ。
「そうか....お外出るの嫌いなのに、頑張ったなぁ。鮮音は良い子だなぁ。よしよし~わーしゃしゃしゃ!」
「あっ、...もう!くすぐったいよぉ....」
あぁ^~。
妹を撫でているだけで、何か元気になる物質を摂取してる...端的に言ってキマッてく気がする。
やっぱり妹というのは至高だ。
何者にも代えがたい。
少なくとも兄貴にとっては。
「この子...俺の妹なんすよ...。」
「知ってるよ。...てか私の妹でもあるよ。」
姉に向かって、この沸き立つ思いを伝えると呆れた目で見られる。
正直、このまま妹の頭を撫でて一日過ごしたい気分だ。
ただ、このまま妹の素晴らしさに酔ってはいたいのだが人に呼ばれているのだ。
行かないのは後が怖い。
撫でていた手を放して、玄関へと出ようとする。
すると、鮮音は心配そうな表情をする。
「兄ぃ大丈夫?外...行くの?」
表情に疲れが出ていたのだろうか?
妹を心配させるとは....兄として恥ずかしい。
俺は再度、頭を撫でると笑顔を見せる。
「ちょっと人に呼ばれていてな。心配すんな、お兄ちゃんが大丈夫じゃなかったときなんかないだろ?」
「うん....。」
頷く妹を見て、頭から手を放す。
...今日は絶対にシュークリームを買って帰ろう。
鮮音には笑顔で居て欲しいしな。
姉ちゃんも喜ぶっしょ。
それにしたって、姉ちゃんのショタコンもどうするかとかあったな。
妹を前にして忘れてた。
出来ればずっと忘れていたかったが。
まぁ、今は目の前のことだ。
靴を履くと、扉を開いて外に出た。
待ち合わせ場所は公園だ。
メールの文面を眺めながらも、溜息を吐く。
文面,,,,段々と苛烈になって来てんな。
怒ってるんだろうな...行きたくねぇなぁ。
そう思いながら、公園の敷地内に入ると一人の少女がベンチに座って本を読んでいた。
切れ長の目が眼鏡の奥から覗かせる。
こうして見ると、普通に美人なんだよなぁ....。
「...いつまでそうやって案山子の真似事でもしてるのかしら?何か言うことはないの?」
「あっ、ぶ...部長すいません!えーと、言うこと....遅れましたとか?」
いや、呼び出されたから遅れたもクソもない気がするけど。
すると、先輩は視線を上げてこちらに目線を向ける。
めっちゃ睨んでる....。
だから来たくはなかったんだよ....。
「...あなたにそういうの期待した私が馬鹿だったわ。.....私、何回も連絡入れたわよね。電話もしたわね?それはわかってるわね?」
あっ、そういうことか。
文面もでんわでろみたいなことになってたしな。
途中からスタンプ爆撃になってたけど。
「え、えぇ。その件は本当にすみません。で、でも!その時は色々...あの姉が道を踏み外さないようにしたり、子供の手当てしたりで大変だったんですよ!」
「遅刻した学生の言い訳みたいね。まぁいいわ、私もあなたに頼み事があるから読んだからそこは良いとしましょう。えぇ、私は慈悲深いので許してやるとしましょうか。」
「めっちゃ許すっていうの出してくるじゃないすか。....それで、頼み事とは?」
俺が聞くと、彼女は読んでいた本を傍らの鞄に仕舞うと足を組む。
「私、これでも乗馬を嗜んでいるのよ。」
「へぇ、まぁ似合いそうっすね。」
なんとなく先輩が馬に乗っている姿が頭に浮かんだ。
画になると思う。
「えぇ、私でもそう思うわ。それで、今無性に馬に乗りたくなったの。」
「はぁ....そうっすか。」
無性に馬に乗りたくなるっていうのはよく分からないが、無性にマウンテンバイクに乗りたくなるのと同じだろうか。
馬上で感じる風とかが好きなのかな?
....先輩の場合は生き物を乗りこなすのが好きだからとかの方がしっくりくるが。
「それで?それが俺への頼みと何が関係あるんすか?乗馬場に連れてけとか?」
詳しくは知らないが、乗馬場とか多分この町から遠くの場所だろう。
こんな日が沈みかけの夕焼けで、そんな遠出なんかしたくない。
それに笹木のシュークリームを出来れば買いたいのだ。
すると、先輩が呆れたように肩をすくめた。
「こんな遅い時間にそんなわけないでしょ....まったく。」
「いや、別にそれは俺もわかってるんすけど....。」
「私が言いたいのは、貴方...今から私の馬になりなさい。」
「え、すみません。それはちょっとわかんないです。」
馬になれ....?
それはアッシー君的なアレか?
いや、この話の流れではもしかしてマジで馬になれって言ってるの?
え、この人正気??
いやまさかぁ~、いくらなんでもそれはないでしょ~。
先輩は呆れた様子で溜息を吐いた。
「はぁ~、なんで分からないの。今から、貴方は私を背中に乗せて四足歩行で畜生のように歩いて私を楽しませなさいと言っているのよ。」
「大丈夫ですか?自分が言っていること分かってますか?ちなみに俺は貴方が分からなくなりました。」
何を思ってそんな思考に至ったのか全然分からない。
俺の先輩大丈夫かな....こんな言動だから学校に敵も多いし、疲れてるのだろうか。
「今から乗馬場に行くのは非現実的だわ。それなら誰かに乗るしかないじゃない。」
「そんなことないと思いますけど...。」
「しかし、私は乗るとしたらある程度信頼できる相手じゃないと乗りたくないわ。その中で一番適している人間と考えると貴方が思い浮かんだのよ。」
この人、俺の話無視したな。
しかし、乗ると考えると俺が思い浮かぶとかなんか複雑な気分だ。
彼女の目には俺が乗り物にでも見えているのだろうか?
「一応聞きますけど、なんで俺の顔が思い浮かんだんですか?」
「貴方、前に妹との生活のすばらしさを早口で語っていたでしょう?めっちゃキモイ奴。」
「キモくないです。兄貴なら普通です。」
兄貴であれば妹の話になれば早口になるものだろ。
この人は兄弟も姉妹も居ないからそういうの分からないんだろうな。
そう考えると、可哀想な人だなぁ。
「その時に妹にお馬さんごっこしていたのでしょう?であれば、慣れたものでしょう。」
「そういうことですか。それじゃ、俺はその妹と姉の為に笹木屋のシュークリームを買いに行きますので。」
妹であるのならまだしも、他人相手にお馬さんごっこをするつもりはない。
それは兄貴としての矜持だった。
「あら、お姉さんと妹さんの分もシュークリームを買いに行くの?でも、もう売り切れているわ。」
「なんでわかるんすか。」
俺が尋ねると、先輩は鞄の横に置いていた紙袋の中身を取り出す。
それは箱。
笹のロゴが付いている。
これは....!!
「だって私が最後だったもの。3つあるわ。」
「そんな....。」
残酷な現実だった。
ごめんな...鮮音、そして姉ちゃん。
打ちのめされる俺。
そんな俺を見て、先輩は目を細めていた。
「欲しい?欲しいかしら?」
「そりゃ、欲しいっすけど....さすがに先輩が金出して買った物をよこせとは....。」
「馬になるならくれてやるわ。」
「う~~~~~~.....。」
そう言われると迷ってしまう。
兄貴の矜持が揺れてしまう。
いや、しかし出来ればと言っていたし....
でもこのシュークリームを買ってくれば確実に鮮音は笑顔になる。
妹の笑顔の為に全力を尽くすのは兄貴としての義務じゃないか?
でも......。
「そうよね....新聞の部長なのに記事の内容でパパラッチと忌み嫌われて生徒会に目を付けられている私だもん。後輩が言うこと聞いてくれるわけないわよね....。厚意でシュークリームをただお馬さんごっこすればやると言っても信じられないわよね....。はぁ...辛いわ。」
先輩は顔を俯かせる。
うぐぅぅ...そんな顔されると弱い。
妹のお世話に姉の教育で女の人にそんな顔されると弱いのだ。
それに、事実ここで俺がお馬さんごっこすれば全て丸く収まる話だろう。
「や、やります!だから顔を上げてくださいよ、そもそも最近は生徒会の人も新聞部に対してそこまで目を光らせてないじゃないですか!そんな風に言う人たちもいづれ居なくなりますよ!絶対!!」
「そう?まっ、そんなことはどうでもいいけど。それじゃ、四つん這いになりなさい。」
この人、実は全然傷ついてなかったな...!
こっちがこうすれば断れないと分かってやったのだろう。
やっぱり先輩は卑怯な人だ。
まぁ、そういう人っていうのはわかっていたし、今更それで腹を立てたりはしないのだが。
「わかりました。...ちゃんとシュークリームはくださいよ。2つ。」
「あら、3個全部じゃなくていいの?それじゃ姉妹の分だけじゃない。」
「先輩が金出して買った物だから先輩の口に入らないとおかしいじゃないですか。俺は家族が喜んでくれれば別に良いですし.....。」
「へぇ....。」
俺は袖を上げるとちゃんと四つん這いになる。
これは、あとでズボンをはたく必要があるな。
「どうぞ。」
「じゃあ乗るわね。....中々の安定感ね。私は軽いけど、妹さん乗せた時よりかは重いでしょう。」
「先輩は軽いですよ。羽みたいです。」
「気を遣ったわね。」
バレてる....!?
正直、下手なこと言うと何を言われるか分かったものではないから気を付けたのだが。
でも実際、乗っかっても重みは感じるが耐えられないほどではなかった。
まぁ、今まで幾度となく妹を載せてきた歴戦の背中だ。
年季が違うといった物だろう。
先輩はそのことに関して追求する気はないらしく、俺のお尻をペシぺシと叩いてくる。
進めということか。
ちゃんと言葉で言ってほしいが....。
「へぇ...良い乗り心地よ。馬の才能があるわね。」
「喜んだらいいか分からないけど、どうも。」
「もっと早くできるかしら?」
無茶を言いなさる。
下は地面だよ?
しかし、一度馬になったからにはやりきらないとなんか言われそうだ。
俺は出来る限り早く四足歩行する。
「実際には劣るけど、生き物に乗っているって感じがするわね。どうどう!進みなさい桜人号!!!」
「へんな名前つけないでください。」
「そうだ、鳴いてみなさいよ。馬はこうやれば鳴くわ。」
そう言って先輩が制服を引っ張る。
無茶苦茶でしょ。
「な、鳴くってどういうことっすか?馬ってなんて鳴くんですか?」
「そんなの自分で考えなさいよ。ちなみに舐めた鳴き方だったら頭髪をむしるわ。」
「なんでそんなひどいことするんですか!?」
この年でハゲになってしまう。
しかし、馬ってなんて鳴くんだ?
うま~んとか?
....いや、それは絶対にないな。
確実に髪の毛をむしられる。
う~~~!!とかか?
ただの唸り声だしなぁ....。
待てよ、馬って確かヒヒ~ンって鳴いてなかったか?
そうだよ、ヒヒ~ンだよ!
馬の鳴き声とか日頃あんまり考えたことなかったから思い出せなかったよ!!
そもそも馬の鳴き声を考えることがほとんどないよ。
「ひ、ヒヒ~ン!!ヒヒ~~~ン!!!」
どうだ....。
先輩は目を閉じて、黙っている。
沈黙が流れる。
まずったか....?
そう思っていると、先輩は腕を伸ばして頭に手を載せる。
ダメか....!
ごめんよ髪の毛、今生の別れだ...。
覚悟を決めて、今まで共に歩んできた髪の毛に別れを告げる。
しかし、先輩はそのまま俺の頭を撫でた。
え....?
「まぁ、及第点ね。それじゃ、そのまま進みなさい。」
「ひ、ヒヒ~ンっ!!!」
よかったぁ~!
髪の毛が守られたことを悟って、安堵の息を吐く。
「駄馬....貴方、最近何か悩んでいることとか...あるのかしら?」
「えっ、いきなりなんですか?」
すると、頭上から降りかかる声の声色が変わる。
顔を上げると、先輩はこちらを珍しく心配そうに眺めていた。
「別に、何もないですよ。強いて言うなら先輩の無茶ぶりとかに日頃から晒されているからじゃないですか?」
悩んでいること...姉ちゃんの性癖問題か。
なんで、分かったのだろう
なんとか誤魔化すと、先輩は眉根を顰めた。
「馬鹿言わないで。無茶は貴方が入部した時からやってるわ。それで困っているときの貴方の顔なんか見呆れているのよ。最近はなんか....何か遠くを見て、物思いに更けているでしょう?目の前に私が居るのに、私を見ないなんて生意気なのよ。言いなさい。」
どうやら、誤魔化しは効かないようだ。
先輩は俺の事をよく見ている。
しかし、これは身内のデリケートな問題だ。
あまり、外には言いたくない。
しかし、少し吐露したいと思うのも事実だ。
大変な秘密を知ると、一人で抱えるには苦しいから。
「...身内のことなんです。先輩は、身内にショタコンが居て声掛けしてたら、どう思いますか?」
「...地獄ね。」
「そうです。だから、あまり他人にも話したくないんですよ。...あの、これは誰にも言わないで下さいよ。あの、マジで...これ言ったら先輩のこと一生恨みますから。」
ついぽろっと言っちゃったが、俺は先輩にそう念を押す。
すると、先輩は溜息を吐く。
「言わないわ。少なくとも可愛い後輩が秘密にしていることを他所様に吹聴するほど人でなしじゃないもの。...ただ、覚えていなさい。私は貴方の上よ。だから使いっ走りがボッーとしているのはむかつく。だから、話くらいはいつでも聞いてあげるわ。」
言い方は悪いが、先輩なりに俺の事を気遣っているということが伝わってくる。
俺は、そんな先輩に笑顔で礼を言った。
「....先輩、ありがとうございます。もし、話せるときが来たら...話しますから。」
「...駄馬が何人間の言葉話しているのよ。鳴いてなさい。」
「ヒヒ~ン!!」
先輩がペシリと尻を叩いてくる。
多分、先輩の照れ隠しだ。
俺は先輩に言われるままに、鳴く。
そして、また歩き始めると先輩は不意にベンチの方を指さす。
寄せろってことか?
ちゃんと言葉で言ってほしいが....このままだと本当に馬になってしまうんだが!
示されるままに、ベンチに寄せると先輩はシュークリームの入った紙袋に手を伸ばす。
「せんぱヒヒ~ン?」
「中途半端なのはやめなさい。貴方に二つあげるのだから先に一個食べておこうと思ったのよ。」
なんだ、そういうことか。
しかし、確かに中途半端に鳴いたせいでキッズアニメに出そうな語尾になってた。
これはよくないな、うんよくない。
先輩はシュークリームを取り出す。
なんか悪いな...。
先輩も家でゆっくり食べたかっただろうに、気を遣わせてしまった。
すると、先輩はシュークリームを半分割って俺の口元まで運ぶ。
「ひ、ヒヒ~ン?」
「今だけは日本語を話すことを許可するわ。」
「えっと....これはどういう.....?」
先輩は口元に微笑を浮かべる。
「まぁ?ここにこんな時間に呼び出してお馬さんごっこしてるわけだし?お礼くらいはしてやっても良いって思ったのよ。ほら餌の時間よ、この駄馬が。」
そのままシュークリームを突き付けてくる。
どうやら馬に与える餌という体で俺にもシュークリームを食べさせてくれるようだ。
口が悪くて、言うこと為すこと滅茶苦茶だけどこういうところがあるから俺は先輩が嫌いになれないのだろう。
「ありがとうございます....こ、これなんか食べさせてもらってるからしょうがないっすけど、なんか恥ずかしいっすね。」
「あら?馬がなに人間みたいなこと言っているのかしら?駄馬は主人に餌を与えられたら鼻を鳴らしながら食べるだけよ。黙りなさい。」
「....ブルル....はむっ。」
やっぱこの人滅茶苦茶だ。
俺は先輩の言う通り、鼻を鳴らしてシュークリームを貪る。
流石は笹木屋のシュークリームだ。
外はカリカリで中身はトロトロだ。
先輩はそんな俺を満足げに見下ろしながら、もう片方の手でシュークリームを口に運ぶ。
しかし、四つん這いで歩くのは割と久しぶりだから腰が痛くなってきたな。
まぁ、でももう終わりだろうし大丈夫かな?
「...食べ終わったわね。だったら終わりにあと一周公園回りなさい。」
「ひ、ヒヒ~ン!?」
これで終わるほど甘くはないか。
まったくこの人は....まったくもう...。
そう思いながらも、どこか先輩の心遣いを嬉しく思う自分も居たのだった。
「ただいま~!」
傍らに姉ちゃんと鮮音の分のシュークリームを携えて玄関のドアが開ける。
なんか静かだな....。
出かけたのか?
そう思って、リビングを開ける。
すると、鮮音がソファにチョコンと座っている。
なんか小動物みたいで可愛いな。
座っているだけで可愛いとか可愛さインフレしてるだろ.....俺の妹の可愛さで地球がヤバいわ。
かぐや姫の生まれ変わりか?
しかし、おかしいな。
鮮音は俺が帰ってきたらいつも迎えてくれていたが....。
いや、鮮音も年頃だ。
悲しいけど、いつまでも兄貴にべったりと言うわけもないか。
今は来てないけど、いずれは反抗期も訪れるかもしれない。
...嫌だなぁ...耐えられないな。
「鮮音、ただいま。」
「....おかえり、ハル兄。」
どこか声に元気がない気がする。
どうしたんだ?
まさか....俺が居ない間に何かあったのか?
姉ちゃんと喧嘩したとか....。
「鮮音、ほら!姉ちゃんに頼まれてたんだけどシュークリーム。食べていいぞ。今から紅茶を入れるから姉ちゃんを....。」
「いい!!」
「鮮音....?」
鮮音は声を荒げる。
本当にどうしたんだ....?
心配だな.....。
鮮音は目が合うと、一瞬気まずそうに眼を伏せた後に立ち上がる。
「わ...私、お腹空いてない....だから、いらない!」
「あっ!どうしたんだよ....鮮音.....。」
手を伸ばすも、鮮音はそのままリビングを出て階段を上っていく。
何かやったか....?
いや、俺が妹を悲しませるようなことやったのなら覚えているはずだ。
なら、やっぱり何かあったのか....?
考え込んでいると、キッチンの方から姉ちゃんが出てくる。
ちょうどいい。
「姉ちゃん、鮮音どうしたの?姉ちゃんと喧嘩した?」
「あー、違うよ。まぁよく分からないけどたぶん大丈夫よ。うん、大丈夫。」
「大丈夫って....心配だな...。」
姉ちゃんはそういう心の機微とか鈍いからなぁ。
もしかして、学校で何かあったのか?
どこか煮え切らない姉の様子を見て、そう決心した。
◇
「今から、姉妹会議を始め...ます!」
「わー!」
「わ、わー?」
鮮音を中心に、彼女の姉である清香と一人の女性がテラス席のテーブルに付いていた。
分かり切ったかのような姉妹と対照的に戸惑った様子の女性。
そして、鮮音は口火を切った。
「今回の議題は、兄ぃの性癖となります!!」
「おー!」
「えっと清香....?私、なんで呼ばれたの?」
ローテンションで手を叩く清香に、そう尋ねる女性。
すると、清香は彼女の目を見て答える。
「こういうのって第三者が居たほうがまとまるのよ。ほら、議題が議題だから私たち冷静さを失うかもしれないし....てわけで美琴、頼んだわよ。」
「えぇ...あんたらの弟の性癖の話なんか聞かされてもなんだけど。なんなら聞きたくないんですケド。」
顔をしかめる女性。
しかし、そんな彼女のことなど眼中にないようで鮮音は携帯を取り出した。
「これは我が家の一大事です。看過するわけには...いかない。」
「っていうけどさぁ、具体的にどうなのかはまだ聞いていないんだよねぇ....。」
「いや、もはやアンタの弟クンの性癖?の話ってことは分かってるんでしょ?」
「普通、私の妹はハルの性癖とか笑顔で話しそうなのに、この剣幕だから。」
「普通....?」
姉妹との間に価値観の相違を感じ取って首を捻る美琴。
すると、鮮音は目を閉じて息を吐くと続きを話す。
「そうだった...。直球で言うね....。兄ぃが...眼鏡女に誑かされてクソ雑魚マゾワンちゃんになってた。」
「プッ...フフフフ、アッハハハハ!えぇ、うそぉ?それはないでしょ。だってアイツ、妹モノとかそこら辺の少女モノでしかやらないじゃん。一番えぐい奴でもロリモノの首絞め孕ませでシコっているような奴だよ?」
「えっ!?なにそれは....。てかなんでアンタ知ってるのよ!!?そんで知っててなんでそんな笑って言えるの!?」
深刻な様子で言い出す鮮音の言葉に噴き出す清香。
しかし、そんな清香の言葉に美琴は困惑しながらも思わず聞き返す。
それもそのはず、友人の弟のディープな性癖を聞いてしまっているのだから無理もない。
しかし、対照的に清香の返事は軽い物だった。
「そりゃ弟のパソコン見たもの。なんか科目のテスト対策とかそこだけ真面目っぽいファイルで怪しかったから。それに、言うて私も人の事言えた人間じゃないしねぇ~。いうてあの子二次だし、実際に声をかけている私より全然マシだし。」
「そうだったわ、あんたちっちゃい男の子が好きだもんね!!!忘れてたわアンタの異常性!!」
吐き捨てるように言う美琴。
すると、鮮音は返答する。
「それは...私も兄のパソコン見たりしたから知ってる。妹モノでやってるのは恥ずかしいけど....でも、兄が私のこと好きって感じるから良い...。」
「あのさ、弟くん可哀想じゃない?わざわざ見られないように真面目な名前のファイルにしてたんでしょう?あと、それって本当に良いの....?」
あったこともない弟に憐れみを抱くも、鮮音の言葉に首を捻る美琴。
すると、そんな鮮音に対して清香は言葉を掛ける。
「さすがに、可愛い妹の言葉でも信じられないかなぁ~。それこそ証拠がないと....。」
「証拠ならここにある。」
そう言うと、鮮音は携帯を弄って机の上に置く。
そこには眼鏡のロングヘア―の少女を載せた二人の男兄弟が笑顔を浮かべている画像が映っていた。
清香はその画像を見ると、唖然とした表情で呟く。
「えっ...マジじゃん....。」
「...この前、シュークリームを買って帰ってきた時に裏でこんなことしてた....。公園で兄が馬乗りになられて嬉しそうにしてる...私にも見せたことのない笑顔をしてるのっ!!」
「うわぁ...マジでこれ...えぇ.....。これ、制服アイツの学校の奴だし黒じゃん....。」
(....これ、私どういう顔して見ればいいんだろう.....?)
鮮音は普段とは打って変わって悲痛に叫び、清香はげんなりしている。
そんな二人を他所に、見ず知らずの少年の痴態を見せられて反応に困る美琴。
そして、鮮音は席に座ってゆっくりと言葉を続ける。
「おかしいと思ってたの....。高校入学から段々とそういうフォルダの内容を眼鏡先輩系がどんどんと数を増やし始めてたし、部活の先輩の話とかしてたし....お兄の中の私の居場所がどんどん浸食されてるよぉ~...。」
「マゾって....はぁ.....我が弟ながらどうして.....。」
「...いや、ショタコンよりもマシじゃない?なんなら妹萌えとかよりも健全になって来てない弟クン?」
落胆する彼女たちの言葉を聞いて、ふと寧ろまともになってきているのではないかと思う美琴。
しかし、最早美琴の声は二人には届いていない。
「あのままどこの馬の骨とも知らない眼鏡に良いようにされるなんて耐えられない!!兄ぃを元の妹萌えに戻さないと!!」
「ちなみに以前は姉モノも一割あったはずよ。まぁ、なんにせよこのままじゃいけないでしょうね。」
「えっ、逆にこのままの方がよくない?あの...ねぇ聞いてる?あの...無視されると私なんでここに居るのか分からなくなるんだけど...。」
すると、美琴に鮮音が答える。
「私、兄ぃと結婚するのが夢なんです。友達も話したら禁断の恋って応援してくれているんですよ?」
「今日初めて会った子だからあんまり強くは言えないけど、禁断って言葉の意味を調べなおした方がいいよ鮮音ちゃん。」
「?...はい.....。」
美琴がそう言うと、鮮音は素直にスマホで禁断の意味を調べていた。
そんな彼女から視線を外して、今度は清香に声をかける。
「ていうか、妹ちゃんがなんで戻したがっているのかはまだ分かるけど清香はなんでそんな感じなの?なに、弟がマゾだと嫌なの?」
「いや、マゾなのは別に良いの。でもね....幼い頃から見てきた私の弟がこんな年下の小娘の尻に敷かれているのがなんかすごい嫌なの。なんで私が幼い男の子が好きなのか...話してなかったわね。」
「知りたくもないんだけど....。」
若干引いた表情をするも、清香は話すのをやめない。
「私が小さな男の子が好きになってしまった理由....それは、幼い頃の弟の影響なの。後ろからついてきたり、お姉ちゃん大好きって可愛かった。でもね...年月は残酷で妹が居るから成長するにつれてあの子は私に甘えることが少なくなったし、段々と男臭く、可愛いから精悍な顔立ちに変わっていった。あれから私は遠い昔のあの子の面影を追い求めているのよ.....。そんな弟が高校生になっているとはいえ、私より年下の女の子にこんな風に乗っかられて笑っているなんてなんか嫌じゃない?」
「小姑じみたことを....よくわかんないけど拗らせているってことは分かったよ。はぁ....なんで私ここに来たんだろう....。」
早口で話し始める清香の言葉を聞いて、げんなりした様子で頬杖を突いた。
そして、鮮音は清香に視線を向ける。
「出来るか分からないけど...なんとか兄の嗜好を戻せないかって思うんだけど....お姉ちゃん、協力してくれる?」
心配そうな目で姉を上目遣いで見る鮮音。
そんな彼女に対して清香は笑いかける。
「何言ってるの?家族の事なんだから当然でしょ?大丈夫よ....高校男子一人の性癖を変えるくらい、私たち二人なら訳ないわ。それに誰よりもあの子と一緒に居るんだから。」
「そう...だよね!うん、きっとそうだよ!!私も、頑張るよ!!」
鮮音は目を輝かせて、姉の手を取る。
そんな彼女の頭を清香は優しく撫で始めた。
(なにこれ帰りてぇ....、弟クンもなんかあれだけど、絶対にこの二人おかしいよなぁ....。)
手を取り合う二人を呆れた様子で見つめる美琴。
目の前の二人との決定的な価値観の違いを感じながらも、それを指摘することなく力なく財布を取り出すのだった。
先輩「なんか馬っぽくねえなぁ?お前、鳴いてみろよ。」
桜人「ヒヒ^~ン、ヒヒ^~~ン」
妹「なんだこれは、兄の性癖壊れてるじゃないか!!(憤怒)」