登場人物は木崎梨火、女子高生です。
イラッシャーセー
「あ~涼し~」
火照った体をコンビニのクーラーが一気に冷やす。
いつもなら寒すぎる店内だが、外の猛暑を鑑みれば当然の設定温度だと思った。
まあ、今は暑いからそう思っただけで、次来るときは「クーラー利かせすぎだろふざけんな」とか思うんだろうけど。
Tシャツの中のじめじめした空気を少しでも逃がそうと、シャツを摘まんでパタパタしながらジュース売場に向かう。
ところで、この入口から最短ルートで飲み物売場に向かおうとするといやらしい本が視界に入ってくるという商品配置はなんなんだろう。
嫌がらせかな?
一体あの場で何人の純粋な少年少女が目を背ける羽目になっているのだろう。
お酒を買いにくる人を捕まえるには最適の配置だとは思うけど、もう少し私達みたいな学生にも気を使ってほしい。
このコンビニ学校からすごい近いんだから、学生の客も多いだろうし。
これだから大人は嫌われるんだよ。
まあいいや。カフェオレ買おう。
「マ~マ~、かって!かって!」
「ダメよ、昨日食べたでしょ?」
「きょうも、たべたいのー!」
ほう、あの坊主、駄々をこねているのか。
今時珍しいな。
「かって!かって!ゴディ○のチョコかって!」
わお、舌が肥えてんな。
「あれはいつも食べるものじゃないの。」
「ママ、まいにち、たべてるじゃん!」
「えっ、どうして…」
「ぼくしってるもん!ママ、ぼくがとれないところに、かくしてるんでしょ!」
「…あれは、大人のチョコなの。子供が毎日食べるのは駄目なのよ。」
「ずるい!ママばっかりずるい!ぼくもたべたい!」
「駄目なものは駄目なのよ。」
あらら~、お母さん災難だね~。
あのまま放って置いてもいいんだけど…
助けてあげようかな。
「どうも、こんにちは」
「え?」
母親は困惑した顔でこちらを見る。
誰だこいつ、私は今忙しいんだ、ほっといてくれとでも言いたげだ。
母親の耳元に口を近づけ、声を潜めて言う。
「いえ、なに、あなたが困っているようにお見受けしたので、お助けしようかと思い話しかけさせていただいた次第に御座います。良ければ私に、この場を収めさせてはいただけませんか?」
母親の困惑していた顔が、不審者を見るそれに変わる。
何かしらのフォローを入れなければ、彼女は私の通う高校の先生に、苦情の電話を入れるだろう。
だからフォローをする。
私は囁き続ける。
「実は私、その子と同じぐらいの歳弟がおりまして、こういった状況における正しい対処の方法は心得ているので御座います。ですから、ここは是非、私に任せていただけないでしょうか。」
母親の目が、私を怪しむものから、困惑しつつも少しの安心を得たかのようなそれに変わる。
「えっと、じゃあ、お願いしても良いかしら。」
よし。
「ええ勿論で御座います。」
私は母親の耳元から顔を離し、少年の方に向き直る。
少年は突然現れた私を見て、著しく困惑しているようだ。
「やあ少年、どうもこんにちは。私の名前は木崎梨火、近くの高校に通う女子高生で御座います。」
「こ、こんにちは」
少年は律儀にも挨拶を返してくれた。
やはり見立て通り、このマセガキは多少知恵や礼儀作法を心得ているものと見える。
「突然ですが問題です!あなたのお母さんは、何故あなたにチョコを分けてくれないのでしょうか?」
「ぼくにいじわるしてるんだよ!おねえちゃんからも、ママにいってよ!」
「うーーーーん、残念ながら不正解。少しヒントをあげましょう。あなたのお母さんが毎日食べているゴデ〇バのチョコレート、あれは実はかなりお高い。一般市民の大半は、毎日食べるなんて真似はしません。にも拘らず、あなたのお母さんは、毎日ゴ〇ィバのチョコを食べている。果たしてそれは何故でしょう?」
「〇ディバのチョコはおいしいんだよ!だからママは独り占めしようとしてるんだ!」
「う~ん少し安直ですね。答えには確実に近づいています。もう一つヒントをあげましょう。お母さん、一つ質問を良いですか?」
突然話を振られた母親は、少しおどおどしながらも
「え、ええ、いいですよ」
と答えてくれた。
「お母さん、あなたの仕事は何ですか?」
「えっと、看護師をしています。」
「ほう!看護師とは素晴らしい!人命を救う仕事にございますね。それでは次に少年!」
「な、なに?」
「あなたの仕事は何ですか?」
「ぼく、はたらいてないよ」
「その通り。あなたのお母さんは働いていますが、あなたは働いておりません。あなたがチョコを分けてもらえない理由はそこにあります。」
「へ?」
少年は何も理解していない顔をしている。そりゃそうだ。まだ駄々をこねることに抵抗を覚えないようなガキが労働と報酬の話を容易に理解することができないのは私にもわかっている。
「要は、あなたのお母さんにとって、ゴディ〇は“ご褒美”であるということですよ。」
「ごほうび?」
「ご褒美がご褒美たる所以は、『それが自分以外には与えられない待遇である』という点にあります。」
「ゆえん?たいぐう?ぼくわかんない。」
「では、たとえ話で説明しましょう。あなたに兄弟はいますか?」
「おにいちゃんがいるよ。」
「では、あなたが頑張っておもちゃを片付けたとします。」
「うん」
「あなたが頑張っている間、そのおもちゃで一緒に遊んだあなたのお兄さんは特に手伝うでもなく、ソファでグダグダしていました。」
「えー」
「そしてあなたが頑張って片づけを終えた折、お母さんがいいます。『お疲れ様、ご褒美にアイスがあるから食べていいわよ』」
「やったー!」
この坊主、割とノリがいいな。
「そして更にお母さんは言います『お兄ちゃんも、アイス食べていいからね』」
「えっ」
「さあ今あなたはどう思いましたか!?」
「ずるい!」
「そう、その通り!このようにご褒美というものは報酬として“特別に”与えられるものなのです。わかりましたか?」
「うん、わかった!」
「それでは話を戻します。あなたのお母さんが働いたご褒美として毎日食べているゴ〇ィバのチョコレート、それを働いていないあなたも食べた場合、お母さんはどう思うでしょう?」
「…ずるい?」
「そうかもしれませんね。」
「…」
少年は考え込むような顔をしている。
もう私の助けはいらないだろう。
「それでは、私はこれで。」
「あ、はい、ありがとうございました。」
母親に頭を下げられた。
う~ん、実は彼女にも言っておいた方がいいことがあるけど、まあいいか。
母親ならば、この程度のことには気付いてもらいたいし。
「はい、では失礼します。」
コンビニを出て家に向かって歩き出す。
アリガトウゴザイヤシター
お粗末様でした。