夕方、三月の西日が穏やかに照らす放課後の校舎裏、一人の少年が本を読んでいた。
かなりページがぼろぼろになっているその本の表紙には、「勇気」と明朝体で刻まれていた。
本を読む少年の前に、大柄な少年が現れた。
大柄な少年は右手に紙切れを持っている。
「おい、これ、どういうことだ。」
大柄な少年が本を読む少年に呼びかける。
大柄な少年は「放課後校舎裏に来い」と書かれたメモを、本を読む少年に突き出している。
本を読む少年は本を閉じ、大柄な少年と視線を合わせた。
「実は、君に聞きたいことがあってさ。」
読書家の少年はそう言った。
「なんだ?」
大柄な少年が促す。
読書家の少年は呼吸を一つ入れ、
「虐めって、楽しい?」
と、言い放った。
大柄な少年の眉がピクリと動く。
「は?何言ってんだ?俺がイジメしてた証拠なんてねえだろ。」
大柄な少年は余裕そうにそう返した。
「おっと失礼、じゃあ質問を変えるね。虐めって、虐めてる側と虐められてる側、どっちに問題があるんだと思う?」
「知るわけねえだろ。まあ、場合によるんじゃねえか?」
「じゃあ、今回の、僕たちのクラスで起こった虐めについては、どっちが悪いと思う?」
「知らねえよ。」
「僕は知ってるかどうかを聞いてるんじゃない。どう思うかを聞いてるんだ。」
「うるせえな、用がねえなら帰ってもいいか?」
「どうして問いから逃げるの?自分に非があると認めたくないの?」
「るっせえんだよ!!」
大柄な少年は、読書家の少年を突き飛ばした。
読書家の少年は地面に座り込んだ。
「…」
「…」
二人の間を静寂が流れる。
先に口を開いたのは、読書家の少年だった。
「…否定されるのは…嫌いかい?」
「あ?知るか。」
「自分の好き嫌いを知らない人間はいない。」
「俺は知らないね。こういう人間だっているだろ?」
「知らない人間はいない。隠す人間がいるだけだ。そして隠す人間は、いつも否定されるのを恐れてる。」
「俺がビビりだって言いてえのか?」
「自分の情報を晒すということには、何かからの応答が伴う。その応答には、肯定もあれば否定もある。否定されたくなければ、自分の情報を発信しなければいい。だから自分の事を言わない人間は否定されたくない人間なんだ。でも、僕はそれをビビりだとは一切思わない。それもまた個性だと思うから。」
「うるせえ!黙れ!」
大柄な少年の罵倒に対して、読書家の少年は不思議そうに首を傾げた。
「君は肯定すら嫌うのかい?まあいいや。一つ言いたいことがあってさ。」
読書家の少年は地面から立ち上がり、大柄な少年に詰め寄る。
「否定されたくないし、肯定されたくない君だけど、どうして他人の事はあんな簡単に否定するの?」
「…あ?」
「バカ、アホ、ボケ、カス、チビ、デブ、バイキン、ノロマ。君が日常的に使ってるこの言葉はさ、相手を滅茶苦茶否定する言葉だよね。」
「…それはお前の意見だろ。」
「じゃあ君はどう思う?この言葉は相手を肯定する言葉なのかな?じゃあ僕が君に言っても問題は無いんだね?」
「そうは言ってねえだろ!!」
「じゃあどっちなのさ。」
「うるせえ!」
大柄な少年は読書家の少年に掴みかかり、押し倒した。ゴフッという音と共に、読書家の少年の口から吐息が漏れる。
「ハハ…全く…なんか、こう、他の答え方は無いのかな。」
「…」
「六年間、君と同じ学校で生活して来てさ…君達みたいな存在は、案外必要なものかもしれないって、思うようになったんだよね。」
「…」
大柄な少年は、読書家の少年の上に馬乗りになり、沈默を貫いている。
「『インデペンデンスデイ』っていう映画、知ってる?
「地球に攻めて来た宇宙人を、全世界が協力してやっつけるって話なんだけどさ、僕これを見て面白いことに気がついたんだよね。
「宇宙人のいない時は、身内でドンパチやってた地球人民は、宇宙人という共通の敵を前にして、一致団結するんだよ。
「それまでは敵対して、互いに殺意を抱いていたような国も、歴史的背景から、お互いを批判し合ってた国も、差別を受け続けた国家も、みーんな、宇宙人を倒すために、手を取り合うの。
「だからさ、まあ何が言いたいかっていうと、『団結には共通の敵が必要だ』ってこと。
「僕たちの学年は、六年間、ずっと君の圧政の元にあった。
「だから僕たちの中には常に、君に従わなければならない、みたいな共通の認識があった。
「その認識の元に、僕らはいつも団結していた。
「だからね、僕にとって、虐めは、多少なりとも必要な悪なんだ。
「そこで気になったんだよ、これについて、虐めをしている本人はどう考えているんだろうって。
「だからもう一度聞くね。
「虐めって、楽しいの?
大柄な少年は、歯ぎしりを一つして、右手を固く握りしめ、読書家の少年の顔を殴った。
そして立ち上がり、その場を立ち去った。
振り返ることは無かった。
「…彼は、中学に入っても、虐めを続けるのかな。」
校門の傍の桜の木の満開になった花を、吹き抜ける風が引きちぎる。
お粗末様でした