狼さんは穏便に余生を過ごしたい 作:獣人って良いよね
「自由になりたくないか?」
今にも崩れそうな天井、割れた壁の隙間から雪混じりの冷たい風が吹き込む牢獄で鎧を着た男がボロ布を纏った小さな狼族の少女に手を差し出す。
「……ん」
少女は少し考えた後、男の手を取った。
それが、少女のはじまりだった。
◇
「──さん、お嬢さん」
「……ん」
ガタゴトと揺れる馬車の中、荷物に背を預けて眠っていたフードを被った女性が目を覚ます。
「もうすぐ町に着くよ」
「……そうですか、ありがとうございます」
目を擦りながらお礼を言う女性。すると、馬車の手綱を握っている男は首を横に振った。
「いやいや、この程度の事でお礼なんて要りませんよ! むしろ、お礼を言うのはこっちですよ! あの時、お嬢さんに助けてもらわなかったら、生きて町にたどり着けませんでしたから」
この男は旅の商人であり、町から町への移動中に魔物に襲われ、護衛が全滅していたところを女性に助けられた。そして、たまたま行き先が同じだったこともあり、男は女性を馬車に乗せていたのだ。
「それにしてもお嬢さん。あんなに強いってことはどこかの騎士団に所属しているのかい? それとも、腕利きの冒険者だったり?」
男の問いに女性は少し考えた後、答えた。
「……まぁ、そうですね。似たようなものです」
「あぁ、やっぱりそうなのか! なら納得だ!」
男は膝を叩いて、そう言った。
やがて、馬車は町の門の側までやって来た。
アルヴァンス王国の町の一つ、アールファ。アルヴァンス王国の元王都であるが、遷都した今も王国最大の町として栄えている町。
元王都ということもあり、アールファの町には名残として巨大で頑丈な壁が町を囲んでいる。
町を出入りするためには壁に備え付けられた4ヶ所の門の内のどれかを通らなければならない。
「止まれ! 町に来た目的を答えろ!」
門の衛兵が場所を止め、規則通りに問いただす。
「私は旅商人です。商売を終えたので町に戻って来ました」
「旅商人? ……護衛の姿が見えないが?」
本来なら、10人程連れている護衛の姿が見当たらないことに衛兵は首をかしげた。
「ああ、実はここへ戻る道中で魔物に襲われまして、護衛が全滅してしまったのです……」
「それは、災難だったな……しかし、よく無事で戻ってこられたな」
「はい、本当にもうダメかと思いましたよ。でも、このお嬢さんに助けてもらいまして」
男がそう言った時、女性が馬車から降りて、衛兵の前に姿を表した。
黒い外套に身を包み、肩に背負うほどの少ない荷物と布に包まれた細長いものを持った女性。
170センチ程の身長の自分より小柄な女性の姿を見て衛兵は本当に彼女が商人を魔物から守ったのか疑問に思った。
「本当に君が商人を助けたのか?」
「はい、そうです」
衛兵は女性に近づくとフードに隠れた女性の顔を覗き込んだ。
鋼のような銀色の髪に海のような青い瞳。女性のその整った顔つきに衛兵は思わず見とれた。
「……何か?」
「綺麗だ……」
「え?」
衛兵の様子に女性は首をかしげながら声をかけると衛兵は思わずといった感じに小さく呟いた。その呟きは商人には聞こえなかったが女性には聞こえていた。その後、ハッとしたように顔をあげ、衛兵は女性から離れた。
「あ、いや……すまない! ……ゴホン、ところでその荷物はなんだ?」
気まずくなった衛兵は女性の荷物に話題を変えた。
女性は手に持っている布に包まれた物を一瞥した後、衛兵を見て言った。
「大事な物です。私はこれをこの町の教会に届けるために来ました」
「教会? 君は教会の関係者なのか?」
「……私は関係ありませんが、私にこれを教会に渡すよう頼んだ人が教会の関係者でした」
「そうなのか……分かった。……見たところ危険なものとは思えないし、大丈夫そうだな。よし、通って良いぞ」
衛兵は道を開けた。
女性と商人は歩き始め、町の門をくぐる。
「あ、そうだ。君、なんて名前なんだ?」
女性が衛兵の側を通りすぎようとした時、衛兵は女性の名を聞いた。
女性は立ち止まり、振り向いて言った。
「ペルーシャと言います」
「ペルーシャか……良い名前だな」
「ありがとうございます。……では」
ペルーシャは少し頭を下げ、また歩き始めた。
「私はアレクと申します」
「あんたのは聞いてない」
名乗ってきた商人に邪魔だと言わんばかりにしっしっと手で払う仕草をしながら衛兵は言った。
◇
門をくぐった後、商人と別れたペルーシャは町の北側の地域にある教会を訪れていた。
(大きい……)
白い壁の立派な教会。
おそらく、城を除けばこの町で一番巨大であろう建造物。おかげで町の地形に詳しくないペルーシャでも難なく教会にたどり着くことができた。
そんな教会の前に立ち、ペルーシャが見上げていると声をかけるものが現れた。
「こんにちは。教会に何かご用ですか?」
声がした方を向くとそこには修道服に身を包んだシスターがいた。
「エバルス司教に会いに来ました。司教様は居られますか?」
「エバルス司教様ですか……おられますが、何故お会いになるか聞いても?」
シスターはペルーシャに理由を尋ねた。
「司教様にお渡ししたいものがあるのです」
そう言ってペルーシャは布に包まれた物をシスターに見せた。
「……分かりました。応接室にご案内しますのでついてきてください」
シスターは布に包まれた物を見た後、少し考えそう言った。ペルーシャは頷いて了承するとシスターに案内に従い、応接室に向かった。
応接室に通されたペルーシャはシスターに司教を呼びにいくので待っていてほしいと言われ、椅子に座って待っていた。
すると、応接室の扉が開き法衣に身を包んだ白い髭を生やした老人が入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。司教のエバルスです」
「いえ、お忙しい中対応していただきありがとうございます。ペルーシャといいます」
椅子から立ち上がりエバルスに頭を下げながらペルーシャは言った。
そして、ペルーシャとエバルスは椅子に座り対面する。
「私に渡したいものがあると聞きましたが何でしょうか?」
「コレです」
ペルーシャは机の上に布に包んだ物を置くと包んでいた布を広げた。
中からは一本の剣が出て来た。
その剣を見た瞬間、エバルスは目を見開いた。
「ペルーシャさん。あなたはこれをどこで……?」
顔をあげ、ペルーシャを見ながらエバルスは聞いた。
「……私は小さい頃、とある男に拾われてずっとその男と旅をしていました。この剣はその男に教会に返すようにと、渡されたものです」
「その男は今、どこに……?」
ペルーシャは悲しげな表情で言った。
「亡くなりました。魔王軍との戦いで負った傷が原因で……」
「そう、ですか……」
二人の間に重苦しい雰囲気が漂う。
「すみません。私がもっと早くあの人の元に行けたならこんなことにはならなかったのに……」
「……頭を上げてください。ペルーシャさん、あなたは何も悪くありません。魔王軍との戦いは常に死と隣り合わせでどんなに強いと言われた人も簡単には死ぬと聞きます。遅かれ早かれ彼は……勇者様は亡くなられていたでしょう」
「ありがとう、ございます……」
エバルスの心遣いにペルーシャは頭を下げた。
ペルーシャが持ってきた物は勇者だけが使用することができる剣《聖剣》だった。
魔界より人間界を侵略せんとする魔王軍から人類を護るためには勇者の力は必須。そして、その勇者を何億と存在する人間から選定するには《聖剣》が必要である。
よって、魔王軍との戦いで瀕死に追い込まれた勇者は共に旅をしていたペルーシャに《聖剣》を託し、教会に返すように頼んだのだ。
その後、《聖剣》は無事にエバルスの手で教会の金庫に厳重に保管され、ペルーシャはホッと肩を落とした。
「そういえば、ペルーシャさん」
「はい、何でしょう?」
「ずっと気になっていたのですが何故フードを脱がないのですか?」
「ああ……その事ですか。それはですね──」
ペルーシャはフード脱いだ。すると彼女の銀色の頭に立っている《獣人》特有の耳が露になる。
「ほう……ペルーシャさん。あなたは獣人だったのですね」
エバルスはペルーシャが《獣人》だと思っていなかった為、驚いたように言った。
「黙っていてすみません。あまり騒ぎを起こしたくなかったものですから」
獣と人。両方の側面を持つ存在《獣人》。その存在は古来より確認されてはいたものの数が少ないのか、人前に出ないようにしているのか、こうして出会うことはほとんど無いといっていい。
もし、ペルーシャが《獣人》特徴である耳や尻尾を隠さず町へ入っていたら町は大混乱していただろう。
「なるほど、そういうことでしたか。ならば、宿を探すのも一苦労でしょう。よろしければ空いている部屋を使ってもらって構いませんよ?」
ペルーシャの苦労を察したエバルスはペルーシャに提案した。
「いいのですか?」
「ええ、もちろんです。我らブレイヴス教は困っている者を見捨てはしません。それにあなたには無事《聖剣》を届けてくれた恩がありますのでお返ししたいのです」
「そうですか、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらいます」
ペルーシャはエバルスに頭を下げた後、エバルスが呼んだシスターに部屋へ案内してもらうのだった。
◇
「ふぅ……」
案内された部屋に入ったペルーシャは外套と衣服を脱いでシャツ一枚だけになるとベッドに寝転んで一息ついた。
(これから、どうしようか……)
天井を見ながらこれからのことを考える。
ペルーシャは勇者と旅をしている間いつも勇者の言うとおりにしてきた。しかし、いつも何をすべきか教えてくれた勇者はもういない。
彼が最後に託した《聖剣》も遺言通り教会に返すことができた。よって、ペルーシャはするべきことを見いだせなかった。
(そういえば、もう一つ……言われたような)
ペルーシャは勇者が死に際にもう一つ遺言を残していたことを思い出した。
『いいか……ペルーシャ。もうお前を導いてやることは俺には出来ない。だから、お前はお前のしたいことをこれから先すればいい……誰に言われたとか、誰かのためにとか、関係なしに……自由にな……』
この遺言を最後に勇者は息を引き取った。
(私のしたいこと……)
自分のしたいこととは何かペルーシャは思案する。
今までのように人助け?
いや、違う。これはあの人の真似だ。
いくら考えても
そこで発想を変えて、やりたくないことを考え始めた。
するとすぐに思い浮かんだ。
(戦いは、もういいかな……)
元々、ペルーシャはあまり戦いというか、何かを傷つける事があまり好きではなかった。
勇者と一緒にいた頃は拾ってくれた勇者に恩返ししたいと思い、勇者の戦いを手伝っていたがもうその必要はない。
(決めた。残りの人生を穏便に過ごそう)
そう決意した。ペルーシャは長旅の疲れが出たのかすぐに眠りについた。