七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第1話~ルネ~

 入学式前の歓迎パレードでトロールが暴れたようだ。

 ルネ=サリヴァーンは学校から与えられた工房内でそれを知った。自身の代わりに式典に参加させていた自動人形(オートマトン)の視界から得た情報である。

 

 しかし彼は動かなかった。

 昨年の異界からの渡りに関する報告書を読み終えると、紙の束を整えて机の端に置いて一息つく。その表情は嬉しそうだった。

 

 ルネが落ち着いており他人事なのはトロールについて既に対処がなされているからだ。

 といっても学校側が何かしたわけではない。新入生側で勝手にトロールを気絶させたのである。

 まさにキンバリー生、入学初日にそんな素晴らしい行動をするだなんて。まだ見ぬ同級生達の働きは実に好ましいものだとルネは思っていた。

 

「素晴らしいですね」

 

 称賛の言葉が口から出る。

 それにトロールは新入生が簡単に制圧できる魔法生物ではない。骨、筋肉、皮膚の強靭さはどれも一年生の魔法では傷つけることすら難しいのだ。が、それを成し遂げた。

 

 ある意味ここキンバリー魔法学校らしいというべきか。武闘派の魔法使いを多数輩出し、巷で異端狩り(グノーシスハンター)養成学校などと揶揄されるだけのことはある。

 事実、卒業後の進路として異端狩り(グノーシスハンター)の道を進む学生は多かった。

 

 彼らが先輩の例に倣ってそうなるかは分からない。ただトロールの倒し方としては一般的ではなかったかもしれないが。

 

「ふふ。しかしトロールを殴って気絶させるとは。無茶をしますね」

 

 どうやって新入生がトロールを気絶させたのかを思い出し、ルネは笑みを浮かべた。

 

 まさか杖剣で頭を殴打するだなんて。

 あれが最善策であったのか、より他の方法はなかったのかということは思い浮かばず、ただ彼らがトロールを倒したという事実のみにルネは関心があった。

 

 どんな人達なのだろうか。そんな好奇心が刺激されたが、思考を巡らせる前にスケジュールを思い出した。

 

「おや、そろそろですか」

 

 時間を確認すると、自身も新入生であるルネは入学式に出席するために支度を始める。椅子から降りると鏡の前へと向かった。

 

 足元はふかふかの絨毯が敷かれ、実に広々としている。何のストレスもなくルネは部屋を歩いていた。

 

 この高級感ある書斎のような部屋は彼の城の入り口だ。工房のドアを開けばまずここに入る。

 そして工房は見取り図には描けないほど広い。

 

 もちろん最初からそうだったわけではない。当然のように魔法使いとしてルネは工房に手を加えていた。

 元々与えられていた工房もそれなりに広いものだったが、今ルネがいる場所は一見するとそれよりもずっと広く見える。

 

 窓から見えるのは夜明けの空だ。

 しかし今の時間は既に夜明けを終えた八時過ぎである。しかも景色を見ると学校からの眺めとは全く違う草原や森林地帯が広がっていた。

 部屋が広がっているのも、窓から見える光景が実際の校舎からの眺めと違っているのも理由がある。彼の城がありのままの現実のものではないからだ。

 

 ここは彼の魔法が現実を塗りつぶすように広がった特別な場所。この世界の記憶を保存する偉大なる城塞にて、ルネ=サリヴァーンの記憶や知識の保管庫でもある。

 

 絶界詠唱(グランドアリア)黎明城(カスットゥルム アウローラ)」とルネはこれを名付けていた。

 

 与えられた工房にルネはこの魔法を展開し、どこよりも居心地が良い場所へと造り替えたのだ。

 椅子の背にかけていた赤い裏地のローブを杖なし詠唱なしの魔法で手元に引き寄せ、袖を通す。同時に鏡の前に到着し、そこに映った自分を見つめながら普段から全く崩さない身なりを改めて整える。

 

 ルネ=サリヴァーン。

 

 その容姿は文字通りの美少年だ。やや小柄な身長と愛らしい顔、先をリボンで結んだ長い金髪は美少女のようであるが紛れもなくルネは男である。

 性別が変わる魔法使いの特異体質では今のところない。そう言われることも多いが。

 

 このような美しさに似合った中性的な格好をしているのは、彼自身の嗜好というよりはルネを溺愛する養母の趣味だ。

 屋敷ではもっと可愛らしい服装やかつらなどを各種取り揃えていたのを彼は思い出した。それらを嬉々として自分に着せてくる養母の姿も目に浮かんだ。

 

 ふふ、と小さく笑みを口元に見せた。

 

 哀れな没落貴族の令嬢に手を出す高利貸し、商人、より上位の貴族。物語に出てくるそんな人物達とやっていることは似通っているかもしれない。

 もっともやっていることが似ているだけで、ルネ自身はそういった変態達と養母は全く違うと思っていたが。

 自身を普通人の家庭から見出した師であり、魔法的才能を発揮させてくれた恩人でもある彼女のためにルネも嫌がることなく外見に気を遣っている。

 

 今も何ら問題はない。鏡に映った美しい自分の姿を見て、手早く服装などを確認し終えた。杖も杖剣もベルトに吊り下げてある。

 

 荷解きと言いつつ工房で暇を潰すのも終わりだ。彼の有り余る才能ゆえにパレードの欠席は許されたが入学式そのものは出なければならない。

 そう口頭で注意されたわけではないが、見た目がそっくりで意識も同調することができるとはいえ、自動人形(オートマトン)を参加させると後から何を言われるか分かったものではない。

 

「クリスタ、行ってきます」

「くええ」

「ふふ、ちゃんと起きたらごはんをあげますね。では」

 

 止まり木の上でうつらうつらと眠りこけている使い魔の不死鳥。彼女に声をかけたルネは、寝ぼけた使い魔の間の抜けた応答の鳴き声を背に颯爽と工房を後にした。

 

 ルネは自動人形(オートマトン)からの視界を確認しつつ、新入生とは思えない大胆さで廊下の真ん中を歩く。

 校舎内の工房が並ぶ区画は独特な静けさに包まれていた。全ての工房が魔法で守られているからである。中からの音を外に出さないし、逆も同じだ。

 

 魔法で作った無音はここが一般の生徒達の居場所ではないことを教えてくれる。

 この区画で工房を持つことはキンバリー生の中でもある種の特権だ。成績優秀者や優れた実績、才能や能力の持ち主しか許されない。

 

 そしてその大抵は最上級生もしくは限りなく近い上級生に与えられるものである。

 しかしルネは入学した年に学校から正式な工房を与えられていた。歴史あるキンバリー魔法学校でも滅多にない偉業だ。

 

 そんなルネでもパレードで何が起こったのか詳細を知らない。

 もう少し精度の高い状態で自動人形(オートマトン)を出しておけば良かったと彼は後悔していた。

 彼は街道沿いに咲く婦花(ダリア)のお喋りが好きではなく、また手を出せない魔法生物の行進をぼーっと眺めることに関心もなかった。

 故に本体に情報を伝える機能を制限した状態で自動人形(オートマトン)を動かしていたのだ。端から見たら美少年がただただ歩いているように見えていたことだろう。

 

 たいしてやることもない荷解きを理由に、校内に用意してもらった工房に一足早く入る許可を貰えた時はつまらない行事に顔を出さずに済むと嬉しかったが、まさか入学早々──正確にいうとまだ式を終えてすらいないが──起こったトラブルに対して何もできなかっただなんて。

 本来なら自身が率先して解決すべきとルネは思っているため同級生達に無理をさせたことを悔いていた。

 

 しかしトロールに立ち向かった同級生達がどうやって対処したのかは目に入った。ルネそっくりの魔法の人形の前にいた同級生達は慌てふためいて来た道を戻るか、急いで校舎に逃げ込んだからである。

 

 新入生達が肉食獣を前にした草食動物のように走り出したことで人混みは消え、列の最後尾にぽつんと立っていた自動人形(オートマトン)からでもトロールに立ち向かった少年少女の姿はよく見えたのだ。

 

 改めて入学早々トロール退治を成し遂げた同級生の姿を自動人形(オートマトン)越しに捉え、ルネは笑みを浮かべた。

 

 いかにして彼らが頑丈な亜人種を倒したか。

 まさか三人分の起風呪文を束ね、そこに警笛呪文を駆使して竜の鳴き声を再現するとは。

 特徴のない容貌の黒髪の男子学生の器用さを素直に心の中で称賛した。

 

 そして、あのサムライ少女の一撃だ。

 こちらは黒髪の同級生とは違い、溢れんばかりの才能による一閃だった。

 天敵の存在を誤認し硬直したトロールの膝、肩を足場に頭上に飛び上がり、その硬い脳天に全体重と魔力を乗せた刃を叩きつけたのである。脳を揺らされ、トロールは気を失った。

 

 器用さの欠片もないが、その魔力量は黒髪の同級生のものとは桁が違う。生まれ持った才能を全開に活かした斬撃である。

 魔力循環の力強さは彼女の動きで分かった。動きが鈍ったとはいえ身の丈十フィートの巨躯の頭上を越える跳躍、そして硬い頭蓋を揺らす一撃。どれも弱い魔力の魔法使いではなせない業だ。

 

 魔力循環の効率の良さは彼女の髪を見れば分かる。器用な黒髪の男子学生と同じ色の髪はトロールに挑む際には透き通った白に変わっていた。

 いわゆる無垢の純白(イノセントカラー)である。強い魔力を効率よく使うことができる魔法使いの中でも、特に際立った魔法使いに見られる特異な体質だ。

 

 わざわざ遠い日の国(ヤマツ)から入学が許可されたサムライ少女なだけはある。ここ大英魔法国(イエルグランド)から帆船で正確な航路を寄り道せず通ったとしても、サリヴァーン一族が運営する大陸横断鉄道を使ったとしても一週間はかかる距離だ。故郷がそこまで遠い学生はこれまでそうそういなかったのではないだろうか。

 

 ちなみにこの少女が日の国(ヤマツ)出身のサムライ少女であるとルネが思ったのは完全な見た目による判断である。

 身に着けているのは彼女がルネの養母Ms.(ミズ)サリヴァーンと同じ仮装趣味(コスプレ好き)でなければ連合(ユニオン)ではまず見られない和服だった。大英魔法国(イエルグランド)より遥か遠く東の土地東方(エイジア)の更に東端に位置する島国日の国(ヤマツ)の衣装だ。

 

 かつてあの服を着させられたルネは一般的な大英魔法国(イエルグランド)の人種よりも東方(エイジア)の国々については詳しかった。

 Ms.(ミズ)サリヴァーンは異国の衣装の知識を正確に揃え、その通りにルネを着飾って振る舞わせるのが好きだったため彼も異国の衣服に関して知識が深まってしまったのである。

 

 その経験から赤と白を基調とした少女の服装は日の国(ヤマツ)の祝い事の際に着るものであると推測した。

 赤は日の国(ヤマツ)では生命力や魔除けを意味し、白は純粋であることを意味する。この二つを合わせた紅白(こうはく)という色彩の考え方はこれから良いことがあるようにと祈る祝いの色であるらしい。

 一方で生と死を象徴する色の組み合わせということで人の一生を表す色彩の考え方というのもある。

 

 Ms.(ミズ)サリヴァーンの仮装趣味(コスプレ好き)はルネに着せるために始まったために歴史の長いものではなく知識には不正確なものも多いが、伝統とは固まった定義によるものが絶対であるとは限らないということでもあるのだろう。

 異国の衣装の資料を見て何とかその意味を理解しようとする義母の姿をルネはよく見たものだった。

 

 そしてサムライ──かの国における騎士のようなもの──であると思ったのは腰に差した刀だ。ルネが鞘に収めている杖剣とはまた違った武器である。真っすぐではなく反りのある片刃の剣だ。

 

 しかしルネの知識と彼女には相違もあった。日の国(ヤマツ)では女性は刀を持たなかったはずなのだ。だとすると女性のサムライはかなり珍しいように思えた。

 

 義母はよく女ものの服を着せてきたので、それらと比べるとサムライ少女の服は男物のような気がする。

 ただ完全な男物ではない。彼女によく似合っている女性らしさも見える服だ。

 伝統的な衣服をそのまま着ているというよりは、彼女という特別な立ち位置の女性のための特注品なのかもしれない。

 

 珍しいが故に特異な才能を持った少女。それがこのサムライ少女である。

 器用なことは認めるが、特別強い魔力を持っているわけではない黒髪の同級生とは対極の存在だ。

 

 この二人以外には三人の同級生がトロールに立ち向かった。

 一人は金髪の立て巻きの髪からかのマクファーレン一族の出だと分かる。褐色肌で自身の同級生となるとミシェーラ=マクファーレンだろう。

 

 マクファーレンはサリヴァーン一族と同じくらいに古い名門一族だ。

 しかしルネは彼女と面識はない。四歳、五歳の頃からミネルヴァ=サリヴァーンによって普通人の家庭から引き取られ、恐るべき過保護で育てられたために社交界などには一切顔を出したことがないからだ。

 

 家格などを考えると義理の息子とはいえ当然知り合っているべき相手なのだが。義母は他の魔法使い一族にルネを見せることを嫌っていた。特に相手がルネの噂を聞きつけて縁談を申し込んできそうだと特にである。

 

 自動人形(オートマトン)を通しての初対面となるが、噂話に聞いている通りの優秀そうな少女だった。一年生の中では規格外の優秀さだろう。

 

 会話する様子を眺めていると性格も旧家の魔法使いに似合わず傲慢そうではない。

 こちらも噂通りだった。能力面でも人格面でも優れた彼女が女主人となればマクファーレンも安泰だろう。

 

 残った二人についてはミシェーラ=マクファーレンほどの情報はない。容姿などから推測するしかない。

 短髪で長身の少年は一般的な魔法使いの一族の出身という感じである。少なくともルネが知るほどの名門の出ではなさそうだ。

 他の魔法族の出身者と比べると筋肉質な見た目だが、戦いのための体ではない。

 労働のための体である。日焼けした肌と体つきを見ると鉱山を営む魔法一族ではなく農業を営む魔法一族の出身者だろう。魔法漁業の一族ではないと思う。彼らはもっと色黒か赤く焼けた肌だからだ。

 

 残った一人の小柄な少年については長身の少年よりも断言できる。普通人出身の魔法使いだ。しかも彼が一族初の魔法使いであると分かる。

 ちょっと前まで読んでいたであろう本が彼の鞄の上に置いてあった。普通人出身の魔法使いに向けて書かれた魔法の参考書だ。

 アルフレッド=ヴェルナー著『非魔法家庭出身者向け魔道入門書』である。

 

 長ったらしい上に意味が分からない比喩やらたとえ話、小話は余計だが魔法の初歩的なことがよく書かれている。入学前に一族から魔法の教育を受けた名家の出身者でも一読の価値はあるものだ。

 初心者向けの本だけではない。どこか周囲と馴染んでいない様子から魔法文化に馴染みのない生活を今までしてきたのだろう。それがよく分かる。

 

 ルネにも心当たりがあった。十年前は実の両親から離れて暮らすだけでなく、また溺愛してくる義母の異質さだけでなく、魔法についても戸惑いしかなかったからだ。

 

 しかし見れば見るほど異質な集まりだ。器用な魔法族の少年、日の国(ヤマツ)のサムライ少女、名家の令嬢、魔法農家の少年、非魔法族出身の少年。

 似たような家柄で集団を形成しやすい魔法族にしてみると風変わりな集まりだ。トロールに立ち向かっただけで後は解散という様子も見えない。

 ルネは新入生ながらトロールに立ち向かう風変わりな彼らに興味を持った。

 

 それにあのトロールにも関心がある。

 キンバリー魔法学校の魔法生物は全てあのバネッサ=オールディスの監督下にあるのだ。その恐ろしさはどんな魔法生物も身に染みているはず。

 その環境下で暴走するとは──。

 

 ルネはトロールの動きを思い出し、自動人形(オートマトン)を振り返らせて入学式のために開かれた校門を眺めた。

 

 ふーむ。

 

 頭の中でそう呟いて思考を巡らしていると、ふとトロール以外の魔法生物の鳴き声が聞こえた。

 パレードの中に騒ぎに興奮した魔法生物が何頭かいるらしい。近くに上級生や教員がいない魔法生物も猛っていた。

 放っておけば第二の暴走騒ぎになるかもしれない。

 そう考えると自動人形(オートマトン)へ沈めていた意識を顕在させ、校庭のルネ=サリヴァーンは杖を抜いた。

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