七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第12話~医務室にて~

「何が起きたのか説明させてください」

 

 ルネは言った。

 

「この世界の全ての生命体が持つ霊体はそれぞれの肉体や魂と密接に繋がっています。いわゆる三位一体のことですね。この言葉が意味するのは三つは一つであるということであり、それはすなわちこのどれかに適切な影響を与えることができれば、他の二つにも影響を与えることができるということです。私は研究によって霊体を意のままに操る術を学びました。その技術を用い、霊体を入り口として肉体へ様々な変化を促すことが可能となったのです。

 物質的である肉体のみをこねくり回しても変化や治癒の結果には限度がありますが、霊体は肉体と比べると非物質的でとても柔軟性がありますからね。これらの知識と技術の積み重ねが先ほどの成虫から幼虫への変化と死者蘇生なのです」

 

 愛おしそうに「よしよし」と腕に抱えた魔法蚕の頭を撫でながらルネはバネッサにそう語った。

 

「魔法生物学は死者蘇生を主軸に置いた分野ってわけじゃないけどな──お前、本当にどこまで行ってるんだよ?」

 

 ぼさぼさと頭を掻きながら半ば呆れたようにバネッサはそう言う。ルネはにこにこしながら答えた。

 

「まだまだ途中であることは事実でしょう。現に私の死者蘇生は申告通り完全なものではありません」

「完全でない? ほーん、どれどれ」

 

 ルネから魔法蚕の幼虫を受け取り、バネッサはその様子をしっかり観察した。

 傷の一つもないその体はついさっき自分が焼いて踏み潰した個体であるそうだ。

 しかしそんな気配は微塵も感じないし、甘えた鳴き声を出す魔法蚕からもそんな雰囲気はない。

 

「問題ないように見えるがな」

「欠陥は魂魄にあります」

 

 ルネは困り顔のバネッサに答えを提示した。更に楽しそうに解説を続けていく。

 

「肉体も、霊体も生前そのものだというのに魂魄に変異が見られるのです。詳細に言えば魂魄の中にある個体の性格が変わっています。人懐っこくなるように作られている魔法蚕ではそれらは分かりにくいのですが、言葉の通じる人間や亜人種でやるととても分かりやすいです。

 例えばエドワード=グリッテンという悪人の例を出しましょうか。彼は非常に気性が荒かった魔法使いの罪人なのですが、処刑後に蘇らせてみたらなんと非常に大人しく紳士的な人物に変わっていたのです。彼が生前に得た知識や経験などは一切の欠けがなく、それこそ死の瞬間の記憶もありましたが、どうしてか性格だけが変わっていました。もちろん脱走のための演技ではありません。

 この性格の変質は他の事例でも全て見られました。悪人が善人のような性格に変わっただけでなく、逆もあり、最初は私がしくじったのかと思っていたのですが、神の目(トラルファマドール)による解析でどうやら蘇生の際に横槍が入っていることに気がついたのです」

 

 大人しいルネの目が爛々と輝く。興奮によって魔力が昂ぶり、それが瞳の輝きを増しているのだ。

 

「そう、死を受け入れぬ私の仕事に感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)が発生したのです。本来なら完璧に魂魄すら蘇るはずの私の技術をこの世界の性質は許さなかった。ゆえに蘇生の際に魂魄に影響を与え変質させ、エドワード=グリッテンを別人のようにすることでこの世界の性質を曲げないように現実を整えたのです。

 素晴らしい。このことからどうやらこの世界の性質というのは個人の特定を肉体だけではなく魂魄における個体の性格──人間性と私は呼んでいるのですが──そこで見分けているようです。

 これは重要な発見です。神霊や神獣に魂魄を感じ取る能力があるのも、彼らにとって個体を特定するのが外見だけでなく魂魄における人間性の差異であったと考えれば納得でしょう。

 しかし神の目(トラルファマドール)を用いてもはっきりと魂魄を解析することはできません。この技術をまだ私も完全に使いこなせていないのも理由の一つなのですが、魂魄は肉体と霊体に完全に融合しているために独立して観測することがとても難しいのです。肉体は肉体として現実にありますし、霊体も魔力流などから観測することは可能なのですが、魂魄はこれらに完全に溶け込んでいるためにはっきりと全体像を掴めないのです」

「あーあー、分かった分かったから。近い近い」

 

 興奮した様子で顔を寄せながら説明を続けるルネにバネッサはその小顔を押しのけた。柔らかい頬を両手で挟み、ぐいーっと押すが、ルネは口が伸びながらも話を続ける。

 

「ふぬー。でしゅので私は現(じゃい)、魂魄の観測(かんしょく)に関して研究を(しゅしゅ)めております。進捗はなかなか捗りましぇんが、研究を(しゅしゅ)めることで、いじゅれ私は完全な死者(しょ)生を成し遂げるでしょう。何(じぇ)なら感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)(じぇ)対に破れぬ鉄壁ではないからでしゅ。例えば──」

 

 バネッサに頬を掴まれたルネの隣に、もう一人のルネが現れた。

 

「お前ッ!? な、何やって」

 

 更にバネッサはぎょっとした。

 ルネそっくりの自動人形(オートマトン)が突如現れたのではない。

 彼がやったのは存在率の分割による分身の作成だ。自分という存在の割合を薄め、その分だけ自分の複製を作り出す魔法である。

 しかし、もう一人の同じ存在を作り出す技はこの世界の性質に合わぬもの。ルネ=サリヴァーンは一人のみで良い。

 もしルールを破るのなら、修正のために世界の性質は魔法使いの技に理不尽に介入してくる。こうした介入を魔法使い達は感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)と呼んでいた。

 

 ルネが見せた技術『もう一人の自分(ドッペルゲンガー)』の場合は、具体的には二人のルネを合流させて一人に戻すことを指す。

 言葉だけなら何のこともないが、合流させる力は桁外れのものとなり、二人を合体させるどころか一つの領地を吹き飛ばすほどの余波を作り出すのだ。

 爆発の中心地にいるバネッサは流石に顔を青褪めさせたが、しかし二人のルネはいつまで経っても二人のままだった。

 バネッサが手を離したことで自由になったルネはもう一人のルネと全く同じタイミングで話す。

 

「「感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)の代表格である『もう一人の自分(ドッペルゲンガー)』も使いこなせば、このように反応を起こすことなく維持をすることができるのです。そのためには深く魔法について研究し、世の法則や性質を説得し、躾け、自分にとって都合良く働かせる術を学ぶ必要があるのですが──少し聞き取りづらいですね」」

 

 バネッサに摘ままれていた方のルネは増やした自分を己の中に戻し、一人になると話を続ける。

 その様子は普段の落ち着いた感じからはかけ離れた熱意と興奮に満ちたものだった。

 

「そもそも私達の力はかつてこの世界にいた神から簒奪したものなのです。神とはこの世界そのものでした。その力を持つ私達にとっては世界の法則を曲げることだって成せないことでは決してありません。いずれ私は確実に魂魄を完全に理解し、感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)を起こさぬほどそれを操る術を得るでしょう。そうして私は一つの目標に到達するのです」

 

 それは何だ、と問われる前にルネはわくわくした様子で言った。青い瞳に宇宙を宿し、きらきらとそれを輝かせながら夢を語る。

 

「肉体、霊体、魂魄を完全に理解した上で私は不老不死へと至るのです。自身を完全な状態で保ったまま永遠の命を得るのですよ」

 

 

 

 ルネに再度機会を与えられた新入生達はそれを活かすことがあまりできなかった。

 失敗のたびにルネが戻してくれたものの、その絶技に呆然として作業に集中できなかったからである。

 ガイとナナオに至ってはルネが七回も魔法蚕を蘇らせたのに九頭の失敗を改善することなく授業を終えた。

 

 魔法生物学の授業の後は魔法史の授業だ。

 しかし授業後、ルネとカティの姿は歴史の授業が行われる教室ではなく医務室にある。ルネの技術で完璧に治ったカティの手であるが彼は本職に見せることを欠かさない。

 カティはベッドで横になり、校医ヒセラ=ゾンネフェルトの診察を受けていた。優れた魔法医である彼女は傷跡すら残らないカティの右手をじっと見つめている。

 ヒセラは元々の魔法医としての才能以外にも多彩な実践経験を積んでいる。

 ここキンバリーでは生徒同士の戦闘は当たり前であるし、研究の失敗で運び込まれてくる生徒も数多い。切れた手足から呪いに侵された体まで多くを治療してきた実績がある。

 キンバリー魔法学校の医務室は野戦病院といっても過言ではない。最先端の魔法を実践する魔法使い達の野戦病院なのである。

 

 カティが横になっているベッドの隣では毒で呻く三年生の姿があった。調合に失敗し、炸裂した魔法薬が自分にかかってしまったそうだ。

 そんな姿に比べるとカティは実に落ち着いていた。

 

「……この前、来た時も思ったけどよォ、オメェ本当に怪我したのか? 診察結果を伝えると問題なしだぞ」

「はい。魔法生物学の授業で魔法蚕に噛まれまして」

 

 ヒセラはカティの手を離し、ため息交じりにそう尋ねる。カティは素直にそう答えた。 

 

「この間は魔法で走らされて足を捻ったとかで来たな。そン時も思ったが、はっきり言ってあの時も今もあたしには怪我があるかどうかも分からん。魔法蚕ってのは失敗した時の魔法蚕のことだろ。あの牙に噛まれたンならそうとう深い傷跡が残るはずだが、それすら見当たらなねェ」

 

 じっとヒセラはルネを見た。

 

「オメェが治癒したんだろ。この前もそうだったしな。念のために診せに来てくれるのは良いンだが、こう見事な治癒を見せつけられると嫌味にも思えるぜ。じゃあこれで診察終了だ。次の授業は?」

「魔法史ですね」

「そうか、ならもうしばらくここにいても構わねェぜ」

 

 ルネにそう言うとヒセラは毒で苦しむ生徒の方へと行く。「ベッドがあるからって変なことするなよー」と言い残して。

 その言葉にカティは顔を真っ赤にしたが、ルネは小首を傾げて先ほどヒセラが腰かけていた椅子に座った。椅子を少し動かして、カティに近づく。

 

「さて、ではお話をしましょうか」

「……え、あ。うん。なあに?」 

 

 カティはどぎまぎしていた。ここにはベッドがあって、周囲は白い布で仕切られている。密室みたいなものだ。

 ちなみに布はただの白い仕切りではなく魔法がかかっているもので本当に音を防ぐ。なのでルネとカティは二人きりの部屋にいるようなものだった。

 そこで驚くほどの美少年と向かい合っている。改めてカティはルネを見て、本当に美少年であると再認識した。

 きらきらとした青い瞳に透き通る白い肌、流れるように輝く金髪。美少年という言葉を体現する存在だ。

 

「……私の顔に何かついていますか?」

 

 ルネはカティのじろじろ自分を見る視線が流石に気になったようだ。サイドテーブルの上にある鏡をちらりと見て顔を確認するが何もなかったのでそう尋ねた。

 

「え!? あ! べ、別に何でもないよ!?」

 

 カティは知らずにまじまじと見つめていたことに気づき、ぶんぶんと頭を横に振って否定する。ルネは「そうですか」と言って話を進めた。

 

「では、まず感想を聞きましょうか。魔法生物学の授業を受けていかがでした?」

 

 早速本題に入ってきたルネに難しい気持ちをカティは抱いたが、こほんと咳払いをすると正直に話す。

 

「──気持ちがついていかないっていうのが本音」

「ふむ。オールディス先生曰く『資源として魔法生物を扱う』と。この態度が間違っていると思われたのでしょうか?」

 

 カティはふるふると頭を横に振った。

 

「ううん。間違っているというか気持ちがついていかないの。何かを犠牲にして生きているのは私も同じ。私だって肉や魚を食べるもの。犠牲なしで生きろと言われれば色々と息苦しさも出てくるだろうし、発展がなくなってしまうのも分かるわ──でも納得いかないの。魔法使いにとって魔法生物は資源でしかない。だから消費しても良い。そんな考えには、とても」 

 

 ぎゅっと白いダウンケットを握る手の力が強まる。ルネはその強張りを見つめながら言った。

 

「オールディス先生の態度は極端ではありますがあの方に固有のものではありません。基本的には人権派以外の魔法使いがほぼああいった態度と考えて良いでしょう。

 現にMr.(ミスター)グリーンウッドも、Ms.(ミズ)マクファーレンも、Mr.(ミスター)ホーンも君のように悩まずに魔法蚕を燃やしましたし、もっと言えば普通人出身のMr.(ミスター)レストンも彼らと同じように黒い繭を燃やしました。彼ら全員の態度にも納得がいっていないのでしょうか」

 

 返答はなかったが、沈黙が答えだった。カティは罪悪感に負けたのか俯いて話し出す。

 

「やっぱり私って変だよね。でも私はそういう風に育ったの。家にはたくさんの動物が互いを傷つけることなく過ごしてて──本当に良い場所だった。私のパパとママはね、理想郷(ユートピア)主義を真剣に実現させようとしたことがあるんだって。だから家もそういう場所だった」

 

 瞬きの間にルネは「黎明城(カスットゥルム アウローラ)」からカティの両親の情報を取り出す。本棚から取り出したのは、古い人権派の論文誌だった。さっとその中身を確認する。

 

「──アールト夫妻。論文で読みました。二十年前は栄養価の高い魔素の開発に取り組んでいたはずです。ここ最近はどの人権派の雑誌にも研究に関する内容の文章を出していませんが」

「だろうね。魔素に関する研究は今よりずっと若い頃に書いたっきりみたい。私が生まれてからは亜人種保護の活動に絞ったみたいだから。ねえ、ルネはその論文を読んでどう思った?」

 

 ルネはしばし考えた。

 

「そうですね。魔素を取り込んで食事にすることができるのはかなり限られた生物です。魔法使いにとっては魔素に栄養があっても食事として取り込むことができません。そもそも魔素はそういうものではありませんからね。まして普通人を代表とする魔力を扱えない存在にとっては、誰もが傷つかない社会を目指すあの論文が主張する栄養価の高い魔素を提供されても困惑するだけでしょう」

 

 他種族のことを考えるべきと主張する人権派であるのに、その他の種族を何も考えていなかった。そのことを指摘されカティは力なく笑った。

 

「独り善がりってことだよね」

「? 魔力を扱えない種族に対する視点が欠けているのは事実であり、論文の不備であって独り善がりかどうかは分かりません。理想郷(ユートピア)にたどり着くにはまだまだやるべきことは多いとは思います。研究を止められたのは残念ですね。アールト夫妻がどういった結論を出すのか魔法使いとして興味があったのですが」

 

 あくまで興味があるのは研究内容であってカティに気を遣っているようには見えなかった。

 変な人だなとカティは改めて思った。普通人の出身なのに魔法使いよりも魔法使いらしいかもしれない。

 

「家から出てキンバリーに来たのは自分と違う人達とぶつかり合って、そして分かり合いたいと思ったからなのに。初日からこんなに打ちのめされるなんて。心が乱れるだなんて」

 

 カティは横になり、もぞもぞとダウンケットを口元まで上げた。深く息を吐く。

 そんな様子をルネは優しく見つめていた。

 

「一つの現実を知ったようですね、Ms.(ミズ)アールト。しかし問題はここからなのです」

 

 視線を動かしルネを見上げた。

 

「マルコのこと、だよね」

「その通り。キンバリーの魔法生物に対する扱いはこれで分かったかと思います。その上で君がどうするのか聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

 

 ルネの質問にカティは精一杯時間をかけて答えを頭に思い浮かべた。

 悩んでいるというだけでなく、できるなら口に出したくないことだからである。

 しかしじっと見つめるルネの視線に耐え切れなくなり話し出した。

 

「……あの子は頭を弄られているだけで悪くないって、私にバネッサ先生達をそれで説得できる気がしない。しても鼻で笑われる。だったら結果を出すしかない。あの人達が納得するような結果を出す。だとしたら今の私に考えられるのはマルコに喋ってもらうこと。それもずっと。喋るトロールとして価値が見出された以上は途中で治療は許されない」

 

 カティはそう自嘲気味に笑った。

 

「あはは。結局ルネの思い通りってことなのかな。全部あなたの言う通りだもん。あなたの思い通りに私は決めた。どんなに酷い現実を知っても私は戦えると思っていたのに、こんなにあっさりとあなたの計画に乗るしかないと思っちゃった。あの子の受けた酷い処置を利用することしか、私には思い浮かばない。あの子のためを思っているのに」

 

 更にダウンケットを深く被り、カティは悔しさに沈み込んだ。ルネはベッドの膨らみ、カティの頭のある位置に手を置いて優しく撫でた。

 同年代の手の小ささだが、その優しさはまるで聖人のそれだった。柔らかく、温かさを感じる。ふわりとそれが頭に伝わってくる。

 しかし口から出る言葉は励ましなどではなかった。

 

「そう決断できるのは素晴らしいことだと思います。魔法使いにとって重要な局面は持論を曲げる時なのかもしれません。

 特に己の魔道を、つまりは理想を曲げる時にはどうしても精神的に強い負荷がかかります。『自分は現実を塗り替える魔法という便利な代物が使えるというのに、どうして現実は自分の理想通りにならないのか』と。

 これに耐えられなくなると精神がおかしくなり、魔力の制御が効かなくなって暴走に陥ります。いわゆる『魔に呑まれる』という状態の一つですね。

 でもご安心ください。感じる限り君はしっかり魔力の制御ができていますよ。君は魔に呑まれた魔法使い達よりもその点ではずっと優れているのです」

 

 それは心優しい慰めのようにも聞こえるがルネの勝利宣言のようなものだった。カティは彼と協力する以外の選択肢を失ってしまったのだ。

 ルネはカティの頭を布越しに撫で続けながら語る。

 

「魔法界においては魔に呑まれることは魔に最も近づいた名誉ある死であると思われているようですが、私はそうは思いません。結局はしくじったに過ぎませんからね。

 それも精神的におかしくなり、魔力の制御を失うのは魔法に屈するようなものです。魔法使いは魔法に降伏するのではなく、己の目的を果たすためにも魔法を執拗に追い回さなければならないのですから。

 だから頑張りましょう、私達も。粘り強く努力し、マルコに発話を促すことができれば彼は生き残るでしょう。私達が協力すればきっと上手くいくはずです」

 

 カティは思わず落ち込んでいたのも忘れて、ごそごそと布から頭を出してルネを見上げた。

 

「あなたって本当に魔法以外に興味がないのね」

 

 非難を含んだものではなく、それは純粋な感想だった。カティから手を離したルネは喜んで答える。

 

「ええ、もちろん。何故なら私は魔法使いなのですから」

「なあに、それ」

 

 その純粋な笑みを見てカティもつられて笑った。  

 そして、ふと忘れていたことに気づく。

 

「そうだ。今まで言ってなかったね。ありがとう、あの子を助けてくれて。それに怪我のことも」

 

 礼を述べるカティ。ルネは丁寧にそれを受け取った。

 

「どういたしまして。しかし、まだ完璧に蘇らせることができるようになったわけではありません。道はまだ半ばなのです。より魂魄について詳しく知らねばならないことは多いでしょう」

「やっぱり魔法のことばっかりね」

 

 そう語る美少年の顔を見つつ、しかし魔法の話題ばかりな彼にカティは複雑な気持ちを抱いた。意地悪そうに整った顔を上目遣いで見上げる。

 

「女の子がこんな風に傷ついているんだから、ちょっとは慰めた方が良いよ。男の子ならね」

 

 ルネはきょとんとした顔になったが、しばし間を置いて口を開いた。優し気な表情で。

 

「きっと上手くいきますよ。今回も、これからの君の七年間も」

「こんな残酷なキンバリーで?」

 

 意地悪のつもりでそう尋ねるカティにルネは当たり前のように答えた。

 

「もちろん。そもそも魔法使い達は優しさや愛といった感情を否定的に見ていますが、それらに心を狂わされた魔法使いは歴史上大勢います。愛による苦しみや嫉妬で心をおかしくした魔法使い達の話は一晩では語り尽くせないのですよ。これはつまり優しさや愛は否定的に見るものではない、それこそ残酷さと同じくらい力のある思いであるということに他ならないのです」

 

 今度はカティの方がきょとんとした。ルネはそんな顔に微笑みかける。

 

「愛です、愛ですよMs.(ミズ)アールト。その力は残酷さが蔓延るキンバリーの中でもきっと君に結果をもたらしてくれるでしょう。まずはマルコの件をその第一歩とするのです。そうなれば少なくとも君は残酷さばかりを口にして、結果も出せない魔法使いよりずっとマシといえるでしょう」

 

 彼は自身の言葉を復唱する。

 

「『マシ』。私達は常にどのようにしてそうあるべきかと考えています。果たして私はマシなのか。バネッサ=オールディスよりもマシなのか、カティ=アールトよりマシなのか。

 その答えは私にとっては一つです。結果を出した方がマシなのです。死体の山ばかり積み上げて、ちっとも魔道を見出せないのであれば意味もありません。そして死体の山を非難するばかりで魔道を見つけようともしないことにも意味はありません。死体の山の上に魔道に至る扉があるのならそうしましょう。

 しかしむしろ死体の山に隠れる位置に扉があるのなら、どれだけ高かろうが山はむしろ邪魔にしかなりません。

 Ms.(ミズ)アールト、私と一緒に結果を出しましょう。色々と困難もあるでしょうが、君なら結果を出せる。その時には出せなくても出せるまで諦めない。私はそう信じているからこそ、君が七年間ここの学校でやっていけると思っていますし、卒業後も素晴らしい魔法使いになると考えているのですよ」

 

 果たしてそれが慰めだったのか。

 カティは微妙な気持ちになった。

 そうなったのは、彼の言葉を聞いて確かに自信を取り戻した自分がいたからである。

 残酷さだけではいけない、かといって愛だけでもいけない。

 結果を出さないと。

 そして、ルネと一緒ならそれができる。

 きっと彼は死体を積み上げる側の魔法使いなのだろう。

 カティも彼の技術が彼の閃きのみで作られているとは思っていない。死者蘇生だけでなく、自身に施された完璧な治癒魔法にもどれだけの犠牲が隠れているのか。

 もしかしたら傷つけた命の数なら並みの魔法使いよりもずっと多いかもしれないのに。

 

 しかし彼女はルネを非難するつもりになれなかった。

 どうしてだろうか。

 バネッサよりもずっと当たり障りが良いからだろうか、少なくとも表面上は命に敬意を払っているように見えるからだろうか。

 それとも、この魔法使いといれば自分の優しさに価値が出てくるからだろうか。残酷に満ち溢れたキンバリーの中で唯一彼が自分の優しさを結果へと結びつけてくれるからだろうか。

 カティは結局はっきりとこの気持ちに答えを出せなかった。

 

 

 

 同級生に天才魔法使いがいる。

 どの学年でもありふれた話であるが、今年度の新入生の中にいる天才は規格外も規格外であった。

 その逸話は既に入学前の段階で歴史に名を残すものばかり。

 事実としてオリバー達が知っているのは異界研究の一つの成果である天球儀(てんきゅうぎ)の発明、自動人形(オートマトン)を主とした魔道工学関連技術の大幅な発展、人工霊体精製や瞬間移動の開発など呪文学における多大なる貢献、錬金術における賢者の石関連の研究──「賢者」の称号にふさわしいとされる達成──などである。

 

 またオリバー達以外の生徒がこそこそと話していた噂話では、ある地方で発生した大禍(メイルシュトローム)の単独での解呪や異端(グノーシス)達が呼び寄せた大規模な異界の侵攻を食い止めた、星空近くを飛ぶ異界の怪物を地上から撃ち落としたといった武勇伝も数多くあった。

 どれもが超一流の魔法使い達が人生を賭してたどり着くかたどり着かないかという頂である。

 

 本日、そこに死者蘇生という絶技が加わった。

 

 ルネとカティが医務室に行った後の魔法史学の教室において、授業前の話題はルネ=サリヴァーンのものばかりであった。

 それはオリバー達のグループも同じであった。

 押し黙っていたガイが深いため息の後に開口一番言い放つ。

 

「──あんなの、アリかよ」

 

 彼は目の前で死んだ魔法蚕が蘇るのをメンバーの中で最も多く見たのだ。その異様さはしっかり目に焼きついている。

 

「アリなわけあるか。死者蘇生っていったら不可能と言われている魔法の代名詞だろ。それを、あんなにあっさりと」

 

 ピートも目の前で魔法蚕の復活を何度か見届けた。その光景に頭が破裂するほどの眩暈を覚えたほどである。

 ピートの持つ普通人出身者向けの魔法の参考書には、魔法に並々ならない憧れを抱く魔法界の新入りである彼らを宥めるように「魔法使いであっても死者蘇生、単独飛行は不可能である」と語られていた。

 

「彼自身の評価としては不完全であるとのことですが、恐らくどの魔法使いから見てもあの死者蘇生は言葉を失わせる威力がありますわ。それに加え、あの感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)を制御するという言葉もですわね」

 

 ミシェーラも珍しく落ち着きを失って話している。

 

「あたくし達魔法使いでは覆せぬ法則だからこそ、それらを感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)と呼んでいるのですわ。それを制御するだなんて、あたくしには信じられません」

「まさしく次代の魔法使いだ。新入生で校舎内に工房を構える特例を許されるなんて前代未聞だそうだが、それも頷ける逸材だろう」

 

 充溢した魔力にそれを完璧に使いこなす才能と知性。

 自分の才能のなさと比べるのもおこがましい、もはやそんな気も起こらないほどの距離をオリバーはあの小柄な美少年に感じていた。

 

「あれほどの才能なら成し遂げるかもしれないな。死者蘇生も、不老不死も」

 

 しみじみとオリバーは感想を口にした。

 彼が語った己の夢。不老不死。

 そこまで至った魔法使いはこれまで皆無だと言われていた。

 そうなったと自称したり、他者から称えられたりした魔法使い達もいつの間にかこの世から姿を消した。おそらく死んだのだろう。

 この世の法則である死と生のリズムを崩したことで感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)が発動し消滅したのではないか、もしくは同じ理由で死の神霊に連れ去られたのではと噂ばかりが飛び交うが事実は分からない。

 

 しかし感情的な魔法則(ヒステリックセオリー)すら己の力で従えるルネ=サリヴァーンならなれるかもしれない。本物の不老不死に。

 彼曰く「肉体、霊体、魂魄を完璧に理解する」ことでその道を見出せるそうだが。オリバーにはさっぱり分からなかった。

 死者蘇生はオリバーにとって興味深い技術ではあったが、自分には扱えない代物だと一目で分かった。

 恐らく従兄(あに)従姉(あね)にも、他の才能ある同志達でも不可能だろう。

 

 彼の持つ魂魄に関する知識にも興味があった。

 未だ道半ばと思っているようだが、それはあくまでルネの視点であって自分達にとっては未来の知識である。もしかしたら従姉(あね)以上の力を発揮することができるのかもしれない。

 きっと参考になることは多くあるだろう。母の魂を身に宿す身としては。

 それほどの才能と同学年になったことをオリバーは幸運だと思っていた。ましてや友人になれるとは夢にも思っていなかったのだが。

 

 しかし同時に恐ろしくもあった。

 自分達とあの少年は相容れないからだ。

 そもそもルネはキンバリーに悪い印象を抱いていない。この時代、社会のありかたもそれなりに好んでいるようだった。

 立ち位置で言えばキンバリー陣営だ。もっといえばあの魔人達に近しい人物である。

 入学前に魔道工学のエンリコ教授や呪文学のギルクリスト教授などと既に文面でのやり取りを行っていたのだ。

 彼が夕食時に話していたことである。

 特にエンリコの研究にはかなり深く関わっていると語っていた。その口振りはあの狂老を大いに尊敬するものだった。

 

 なら自分達とは決して合わないとオリバーは結論づける。

 確実に敵対する。そうなった時に、自分の剣はあの魔法使いの心臓を貫かなければならない。

 できる、のか?

 心情的なものではなく、事実としてあのルネ=サリヴァーンに母から受け継いだ魔剣は通じるのか。彼に勝利する未来を自分は掴み取ることができるのだろうか。

 それ以前にルネとの関係が深くなるほどにあの知的な眼差しから真実を隠す必要も出てくる。

 魂魄を研究し、極めて優れた呪文の使い手でもあるのだ。どこから露見するか分かったものではない。

 彼との距離の取り方から見直さないといけないかもしれない。

 そうオリバーが思案しているとミシェーラが彼の言葉を肯定しつつ話す。

 

「その通りでしょう。世界で初めて不老不死に至った魔法使いとしていずれ彼は称えられるはずですわ。そして彼の義理の母であり、偉大な異端狩り(グノーシスハンター)でもあった『梟』ミネルヴァ=サリヴァーンをも超える強大な異端狩り(グノーシスハンター)にもなるはずです」

 

 そう言って、ぶるりと身震いした。魔法剣の授業で立ち合ったあの強さを思い起こしたからだ。

 

「まだ魔法戦闘の様子は見ていませんからはっきりとは口にしませんが、杖剣は既に師範(マスター)の域に入っていると断言できます。

 踏み立つ虚空(スカイウォーク)を含めた魔法剣の高等技術を軽々と使いこなす縦横無尽の剣技。基本は古流魔法剣にクーツを組み合わせているのでしょうが、他の二つの基幹流派の技術も積極的に取り入れている様子が見られました。桁違いの魔力とそれを自在に扱う能力、そして並外れた魔法剣の技術。どれをとっても師範(マスター)を名乗ってもおかしくない実力者ですわ」 

 

 ミシェーラの感想にオリバーは無言で頷いた。

 魔法学問への深い知識だけでなく、規格外の戦闘能力も有している稀有な魔法使いである。

 専門に偏ることの多い魔法使いではあるが、ルネ=サリヴァーンはまさしく万能型。

 器用貧乏を良い風に表現した台詞ではなくまさしく万能型と呼ぶべき魔法使いだろう。

 味方となってくれるのなら最も頼りになる存在であるが、敵になるとしたらこれほど恐ろしい人物はいない。

 そんな様子でルネについてオリバーや他の生徒達が話していると、がらりと教室の扉が開いて魔法史学の教授が姿を現した。

 

 そして魔法史の授業が始まったが、ルネとカティは結局この授業を休むことになった。

 その連絡だけ届いた。ナナオの頭上に突如火の玉が現れ、そこから手紙が落ちてきたのだ。

 火の球が消えると同時に彼女は手紙を受け取った。

 内容は念のための療養でカティが休む旨と、自身が死者蘇生の噂を耳にした校医ヒセラ=ゾンネフェルトに説明を求められた旨、そしてナナオに対してガーランドとの約束は問題なく行えるので放課後に魔法剣の教室に来てほしいというものだった。

 校医のサインの入ったそれを確認した魔法史学教授のビンズは二人の出席簿にバツ印をつけるのを止めた。

 

 どうやってこの手紙をここに届けたのか、あの火の玉は何だったのかなど、分からないことは多くあったが、もうあの人物のやることなすことについてはそうであると納得するしかないのかもしれない。

 手紙にはかなり複雑な魔法がかけられていたのか、教師が手紙を確認し終えたタイミングで彼の手から離れ、ナナオの下に戻った。

 すると文面が変化し、文字列が校内の地図に変わる。魔法史学の教室から魔法剣の教室への案内図になったのだ。

 地図になった手紙は一度それをナナオに見せると自らを折りたたみ、彼女のポケットへとすっぽり収まった。

 オリバーとの一戦後、ぼーっとしていることの多くなったナナオのために手紙に魔法をかけたのだろう。

 

 授業後、地図は再びナナオのポケットから飛び出すと、案内図を彼女に見せつけながらふわふわと宙を浮いて先導した。

 地図を追って走り出したナナオを見て、オリバー達はひとまずカティの見舞いに行くことにした。

 彼女はベッドの上でぼーっとしていたが、友人達の姿を見て元気をかなり取り戻す。

 まずルネと話したことをオリバー達にも話し、カティはルネの考えに乗ることを伝えた。

 

「なーんか、本当に魔法が大好きって感じ」

 

 むすっとしながらカティはそう言った。

 あの後すぐにルネは死者蘇生の噂を聞いたヒセラ=ゾンネフェルトに「面ァ貸しな」と連れ去られたので話すことができなかったのである。

 解放された後もガーランドとの約束があると一言述べ、医務室を去っていった。流石に教師との約束を反故にさせるような真似はカティもできなかった。

 だからオリバー達が来るまでずっとカティは一人で考えていたのだ。

 

「結果を出す、ですか。どれだけ犠牲を出そうとも、その犠牲を非難しようとも、それらが結果に繋がらないのなら意味はない。確かに事実なのかもしれませんが」

「『魔道へと通じる扉は事実の中にある』彼はこんなことを著作で書いていたと思う。つまり魔道へ至る結果を出せればどれだけ残酷でも構わないし、どれだけ愛情深くても構わないということか。随分と前向きな考えだが、なかなか難しい考え方だ」

 

 カティから聞いたルネの発言に対してのミシェーラとオリバーの感想だ。二人とも難しそうな表情である。

 魔道とは倫理の外にあるものである。

 多くの魔法使い達はそう考えているが、ルネはそういった哲学よりも結果を出せるか出せないかに注目しているのだ。だからこそあの年齢で多くの結果を出しているのだろうが。

 

「しかしそういう考えの魔法使いがカティの味方になってくれたのは心強いですわ。実力と知性を兼ね備えた優れた魔法使いとの親交は代えがたい財産ですもの」

「もちろん俺達も君を手伝うぞ、カティ。君は決して一人じゃないんだ」

 

 オリバーの言葉に同意するようにミシェーラ、ガイ、ピートは頷く。

 

「みんな……うん、ありがとう」

 そんな面々に感激したカティは今度は疑問なく力を取り戻した。

 ベッドから飛び降り、彼らと夕食へと向かう。

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