七つの魔剣が支配する~夜明けの魔法使い~    作:HAL1993

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第14話~駆けるルネ~

 ルネは迷宮第一層「静かの迷い路」を駆け抜けていた。時に壁を蹴り、宙を蹴り、とかく走り抜けていた。

 罠を瞬時に無効化し、曲がり角に待ち構えていた魔獣は杖の一振りで通路の奥へと押し込める。

 彼の速さはもはや飛行しているかと錯覚するほどだ。迷宮内を全力で走り、オリバー、ピート、ミシェーラ、()()()を探る。

 

 そう、ナナオだ。

 

 ルネが迷宮に侵入した直後にクリスタから「ちょっと目を離した隙にナナオが勝手に迷宮に入った」と使い魔契約を介した状況報告があり、彼女も捜索対象者に増えてしまったのである。

 きっと友人達が気になったのだろう。特にオリバーが。

 そのことをクリスタに伝えなかったのは悪いと思ったが、だとしても見逃すとは相変わらずぼーっとした使い魔だと笑みを浮かべた。

 彼女を責めることはしない。ルネはクリスタの少し抜けているところが好きなのだ。

 

 しかし仕事が一つ増えたことには変わりない。

 ルネは宙を蹴り上がり、高い壁に片手を置く。魔力を扱ってそこに張りついた。じっと目を凝らし、辺りを見回す。

 視界に広がるのは石造りの道や壁ばかりの迷路である。

 ここ第一層は広く、複雑だ。どこから入ったにしろ今彼らがどこにいるのか全く分からない。

 ただの捜索用の魔法では迷宮特有の魔力に邪魔され、見えるものも見えなくなる。

 

 そうだ、神の目(トラルファマドール)を使うか。この世界、そして異なる神に関する研究の末に編み出した万物を見通すまさしく神様の眼差しである。

 迷宮の淀んだ魔力もこの目なら見通せる。

 善は急げだ。

 ぱちりと瞬きをした後に、彼の目尻から黒い瞬膜が目の表面を覆った。人には本来ないはずの黒い膜。その表面は点々と輝きがあり、まるで夜空のようだった。

 視界の幅を広める術式の応用だ。この瞬膜を展開することで透視や感知範囲の拡大、事象の解析などを可能とする。

 魔道や神秘を解き明かし、迷宮の暗黒すら詳らかにするルネの秘奥の一つである。

 例え石の迷宮に迷い込んだとしても、友人を見つけることくらい難しいことではなかった。

 

 ──ほら、見つけた。

 

 三人だ。オリバー、ミシェーラ、ピート。

 彼らは揃って迷宮を進んでいた。出口を探しつつ、迷った新入生を探す上級生との遭遇に期待を寄せているのだろう。

 しかし彼らの近くにそんな上級生の姿はなさそうだった。むしろ素行の悪そうな上級生の姿がちらほら見える。先ほどのサイラス=リヴァーモアの姿も比較的近くにあった。

 

 瞬膜の瞳が動く。ナナオも見つけた。三人とは少し離れた位置を歩いている。

 見つけたものの四人ともルネからは遠い。急がないと。

 また厄介なことに、彼ら以外にも三十人以上の新入生達が迷宮内に取り残されていた。

 オリバー達だけを助け、機会があるというのに他の同級生達を助けないなんて考えは彼にはない。

 ルネは壁から離れ、空を蹴って上の通路へと昇る。そこから走り出した。

 

 

 

 彼女達は全力で走っていた。Ms.(ミズ)マックリー──アステリア=マックリーとその友人達である。

 今日一日ぼんやりと過ごしていた彼女ら五人。ぼーっと過ごしていたのが良くなかったのかもしれない。校舎から出るのが遅れ、こうして迷宮に飲み込まれてしまったのである。

 

「はあ、はあ……」

 

 走る彼女らの後ろからは猛烈な勢いで水蒸気が追いかけてきていた。迷宮にある罠である。

 ただの冷たい水しぶきなら良いが、どうせ高温だ。勢いもある。とてもではないが立ってやり過ごすことはできない。

 魔法や結界で防ごうにも立ち止まって詠唱する間に水蒸気が追い越してしまう。走りながら結界や防御壁を張ることは彼女達には難しかった。

 

 だから彼女達は逃げ続けるしかなかったのだが、新入生であるこの五人は魔法と同じように体力も鍛えているわけではない。武家の家柄でもなければ、名門貴族の出身でもないのだ。そんな事前教育は受けていない。

 段々と水蒸気が追いついてくる。最初は勢いよく駆けていた彼女らの足の動きがおぼつかなくなる。

 

「も、もうダメ……」

 

 五人の中で一番体力のない、小柄なアステリアがとうとう諦めの言葉を口にする。

 どんな魔法使いでも高温の水蒸気に身を晒したくらいでは死なないが、死ぬほど痛い。全身が火傷に覆われ、見るも無残な姿になるだろう。

 

「あッ」

 

 とうとう彼女は足場の悪さに躓き、転んでしまった。 

 

「アステリア!」

 

 他の四人はほとんど反射的にアステリアの周りに集まり、互いを守るように身を寄せ合った。杖を手にしているが、防御のための魔法は思いつかない。

 せめてローブを盾にすれば重傷まではいかないだろう。特別製の高価な制服なのだ。多少は身を守ってくれるはず。

 五人は全身に痛みが走るのを覚悟したが、しかしその時はいつまで経ってもこない。

 

 ふとアステリアが目を開けると、目の前に自分より多少背が高いくらいの魔法使いの少年達が立っていた。

 一人がいともたやすく結界を作り、他の一人が魔法で水蒸気を消している。

 あと八人いるが、彼らは特に何もしていない。これくらいの処理は二人でできるということなのだろうか。

 その技量から上級生と思ったが、十人全員の制服の色は同級生のものだった。

 

「あ、ありが──ひッ!」

 

 アステリアはそう感謝の言葉を言いかけ、止まる。

 目深に下ろしていたフードを上げると、そこにあったのはルネ=サリヴァーンの整った顔だった。あの真っ暗な夜のように深い瞳の青さが頭によぎる。

 しかし、今目の前にいるルネ=サリヴァーンの目の青い輝きは星空のようにきらきらしていた。優しげな光である。

 

「こんばんはMs.(ミズ)マックリー。ごきげんよう」

 

 五人は一気に硬直する。あの時のルネの覇気を思い出した。虚空に吸い込まれるような不安、おぞましい気配。それだけで息が詰まりそうになる。

 

「立てますか?」

 

 そうルネが一歩踏み出した途端、アステリア達は地面に座り込んだままざっと後ずさった。そうすると彼女らの後ろにいた人影に当たる。

 

「おやおや。そう怖がらないでください。君達に何かするつもりはありませんよ」

 

 その人影もフードを外した。そこにはルネの顔があった。

 ぎょっとする五人。同時に他の生徒達もフードを外した。

 全員がルネと同じ顔をしている。整った美少年の顔が並んだ。

 

自動人形(オートマトン)ですよ。私達全員が」

 

 迷宮一層には研究目的で配置した自動人形(オートマトン)が多数いた。ルネはそれらを救助活動に参加させたのである。

 自身とそっくりの外見で、ほぼ同じ活動ができる機体を一組十体。一層には三組、計三十体が配置されていた。

 九人が再度フードを被る。代表をして一体がルネとして会話をするとフードを被らなかった自動人形(オートマトン)が語った。

 確かに美形の顔立ちであっても、全く同じ顔が十も並んでいたら不気味である。そういった配慮であるそうだ。

 

「といっても常に全て本体と意識を同調させていますので、全員がルネ=サリヴァーンであるといっても間違いではないのですが」

 

 通常自動人形(オートマトン)に意識はないし魔法も使わない。しかしルネ=サリヴァーンの自動人形(オートマトン)は違う。

 彼の作品達は優れた魔法技術によって、それぞれがルネの分身としての役割を担えるよう設計されていた。

 ゆえに彼らは魔法もほぼ本体と同性能で使うことができるのだ。あっさりと水蒸気流に対処したのがその証左である。

 

 しかしそれらはアステリア達にとってなんら安心材料にはならない。彼女らはむしろ迷宮の罠の方がマシとさえ思った。

 ここは迷宮だ。校舎と違い、校則がほとんど通用しない無法地帯である。

 そんなところで桁違いの実力者に出逢うことはそれほど幸運を意味しない。彼らの気まぐれで攻撃されても、それに対処できない自分達が悪いと評価されてしまう。そんな理不尽がまかり通るのがキンバリーなのだ。

 

 そもそも救助活動をしているという話もアステリア達にとっては眉唾であった。キンバリーにわざわざ自主的に他人を助けるもの好きは少なく、そしてルネはそれに該当しないと彼女達は思っていたからだ。

 だから彼女らはルネが近寄ると、それに合わせて後ずさる。

 震える五人を見てルネは首を傾げた。

 

「こ、来ないで……」

「どうして逃げるのでしょうか」

 

 全員に涙目で怯えられ心底困惑した様子のルネだが、ふと彼の嗅覚が甘い匂いを感じ取った。

 もちろんただの香りではない。香水や菓子などの甘さとは違う、ふらつくような毒に似た甘さである。

 惹香(パフューム)だ。淫魔(サキュバス)の放つ幻惑の魔力の香りである。

 

 となるとオフィーリア=サルヴァドーリか。

 

 神の目(トラルファマドール)を使って正確な位置を特定する。二層からこちらに上がってきたばかりのようだった。

 これは厄介だとルネは思った。

 アステリア達がいる位置は二層寄りの場所だ。つまりオフィーリア=サルヴァドーリと接敵するリスクが高い。

 まさか彼女まで上がってきているとは。あの淫魔(サキュバス)の末裔はサイラス=リヴァーモアと何ら変わらない乱暴な人物なのだから。

 

 敵対して敗れるとは思わなかったが、なるべくアステリア達に怪我のリスクを負わせたくなかったルネは即座に撤退を選んだ。

 戦力に数えられない彼女達を抱える状況では早々に迷宮から離れることに越したことはない。

 

「きゃあ!」

 

 ことは急を要する。

 自動人形(オートマトン)ルネ達はそれぞれ黙ってアステリア達を担ぎ上げた。その際に彼女らに叫び声を上げられたが構わない。

 十体全員が素早く迷宮内を駆け出す。五体がアステリア達を運び、残りの五体が護衛を務めた。

 

「誰か助けて! こ、殺される!」

 

 パニックのあまり彼女らはそんなことを喚いたが、その声は自動人形(オートマトン)一体が使った魔法によってかき消された。

 ルネのすぐさまこの場で道を作ろうか考え、諦める。

 こちらの領域とあちらの領域を繋ぐ道や門を新たに創ることは不可能ではないものの、環境調査が不十分で未だ研究不足の迷宮内では不都合が起こるリスクがあるからだ。同じ理由で瞬間移動も使わない。

 

 先ほど躊躇いもなく使った神の目(トラルファマドール)を用いた術式ではあるが、転移や瞬間移動は透視などとは術式の難易度や繊細さが大きく違うのだ。

 調査不足の環境で扱うのが──特に迷宮のように神秘と魔力に満ちた場所で使うことがどれだけ術式を不安定にするのかルネはよく知っていた。

 自動人形(オートマトン)の身なら術式の乱れによって転移、瞬間移動の際に手足や体が砕けても構わないが、アステリア達にとってはどれも致命傷だ。頭部が損傷すれば即死になりかねない。

 ゆえにルネは足を使うことを選ぶ。宙を蹴り、隣の通路に飛び移る。

 

「落ちる! 落ちる!」

「ご安心ください。私は魔法使いですから」

 

 たん、たんと空をルネの足が蹴るたびにアステリア達は絶叫する。何もない空を踏む彼らの下は真っ暗な奈落だからだ。

 しかし一歩も踏み外すことなく十体全員が隣の通路に移った。再度駆け出す。その速さは馬や並みの箒よりもずっと速い。

 アステリア達はとうとう叫び声も上げることができなくなり、振り落とされないように自動人形(オートマトン)達に必死にしがみついた。

 甘い匂いが遠ざかった。神の目(トラルファマドール)を使っても彼女の位置は遠いし、他の危険な魔法使いも見当たらない。そして出口は近い。

 

 ルネはアステリア達の叫びを魔法で処理しつつ、出口である割れた鏡の前までやってきた。先頭を走る自動人形(オートマトン)が杖を振るい、魔法で出口を従来の場所から切り替える。

 校舎入り口のタペストリーだ。ついさっきナナオと一緒に飛び出した場所である。

 魔法で道を切り替え、ルネ達はアステリア達を抱えたまま出口に飛び込んだ。ぬるりと泥を突き抜けるような感覚の後に、迷宮よりもずっと澄んだ空気の中に出る。

 

 校舎入り口前だ。

 カティ達を除くと、そこには既に十人以上の生徒達が座り込んでいた。全員ルネの自動人形(オートマトン)達が救助した生徒達だが、彼らがみな新入生というわけではない。

 迷宮の中でトラブルに見舞われるのは新入生だけではないからだ。二年生、三年生がそれぞれ数名混じっていた。

 一年や二年の経験があっても迷宮はやはり恐ろしいものなのだろう。彼らがその証拠だ。

 この二年生、三年生達は罠やら魔獣に襲われており、ルネはついでに彼らにも救いの手を差し伸べていたのである。

 

 成り行き上、生徒達の救護を行っていたカティが新たに運び込まれたアステリア達のところにやってくる。ガイは他の生徒に声かけをしていた。

 もちろん彼女らは運ばれた生徒がオリバー達であることを期待していたが、そうでなかったとしてもやや落胆の表情を見せたくらいで同級生の安否を確認する。

 カティも今まで通りそうしようとして、固まった。

 

「──あなた達、もしかしてMs.(ミズ)マックリーとその友達? 私に、その……」

 

 五人の少女達もカティと同じように固まる。直接の面識はないが、今の短いやり取りで自分達が加害者であることをカティが知っていると気づいたからだ。

 おどおどするアステリア達にカティは何か言おうとしたが、それをぐっと抑えて尋ねる。

 

「みんな、大丈夫? どこか怪我はない?」

 

 罵倒などを覚悟していたアステリア達は一瞬きょとんとした。

 

「大丈夫?」

 

 それを見て心配そうになったカティ。

 

「だ、大丈夫よ。その……ありがとう」

「良かった。ちゃんとルネにもお礼を言っておいてね」

 

 アステリア達がカティに礼を言うと、彼女はそう言ってまた新しく自動人形(オートマトン)が運び込んできた新入生の方へと駆け寄っていった。

 はっとして彼女達はルネを探す。既に彼女らを連れてきた十体の自動人形(オートマトン)達は迷宮の中に戻っており、唯一この場にいたのはミリガンの隣に立つ機体だけだった。

 ルネそっくりの自動人形(オートマトン)は迷宮内の状況を事細かにミリガンに報告していた。

 本体が術式を用いて読み取った様々な情報、迷宮内に取り残された新入生達の人数や被害状況、危険そうな上級生についての連絡やその撃退についての報告だ。

 その中にはオフィーリア=サルヴァドーリ発見に関するものも当然含まれていた。

 

「リヴァーモア先輩だけでなく、オフィーリアまで上がってきているのか。だとしたら早く救助を終えないと」

 

 ミリガンは呆れ半分、面倒くささ半分といった様子でルネの報告を聞いている。

 

「了解しました。急ぎます」

「頼んだよ」

 

 彼女は司令官のようにルネからの報告を受け取っているが、それほど大きな指示は出していない。

 ルネが神の目(トラルファマドール)を用いて見つけた上級生についての情報を渡しているくらいだ。

 

 流石の彼も来て間もない学校の生徒を全て把握しているわけではない。サイラスやオフィーリアのような有名人ならともかく、新入生に危害を加えそうな先輩は初見では分からなかった。

 それからしばらく。

 ミリガンの指示通りにルネは救助活動を急いだ。迷宮から連れ出される新入生の数が増える。

 

「侵食のタイミングが早かったから少し後手に回ったが、今では生徒会も動いている。とはいえ巻き込まれた人数が人数だからね。それでもこれだけの人数をこの短時間に単独で救い出したのは流石としか言えないが──まあ、意識を付与した自動人形(オートマトン)達を活用する君が単独と表現されるべきなのかは分からないけど」

 

 安心して地面にへたり込んでいる二十人近いの生徒達を見回し、ミリガンは感心したように目の前の後輩──その意識を宿した自動人形(オートマトン)に言った。

 きりきりと微妙に機械音がしなければミリガンも目の前の人型の存在が生身の人間だと信じただろう。それくらい精巧に造られていた。感心はそこにも向けられている。

 ルネはその賛辞をぺこりと頭を下げて受け取り

 

「ありがとうございます。あと迷宮内に残っている生徒は十八人です。うち十三人は生徒会らしい上級生達が、一人は有志の方らしい上級生に見つけてもらったようですね」

 

 そう報告を続けた。

 

「ほう。その生徒会と先輩は誰だろうか。姿は出せるかい?」

 

 自動人形(オートマトン)ルネが杖を抜くと、その先から光が漏れ出し迷宮内の光景を映し出す。

 それをじっと見定めていたミリガンは安心したように息を吐いた。

 

「ふむ。生徒会の方はゴッドフレイ統括とウィットロウ先輩も出ているのか。なら安心だね。もう一人の方も大丈夫だ。彼は君が追い払った連中やリヴァーモア先輩のような輩ではないよ」

「分かりました。後は私の友人だけです──どうやら少々厄介な先輩達に絡まれていますが、大丈夫です。ちょうど私が到着しました」

 

 

 

 威圧的な魔法使いと扇情的な魔女の間に青褪めた炎が立ち上った。

 その青い輝きは白骨の大蛇や柵を跡形もなく破壊し、それらと対峙していた異形の怪物の巨体をじわじわと崩していく。

 サイラス=リヴァーモア、オフィーリア=サルヴァドーリはその奇妙な炎を生み出した魔法使いを睨んだ。

 それぞれが操る使い魔達が地面に崩れ落ち、灰すら残らず消え去るなか、その小柄な魔法使いは立っていた。

 

「ほお、また会ったな。ルネ=サリヴァーン。さっき吹き飛ばしてくれた時といい、よくもまあやってくれるものだ」

「へえ。これがかの有名な『魔法使いの夜明け(ドーン・オブ・ウィザード)』なのね」

 

 二人の濃密な殺気を受けたルネは杖を片手に普段通りのにこやかな表情を崩さず、自分の後ろにいる四人の同級生を守るように立った。

 

「ルネ」

 

 そう彼の名を呼んだのはオリバー、ミシェーラ、ピート、ナナオだ。

 青褪めた神秘の光が四人の顔を照らす。恐怖に顔をひきつらせたピート、覚悟を決めたオリバー、ナナオ、ミシェーラの表情だ。

 ルネはそんな同級生の顔を一瞥すると彼らに笑みを向け、くるりと向き直るとキンバリーの先輩達に礼を尽くす。ぺこりと頭を下げ

 

「ごきげんよう、先輩方。そしてどうぞお引き取りください」

 

 そう言って杖を振ると青褪めた炎が姿を変え、世にも恐ろしい獅子のような獣の姿を取ってサイラスとオフィーリアへと襲いかかった。

 サイラスは即座に詠唱し骨の盾を呼び出して防ごうとするが、呼び出した白い盾は青い炎に触れた途端に一気に崩れ落ちてしまう。

 高温で焼かれるのとは少し違う。それもあるが、もっと本質的に破壊されている。再生することができない自身の使い魔の姿に舌打ちと共にサイラスは飛び退く。

 

 オフィーリアも魔法で青褪めた炎の怒涛の勢いを防ごうとするが、呪文を用いて作り出した防壁が即座に破壊された。彼女も歩法を駆使し、素早く青褪めた炎から距離を取る。

 彼らは幾つもの呪文を唱えこの青い炎を退けようとするが、使う魔法が途端に壊され続けるためじわじわと壁際へ追い詰められていく。

 そんな先輩達を見つめるピート。ついさっきまで彼らに心の底から恐怖していたのだが、その恐ろしい先輩達が手も足も出ずに一方的に追いやられていく。

 

「な、何なんだ。あの炎は……」

 

 上級生の扱う高度な呪文が効かない謎の青い炎。ピートは自分の知識にないそれを見て目を丸くするが、オリバーとミシェーラにはこの青褪めた炎に関する知識があった。

 

魔法使いの夜明け(ドーン・オブ・ウィザード)。ルネ=サリヴァーンが操る破壊の権化だ」

 

 ルネの指示でオリバーとミシェーラはそれぞれピートとナナオの手を引いて後退していた。その先にはフードで顔を隠した、ルネと同じ背丈の自動人形(オートマトン)達が待機している。

 もう安心だ。

 オリバー達はすぐさま杖を手にした自動人形(オートマトン)の護衛陣形の中に迎え入れられた。十体の自動人形(オートマトン)達が四人を囲む。

 落ち着くための甘い飲み物を彼らから一瓶貰い受け、それを口にし緊張の糸を解いた。

 安全地帯に入ったことを確信したミシェーラは、自身も甘い飲料の入った瓶を手にオリバーの説明を引き継いだ。

 

「あれは破壊そのもの。破壊という概念そのものを召喚し、様々な属性の姿を与え操る魔法だそうですわ。物理的であれ魔法的であれ、いかなる防御も許さぬルネ=サリヴァーンの得意技だと」

 

 伝聞的な言い方からミシェーラもその術式を完璧に理解しているわけではない。

 あれを使ったルネ=サリヴァーンは異界の神霊すら破壊し尽くすという異端狩り(グノーシスハンター)達の噂話を知っているだけだ。

 彼は以前風の属性で破壊を召喚し、その嵐で空を覆い尽くしていた異界の使者達を葬ったのだと。

 

 ミシェーラも実物を見て、それが事実であると知った。

 術者の詠唱で再生する骨の人形や、淫魔(サキュバス)の末裔が様々な子種をその子宮の中で組み合わせ産んだ屈強な合成獣(キメラ)を問答無用で破壊し尽くした力。破壊そのもの。

 あの炎を差し向けられたら、自分なら何の抵抗もできずに一瞬で壊されるだろう。上級生が作った骨人形や合成獣(キメラ)のように。

 

 四人は一人残って戦うルネを後ろに、護衛の自動人形(オートマトン)達に連れられて迷宮脱出を目指した。

 ルネは迷宮内でも危険人物として知られる二人の魔法使い相手に全く尻込みした様子もなく杖を振るい、青褪めた破壊の炎を操り続ける。

 

「ッ、本当に後輩とは思えんな!」

 

 サイラスがそう怒鳴りながら呪文を用い、魔法で迫る青褪めた炎の一撃を弾いた。

 防戦一方だ。青褪めた炎の動きには隙がなく、それほど動いていないルネ本人に反撃の魔法や杖剣による接近戦を差し込めない。

 オフィーリアは怒鳴りはしなかったものの、怒気に比例した深い笑みを浮かべ、その惹香(パフューム)を強める。彼女の魔力からなる魅惑の香りが炎を避けて辺り一面に広がり、異性であるルネを狂わせようと迫るが。

 

 何故か惹香(パフューム)はルネへと近づこうとしなかった。オフィーリアがどれだけ意識を向けても忌まわしい香りはルネを惑わそうとはしない。

 眉を顰めるオフィーリア。自身の能力が効かない相手には多数出会ってきたが、惹香(パフューム)の制御を奪われるのは初めてだった。

 

「要するに」

 

 ルネは先輩へ解説を始める。

 

惹香(パフューム)の正体は淫魔(サキュバス)の魔力を元に作られた極小の精霊の集まりです。神獣の類が自身の魔力から精霊を作り出して自身の魔力を餌とし彼らを従えるように、淫魔(サキュバス)も相手を魅惑させる能力を持った精霊を自身の魔力から作り出し、飼育し、操ります。あなたの惹香(パフューム)淫魔(サキュバス)の能力を受け継いだものなのです」

 

 淡い霧のようなものがルネの周りを渦巻いた。惹香(パフューム)の集合体が視認できるほどの濃度になったのである。

 それらはルネの意志を受け、形を変え犬になったり猫になったりした。

 

「この極小の精霊に知性はありません。生存に必要な魔力を供給され、その代わりに自身の能力を発揮する共生関係であって、自分を作り出した淫魔(サキュバス)に対する忠誠心などはないのです。なのでこうして魔道を深く理解した使い手であれば彼らを惑わし、躾け、従えることができるのですよ」

 

 そしてルネがぱちんと指を鳴らすと霧は霧散した。辺りに広がっていた甘い香りも一気に消える。

 彼曰く「極小の精霊」が命令によって自滅したのだ。それを見たオフィーリアは表情をなくして絶句し、サイラスは爆笑した。

 

「ふはは! サルヴァドーリの大淫婦もサリヴァーンの秘蔵っ子には形無しか! お前の最大の武器が効かないとはな!」

 

 即座に彼に青褪めた炎の獅子の牙が迫る。咄嗟に魔力を纏わせた杖剣で押し返そうとするが、牙と爪に杖剣がはじかれサイラスは白杖の方を瞬時に抜いた。

 

「ふん、そっちもやられてるじゃないの」

 

 二人は並んで迷宮の壁際に追い詰められた。周りは青褪めた炎に取り囲まれ、目の前には青褪めた炎で作られた獅子の形をした化け物がいる。

 迷宮の中でも百戦錬磨で通った自分達がいいようにやられている。絶体絶命だ。いつぶりの危機だろうかと二人は思った。

 そしてこの状況を作り出した魔法使いの少年を見て、背筋に冷たい汗が流れる。

 

「──ああ、どうしましょうか」

 

 自分達を危機に追いやった魔法使いの少年は青褪めた炎に照らされ、彼らがぞっとするほどの優しい笑みを浮かべていた。

 狂気的なものではなく、あくまで柔和だ。

 しかし、その目はどこまでも深い色を持っていた。その深い洞穴のような青い瞳がじっとサイラスとオフィーリアを射抜く。薄暗い好奇心に満ちた眼差しだ。

 

「この機会。優秀な魔法使いが二人も──屈強で頑丈そうな魔法使いに、淫魔(サキュバス)の要素を持ち合わせた魔女。どちらもぜひとも欲しい」

 

 ルネは杖を地面に向ける。

 途端、地面から湧き出した黒いどろどろとした何かが二人を拘束した。両手、両足首に絡みついた黒は強く、生温かく、そして重かった。

 

「な、何よコレ……ッお、重い!?」

「ちッ、剥がせんか」

 

 じわじわと足元に広がる黒い何かに領域魔法で抵抗する二人だが、どちらも黒の重さに姿勢を維持できず床に倒れ込んだ。杖や杖剣が二人の手から離れる。

 からからと迷宮の床を転がる魔法使いの武器をルネは丁寧に拾い上げて脇に避けた。

 そしてくるりと二人に向き直る。黒いどろどろはサイラス、オフィーリアのどちらも拘束していた。二人は膝を屈し、両手を地についた状態で動けなくされている。

 

 罠にかかった獲物を目の前にした猟師のようにルネの表情はわくわくしていた。その頭の中で巡らされる思考。そこから分かる自分達の末路。

 彼らはそれが分かってもあくまで上級生として振る舞った。

 

「はは。優しい顔をしておいて、お前も立派なキンバリーの魔法使いというわけか」

「あの子達が見たら悲しむわよ」

 

 こいつは自分と同類だ。そう見抜いた二人は自分達を捕らえた少年をそう皮肉った。

 

「そう、私はキンバリーの魔法使い。皆さんと同じです。そして、彼らもきっとそうでしょう」

 

 さほど彼らの皮肉を気にした様子もなく、ルネは回収用の自動人形(オートマトン)達を呼ぼうとして、ふと感じ取った気配に動きを止め

 

焼いて浄めよ(イグニス)

 

 その直後、背後から真っ赤な業火が迫ってきた。

 青褪めた炎が赤々とした爆炎に押しのけられる。獅子の形が砕け、残り火はルネを守るように彼の周りを囲った。

 炎はルネの魔法を砕き、そして通路一帯も焼き尽くすように広がる。サイラス達の周りにも炎が流れた。まるで彼らを威嚇するように。 

 津波のような勢いの赤い炎が引くと同時にルネも青褪めた炎の防壁を消す。そして、この魔法を使った魔法使いの方へとくるりと振り返る。

 

「そこまでだ」

 

 いたのは長身で体格の良い五年生の男子生徒。

 毅然と杖剣を構えて立つその人物と面識はなかったが、自身の炎を退けた力からその名を察する。

 

「噂に聞く通り、凄まじい勢いの炎ですね。ゴッドフレイ統括、でよろしいでしょうか」 

「ああ、そうだ。察しの通り俺はアルヴィン=ゴッドフレイだ。そういう君はルネ=サリヴァーンだな。──異常な気配を感じて飛んできたが、まさか一年生でその二人を仕留めてのけるとは。君も噂通りの実力だな」

 

 いかにも生真面目そうなゴッドフレイは黒い瞳でじっとルネを見据え、そして床に倒されたサイラス達を見て言った。

 アルヴィン=ゴッドフレイ。「煉獄」の二つ名を持つキンバリー五年生にて、キンバリー学生統括。

 現キンバリーにおける生徒会のトップであり、教師達とはまた違った次元で学生達の上に立つ人物。

 

 この学校には珍しく一般的な秩序や道徳を重んじる人物であり、膨大な魔力量を活かした巨大な爆炎を操る魔法使いであると噂には聞いていたが、思っていた以上の魔法出力だとルネは感心した。

 まさか自分の「魔法使いの夜明け(ドーン・オブ・ウィザード)」が力任せに崩されるだなんて。

 

 この魔法は破壊という概念を操る技術だ。対象は物質だけでなく、炎や雷、風といった現象にすら及ぶ。あの瞬間ゴッドフレイの炎も「魔法使いの夜明け(ドーン・オブ・ウィザード)」の影響を受けていたはずなのだが。

 完全に破壊され、消滅する前に勢いで押し切った。

 まさに怒涛の勢いの炎だ。ゴッドフレイはその力を身にルネに告げた。

 

「今回の件で素早く動いてくれたことには学生統括として感謝している。しかしこれ以上、彼らに手を出すことは学生統括として認めるわけにはいかない。ここは引くんだ、Mr.(ミスター)サリヴァーン」

 

 サイラスもオフィーリアも武器を取られ、無抵抗の状態にされている。

 ゴッドフレイも魔法使いの性分を蔑ろにしているわけではないが、かといって目の前で命がみすみす脅かされそうになっているのであれば無視するわけにはいかない。

 無抵抗にされているのが普段の問題児だとしてもだ。

 

「……」

 

 このように統括としてルネに命じたゴッドフレイだが、彼を襲っていたのは強い緊張感だった。

 じっと自分を見つめるルネが新入生だとはとても思えなかったからだ。

 全く揺らぎのない視線。力も、知識も十分に蓄えた上位の魔法使いの風格がそこにはあった。ゴッドフレイはむしろ教師と対峙しているような気分になる。

 しばしルネは沈黙し、そして腹の前で指を組むとサイラスとオフィーリアを背に颯爽と歩き出した。

 

「かしこまりました。今回はその機会ではなかったと諦めることにしましょう」

 

 そう言ったルネの表情は悔しさなどの負の面影はなく、変わらず優しい笑みを浮かべている。余裕に満ちた表情と口調からは、ついさっきまで二人の命を奪おうとしていた魔法使いとは思えない穏やかさがあった。

 

「……あ、ああ。分かった。後は任せろ」

 

 意外とあっさり引いたことにむしろゴッドフレイの方が面食らってしまった。てっきりやり合う可能性もあるかと思っていたのだが。

 その動揺を見透かしたのかルネは大人びた微笑みを見せた。改めて後輩に見えないとゴッドフレイは思った。

 

「ありがとうございます統括。では失礼します」

 

 そう言って彼が通路の奥に消えると、二人を拘束していた黒がすっと地面に戻った。解放されたサイラスとオフィーリアは敗者とは思えないほど堂々と立ち上がり、それぞれの杖や杖剣を取り戻した。

 ゴッドフレイは彼らにも告げる。

 

「杖を拾ったならさっさと自分達の工房に戻れ。もちろん後で罰則は通達させてもらうがな」

 

 二つの舌打ちが鳴った。

 彼らからしてみたら散々な目に遭ったのだ。そこに追い打ちの罰則である。

 反省文や施設利用の制限なんて迷宮に籠りっぱなしの二人からすれば何もないようなものだが、それらが出されることそのものが鬱陶しいのだ。

 

「まあ、いい。これ以上長居してせっかく集めた骨を焼かれては敵わん。しかし、今年は厄介な一年が入ったな。あれは面倒な奴だぞ」

 

 サイラスはそうゴッドフレイに警告するように言った。

 可愛い新入生を邪悪な同級生に揶揄されてもゴッドフレイはそれを否定できなかった。確かに彼がキンバリーの魔法使いらしさを既に備えていたからである。

 いずれあの少年と向き合う時が来るかもしれない。

 ふとゴッドフレイがそう思っていると、オフィーリアがサイラスを小馬鹿にするように言った。

 

「ええ、この死肉漁り(スカベンジャー)が二度もやられた相手だものね」

 

 それに対しサイラス=リヴァーモアも嘲笑うように言い返す。

 

「抜かせ。そっちこそ淫魔(サキュバス)の力を完全に無力化されたろうに」

 

 二人は互いをそう揶揄しあうと、すっと迷宮の暗がりに消えていった。

 彼らが帰路についたのを確認するとゴッドフレイも迷宮の出口へと向かう。じっと自分を見つめる、あの後輩の眼差しを思い出しながら。

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